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【28】愚かな夫
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「……くそ。ヴィオラは一体どこに消えたんだ!?」
ルシウス・クラーヴァル公爵はいらだちを隠せずにいた。
妻のヴィオラが失踪してからすでに1か月半も経っているというのに、彼女の消息がまるで掴めないからだ。
1か月前に『緊急避難命令』が発せられて以降、ルシウスは自領の領主邸で過ごしている。瘴気発生に伴う緊急避難と聞かされているが、こんな命令は前代未聞だ。つい先日、事態の収束と王都帰還許可が告知されていたが、ルシウスはひとまず自領に腰を落ち着けていた。
「まったく、強制避難のせいでヴィオラの捜索が途絶えてしまったが……本当に不愉快な女だ」
ヴィオラのことが許せない。
公爵家当主であるこの自分に、手を上げるなど言語道断だ。ルシウスは歯の根を軋らせた。
「早く連れ戻して身の程を教え込んでやらなければ、私の気が収まらない!」
以前は『王命で押し付けられた役立たずの貧乏令嬢など、絶対に御免だ』と思っていた。しかし今では、離婚しようとは思わない。
今のヴィオラは、『金の卵を産む鶏』なのだから。
魔塩製造のカギを握っているらしく、国王やレオカディオ第三王子も彼女に関心を寄せている……だから絶対に手放すものか。
「本当に、どこに身を隠しているのやら」
ルシウスを殴り飛ばして部屋を出て行ったヴィオラは、屋敷の門を通ることなく忽然と消えた。まったく足取りがつかめず、侍女のリサや実家にいくら探りを入れても居所が突き止められない。
「とすると、他に庇護者がいるに違いない」
……そう思うと、非常に不快だ。
お飾りとはいえヴィオラは自分の所有物なのだから、他人の庇護下にあるのは気に入らない。その庇護者に、ルシウスの『悪行』を垂れ流されるのも迷惑だ。
イライラしながら思いを巡らせていた矢先――。
「旦那様。書状が届いております」
家令が持ってきたのは、国王からの召喚状だった。
今回は宛先が『クラーヴァル夫妻』と連名でつづられている。
一体何の用件だろうか?
眉をひそめて文面を読み始めたルシウスは、読み進めるうちに陰湿な笑みを浮かべていった。
「これは良い。愚かな妻をあぶり出すのに、恰好の機会となりそうだ」
召喚状には、ルシウス・ヴィオラの両名に、指定の期日に王城へ来るよう記載されていた。『確認したい件がある』とのことで、詳細については書かれていない。
(だがおそらくは、魔塩に関する内容に違いない)
魔塩事業に関することで、何かしらのすり合わせを行いたいのだろう。なぜ今回の宛名にルシウスも書かれているのか不明だが、そんなことは些末な問題だ。
「ヴィオラめ、愚かな女だ。『夫婦ともに参ぜよ』と命じられているのに、あの女は応じることができない――これはとんだ不敬だぞ」
公爵家の夫人でありながら、身勝手に行方をくらませた愚妻。
国王にヴィオラの身勝手さを訴え、王の権限でヴィオラの居場所を見つけ出して頂こう。国王は甥のルシウスに信頼を置いているから、求めに応じて捜索してくれるはずだ。
ふっ。と声を漏らして、ルシウスは笑った。
*
――数日後。
指定の期日に参上したルシウスは、拝謁の間へ通された。玉座に座した叔父に、うやうやしく首を垂れる。
挨拶ののち、国王はルシウスに問うた。
「書状には『夫婦ともに参ぜよ』と記していたはずだが。ルシウスよ、ヴィオラ夫人の所在を存じているか?」
沈痛な表情を作って、ルシウスは首を振った。
「恥ずかしながら国王陛下に申し上げます。私の妻、ヴィオラは手に負えない悪妻でして……。1か月半も前に行方をくらませたきり、私のもとへ戻ってこないのです。それゆえ、彼女は陛下の召喚命令に応じることはできません……まったく、不敬も甚だしい」
国王陛下は表情を変えることなく、静かな声音で「詳しく述べてみよ」と促した。
「実は結婚当初から、ヴィオラの素行には問題点が目立っていました。彼女はあまりに無教養で不遜……夫である私を愛する努力も見られず、使用人を道具のように扱ったり、体調不良を口実にワガママばかり口にしたりとやりたい放題です」
ルシウスは肩を落としてみせた。
「あまりにも目に余るので私が指摘したところ、ヴィオラは行方をくらませてしまいました。国王陛下のご命令による婚姻でございますから、私は常に誠意を尽くして妻に歩み寄り続けてきました。しかし……残念ながら、このようなことになってしまい……」
――可能な限り、ヴィオラを貶めてやろう。
そう考えて、ルシウスは演技を続けた。
「国王陛下。妻の捜索を、王家の権限で実施していただけませんでしょうか? これまでクラーヴァル公爵家の権限範囲内で捜索を行ってきましたが、何の手掛かりもつかめませんでした。……おそらくは、妻の失踪を手助けする協力者がいるに違いありません」
深刻そうな表情とは裏腹に、ルシウスは心の中で笑っていた。
王の権力のもとでは、ヴィオラの『家出ごっこ』など無意味だ。居場所をあぶりだされ、屈辱と恐怖に顔を歪ませるヴィオラの顔が目に浮かぶ。
「ほう……協力者とな?」
「はい。陛下のお力添えで、ヴィオラの身柄を隠す不届き者を捕えいただきいのです。そして私はヴィオラを連れ戻し、公爵家の妻として教育を――」
しかし。
「ルシウスよ、それは無謀な相談だ」
ルシウスが耳にしたのは、想定外の返答だった。ぴしゃりと国王に遮られ、ルシウスは目を見開いた。
「ルシウス・クラーヴァル公爵よ。ヴィオラ夫人の身柄を隠す【協力者】を、そなたが捕らえることはできん。なぜなら、その協力者はこの私なのだから」
「――は、?」
という間の抜けた声が、ルシウスの口から洩れる。
国王は呆れたような表情で、ルシウスを見下ろしていた。
「そなたは、ヴィオラ夫人を『召喚命令に応じぬ不敬者』と言っていたが、それは違う。夫人はすでに到着している。そなたより、遥かに早くな」
意味が分からず、ルシウスは顔をこわばらせた。
国王がルシウスに向ける目は、これまで見たことのない冷え切った色をしていた。
「そなたの話とヴィオラ夫人から聞いた話には、大きな乖離があるようだ。両者の言い分をこれから存分に聞かせてもらおう。今日は、その為にそなたを呼び出したのだからな。――それではヴィオラ夫人、入って参れ」
国王が、控えの廊下に声を掛ける。そちらを振り向いたルシウスは目を見開いた。
正礼装を纏ったヴィオラが、拝謁の間に入ってくる。
楚々とした歩き姿には自信があふれ、凛とした芯の強さを感じさせた。――そして、ヴィオラに寄り添って歩く白皙の美丈夫を見て、ルシウスはあんぐりと口を開けた。
「なっ……!? ヴィオラ……! それに、お前は…………」
国王の御前であるにもかかわらず、ルシウスは蒼白な顔で声を裏返らせた。
玉座の前にひざまずくヴィオラと美丈夫に向かって、ルシウスは指をさす。
「お、お前は……災禍の竜との戦いで討ち死にしていたはずだ! なのに、なぜ……」
「生き返ったのさ」
騎士服姿の美丈夫は、良く通る声音で答えた。
「国家の剣にして我が主人ヴィオラ・ノイリス様の忠実なる護衛騎士――このエデン・アーヴィスは、死の淵より生還した」
――エデン・アーヴィス!?
「そんなバカな! ヴィ、ヴィオラ貴様、この私をたばかるつもりだな!? 陛下の面前で、なんという無礼を!!」
口汚く罵しり始めたルシウスを、ヴィオラは顔色一つ変えずに見ている。死者の名を騙る美丈夫は、鋭い声音でルシウスに告げた。
「――ルシウス・クラーヴァル公爵、卿の悪事を俺は全て見ていたぞ!!」
ルシウス・クラーヴァル公爵はいらだちを隠せずにいた。
妻のヴィオラが失踪してからすでに1か月半も経っているというのに、彼女の消息がまるで掴めないからだ。
1か月前に『緊急避難命令』が発せられて以降、ルシウスは自領の領主邸で過ごしている。瘴気発生に伴う緊急避難と聞かされているが、こんな命令は前代未聞だ。つい先日、事態の収束と王都帰還許可が告知されていたが、ルシウスはひとまず自領に腰を落ち着けていた。
「まったく、強制避難のせいでヴィオラの捜索が途絶えてしまったが……本当に不愉快な女だ」
ヴィオラのことが許せない。
公爵家当主であるこの自分に、手を上げるなど言語道断だ。ルシウスは歯の根を軋らせた。
「早く連れ戻して身の程を教え込んでやらなければ、私の気が収まらない!」
以前は『王命で押し付けられた役立たずの貧乏令嬢など、絶対に御免だ』と思っていた。しかし今では、離婚しようとは思わない。
今のヴィオラは、『金の卵を産む鶏』なのだから。
魔塩製造のカギを握っているらしく、国王やレオカディオ第三王子も彼女に関心を寄せている……だから絶対に手放すものか。
「本当に、どこに身を隠しているのやら」
ルシウスを殴り飛ばして部屋を出て行ったヴィオラは、屋敷の門を通ることなく忽然と消えた。まったく足取りがつかめず、侍女のリサや実家にいくら探りを入れても居所が突き止められない。
「とすると、他に庇護者がいるに違いない」
……そう思うと、非常に不快だ。
お飾りとはいえヴィオラは自分の所有物なのだから、他人の庇護下にあるのは気に入らない。その庇護者に、ルシウスの『悪行』を垂れ流されるのも迷惑だ。
イライラしながら思いを巡らせていた矢先――。
「旦那様。書状が届いております」
家令が持ってきたのは、国王からの召喚状だった。
今回は宛先が『クラーヴァル夫妻』と連名でつづられている。
一体何の用件だろうか?
眉をひそめて文面を読み始めたルシウスは、読み進めるうちに陰湿な笑みを浮かべていった。
「これは良い。愚かな妻をあぶり出すのに、恰好の機会となりそうだ」
召喚状には、ルシウス・ヴィオラの両名に、指定の期日に王城へ来るよう記載されていた。『確認したい件がある』とのことで、詳細については書かれていない。
(だがおそらくは、魔塩に関する内容に違いない)
魔塩事業に関することで、何かしらのすり合わせを行いたいのだろう。なぜ今回の宛名にルシウスも書かれているのか不明だが、そんなことは些末な問題だ。
「ヴィオラめ、愚かな女だ。『夫婦ともに参ぜよ』と命じられているのに、あの女は応じることができない――これはとんだ不敬だぞ」
公爵家の夫人でありながら、身勝手に行方をくらませた愚妻。
国王にヴィオラの身勝手さを訴え、王の権限でヴィオラの居場所を見つけ出して頂こう。国王は甥のルシウスに信頼を置いているから、求めに応じて捜索してくれるはずだ。
ふっ。と声を漏らして、ルシウスは笑った。
*
――数日後。
指定の期日に参上したルシウスは、拝謁の間へ通された。玉座に座した叔父に、うやうやしく首を垂れる。
挨拶ののち、国王はルシウスに問うた。
「書状には『夫婦ともに参ぜよ』と記していたはずだが。ルシウスよ、ヴィオラ夫人の所在を存じているか?」
沈痛な表情を作って、ルシウスは首を振った。
「恥ずかしながら国王陛下に申し上げます。私の妻、ヴィオラは手に負えない悪妻でして……。1か月半も前に行方をくらませたきり、私のもとへ戻ってこないのです。それゆえ、彼女は陛下の召喚命令に応じることはできません……まったく、不敬も甚だしい」
国王陛下は表情を変えることなく、静かな声音で「詳しく述べてみよ」と促した。
「実は結婚当初から、ヴィオラの素行には問題点が目立っていました。彼女はあまりに無教養で不遜……夫である私を愛する努力も見られず、使用人を道具のように扱ったり、体調不良を口実にワガママばかり口にしたりとやりたい放題です」
ルシウスは肩を落としてみせた。
「あまりにも目に余るので私が指摘したところ、ヴィオラは行方をくらませてしまいました。国王陛下のご命令による婚姻でございますから、私は常に誠意を尽くして妻に歩み寄り続けてきました。しかし……残念ながら、このようなことになってしまい……」
――可能な限り、ヴィオラを貶めてやろう。
そう考えて、ルシウスは演技を続けた。
「国王陛下。妻の捜索を、王家の権限で実施していただけませんでしょうか? これまでクラーヴァル公爵家の権限範囲内で捜索を行ってきましたが、何の手掛かりもつかめませんでした。……おそらくは、妻の失踪を手助けする協力者がいるに違いありません」
深刻そうな表情とは裏腹に、ルシウスは心の中で笑っていた。
王の権力のもとでは、ヴィオラの『家出ごっこ』など無意味だ。居場所をあぶりだされ、屈辱と恐怖に顔を歪ませるヴィオラの顔が目に浮かぶ。
「ほう……協力者とな?」
「はい。陛下のお力添えで、ヴィオラの身柄を隠す不届き者を捕えいただきいのです。そして私はヴィオラを連れ戻し、公爵家の妻として教育を――」
しかし。
「ルシウスよ、それは無謀な相談だ」
ルシウスが耳にしたのは、想定外の返答だった。ぴしゃりと国王に遮られ、ルシウスは目を見開いた。
「ルシウス・クラーヴァル公爵よ。ヴィオラ夫人の身柄を隠す【協力者】を、そなたが捕らえることはできん。なぜなら、その協力者はこの私なのだから」
「――は、?」
という間の抜けた声が、ルシウスの口から洩れる。
国王は呆れたような表情で、ルシウスを見下ろしていた。
「そなたは、ヴィオラ夫人を『召喚命令に応じぬ不敬者』と言っていたが、それは違う。夫人はすでに到着している。そなたより、遥かに早くな」
意味が分からず、ルシウスは顔をこわばらせた。
国王がルシウスに向ける目は、これまで見たことのない冷え切った色をしていた。
「そなたの話とヴィオラ夫人から聞いた話には、大きな乖離があるようだ。両者の言い分をこれから存分に聞かせてもらおう。今日は、その為にそなたを呼び出したのだからな。――それではヴィオラ夫人、入って参れ」
国王が、控えの廊下に声を掛ける。そちらを振り向いたルシウスは目を見開いた。
正礼装を纏ったヴィオラが、拝謁の間に入ってくる。
楚々とした歩き姿には自信があふれ、凛とした芯の強さを感じさせた。――そして、ヴィオラに寄り添って歩く白皙の美丈夫を見て、ルシウスはあんぐりと口を開けた。
「なっ……!? ヴィオラ……! それに、お前は…………」
国王の御前であるにもかかわらず、ルシウスは蒼白な顔で声を裏返らせた。
玉座の前にひざまずくヴィオラと美丈夫に向かって、ルシウスは指をさす。
「お、お前は……災禍の竜との戦いで討ち死にしていたはずだ! なのに、なぜ……」
「生き返ったのさ」
騎士服姿の美丈夫は、良く通る声音で答えた。
「国家の剣にして我が主人ヴィオラ・ノイリス様の忠実なる護衛騎士――このエデン・アーヴィスは、死の淵より生還した」
――エデン・アーヴィス!?
「そんなバカな! ヴィ、ヴィオラ貴様、この私をたばかるつもりだな!? 陛下の面前で、なんという無礼を!!」
口汚く罵しり始めたルシウスを、ヴィオラは顔色一つ変えずに見ている。死者の名を騙る美丈夫は、鋭い声音でルシウスに告げた。
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