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【3】私の騎士
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「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない」
私の意識とは無関係に、誰かが私の口を使って自らの名を『エデン・アーヴィス』と名乗った。私の大切な護衛騎士の名前を――。
(どういうことなの!?)
私は真っ白な空間の中で、頭を抱えて混乱していた。
ふと脳裏によぎったのは、以前に小説で読んだ『憑依』という心霊現象のことだ。
憑依とは、死んだ人の魂などが生者の肉体に乗り移ること。精霊信仰が栄えていた古代には、『聖女』と呼ばれる女性が自分の体に精霊や死者の魂を取り憑かせて、力を借りたり国難を救うための予言を求めたりしていたらしい。……でも、現代では憑依なんて歌劇や小説に出てくるだけだ。
ちなみに『聖女』が最後に出現したのも、千年前だと言われている。
にもかかわらず私は、『憑依』されているのだろうか?
まさかとは思うけれど……エデンに?
混乱している私をよそに、『私の体』は忌々し気に舌打ちをしていた。
「くそ! 俺が死んだりしなければ、ヴィオラ様を危険な目に遭わせずに済んだのに。不甲斐ない自分が情けない。死にさえしなければ今頃は、…………ん? 死??」
ぴくり。と、『私の体』が停止した。
なにかの異変に気付いたらしい。
「……え? 俺、どうした? どうやって殴ったんだ? ……って、何だこの体!」
怪訝な顔をしながら、『私の体』は両手をグーパーさせながらまじまじと見つめていた。顔をしかめて、顔や髪をガシガシといじくり回している。その手はやがて胸に触れ、びくりと身をこわばらせた。
「じょ、女性の体!?」
どういうことだ!? と叫んで、『私の体』は部屋の中をうろうろし始めた。そして鏡を見つけて覗き込み、絶叫した。
「あぁああああああああああああああああ――――!? お、俺、ヴィオラ様になってる!?」
大パニックだ。
すっかり取り乱している『体』に向かって、私は心の中から呼びかけた。
(ねぇ、私の話を聞いて! あなた、エデンなの?)
「――っ!?」
私の声が届いたらしい。『体』はきょろきょろし始めた。
「今、俺を呼んだのは……? どこかからヴィオラ様の声が」
(エデン! やっぱりあなた、エデンなのね!?)
「ヴィオラ様!? どこにいるんですか!?」
(たぶん、自分の心の中だと思うわ。あなたに憑依されて、私自身の魂は心の中から傍観している……みたいな感じだと思うの。たぶん)
「憑依!? 心の中……?」
驚きのあまり力が抜けたのか、『私』はその場にへたり込んでいた。それから、深呼吸して目を閉じた――意識を集中させようとしているみたいに。
次の瞬間、白い空間に一人の青年が現れた。
銀糸のようにきらめく髪と、灯火のような琥珀の瞳。線が細いようでいて、均整の取れた逞しい体躯。――その人はエデンそのものだった。王家の紋章入りの騎士服を纏っている。
この空間に、私と彼は2人きりで立っていた。
(エデン!)
(ヴィオラ様!?)
琥珀色の目を驚きに見開いて、エデンは私のもとに駆け寄ってきた。
私もエデンに歩み寄る。
――これは夢なのだろうか?
震える手を、私はエデンの頬へと伸ばした。びくり、とエデンが身をこわばらせて美しい顔を朱に染める。
あぁ、そうだ。この表情。幼い頃のエデンは、私が触れると今みたいに頬を赤くして困り顔になっていた。二度と会えないはずのエデンが、私のすぐ目の前にいるなんて……。
もし夢ならば、醒めないでほしい。
(あの、ヴィオラ様……)
泣き出しそうになっている私に、エデンが尋ねてきた。
(この白い世界は一体……。ここがあなたの心の中だというんですか?)
(私もよく分からないけれど、たぶん)
私も彼も少し体が透けていて、白い空間に立っている。
(俺があなたに憑依したというのは? 憑依なんて、あり得るんですか?)
(私も信じられないけれど……)
でも実際にエデンの魂に取り憑かれたと考えるしか、今の状況を説明できない。分からないことだらけだ。そもそもエデンは、とっくに死んでいて――
(……あなたは、2年も前に天に召されたはずでしょう? なぜ、ここにいるの?)
(俺は天になんて行ってません。体は竜と相討ちで死んだはずですが、魂だけはあなたのそばにいました)
――え?
(私のそばに?)
(はい)
悔しそうに顔をしかめ、エデンは絞り出すように言った。
(俺はクラーヴァル公爵家に嫁いだ後のあなたを、ずっと見ていました)
(……!)
エデンはずっと、そばにいたの……?
(そんな、まさか…………! ごめんなさい、私、全然気づかなかった……)
膝の力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまった。涙が勝手にぽろぽろ零れる。
エデンに申し訳がない。
死んでもなお、私のそばにいてくれたなんて。
申しわけないと思うと同時に、込み上げてきた温もりに私は戸惑っていた。
たとえ魂だけの存在だとしても、エデンと一緒なのは嬉しい。
エデンは悲しげな顔をして、私の隣に膝をついた。
(俺はただそばに居るだけで何の役にも立ちませんでした。あなたが毎日どれほど苦しい思いをしてきたのか、ずっと見ていたのに。――本当に申し訳ありません)
(謝るのは私のほうだわ。それに私、とても嬉しいのよ)
そばにいてくれてありがとう。私が泣き笑いでそう言うと、エデンは決意のこもった瞳で私を見つめた。
(俺は非力な自分に絶望していました。でもこれからは、ヴィオラ様を守ることができそうです!)
エデンはひざまずいて私の手を取り、甲に口づけをした。騎士の『忠誠のキス』だ。
手を取られても体温を感じず、唇の触れる感触もない――お互いに魂だけの状態だからかもしれない。
(なぜ憑依できたか分かりませんが、きっとヴィオラ様が、俺に助けを求めてくれたからだと思います)
(……私が?)
(はい。暴漢に襲われたあなたが、俺を呼ぶ声が聞こえました。そして気づいたときにはヴィオラの体で戦っていたんです。もうしばらく、俺に体をお貸しください。あなたを苦しめる奴らを俺は許しません)
これは、やはり夢なのだろうか?
エデンを恋しく思うあまり、私が見ている幻覚なのか。そんなことを思っていると、次の瞬間。
エデンは、ハッと鋭い表情になった。
(……何者かの気配を感じます)
(え?)
(外の様子を確認してきます)
そう言うと、エデンは白い空間から姿を消した。それと同時に現実の世界では、『私の体』が動き出す――エデンが操っているようだ。『私』は休憩室の扉を睨みつける。
――こん、こん、というノックが響いた。
「ねぇ、ヴィオラ奥様。体調はどうかしら?」
という猫撫で声が、扉の向こうから聞こえてきた。ローザ・フラメ女伯爵の声だ。
私が、忌々し気に舌打ちをする。
「ちっ。あの女、あなたの不貞を捏造しようとして、様子を見に来たんでしょうね」
(……!)
そうだった。
エデンに取り憑かれたことですっかり忘れていたけれど、私は窮地に立たされているのだ。
気絶して床で倒れている給仕服の男。
乱雑に散らかり切った部屋。
この状況を、どう切り抜けたらいいんだろう?
「ヴィオラ奥様、お休み中にごめんなさいね? でも廊下で控えていた侍女が『休憩室から大きな物音がする』と言うのよ。心配だから、様子を見に来てしまったわ。ねぇ、大丈夫?……あら、鍵を掛けているのかしら?」
わざとらしい口振りでそう言うと、フラメ女伯爵は「開けて下さらない?」と続けた。こちらからの返事がないとみて、さらに心配そうな声を出す。
「もし奥様の具合が悪いのなら、お医者様を呼んでさしあげますわ。外鍵があるから、扉を開けるわね?」
フラメ女伯爵はカギを開けて入室するつもりらしい。
絶句している私とは対照的に、私は力強い笑みを浮かべていた。
「ご心配には及びません、ヴィオラ様。あなたの騎士エデン・アーヴィスは、これより行動を開始いたします」
私の意識とは無関係に、誰かが私の口を使って自らの名を『エデン・アーヴィス』と名乗った。私の大切な護衛騎士の名前を――。
(どういうことなの!?)
私は真っ白な空間の中で、頭を抱えて混乱していた。
ふと脳裏によぎったのは、以前に小説で読んだ『憑依』という心霊現象のことだ。
憑依とは、死んだ人の魂などが生者の肉体に乗り移ること。精霊信仰が栄えていた古代には、『聖女』と呼ばれる女性が自分の体に精霊や死者の魂を取り憑かせて、力を借りたり国難を救うための予言を求めたりしていたらしい。……でも、現代では憑依なんて歌劇や小説に出てくるだけだ。
ちなみに『聖女』が最後に出現したのも、千年前だと言われている。
にもかかわらず私は、『憑依』されているのだろうか?
まさかとは思うけれど……エデンに?
混乱している私をよそに、『私の体』は忌々し気に舌打ちをしていた。
「くそ! 俺が死んだりしなければ、ヴィオラ様を危険な目に遭わせずに済んだのに。不甲斐ない自分が情けない。死にさえしなければ今頃は、…………ん? 死??」
ぴくり。と、『私の体』が停止した。
なにかの異変に気付いたらしい。
「……え? 俺、どうした? どうやって殴ったんだ? ……って、何だこの体!」
怪訝な顔をしながら、『私の体』は両手をグーパーさせながらまじまじと見つめていた。顔をしかめて、顔や髪をガシガシといじくり回している。その手はやがて胸に触れ、びくりと身をこわばらせた。
「じょ、女性の体!?」
どういうことだ!? と叫んで、『私の体』は部屋の中をうろうろし始めた。そして鏡を見つけて覗き込み、絶叫した。
「あぁああああああああああああああああ――――!? お、俺、ヴィオラ様になってる!?」
大パニックだ。
すっかり取り乱している『体』に向かって、私は心の中から呼びかけた。
(ねぇ、私の話を聞いて! あなた、エデンなの?)
「――っ!?」
私の声が届いたらしい。『体』はきょろきょろし始めた。
「今、俺を呼んだのは……? どこかからヴィオラ様の声が」
(エデン! やっぱりあなた、エデンなのね!?)
「ヴィオラ様!? どこにいるんですか!?」
(たぶん、自分の心の中だと思うわ。あなたに憑依されて、私自身の魂は心の中から傍観している……みたいな感じだと思うの。たぶん)
「憑依!? 心の中……?」
驚きのあまり力が抜けたのか、『私』はその場にへたり込んでいた。それから、深呼吸して目を閉じた――意識を集中させようとしているみたいに。
次の瞬間、白い空間に一人の青年が現れた。
銀糸のようにきらめく髪と、灯火のような琥珀の瞳。線が細いようでいて、均整の取れた逞しい体躯。――その人はエデンそのものだった。王家の紋章入りの騎士服を纏っている。
この空間に、私と彼は2人きりで立っていた。
(エデン!)
(ヴィオラ様!?)
琥珀色の目を驚きに見開いて、エデンは私のもとに駆け寄ってきた。
私もエデンに歩み寄る。
――これは夢なのだろうか?
震える手を、私はエデンの頬へと伸ばした。びくり、とエデンが身をこわばらせて美しい顔を朱に染める。
あぁ、そうだ。この表情。幼い頃のエデンは、私が触れると今みたいに頬を赤くして困り顔になっていた。二度と会えないはずのエデンが、私のすぐ目の前にいるなんて……。
もし夢ならば、醒めないでほしい。
(あの、ヴィオラ様……)
泣き出しそうになっている私に、エデンが尋ねてきた。
(この白い世界は一体……。ここがあなたの心の中だというんですか?)
(私もよく分からないけれど、たぶん)
私も彼も少し体が透けていて、白い空間に立っている。
(俺があなたに憑依したというのは? 憑依なんて、あり得るんですか?)
(私も信じられないけれど……)
でも実際にエデンの魂に取り憑かれたと考えるしか、今の状況を説明できない。分からないことだらけだ。そもそもエデンは、とっくに死んでいて――
(……あなたは、2年も前に天に召されたはずでしょう? なぜ、ここにいるの?)
(俺は天になんて行ってません。体は竜と相討ちで死んだはずですが、魂だけはあなたのそばにいました)
――え?
(私のそばに?)
(はい)
悔しそうに顔をしかめ、エデンは絞り出すように言った。
(俺はクラーヴァル公爵家に嫁いだ後のあなたを、ずっと見ていました)
(……!)
エデンはずっと、そばにいたの……?
(そんな、まさか…………! ごめんなさい、私、全然気づかなかった……)
膝の力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまった。涙が勝手にぽろぽろ零れる。
エデンに申し訳がない。
死んでもなお、私のそばにいてくれたなんて。
申しわけないと思うと同時に、込み上げてきた温もりに私は戸惑っていた。
たとえ魂だけの存在だとしても、エデンと一緒なのは嬉しい。
エデンは悲しげな顔をして、私の隣に膝をついた。
(俺はただそばに居るだけで何の役にも立ちませんでした。あなたが毎日どれほど苦しい思いをしてきたのか、ずっと見ていたのに。――本当に申し訳ありません)
(謝るのは私のほうだわ。それに私、とても嬉しいのよ)
そばにいてくれてありがとう。私が泣き笑いでそう言うと、エデンは決意のこもった瞳で私を見つめた。
(俺は非力な自分に絶望していました。でもこれからは、ヴィオラ様を守ることができそうです!)
エデンはひざまずいて私の手を取り、甲に口づけをした。騎士の『忠誠のキス』だ。
手を取られても体温を感じず、唇の触れる感触もない――お互いに魂だけの状態だからかもしれない。
(なぜ憑依できたか分かりませんが、きっとヴィオラ様が、俺に助けを求めてくれたからだと思います)
(……私が?)
(はい。暴漢に襲われたあなたが、俺を呼ぶ声が聞こえました。そして気づいたときにはヴィオラの体で戦っていたんです。もうしばらく、俺に体をお貸しください。あなたを苦しめる奴らを俺は許しません)
これは、やはり夢なのだろうか?
エデンを恋しく思うあまり、私が見ている幻覚なのか。そんなことを思っていると、次の瞬間。
エデンは、ハッと鋭い表情になった。
(……何者かの気配を感じます)
(え?)
(外の様子を確認してきます)
そう言うと、エデンは白い空間から姿を消した。それと同時に現実の世界では、『私の体』が動き出す――エデンが操っているようだ。『私』は休憩室の扉を睨みつける。
――こん、こん、というノックが響いた。
「ねぇ、ヴィオラ奥様。体調はどうかしら?」
という猫撫で声が、扉の向こうから聞こえてきた。ローザ・フラメ女伯爵の声だ。
私が、忌々し気に舌打ちをする。
「ちっ。あの女、あなたの不貞を捏造しようとして、様子を見に来たんでしょうね」
(……!)
そうだった。
エデンに取り憑かれたことですっかり忘れていたけれど、私は窮地に立たされているのだ。
気絶して床で倒れている給仕服の男。
乱雑に散らかり切った部屋。
この状況を、どう切り抜けたらいいんだろう?
「ヴィオラ奥様、お休み中にごめんなさいね? でも廊下で控えていた侍女が『休憩室から大きな物音がする』と言うのよ。心配だから、様子を見に来てしまったわ。ねぇ、大丈夫?……あら、鍵を掛けているのかしら?」
わざとらしい口振りでそう言うと、フラメ女伯爵は「開けて下さらない?」と続けた。こちらからの返事がないとみて、さらに心配そうな声を出す。
「もし奥様の具合が悪いのなら、お医者様を呼んでさしあげますわ。外鍵があるから、扉を開けるわね?」
フラメ女伯爵はカギを開けて入室するつもりらしい。
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