望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ

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【21】逃走

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ルシウス様が、私の部屋へと入って来た。

普段の彼は私と接点を持とうとはせず、部屋に来るのもこれが初めてだ。
まさかルシウス様が訪れるとは思わなかったので、私は緊張感で凍り付いていた。


「やぁ。随分と遅いお帰りじゃあないか。殿下とのご歓談は、楽しかったかな?」

彼は淡い作り笑いを浮かべて、そんなことを言ってくる。
てっきり『魔塩の取引を当家に融通しろ』と責められると思っていたから、少し意外だ。
少なくとも今は、なじったり非難したりする気はないらしい。……では、何をしに私の部屋へ?

「君が帰宅したら私の部屋に来るように――と侍女に伝えていたのだが、行き違いがあったようだ。いつまで待っても来ないから、しびれを切らして来てしまったよ。今日は疲れただろう? 体調は大丈夫かい?」

やたらと馴れ馴れしい。私の食事に薬物を盛っていたくせに、なにが『体調は大丈夫かい?』よ。私が「大丈夫です」と答えると、彼は静かに頷いていた。……どうして急に私をおもねるような態度を取るの? 

「そんなに怖い顔をしないでくれ。私は、君に謝りに来たんだ」

……謝りに?

「結婚してから今まで、私は仕事にかまけてばかりで君をかまってやれなかっただろう? それを反省していたんだ。最近は君の体調も良さそうだし、今後は普通の夫婦としての関係性を築いていければと思っている」

――ああ、そう言うことなのね。
彼の魂胆が透けて見えて、私はとても不快になった。

私の利用価値が跳ね上がったから、虐げたり脅したりするのはやめて、媚びを売る方針に切り替えたのだろう。魔塩事業に関与しており、国王や王子とも接点を持った今の私は、ルシウス様にとっては『価値ある駒』に昇格したらしい。

(……ヴィオラ様、俺が出ます)
――大丈夫よ、エデン。私が言いたいの。

「ルシウス様、出て行ってください。あなたと今さら親しくする気はありません」

ぴしゃりと言うと、彼はやや驚いたように動きを止めた。顔面に張り付けられた微笑の奥で、冷たい怒気が噴きあがっているのが見える。

「夫に対して、ずいぶんと尊大な口をきくじゃないか。このクラーヴァル家に輿入れし女性として、恥ずべき態度だとは思わないのかい」

「思いません。仮初めの夫婦関係も、名実ともに終わらせていただいて構いません」
「終わりだと?」

「ええ。あなたはずっと、私に離縁を申し出てほしがっていたでしょう? お望みどおりに、終わりにしてさしあげます。国王陛下もきっと大目に見てくださるでしょう。今の私とノイリス家は、魔塩事業の功労者ですから」


「……そんなふうに、君の思うように事が運ぶと思うかい?」

――え?

何が起きたか、一瞬理解できなかった。
力任せに押し倒されて、ベッドに組み伏せられていたから。

「……な、何を、」
「君だってこの国の離婚の受理要件くらいは知っているだろう。離婚が認められるのは、子供のいない夫婦のみだ」

言わんとするところを理解して、鳥肌が立った。
たとえ夫婦関係が冷え切っていても、相手がどれほど不実でも、夫婦間に子どもが為された場合に離婚は受理されない――そういう法がこの国にはある。
離婚を前提とするなら、子を為すようなことはできない。しかし、今の状況は――。

「私の子を授かれば、離婚はできないよ。この家に縛り付けてやるから、魔塩のことはそのときにでも打ち明けてくれればいい」
「……や、やめて」
「さっそく試してみようか」


――嫌!!



ばき……! という重たい音と同時に、組み敷かれていた体が自由になった。ルシウス様が、床に尻餅をついている。

「触れるな、下郎」
氷のように冷たい目で、エデンはルシウス様を見下ろしていた。

「……夫に手を上げるとは。とんだ愚妻だ」
憎々しそうに顔を歪めて、ルシウス様はゆらりと立ち上がった。


(エデン、屋敷を出ましょう!)
エデンがハッとした表情になる。

こんな屑のような人に振り回されるのは、もう御免だ。
公爵ルシウス様に権力をかざされたら抗うすべはないし、災禍の竜のことだって一刻も早く確認しないといけないのに。

(お願いだから、こんな屋敷から逃げましょう!!)

私の叫びを聞き入れて、エデンは脱兎のごとく駆け出していた。
中庭を抜け、屋敷の裏の茂みに滑り込む。

その先に見えてきたのは、敷地の内外を仕切る背の高い鉄柵だ。高さ4メートルはありそうな鉄柵は、到底越えられそうもない――しかしエデンは、風の魔法を使ってふわりと飛び越えていた。

ルームドレスをはためかせ、軽やかに着地する。

(なんとかして、レオカディオ殿下と接点を持たないと――)
「でしたら、俺に任せてください」


エデンは猛然と駆け出して、タウンハウスから遠ざかっていった。
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