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【29】断罪のとき
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「――ルシウス・クラーヴァル公爵、卿の悪事を俺は全て見ていたぞ!!」
ルシウス様に向かって、エデンは死刑宣告のような声音で言った。琥珀色の瞳には、ふつふつと煮えたぎるような怒りが燃えている。
ルシウス様は取り乱しながら、縋るような目で陛下に訴えた。
「陛下、死者の蘇生などありえません!! この男はきっとエデン・アーヴィスの偽物に違いな――」
「黙れルシウス。この者は紛うことなき『救国の英雄』だ」
国王陛下が、静かに遮った。
「死んだと思われていたエデン・アーヴィスは、天の導きで生還した。災禍の竜を討ち果たしたこの英雄に、私は然るべき褒賞を与えたいと思う。しかしその前に、愚者の裁きを済ませなければならない」
「……ぐ、愚者…………?」
声を上ずらせるルシウス様を、国王陛下は嘆かわし気に見下ろしている。
「エデン・アーヴィスの証言によれば、そなたはヴィオラ夫人をひどく虐げていたとのことだが。申し開きはあるか」
「わ、私が妻を虐げる? いえ、そのようなことは……」
言い淀んでいたルシウス様は、ハッとした顔で私を振り返った。
「そうか、ヴィオラ、さてはお前の策略だな!?」
彼は勝手に納得したような顔になり、私を非難し始めた。
「ヴィオラ! その男がなぜ生き延びたか知らんが、お前はその男と陰で内通していたんだな!? そして『虐げられた』などと、適当なことを訴えたんだろう? そうでなければ、その男がクラーヴァル家の内情など見聞きできるはずがない。まったく、とんでもない不貞だ……!」
クラーヴァル家と何の接点もないエデンが、内情を言及するのはおかしい――と。たしかに、『魂だけの状態で屋敷を浮遊していた』なんて思わないだろう。
私は、小さく息を吐いた。
「国王陛下。私にも発言をお許しいただけますでしょうか」
「かまわんぞ、ヴィオラ夫人」
私はルシウス様に向き直った。
「ルシウス様。今、大事なのは『なぜ彼が内情を知っているか』ではありません。あなたが私に行った『非道な仕打ち』の真偽を述べてください」
「非道な仕打ち? そんなことは絶対にしていない。国王陛下より賜った婚姻を、私がないがしろにするはずがないだろう!!」
と、ルシウス様は当然のように言ってのけた。
あれこれと異常なほどに私を虐めていたくせに、外面のよろしいこと……。
「しらじらしいにも程がありますよ? この婚姻を不本意に思ったあなたは、執拗な嫌がらせを行って、私が離縁を申し出るようにと仕向けていたではありませんか」
たとえば――と、私はこれまでのことをいくつか述べた。「愛さない」という宣言に始まり、何かにつけての田舎者呼ばわり。体調不良を理由に私を領主邸に押し込めて、別居状態で過ごしていたことも。
「ヴィオラ、いい加減にしてくれ。この私が、そのようなことをするものか。お前はそんな嘘までついて、私に恥をかかせたいのか。怒りを通り越して、むしろ悲しみすら覚えてしまう……」
なんて白々しいのかしら。
腹が立ってきたけれど、平静を失うわけにはいかない。
私は、隣のエデンをちらりと見つめた。エデンは私をしっかり見守っていてくれる――彼がいてくれるという事実だけで、私は落ち着いて発言を続けられた。
「私は嘘などついていません。証拠も証人も、きちんと準備して参りました」
私が合図をすると、拝謁の間にひとりの女性が入ってきた――私の侍女、リサ・ミュラーだ。リサは陛下の前で、使用人たちが私を冷遇し続けていたことやルシウス様がそれを黙認していたことを証言してくれた。
ルシウス様が、鼻で笑う。
「リサ・ミュラーはノイリス家から連れてきたお前の侍女だろう? そんな侍女の証言など、お前の都合に良いようにいくらでも準備できる」
……と、予想通りにルシウス様は反論していた。
だから二人目の証人もきちんと用意している。
次に拝謁の間に入ってきたのは、中年男性――私の専属料理人トマス・ベッカーだ。ベッカーの姿を見た瞬間、ルシウス様の顔がわずかに強張った。
ベッカーは震える声で、国王陛下に告白を始める。
「わ、わたしは、……旦那様のご命令で、奥様の食事に特殊な油を使うようにと、言われていました。健康にいい油で、高価なものだから毎日1滴だけ使えと……」
ベッカーの話を継いで、私が陛下に説明をした。
「しかしある日ルシウス様はベッカーの元を訪れて、『もう不要だから回収する』と油の小瓶を持ち去ってしまったそうです。しかし不審に思っていた私は、事前に少量だけ『その油』を取り分けて保管しておりました」
ルシウス様の表情が、徐々に色を失っていく。
どうせ、私が気づかず食事を摂り続けていたと思っていたのだろう。でも実際には、エデンの憑依直後から薬物への対処は済んでいたのだ。
「この油の成分は、すでに王立研究所で精査いただきました。『ハイポキシア』という、違法薬物だったそうです。まさかそのようなものを、ルシウス様が私の食事に盛るよう指示していたなんて……」
「黙れヴィオラ。……私はそんなものは知らない!!」
ルシウス様は声を荒らげた。
「陛下、どうか私を信じてください!! この私が妻に薬物を盛るなど、ありえません。これはすべてヴィオラのでっち上げです! 私を陥れるために、このような事件を捏造して――」
……往生際の悪い人。
「そうまでおっしゃるなら、こちらをご覧ください」
私が目配せをすると、侍従が分厚い帳簿を持ってきてくれた。私はそれを、ルシウス様の目の前に置く。
ちなみに、国王陛下には事前にお見せしておいた。
「この帳簿は……」
「フラメ女伯爵の所有する商会から、あなたが違法薬物を購入した履歴が載っています」
「……!」
今日までの間に、私はエデンやレオカディオ殿下、多くの人たちの力を借りて準備を済ませておいた――ルシウス様の不正を、きちんと暴くための準備を。
「この帳簿は、フラメ商会が極秘裏に記帳していたいわゆる『裏帳簿』……合法的な商品とは別に、かの商会が違法取引の際に用いる暗号的書類です。司法局の解読官に読み解いていただいた結果、ハイポキシアの卸先としてルシウス・クラーヴァル公爵の名が記載されていました」
……これでおしまい。
言葉を失って硬直しているルシウス様に、国王陛下が冷たく言い放った。
「ルシウス。残念だ、お前には幼い頃より目を掛けていたが、とんだ買い被りだったらしい。お前に期待していたからこそ、『復興の象徴』としてノイリス家との縁談を委ねたのだが――残念だ」
「……陛下、わ、私は、」
お前の声などもう聞きたくない、と国王陛下は遮った。
「すでにヴィオラ夫人からは、離縁の申し立てがなされておる。私はこれを承認することとした。お前のような愚か者は、公爵家の当主としても不適当だ」
「そ、そんな……!」
死んだような顔色になって、ルシウス様は震えていた。
「ルシウスよ、お前の処遇については追って沙汰を下す。沙汰あるまでは邸内で謹慎せよ」
「へ、陛下……どうか、ご慈悲を……」
「ならん。ちなみにローザ・フラメ女伯爵には、違法物品の売買の件で逮捕状を出してある。これ以上みっともなく恥を晒すつもりなら、フラメ女伯爵ともども牢屋で過ごすことになるぞ?」
ひっ……、とルシウス様は声を引きつらせた。
国王陛下から「その者を摘まみ出せ」と命じられた衛兵たちが、呆然自失のルシウス様を退出させる――。
「呆気ない幕引きですね」
ぼそっ。と、拍子抜けしたようにエデンが囁く。
「竜の首を落としたときの方が、よほど緊張しました」
「……そうね」
伝説の竜に比べたら、確かにルシウス様なんて全然怖くない。
エデンを見つめ返して、私は苦笑していた。
「――さて。愚者の裁きはこれで終わりだ」
面倒ごとが片付いたと言わんばかりに、国王陛下は大きく手を打った。
「エデン・アーヴィスよ。次はそなたの褒賞の件だ。生きて戻り、再度この国を救ってくれたそなたはまさに救国の英雄だ! そなたの望むものを与えよう」
国王陛下の言葉に、エデンも私も首を垂れる。
「さぁ、そなたの望みはなんだ?」
答える寸前、エデンはちらりと私を見た。
私も彼を見つめ返す。エデンの美貌は、ほんのりと朱に染まっていた。
「陛下、私の望みは――」
ルシウス様に向かって、エデンは死刑宣告のような声音で言った。琥珀色の瞳には、ふつふつと煮えたぎるような怒りが燃えている。
ルシウス様は取り乱しながら、縋るような目で陛下に訴えた。
「陛下、死者の蘇生などありえません!! この男はきっとエデン・アーヴィスの偽物に違いな――」
「黙れルシウス。この者は紛うことなき『救国の英雄』だ」
国王陛下が、静かに遮った。
「死んだと思われていたエデン・アーヴィスは、天の導きで生還した。災禍の竜を討ち果たしたこの英雄に、私は然るべき褒賞を与えたいと思う。しかしその前に、愚者の裁きを済ませなければならない」
「……ぐ、愚者…………?」
声を上ずらせるルシウス様を、国王陛下は嘆かわし気に見下ろしている。
「エデン・アーヴィスの証言によれば、そなたはヴィオラ夫人をひどく虐げていたとのことだが。申し開きはあるか」
「わ、私が妻を虐げる? いえ、そのようなことは……」
言い淀んでいたルシウス様は、ハッとした顔で私を振り返った。
「そうか、ヴィオラ、さてはお前の策略だな!?」
彼は勝手に納得したような顔になり、私を非難し始めた。
「ヴィオラ! その男がなぜ生き延びたか知らんが、お前はその男と陰で内通していたんだな!? そして『虐げられた』などと、適当なことを訴えたんだろう? そうでなければ、その男がクラーヴァル家の内情など見聞きできるはずがない。まったく、とんでもない不貞だ……!」
クラーヴァル家と何の接点もないエデンが、内情を言及するのはおかしい――と。たしかに、『魂だけの状態で屋敷を浮遊していた』なんて思わないだろう。
私は、小さく息を吐いた。
「国王陛下。私にも発言をお許しいただけますでしょうか」
「かまわんぞ、ヴィオラ夫人」
私はルシウス様に向き直った。
「ルシウス様。今、大事なのは『なぜ彼が内情を知っているか』ではありません。あなたが私に行った『非道な仕打ち』の真偽を述べてください」
「非道な仕打ち? そんなことは絶対にしていない。国王陛下より賜った婚姻を、私がないがしろにするはずがないだろう!!」
と、ルシウス様は当然のように言ってのけた。
あれこれと異常なほどに私を虐めていたくせに、外面のよろしいこと……。
「しらじらしいにも程がありますよ? この婚姻を不本意に思ったあなたは、執拗な嫌がらせを行って、私が離縁を申し出るようにと仕向けていたではありませんか」
たとえば――と、私はこれまでのことをいくつか述べた。「愛さない」という宣言に始まり、何かにつけての田舎者呼ばわり。体調不良を理由に私を領主邸に押し込めて、別居状態で過ごしていたことも。
「ヴィオラ、いい加減にしてくれ。この私が、そのようなことをするものか。お前はそんな嘘までついて、私に恥をかかせたいのか。怒りを通り越して、むしろ悲しみすら覚えてしまう……」
なんて白々しいのかしら。
腹が立ってきたけれど、平静を失うわけにはいかない。
私は、隣のエデンをちらりと見つめた。エデンは私をしっかり見守っていてくれる――彼がいてくれるという事実だけで、私は落ち着いて発言を続けられた。
「私は嘘などついていません。証拠も証人も、きちんと準備して参りました」
私が合図をすると、拝謁の間にひとりの女性が入ってきた――私の侍女、リサ・ミュラーだ。リサは陛下の前で、使用人たちが私を冷遇し続けていたことやルシウス様がそれを黙認していたことを証言してくれた。
ルシウス様が、鼻で笑う。
「リサ・ミュラーはノイリス家から連れてきたお前の侍女だろう? そんな侍女の証言など、お前の都合に良いようにいくらでも準備できる」
……と、予想通りにルシウス様は反論していた。
だから二人目の証人もきちんと用意している。
次に拝謁の間に入ってきたのは、中年男性――私の専属料理人トマス・ベッカーだ。ベッカーの姿を見た瞬間、ルシウス様の顔がわずかに強張った。
ベッカーは震える声で、国王陛下に告白を始める。
「わ、わたしは、……旦那様のご命令で、奥様の食事に特殊な油を使うようにと、言われていました。健康にいい油で、高価なものだから毎日1滴だけ使えと……」
ベッカーの話を継いで、私が陛下に説明をした。
「しかしある日ルシウス様はベッカーの元を訪れて、『もう不要だから回収する』と油の小瓶を持ち去ってしまったそうです。しかし不審に思っていた私は、事前に少量だけ『その油』を取り分けて保管しておりました」
ルシウス様の表情が、徐々に色を失っていく。
どうせ、私が気づかず食事を摂り続けていたと思っていたのだろう。でも実際には、エデンの憑依直後から薬物への対処は済んでいたのだ。
「この油の成分は、すでに王立研究所で精査いただきました。『ハイポキシア』という、違法薬物だったそうです。まさかそのようなものを、ルシウス様が私の食事に盛るよう指示していたなんて……」
「黙れヴィオラ。……私はそんなものは知らない!!」
ルシウス様は声を荒らげた。
「陛下、どうか私を信じてください!! この私が妻に薬物を盛るなど、ありえません。これはすべてヴィオラのでっち上げです! 私を陥れるために、このような事件を捏造して――」
……往生際の悪い人。
「そうまでおっしゃるなら、こちらをご覧ください」
私が目配せをすると、侍従が分厚い帳簿を持ってきてくれた。私はそれを、ルシウス様の目の前に置く。
ちなみに、国王陛下には事前にお見せしておいた。
「この帳簿は……」
「フラメ女伯爵の所有する商会から、あなたが違法薬物を購入した履歴が載っています」
「……!」
今日までの間に、私はエデンやレオカディオ殿下、多くの人たちの力を借りて準備を済ませておいた――ルシウス様の不正を、きちんと暴くための準備を。
「この帳簿は、フラメ商会が極秘裏に記帳していたいわゆる『裏帳簿』……合法的な商品とは別に、かの商会が違法取引の際に用いる暗号的書類です。司法局の解読官に読み解いていただいた結果、ハイポキシアの卸先としてルシウス・クラーヴァル公爵の名が記載されていました」
……これでおしまい。
言葉を失って硬直しているルシウス様に、国王陛下が冷たく言い放った。
「ルシウス。残念だ、お前には幼い頃より目を掛けていたが、とんだ買い被りだったらしい。お前に期待していたからこそ、『復興の象徴』としてノイリス家との縁談を委ねたのだが――残念だ」
「……陛下、わ、私は、」
お前の声などもう聞きたくない、と国王陛下は遮った。
「すでにヴィオラ夫人からは、離縁の申し立てがなされておる。私はこれを承認することとした。お前のような愚か者は、公爵家の当主としても不適当だ」
「そ、そんな……!」
死んだような顔色になって、ルシウス様は震えていた。
「ルシウスよ、お前の処遇については追って沙汰を下す。沙汰あるまでは邸内で謹慎せよ」
「へ、陛下……どうか、ご慈悲を……」
「ならん。ちなみにローザ・フラメ女伯爵には、違法物品の売買の件で逮捕状を出してある。これ以上みっともなく恥を晒すつもりなら、フラメ女伯爵ともども牢屋で過ごすことになるぞ?」
ひっ……、とルシウス様は声を引きつらせた。
国王陛下から「その者を摘まみ出せ」と命じられた衛兵たちが、呆然自失のルシウス様を退出させる――。
「呆気ない幕引きですね」
ぼそっ。と、拍子抜けしたようにエデンが囁く。
「竜の首を落としたときの方が、よほど緊張しました」
「……そうね」
伝説の竜に比べたら、確かにルシウス様なんて全然怖くない。
エデンを見つめ返して、私は苦笑していた。
「――さて。愚者の裁きはこれで終わりだ」
面倒ごとが片付いたと言わんばかりに、国王陛下は大きく手を打った。
「エデン・アーヴィスよ。次はそなたの褒賞の件だ。生きて戻り、再度この国を救ってくれたそなたはまさに救国の英雄だ! そなたの望むものを与えよう」
国王陛下の言葉に、エデンも私も首を垂れる。
「さぁ、そなたの望みはなんだ?」
答える寸前、エデンはちらりと私を見た。
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「陛下、私の望みは――」
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