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【4】行動開始
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「あなたの騎士エデン・アーヴィスは、これより行動を開始いたします」
そう言うと、エデンは私の体を操って扉の方へと向かって行った。部屋は先程の乱闘で物が散らばり切っていて、給仕服の男は床で気絶したままだ。
がちゃり。私は、勢いよく扉を開け放った。
扉の向こうからカギを開けようとしていたローザ・フラメ女伯爵が、びくりと身をこわばらせた。
「何用だ、フラメ女伯爵閣下」
ぎろりと殺意をたぎらせて、そう問いかける私の姿に、フラメ女伯爵がぎょっとしている。
「え……い、いいえ、休憩室から激しい物音がすると、メイド達が言うものだから……」
フラメ女伯爵は私の着衣に乱れがないかジロジロ見ている。それから、私の肩越しに部屋の中を覗きこもうとして――。
「物音? あぁ、物音か。それならば」
私は悠然と笑いながら、気絶している男を指さした。
「あの給仕係のことだろう?」
「っ!!」
顔を引きつらせる女伯爵の横で、私はニヤリと唇を吊り上げた。
「あの給仕係は酒でも飲んでいたらしい――勤務中だというのに妙な話だな。入室した途端に一人でわめいて暴れた挙句、勝手に転んでそのまま眠ってしまった」
男の顔面には殴られた痕がくっきり残っているから、どこをどう見ても『勝手に転んだ』という説明は無理がある。無理があるのは承知の上で、エデンはわざと言っているのだろう。
「…………ヴィ、ヴィオラ奥様は……ご無事だったのかしら?」
「無論だ。私は遠巻きに奴を眺めていただけなので、あの男に指一本触れてはいない」
「……っ」
「おや。なにか言いたいことでもありそうな顔だが、何か?」
フラメ女伯爵が、恐怖に顔を引きつらせた。エデンの殺気に気圧されているようだ。
「フラメ女伯爵閣下。私は今この場で、事を荒立てるつもりはない。それは貴殿も同じだと思うが?」
私は笑みの形に唇を吊り上げ、殺気に満ちた瞳で彼女を射抜いた。
暴漢に襲わせたのを口外しないでやるから、ヴィオラ・クラーヴァルが正当防衛で反撃したことも不問にしろ――と。鋭い瞳で、私はフラメ女伯爵に無言の圧力をかけている。
「私の言いたいことを、あなたは理解できるだろうか」
「ひぃ!」
青ざめてこくこくと頷くフラメ女伯爵を冷たく見やると、私は彼女の脇をすり抜けて廊下へ出た。振り向きざまに、もう一度鋭く睨む。
「せっかくおもてなしをしていただいたのに恐縮だが、私はこれで失礼する。それではフラメ女伯爵閣下、ごきげんよう」
◆
廊下を歩いている私に向かって、そっと呼びかけてみた。
(ありがとう、エデン。あなたのおかげで何とか切り抜けられたわ)
「この程度の牽制は、造作もありません」
暴行が未遂だったとしても、密室に男性と二人きりで居たという事実だけで『不貞』呼ばわりされる可能性があった。フラメ女伯爵の罠から逃れられたのは、エデンのおかげだ。
「……本当はあの女をこの場で成敗してやりたいところですが、今は我慢しました。白兵戦を仕掛けるなら用意周到に、あるいは奇襲に限ります」
エデンはすっかり臨戦態勢だ。
「それでは、屋敷へ戻りましょう」
エデンは私の体を操ってパーティ会場に戻った。私の夫――ルシウス・クラーヴァル公爵を見つけて、一直線に向かって行く。
「!? ヴィオラ……」
ルシウス様の碧眼には、驚きの色が滲んでいる。平静を装いながら、注意深く私を観察していた。
「君の具合が悪くなったと聞いて驚いたよ。君に目を掛けられず、すまなかったね。……大丈夫だったかな?」
外面の良いルシウス様は『良き夫』を演じる方針のようで、気遣わしげな表情でこちらに手を伸ばしてきた。しかし、私は一歩退いてそれをかわす。
「ご心配には及びません。しかし、そろそろ屋敷に戻らせていただきます」
「……そうかい? それなら私も一緒に」
「いや、結構」
ぴしゃりと言って、私は凄絶な笑みを顔面に刻んだ。
「一人で帰ります。閣下はどうぞ、ごゆっくり」
◆
タウンハウスに戻る途中の、馬車の中。
私は溜息をついて、頭痛を抑えるような表情で眉間を押さえた。
「はぁ。体を動かす感覚は3年ぶりですが……それにしても、異様にだるい。頭痛と吐き気もしますが、ヴィオラ様はいつもこんな体調だったんですか?」
(……ええ)
エデンは平然と振る舞っていたけれど、実際は体の不調を感じていたらしい。私の体は、ずっとこんな調子なのだ。クラーヴァル家に嫁いでしばらくしたころから、だるさや吐き気に悩まされていた。
(でも、お医者様に診てもらっても異常はないと言われていたの。ただのストレスから来る不調に過ぎないって)
「これがただのストレス? あり得ません」
不服そうに、エデンは首を振っている。
「ヴィオラ様がつらそうにしている姿を、毎日見てはいましたが……ここまでだったとは」
(……ごめんなさい、エデン)
「なぜヴィオラ様が謝るんですか?」
(あなたが体を扱ってくれているおかげか、私自身は今あまり苦しくないの。不調をあなたに押し付けてしまって、本当にごめんなさい)
「ヴィオラ様が穏やかに過ごせているなら、俺は嬉しいです。不調なんていくらでも引き受けますよ」
馬車の座面に背中をもたれて、私は小さく笑っていた。
(ねぇ、これは夢じゃないのよね? 目が覚めたらあなたがいなくなっていたり……しないわよね?)
「これは現実です、ヴィオラ様」
嬉しかった。
これからは、誰よりも近い距離でエデンが一緒に居てくれる。
どんなつらい日々だって、エデンがいるなら耐えられると思った。
(ありがとう、エデン)
声を震わせてそう伝えると、私はくすぐったそうに笑っていた。
「俺は必ず、あなたを自由にしてみせます」
そう言うと、エデンは私の体を操って扉の方へと向かって行った。部屋は先程の乱闘で物が散らばり切っていて、給仕服の男は床で気絶したままだ。
がちゃり。私は、勢いよく扉を開け放った。
扉の向こうからカギを開けようとしていたローザ・フラメ女伯爵が、びくりと身をこわばらせた。
「何用だ、フラメ女伯爵閣下」
ぎろりと殺意をたぎらせて、そう問いかける私の姿に、フラメ女伯爵がぎょっとしている。
「え……い、いいえ、休憩室から激しい物音がすると、メイド達が言うものだから……」
フラメ女伯爵は私の着衣に乱れがないかジロジロ見ている。それから、私の肩越しに部屋の中を覗きこもうとして――。
「物音? あぁ、物音か。それならば」
私は悠然と笑いながら、気絶している男を指さした。
「あの給仕係のことだろう?」
「っ!!」
顔を引きつらせる女伯爵の横で、私はニヤリと唇を吊り上げた。
「あの給仕係は酒でも飲んでいたらしい――勤務中だというのに妙な話だな。入室した途端に一人でわめいて暴れた挙句、勝手に転んでそのまま眠ってしまった」
男の顔面には殴られた痕がくっきり残っているから、どこをどう見ても『勝手に転んだ』という説明は無理がある。無理があるのは承知の上で、エデンはわざと言っているのだろう。
「…………ヴィ、ヴィオラ奥様は……ご無事だったのかしら?」
「無論だ。私は遠巻きに奴を眺めていただけなので、あの男に指一本触れてはいない」
「……っ」
「おや。なにか言いたいことでもありそうな顔だが、何か?」
フラメ女伯爵が、恐怖に顔を引きつらせた。エデンの殺気に気圧されているようだ。
「フラメ女伯爵閣下。私は今この場で、事を荒立てるつもりはない。それは貴殿も同じだと思うが?」
私は笑みの形に唇を吊り上げ、殺気に満ちた瞳で彼女を射抜いた。
暴漢に襲わせたのを口外しないでやるから、ヴィオラ・クラーヴァルが正当防衛で反撃したことも不問にしろ――と。鋭い瞳で、私はフラメ女伯爵に無言の圧力をかけている。
「私の言いたいことを、あなたは理解できるだろうか」
「ひぃ!」
青ざめてこくこくと頷くフラメ女伯爵を冷たく見やると、私は彼女の脇をすり抜けて廊下へ出た。振り向きざまに、もう一度鋭く睨む。
「せっかくおもてなしをしていただいたのに恐縮だが、私はこれで失礼する。それではフラメ女伯爵閣下、ごきげんよう」
◆
廊下を歩いている私に向かって、そっと呼びかけてみた。
(ありがとう、エデン。あなたのおかげで何とか切り抜けられたわ)
「この程度の牽制は、造作もありません」
暴行が未遂だったとしても、密室に男性と二人きりで居たという事実だけで『不貞』呼ばわりされる可能性があった。フラメ女伯爵の罠から逃れられたのは、エデンのおかげだ。
「……本当はあの女をこの場で成敗してやりたいところですが、今は我慢しました。白兵戦を仕掛けるなら用意周到に、あるいは奇襲に限ります」
エデンはすっかり臨戦態勢だ。
「それでは、屋敷へ戻りましょう」
エデンは私の体を操ってパーティ会場に戻った。私の夫――ルシウス・クラーヴァル公爵を見つけて、一直線に向かって行く。
「!? ヴィオラ……」
ルシウス様の碧眼には、驚きの色が滲んでいる。平静を装いながら、注意深く私を観察していた。
「君の具合が悪くなったと聞いて驚いたよ。君に目を掛けられず、すまなかったね。……大丈夫だったかな?」
外面の良いルシウス様は『良き夫』を演じる方針のようで、気遣わしげな表情でこちらに手を伸ばしてきた。しかし、私は一歩退いてそれをかわす。
「ご心配には及びません。しかし、そろそろ屋敷に戻らせていただきます」
「……そうかい? それなら私も一緒に」
「いや、結構」
ぴしゃりと言って、私は凄絶な笑みを顔面に刻んだ。
「一人で帰ります。閣下はどうぞ、ごゆっくり」
◆
タウンハウスに戻る途中の、馬車の中。
私は溜息をついて、頭痛を抑えるような表情で眉間を押さえた。
「はぁ。体を動かす感覚は3年ぶりですが……それにしても、異様にだるい。頭痛と吐き気もしますが、ヴィオラ様はいつもこんな体調だったんですか?」
(……ええ)
エデンは平然と振る舞っていたけれど、実際は体の不調を感じていたらしい。私の体は、ずっとこんな調子なのだ。クラーヴァル家に嫁いでしばらくしたころから、だるさや吐き気に悩まされていた。
(でも、お医者様に診てもらっても異常はないと言われていたの。ただのストレスから来る不調に過ぎないって)
「これがただのストレス? あり得ません」
不服そうに、エデンは首を振っている。
「ヴィオラ様がつらそうにしている姿を、毎日見てはいましたが……ここまでだったとは」
(……ごめんなさい、エデン)
「なぜヴィオラ様が謝るんですか?」
(あなたが体を扱ってくれているおかげか、私自身は今あまり苦しくないの。不調をあなたに押し付けてしまって、本当にごめんなさい)
「ヴィオラ様が穏やかに過ごせているなら、俺は嬉しいです。不調なんていくらでも引き受けますよ」
馬車の座面に背中をもたれて、私は小さく笑っていた。
(ねぇ、これは夢じゃないのよね? 目が覚めたらあなたがいなくなっていたり……しないわよね?)
「これは現実です、ヴィオラ様」
嬉しかった。
これからは、誰よりも近い距離でエデンが一緒に居てくれる。
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(ありがとう、エデン)
声を震わせてそう伝えると、私はくすぐったそうに笑っていた。
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