29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ

文字の大きさ
33 / 35

【30】惨めな女の幕引き

しおりを挟む
「――エルダ!」
鋭く叫ぶその声は、レイの声だった。十数名の騎士を連れ、血相を変えて駆け込んでくる。同行する騎士の中には、バーネットやセージ達の姿もあった。

倉庫街で繰り広げられる、突如の戦闘。アルシュバーン家の騎士達は瞬く間に悪漢どもを鎮圧し、キャロラインは愕然とした顔でその場に立ち尽くす。

一方の私は、レイにきつく抱きしめられていた。息を切らせ、おびただしい汗を流しながら、レイは私を抱く両腕に力を込めている。
「……エルダ。こんな目に遭わされていたなんて」
彼は悔しそうにそう言うと、私が口に嚙まされていた布をほどいてくれた。

騎士達が悪漢に縄を掛けて引きずり出していく中、レイは冷たい声をキャロラインに投じた。
「貴様は、デヴォン侯爵家のキャロライン第九夫人だな」
不潔なゴミを見るような視線を、レイはキャロラインに向けていた。

「エルダの拉致を試みた罪は重いぞ。覚悟はできているだろうな、第九夫人」
「ひっ」
絶世の美男子の、刃物のように鋭い視線。敵意を向けられたキャロラインだけでなく、つい私まで顔を引き攣らせてしまった。

「ア、アルシュバーン侯爵閣下………………。あ、あの…………」
しどろもどろになりながら、キャロラインは必死に取り繕おうとしていた。
「ら、拉致だなんてそんな……。わたくしはただ、姉に会いたかっただけですのよ?」

そういえば昔から、キャロラインは神経が太い子だった。今もまた、何とかこの場をやり過ごそうと頭を巡らせているようだ。やがて方針が決まったらしく、媚び入るような笑みを浮かべた。

「こうして閣下と直接お話をさせていただくのは、初めてですわね……! ああ、なんて美しい殿方なのかしら。閣下はお姿だけでなく、お心も素晴らしいに違いありませんわ……!」
そんなことを言いながら、キャロラインは一歩ずつこちらに近寄ってきた。

「奇病を解明するための医療研究をなさっているだなんて、本当にすばらしいお方! その研究がとうとう実を結んで、姉は目覚めたんですわね……家族としてお礼を言わせてくださいませ」

「……家族だと?」
レイが冷たく呟いた。

「ええ! 姉を目覚めさせてくれた閣下を、敬愛しますわ。……あなたのようにすばらしいお方と、お近づきになれたらどんなに素敵かしら!」
ねっとりとした声で言い、目をパチパチとしばたたかせながら。キャロラインはなおも近づいてくる。

「ねえ、アルシュバーン侯爵閣下。わたくしと仲良くしてくださらない? わたくしの夫があなたを困らせていることは、よくよく存じていますの。夫の弱みを教えますから、どうか今後はわたくしと――」

キャロラインが、右手をレイに伸ばしてくる。しかし彼女の手をレイは即座に払い落としていた。
「近寄るな、汚らわしい」
「!」
拒絶されるとは思わなかったらしく、キャロラインは顔面に深い皺を刻んだ。そんな彼女を、レイは鋭く断罪する。

「貴様の情報など不要だ。今回の愚行は、デヴォン侯爵家の社会的信用を大きく失墜させるだろう」
「……へ?」
ぽかん、とした顔でキャロラインは間抜けな声を漏らしていた。

「愛人が犯罪行為を働けば、デヴォン侯爵が管理責任を問われることになる。エルダを拉致しようとした罪と、当家の家令を恐喝した罪。貴様のこれら二つの罪を、王立裁判所に申し立ててやる」

「き、恐喝なんて……! それにエルダお姉さまはただの被験者で、用済みで放り出されたって……」
水を失った魚のように口をパクパクさせていたキャロラインは、やがてハッとした顔になり、マザー・グレンナを睨みつけた。

「こ、このババァ……! さては、わたしを騙したのね!?」
マザー・グレンナは明後日の方向を向いて聞こえないふりをしていた。……私には、いまいち状況が分からない。

レイが騎士の一人に「第九夫人を連れて行け」と命じる。騎士はすばやくキャロラインに縄をかけ、連行していった。

「いやぁあああ! ちょっと離して、離してよぉ――!!」
キャロラインの惨めな叫び声が、人気のない倉庫街に響いている。やがて残響の尾を引いて、彼女の声は聞こえなくなった。この場に残るのはレイと私とマザー・グレンナ。そして数名の騎士のみだ。

「――――はぁ」
レイは溜息をついてから、忌々しそうにマザー・グレンナを睨みつけた。
「グレンナ。あなたの処遇はどうしてやりましょうか」
「はて? なんのことでございましょうかね、旦那様?」
「貴様……」
ニヤニヤしているマザー・グレンナに食って掛かろうとしたレイを止め、私は彼に尋ねていた。

「どういうことなの!? 説明してよ……今のこと全部。私、全然わからないんだけれど!」
こんなところに連れ出された理由も。キャロラインに娼館送りにされそうになった理由も。レイが間一髪のタイミングで助けてくれた経緯も全然わからない。

混乱している私を見つめ、レイはもう一度溜息をついた。
「グレンナが、あなたを餌にしてデヴォン侯爵の愛人を罠にかけたのですよ。……まったく、こんなふざけた真似をするとは」

「おやおや、許可なら事前にお取りしたでしょう、旦那様? エルダの誕生日の夜に、『その件は一任する』とおっしゃったじゃありませんか」
「……っ!」

レイとマザー・グレンナが、また揉めそうになっている。相変わらず要領を得ない顔をしている私を見つめ、レイはこめかみに青筋を立てながら教えてくれた。

「デヴォン侯爵家と当家は敵対関係にありますが、今回の拉致未遂は第九夫人キャロラインの独断行為です。……エルダの近況を知ろうと接触してきた第九夫人を、グレンナが利用してデヴォン家を叩こうとしました」

「……レイは、マザーの計画を知っていたの?」
「そんな訳がないでしょう! 知っていたら、絶対にやらせません。グレンナの悪巧みを知ったのは、あなたが屋敷から逃亡した後のことです」

屋敷には、マザー・グレンナからの置き手紙が残っていたそうだ。その手紙にはキャロラインに伝えた偽情報の内容と、キャロラインとの取引日時と場所が書いていたらしい。

「馬車では到底間に合わず、三日三晩、馬を乗り継いでようやく間に合うかどうかのタイミングでした」
「旦那様が先回りできないように、日時設定には注意を払いましたのでねぇ。老骨に鞭打って考え抜いた作戦を、邪魔されてはかないませんから」
「今回ばかりは覚悟しろ、グレンナ」

「旦那様は年寄りにも容赦がございませんね。…………だがねぇ、頭を下げるのはあたしじゃなくて、お前たちじゃないのかい?」
……と。マザー・グレンナはいきなり口調を変えた。

「屋敷から引きずり出しでもしなきゃ、お前とエルダはごちゃごちゃ言い合ってばかりじゃないか。いい加減、その関係に白黒つけな。あたしは昔っから、グズが大嫌いなんだ」
「「……!」」
びしり。と、彼女は私達ふたりを指さした。その迫力が10年前とまるで変わらず、レイも私も絶句してしまう。

マザーは旅行鞄を一つ持つと、私たちの脇をすり抜けてつかつかと歩いていった。
「……グレンナ。どこへ行く気ですか」
「アルシュバーン領さ、切符は買ってある。……エルダはレイと一緒にお帰り」

まるでレイに処罰される可能性なんて、まったく考えていないような態度だ。マザーは振り返りもせず、そのまま歩き去っていったが――やがて突き当りの角を曲がる直前に、真顔でこちらをふり返った。

「エルダ、これだけは言っておく。『親代わり』だの何だのと、言い訳がましいことを考えるのはもうやめな。……私に言わせりゃ、あんたもレイも子どもなんだから」

マザー・グレンナを引き留めたいのに、何を言えばいいか分からない。そのまま彼女の姿は曲がり角の向こうに消えてしまった。

……嵐が去ったような静寂。


取り残された私とレイは、言葉を失くして立っていた。近くで控えていた二人の騎士が、ぽつりとつぶやくのが聞こえた。
「うわー……。やっぱり怖ぇな、あの婆さん」
「ほんと。昔から全然変わんないわ……」
そう呟いたのは、セージとバーネットだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

甘やかされた欲しがり妹は~私の婚約者を奪おうとした妹が思わぬ展開に!

柚屋志宇
恋愛
「お姉様の婚約者ちょうだい!」欲しがり妹ルビーは、ついにサフィールの婚約者を欲しがった。 サフィールはコランダム子爵家の跡継ぎだったが、妹ルビーを溺愛する両親は、婚約者も跡継ぎの座もサフィールから奪いルビーに与えると言い出した。 サフィールは絶望したが、婚約者アルマンディンの助けでこの問題は国王に奏上され、サフィールとルビーの立場は大きく変わる。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 ★2025/11/22:HOTランキング1位ありがとうございます。

処理中です...