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【27】災禍の竜
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――翌日。
物々しい空気の中、地下霊廟内には三十三名の竜伐隊騎士達が配備されていた。閉鎖空間での機動力を確保するため、人員は少数精鋭だ。
前衛・後衛が各十数名、残りは支援役として回復や補助を行う。
予備の部隊が墓室の外で待機していて、戦局に次第で入れ替わって戦うことになっている。
全体の指揮はレオカディオ殿下に委ねられており、私は支援役の一人という配役だ。
私は騎士服を纏って他の騎士同様に帯剣しているけれど、実際には剣で戦う予定ではない。最前衛で戦っていた生前とは違って、私の体を使っている今のエデンでは足手まといになりかねないのだ。
レオカディオ殿下と最前衛の騎士達が、巨大な結晶を取り囲んで解呪をし始めた。
氷の塊のようだった結晶の表面から、湯気が立ち始める。硬質な結晶全体が、汗を掻くように溶けていく。
――動いた。
ぶるりと震えるように身動きをする災禍の竜に、場の一同が息を呑む。
頭を切断された途中までの首が7本。最後に残った頭が1つ――ギラリと憎しみに満ちた赤い瞳で、私を睨んだ。
心の中で引きつった悲鳴を上げる私に向かって、エデンは「大丈夫ですよ」と囁いた。竜はおぞましい咆哮を上げ、灼熱色の鱗をうねらせてこちらを標的と定める。身を低くして全身の筋肉を緊張させた竜が、こちらに飛び掛かる準備動作を始めたかに思えた瞬間――。
「雷撃、放て!」
レオカディオ殿下の号令に、前衛の騎士達が放った幾筋もの雷撃が竜を襲った。しかし、竜は俊敏だ。収縮した筋肉がバネのように弾け、雷撃の半分近くを躱して飛び退っていた。
「寝起きだってのに随分と良い動きをしやがる……」
「頭1つでもこれだけ早く動くのか!」
騎士達がそう毒づくのが聞こえた。
竜は大きくかぶりを振って、嘔吐《えず》くようなそぶりを見せた。私が顔色を変えて叫ぶ。
「瘴気を吐くぞ!」
「総員、浄化を唱えろ!」
私とレオカディオ殿下の声が重なり、騎士全員が『浄化魔法』と呼ばれる術式を展開した。災禍の竜を取り囲み、幾重にも浄化魔法の白い光で包み込む。瘴気は無事に防ぎきれた。
竜は太い尾を振るって暴れた。事前に準備しておいた防護の魔導具がなければ、無事では済まなかっただろう。入念な対策を整えた上での討伐戦は、危うげなく進行しているかのように見える。
「災禍の竜の弱点は首だ! 前衛迫撃せよ、後衛は氷矢で援護!」
殿下の指揮のもと、騎士達の連携は美しいものだった。
前衛が一挙に竜へと迫り、魔法賦与された長剣を振るう。
竜の首を一太刀で切り落とすことはできないそうで、立て続けに深い斬撃を浴びせ続けなければ肉が再生してしまうらしい。
「前衛、いったん下がれ! 障壁、構え!」
竜に致命的な一手を与えることは難しく、騎士達に消耗の色が見えてきた。
控えの部隊と切り替えながら、じりじりと戦いが続いていく。とはいえ一人の犠牲者も出さずに、伝説と呼ばれる魔物と対等に渡り合えているのはすごいことだ。
たとえ長引いたとしても、このままならいつかは勝てるに違いない……。
でも、エデンは口惜しそうにぎりりと歯を食いしばって戦局を見つめていた。『救国の英雄』と呼ばれた生前のエデンなら、今の状況を一瞬で打破できたのかもしれない。
そのとき前衛騎士の一人が大きく跳躍し、陣形を乱して単身で竜に迫った。事前訓練にはない動きだ。
「おい、焦るなジャン!」
殿下の静止命令もむなしく、ジャンと呼ばれた若い騎士が竜の首背部に飛び乗った。自身の剣を竜の首に突き立てようとする。
「刺突は無駄だ! やめろ!!」
その騎士が平常心を失っているのは明らかだった。家族と思しき名を叫び、仇を討つと怒鳴りながら執拗に刺突を試みている。かさかさと鱗のこすれる音を立て、竜はゆらりと首をくねらせて振り返った。残忍な目で、侮るように彼を見ている。
「ジャン!!」
仲間の騎士がジャンを救おうと陣形を乱した。
場の統率が一瞬のうちに崩れる。災禍の竜はジャンに喰らい付き、悲鳴と怒声が霊廟に響き――
「やめろ――!!」
私は走り出していた。
竜の背後から全速力で駆け寄って、一足飛びに跳躍。巨竜の太い尾へと飛び乗った。
私は風のようだった。
うねる体躯を駆けあがり、あっという間に首へと至る。頭部と首の接合部分を切りつけた。
裂帛の気合いと共に、私は執拗に斬撃を繰り出し続けた。
巧みに太刀を浴びせかけ、蛇の肉を削いでいく。
その凄まじい剣戟が、私自身の体で為されているのが信じられない……私は呆然としたまま、私の動きを見つめていた。
深く、さらに深く竜の内部へと切り込んでいき、私は情け容赦なく災禍の竜を切りつけている。
どぐん、という胸の悪くなる音とともに、握っていた剣の手ごたえが失せる。――目の前にあったはずの竜の頭部が、ゆっくりと落下していくのが見えた。
「エデンが竜の首を落としたぞ!! この機を逃すな。総員、竜の心臓を潰せ。完全に葬り去るんだ」
そこから先は、あっという間だ。
痙攣していた竜の体は、やがて完全に動かなくなった。直後にじゅわりと沸騰するように竜の体躯が燃え上がり、骨すら残らず灰と化す。
「やったのか……?」
「………………やったぞ!! 今度こそ災禍の竜を討ち取ったんだ!」
霊廟を満たす鬨《とき》の声を、私はぜいぜいと息をつきながら聞いていた。
膝が震えて足に力が入らなくなり、へたり込んでしまう。手に持っていた長剣が、からん……と床に落ちた。この剣で、私の体で、エデンは竜を倒してくれた。
「やった……」
胸の内から喜びが湧きあがる。
今度こそ災禍の竜を滅ぼしたのだ。
「やった……やったわ! エデン!!」
私は声の限りに叫び、そして同時に違和感に気付いた。
私の体は、エデンが操っていたはずなのに。
なぜか私が表に出ている。エデンの気配を……感じない……。
「どうしたの……ねぇ、居るんでしょう? エデン」
胸に手を当て、私は必死に呼びかけた。けれどもエデンは応えてくれない。
「どこにいるの? ねぇ、答えて……!?」
いつでも一緒にいてくれるはずの彼の存在を、なぜだか今は感じなかった。
重鎮会議の席で言っていた、エデンの言葉がよみがえる。
『ひょっとすると、現世にとどまれる時間はもう長くないのではないか……あるいは、竜を討ち果たすために自分は生かされているのではないか』
私の目から、涙がこぼれ落ちていった。
「……うそでしょう?」
決戦前夜に言われた言葉がよみがえる。――『ヴィオラ様が幸せにならないと、俺は安心して天に昇れませんよ』
「いやよ。そんなの――」
レオカディオ殿下や周囲の騎士達の視線が集まるのを構わず、私はその場にうずくまって大声で泣き叫んでいた。
「答えて! 答えてよ…………エデン!! 私を、おいて行かないで」
(はい)
はい、って……?
今、どこから聞こえたの?
自分の頭の中から響いたエデンの声だと気が付いて、私は悲鳴のように叫んだ。
「エデン!? いるの!?」
(はい。まだヴィオラ様の中にいます……)
疲れてくたくたなエデンの声が、私の中で響いていた。
(すみません、少し意識が飛びました。あんなふうに戦うのは、久しぶりでしたので)
「……もう! 心配させないで。てっきり、あなたが消えちゃったのかと……」
私はエデンを叱りながら、自分自身をぎゅっと抱きしめていた。
「よかった……本当に」
(良かったのでしょうか……? 竜を倒したら俺の役目は終わりかと思っていました。このまま一生ヴィオラ様に取り憑き続けていたら、あなたが幸せになれません)
「まだそんなことを言っているの!?」
わたしがエデンと言い合いをしていると。
「――大変だ!!」
唐突に、騎士たちの声が上がった。
「生きてる……大変だ、まだ息があるぞ!」
びくりとわたしは身をこわばらせた。
完全に死んだはずの災禍の竜が、まだ生きているというの……!?
でも、どうやら違うようだ。
レオカディオ殿下や騎士達は、嬉しそうに「生きてる」「良かった、生きてる!」と目を輝かせている。目に涙を浮かべて喜ぶ人もいた。
「エデン、ヴィオラ夫人! 早くこちらへ!!」
レオカディオ殿下はこちらへやって来て、私の手を引っ張った。
「殿下……どうなさったのですか!?」
「エデンが生きている! エデンの体が、呼吸しているんだ!!」
物々しい空気の中、地下霊廟内には三十三名の竜伐隊騎士達が配備されていた。閉鎖空間での機動力を確保するため、人員は少数精鋭だ。
前衛・後衛が各十数名、残りは支援役として回復や補助を行う。
予備の部隊が墓室の外で待機していて、戦局に次第で入れ替わって戦うことになっている。
全体の指揮はレオカディオ殿下に委ねられており、私は支援役の一人という配役だ。
私は騎士服を纏って他の騎士同様に帯剣しているけれど、実際には剣で戦う予定ではない。最前衛で戦っていた生前とは違って、私の体を使っている今のエデンでは足手まといになりかねないのだ。
レオカディオ殿下と最前衛の騎士達が、巨大な結晶を取り囲んで解呪をし始めた。
氷の塊のようだった結晶の表面から、湯気が立ち始める。硬質な結晶全体が、汗を掻くように溶けていく。
――動いた。
ぶるりと震えるように身動きをする災禍の竜に、場の一同が息を呑む。
頭を切断された途中までの首が7本。最後に残った頭が1つ――ギラリと憎しみに満ちた赤い瞳で、私を睨んだ。
心の中で引きつった悲鳴を上げる私に向かって、エデンは「大丈夫ですよ」と囁いた。竜はおぞましい咆哮を上げ、灼熱色の鱗をうねらせてこちらを標的と定める。身を低くして全身の筋肉を緊張させた竜が、こちらに飛び掛かる準備動作を始めたかに思えた瞬間――。
「雷撃、放て!」
レオカディオ殿下の号令に、前衛の騎士達が放った幾筋もの雷撃が竜を襲った。しかし、竜は俊敏だ。収縮した筋肉がバネのように弾け、雷撃の半分近くを躱して飛び退っていた。
「寝起きだってのに随分と良い動きをしやがる……」
「頭1つでもこれだけ早く動くのか!」
騎士達がそう毒づくのが聞こえた。
竜は大きくかぶりを振って、嘔吐《えず》くようなそぶりを見せた。私が顔色を変えて叫ぶ。
「瘴気を吐くぞ!」
「総員、浄化を唱えろ!」
私とレオカディオ殿下の声が重なり、騎士全員が『浄化魔法』と呼ばれる術式を展開した。災禍の竜を取り囲み、幾重にも浄化魔法の白い光で包み込む。瘴気は無事に防ぎきれた。
竜は太い尾を振るって暴れた。事前に準備しておいた防護の魔導具がなければ、無事では済まなかっただろう。入念な対策を整えた上での討伐戦は、危うげなく進行しているかのように見える。
「災禍の竜の弱点は首だ! 前衛迫撃せよ、後衛は氷矢で援護!」
殿下の指揮のもと、騎士達の連携は美しいものだった。
前衛が一挙に竜へと迫り、魔法賦与された長剣を振るう。
竜の首を一太刀で切り落とすことはできないそうで、立て続けに深い斬撃を浴びせ続けなければ肉が再生してしまうらしい。
「前衛、いったん下がれ! 障壁、構え!」
竜に致命的な一手を与えることは難しく、騎士達に消耗の色が見えてきた。
控えの部隊と切り替えながら、じりじりと戦いが続いていく。とはいえ一人の犠牲者も出さずに、伝説と呼ばれる魔物と対等に渡り合えているのはすごいことだ。
たとえ長引いたとしても、このままならいつかは勝てるに違いない……。
でも、エデンは口惜しそうにぎりりと歯を食いしばって戦局を見つめていた。『救国の英雄』と呼ばれた生前のエデンなら、今の状況を一瞬で打破できたのかもしれない。
そのとき前衛騎士の一人が大きく跳躍し、陣形を乱して単身で竜に迫った。事前訓練にはない動きだ。
「おい、焦るなジャン!」
殿下の静止命令もむなしく、ジャンと呼ばれた若い騎士が竜の首背部に飛び乗った。自身の剣を竜の首に突き立てようとする。
「刺突は無駄だ! やめろ!!」
その騎士が平常心を失っているのは明らかだった。家族と思しき名を叫び、仇を討つと怒鳴りながら執拗に刺突を試みている。かさかさと鱗のこすれる音を立て、竜はゆらりと首をくねらせて振り返った。残忍な目で、侮るように彼を見ている。
「ジャン!!」
仲間の騎士がジャンを救おうと陣形を乱した。
場の統率が一瞬のうちに崩れる。災禍の竜はジャンに喰らい付き、悲鳴と怒声が霊廟に響き――
「やめろ――!!」
私は走り出していた。
竜の背後から全速力で駆け寄って、一足飛びに跳躍。巨竜の太い尾へと飛び乗った。
私は風のようだった。
うねる体躯を駆けあがり、あっという間に首へと至る。頭部と首の接合部分を切りつけた。
裂帛の気合いと共に、私は執拗に斬撃を繰り出し続けた。
巧みに太刀を浴びせかけ、蛇の肉を削いでいく。
その凄まじい剣戟が、私自身の体で為されているのが信じられない……私は呆然としたまま、私の動きを見つめていた。
深く、さらに深く竜の内部へと切り込んでいき、私は情け容赦なく災禍の竜を切りつけている。
どぐん、という胸の悪くなる音とともに、握っていた剣の手ごたえが失せる。――目の前にあったはずの竜の頭部が、ゆっくりと落下していくのが見えた。
「エデンが竜の首を落としたぞ!! この機を逃すな。総員、竜の心臓を潰せ。完全に葬り去るんだ」
そこから先は、あっという間だ。
痙攣していた竜の体は、やがて完全に動かなくなった。直後にじゅわりと沸騰するように竜の体躯が燃え上がり、骨すら残らず灰と化す。
「やったのか……?」
「………………やったぞ!! 今度こそ災禍の竜を討ち取ったんだ!」
霊廟を満たす鬨《とき》の声を、私はぜいぜいと息をつきながら聞いていた。
膝が震えて足に力が入らなくなり、へたり込んでしまう。手に持っていた長剣が、からん……と床に落ちた。この剣で、私の体で、エデンは竜を倒してくれた。
「やった……」
胸の内から喜びが湧きあがる。
今度こそ災禍の竜を滅ぼしたのだ。
「やった……やったわ! エデン!!」
私は声の限りに叫び、そして同時に違和感に気付いた。
私の体は、エデンが操っていたはずなのに。
なぜか私が表に出ている。エデンの気配を……感じない……。
「どうしたの……ねぇ、居るんでしょう? エデン」
胸に手を当て、私は必死に呼びかけた。けれどもエデンは応えてくれない。
「どこにいるの? ねぇ、答えて……!?」
いつでも一緒にいてくれるはずの彼の存在を、なぜだか今は感じなかった。
重鎮会議の席で言っていた、エデンの言葉がよみがえる。
『ひょっとすると、現世にとどまれる時間はもう長くないのではないか……あるいは、竜を討ち果たすために自分は生かされているのではないか』
私の目から、涙がこぼれ落ちていった。
「……うそでしょう?」
決戦前夜に言われた言葉がよみがえる。――『ヴィオラ様が幸せにならないと、俺は安心して天に昇れませんよ』
「いやよ。そんなの――」
レオカディオ殿下や周囲の騎士達の視線が集まるのを構わず、私はその場にうずくまって大声で泣き叫んでいた。
「答えて! 答えてよ…………エデン!! 私を、おいて行かないで」
(はい)
はい、って……?
今、どこから聞こえたの?
自分の頭の中から響いたエデンの声だと気が付いて、私は悲鳴のように叫んだ。
「エデン!? いるの!?」
(はい。まだヴィオラ様の中にいます……)
疲れてくたくたなエデンの声が、私の中で響いていた。
(すみません、少し意識が飛びました。あんなふうに戦うのは、久しぶりでしたので)
「……もう! 心配させないで。てっきり、あなたが消えちゃったのかと……」
私はエデンを叱りながら、自分自身をぎゅっと抱きしめていた。
「よかった……本当に」
(良かったのでしょうか……? 竜を倒したら俺の役目は終わりかと思っていました。このまま一生ヴィオラ様に取り憑き続けていたら、あなたが幸せになれません)
「まだそんなことを言っているの!?」
わたしがエデンと言い合いをしていると。
「――大変だ!!」
唐突に、騎士たちの声が上がった。
「生きてる……大変だ、まだ息があるぞ!」
びくりとわたしは身をこわばらせた。
完全に死んだはずの災禍の竜が、まだ生きているというの……!?
でも、どうやら違うようだ。
レオカディオ殿下や騎士達は、嬉しそうに「生きてる」「良かった、生きてる!」と目を輝かせている。目に涙を浮かべて喜ぶ人もいた。
「エデン、ヴィオラ夫人! 早くこちらへ!!」
レオカディオ殿下はこちらへやって来て、私の手を引っ張った。
「殿下……どうなさったのですか!?」
「エデンが生きている! エデンの体が、呼吸しているんだ!!」
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