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【20】夫の訪れ
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王家の馬車でタウンハウスに帰り着いたのは、日が暮れてからのことだった。
出来ることならルシウス様とは顔も合わせたくないから、タウンハウスを素通りして公爵領まで戻ってしまいたいくらいだけど……。勿論そんなわがままを言うわけにもいかず、タウンハウスの門をくぐった。
屋敷に入ると、侍女のリサが出迎えてきた。
玄関でルシウス様が待ち構えているのでは――と身構えていたけれど、ひとまず彼の顔を見ずに済んでよかった。
「ヴィオラ様、お帰りなさいませ。旦那様はお先にお戻りですが……?」
「ええ、知っているわ」
私の着替えを手伝いながら、リサは声を落として気遣うように尋ねてきた。
「私が聞いていいことじゃないかもしれませんが、宮廷で何かあったんですか? 旦那様はちょっとイライラしてる感じでしたし……ヴィオラ様が戻ってきたら『執務室に来るように』と伝えろとおっしゃっていました」
「そう、……わかったわ、あとで行くから」
着替えは済ませたけれど、ルシウス様のところに行く気にはならなかった。
これから延々と魔塩のことを問い詰められるのかと思うと、どう躱すべきか……思考がまとまらない。
いったん自分の部屋に戻って、一息つくことにした。
自室に戻るや、私はベッドに寝転んだ。色々なことがありすぎて、頭の整理が追いつかない。
林の中で感じた、あの気配のこと。
レオカディオ殿下に告げられた、エデンのこと――。
頭の中がぐちゃぐちゃで、一緒に居るはずのエデンの声が聞こえない。いつもなら、私が困っているとすぐに声を掛けてくれるのに。
――エデンは今、何を考えているのかしら。
深い呼吸とともに目を閉じ、心の中に意識を向けた。靄がかった真っ白い世界のなかで、エデンは静かに佇んでいる。険しい表情で、何かを考え込んでいるようだ。私が心の中に来たことにも、彼は気づいていないらしい。
ひどく殺気立った彼の態度に、違和感を覚えた私は問いかけていた。
(エデン、だいじょうぶ?)
彼はハッと顔を上げた。琥珀の瞳と視線が交わる。
(! ……ヴィオラ様)
(とても怖い顔をしていたわ。何を考えていたの?)
(……林の中で感じた気配のことです。思い違いであってほしいと、勘違いに違いないと、自分に言い聞かせようとしていました。しかし、…………)
エデンは言葉を選ぶようにして口を閉じたが、やがてはっきりと言った。
(ごく微弱ではありましたが、災禍の竜が発する気配に違いありません。災禍の竜はおそらく、あの付近でまだ生きています)
……そんな、まさか。
滅びたはずの化け物の名を聞いて、私はぞくりと震えた。
たった一匹で国土の約一割を汚染した、災禍の竜。瘴気を撒き散らして暴れ、数十万人の人々の命や生活を奪った。国内南部では多くの産業が壊滅状態に陥り、今なお国全体の経済にも暗い影を残している。
(あの化け物が……まだ生きているというの? それも、王城に?)
(はい。なぜ王城内で感じたのかは分かりませんが、あれは間違いなく災禍の竜の気配です)
(でも! 3年前にエデンが倒したんでしょう!?)
エデンは、緊迫した顔でうなずいている。
(俺自身とともに封印結晶に閉ざして、殺したはずです)
私自身は災禍の竜を見たことはない。
しかし山のように巨大だとか、8つの頭と灼熱の鱗を持つおそろしい姿だとかいう話は知っている。
ようやくこの国は復興に歩み出したというのに、再び竜が暴れ出したらどんな悲惨なことになるか――。
(状況を確認しなければなりません。もし奴がまだ生きているなら、確実に殺さなければ)
(……でもどうやって?)
(レオの協力を得るのが一番だと思います。ですが、どう切り出すべきか。あいつだって竜の気配には気づいているはずなんです――魔法の才能がある者ならば、竜の気配を察知できないわけがありませんから。しかしレオは、落ち着き払った様子でした。陛下や宮廷の人々も、脅威に怯える様子はありません。そんな状況で、どうやって協力を引き出したらいいか……)
(エデンの魂が私に憑依していることを、正直に伝えるのはどう?)
エデンは驚いたように目を見開いた。
(エデンは『救国の英雄』なんだから、その英雄が竜について問いただせば耳を貸してくれるんじゃないかしら)
(憑依のことを明かす? ……本気ですか。信じてもらえるとは思えませんし、ヴィオラ様が『頭がおかしい』と思われる可能性だって……)
(そんなの平気よ)
なんとなく、レオカディオ殿下は信じてくれそうな気がする。
(明日、もう一度王城へ行きましょう。殿下に会わせていただいて、全部の事情を話すの。それで――)
熱を込めて私が話していたそのとき。
話を遮るようにして、ノックの音が室内に響いた。
私はとっさにエデンとの対話と切り上げ、現実に戻ってベッドから起きあがった。
「どうぞ」
……リサが来たのだとばかり思っていたのに。入室してきた人物は、私の予想とは違っていた。
「やぁ。遅いお帰りじゃあないか。殿下との歓談は、楽しかったかな?」
「……ルシウス様!」
私の部屋に入ってくるルシウス様の姿を見て、私は顔をこわばらせていた。
出来ることならルシウス様とは顔も合わせたくないから、タウンハウスを素通りして公爵領まで戻ってしまいたいくらいだけど……。勿論そんなわがままを言うわけにもいかず、タウンハウスの門をくぐった。
屋敷に入ると、侍女のリサが出迎えてきた。
玄関でルシウス様が待ち構えているのでは――と身構えていたけれど、ひとまず彼の顔を見ずに済んでよかった。
「ヴィオラ様、お帰りなさいませ。旦那様はお先にお戻りですが……?」
「ええ、知っているわ」
私の着替えを手伝いながら、リサは声を落として気遣うように尋ねてきた。
「私が聞いていいことじゃないかもしれませんが、宮廷で何かあったんですか? 旦那様はちょっとイライラしてる感じでしたし……ヴィオラ様が戻ってきたら『執務室に来るように』と伝えろとおっしゃっていました」
「そう、……わかったわ、あとで行くから」
着替えは済ませたけれど、ルシウス様のところに行く気にはならなかった。
これから延々と魔塩のことを問い詰められるのかと思うと、どう躱すべきか……思考がまとまらない。
いったん自分の部屋に戻って、一息つくことにした。
自室に戻るや、私はベッドに寝転んだ。色々なことがありすぎて、頭の整理が追いつかない。
林の中で感じた、あの気配のこと。
レオカディオ殿下に告げられた、エデンのこと――。
頭の中がぐちゃぐちゃで、一緒に居るはずのエデンの声が聞こえない。いつもなら、私が困っているとすぐに声を掛けてくれるのに。
――エデンは今、何を考えているのかしら。
深い呼吸とともに目を閉じ、心の中に意識を向けた。靄がかった真っ白い世界のなかで、エデンは静かに佇んでいる。険しい表情で、何かを考え込んでいるようだ。私が心の中に来たことにも、彼は気づいていないらしい。
ひどく殺気立った彼の態度に、違和感を覚えた私は問いかけていた。
(エデン、だいじょうぶ?)
彼はハッと顔を上げた。琥珀の瞳と視線が交わる。
(! ……ヴィオラ様)
(とても怖い顔をしていたわ。何を考えていたの?)
(……林の中で感じた気配のことです。思い違いであってほしいと、勘違いに違いないと、自分に言い聞かせようとしていました。しかし、…………)
エデンは言葉を選ぶようにして口を閉じたが、やがてはっきりと言った。
(ごく微弱ではありましたが、災禍の竜が発する気配に違いありません。災禍の竜はおそらく、あの付近でまだ生きています)
……そんな、まさか。
滅びたはずの化け物の名を聞いて、私はぞくりと震えた。
たった一匹で国土の約一割を汚染した、災禍の竜。瘴気を撒き散らして暴れ、数十万人の人々の命や生活を奪った。国内南部では多くの産業が壊滅状態に陥り、今なお国全体の経済にも暗い影を残している。
(あの化け物が……まだ生きているというの? それも、王城に?)
(はい。なぜ王城内で感じたのかは分かりませんが、あれは間違いなく災禍の竜の気配です)
(でも! 3年前にエデンが倒したんでしょう!?)
エデンは、緊迫した顔でうなずいている。
(俺自身とともに封印結晶に閉ざして、殺したはずです)
私自身は災禍の竜を見たことはない。
しかし山のように巨大だとか、8つの頭と灼熱の鱗を持つおそろしい姿だとかいう話は知っている。
ようやくこの国は復興に歩み出したというのに、再び竜が暴れ出したらどんな悲惨なことになるか――。
(状況を確認しなければなりません。もし奴がまだ生きているなら、確実に殺さなければ)
(……でもどうやって?)
(レオの協力を得るのが一番だと思います。ですが、どう切り出すべきか。あいつだって竜の気配には気づいているはずなんです――魔法の才能がある者ならば、竜の気配を察知できないわけがありませんから。しかしレオは、落ち着き払った様子でした。陛下や宮廷の人々も、脅威に怯える様子はありません。そんな状況で、どうやって協力を引き出したらいいか……)
(エデンの魂が私に憑依していることを、正直に伝えるのはどう?)
エデンは驚いたように目を見開いた。
(エデンは『救国の英雄』なんだから、その英雄が竜について問いただせば耳を貸してくれるんじゃないかしら)
(憑依のことを明かす? ……本気ですか。信じてもらえるとは思えませんし、ヴィオラ様が『頭がおかしい』と思われる可能性だって……)
(そんなの平気よ)
なんとなく、レオカディオ殿下は信じてくれそうな気がする。
(明日、もう一度王城へ行きましょう。殿下に会わせていただいて、全部の事情を話すの。それで――)
熱を込めて私が話していたそのとき。
話を遮るようにして、ノックの音が室内に響いた。
私はとっさにエデンとの対話と切り上げ、現実に戻ってベッドから起きあがった。
「どうぞ」
……リサが来たのだとばかり思っていたのに。入室してきた人物は、私の予想とは違っていた。
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