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【30】英雄の目覚め
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ルシウス様の不正が暴かれ、エデンが陛下に『望み』を告げた、その日の夜。
私はエデンと並んで、宮廷内の庭園を歩いていた。
「……昼間は、本当に緊張したわ」
「ご立派でしたよ、ヴィオラ様」
国王陛下は私のクラーヴァル家からの除籍と、ノイリス家への復籍を承認してくださった。これまでずっと宮廷内に住む部屋をお借りしていたけれど、諸々の手配が済み次第、私はノイリス伯爵家に戻ることになっている。
今はエデンと二人でのんびりと、庭園をお散歩中だ。
空気がとても澄んでいて、夜空を仰げばたくさんの星々が輝いていた。
――ふたりで星を見るなんて、何年ぶりのことだろう。
「地方視察に行ったとき、よく見ましたね」
「……え?」
「星ですよ。夜遅くまで村々を巡って、ヴィオラ様は領民たちのために忙しそうにしていました。……7年以上前のことですが、覚えていますか?」
エデンは昔を懐かしむような眼で、星々を眺めていた。
「忘れるわけがないわ。まぶしくてきれいで、一生覚えていようと心に決めていた」
エデンと過ごした日々のことは、全部鮮やかに覚えている。
「またあなたと一緒に星空を見られるなんて、まるで夢みた――くしゅんっ……」
言いかけた途中で、くしゃみをしてしまう。すっかり秋も深まって、夜風が意外と冷たい。
「ヴィオラ様、これを」
自分の着ていたジャケットを、エデンが肩に掛けてくれた。体温が残っていて、なんだかとてもうれしかった。
「あったかい……」
ジャケットをきゅっと握って顔をうずめてみた――エデンの香りがする。
でもエデンは、なぜか心配そうな顔をしていた。
「そんなに寒かったんですか。だったら、もっと厚いのを取ってきます。ドレスでは冷えるでしょう?」
そういう「あったかい」じゃないのだけれど……。
おかしくて、吹き出してしまった。エデンは昔から、ちょっとズレた反応をするときがある。……そういうところも、実は好き。
「平気よ。エデンのジャケット、このまま借りてもいい?」
「もちろんです」
それからふたりで、また歩いた。並んで響く靴音が、涙が出るほど心地よい。夢だったらどうしよう――。
「これは本当に夢じゃないのよね?」
「ええ。全部現実です」
晴れやかに笑うエデンの頬に、私は手を伸ばしていた。月明かりの下のエデンが、びくっと体をこわばらせている。
触れた頬は、温かかった。
「……本当に、あったかい」
「それはそうですよ。今の俺は、生きていますから」
琥珀色の目を細め、エデンは嬉しそうに笑う。――昔のままの、灯火のような笑顔だ。
「あの地下霊廟で災禍の竜を討った後、あなたが俺を生き返らせてくれたんです。そうでしょう、ヴィオラ様」
「っ……」
言われた瞬間、私はすごく恥ずかしくなった。
顔に火が付いたように、頬がかぁっと熱くなる。
「そ、それは……恥ずかしいから、言わないで……」
エデンが生き返ったときのことを思い出し、私は羞恥で真っ赤になっていた。
◆ ◆ ◆
災禍の竜に勝利したあとの、地下霊廟で。
「エデンが生きている! ……エデンの体が、呼吸しているんだ!!」
封印結晶を解いたことで、災禍の竜とともにエデンの体も結晶から解放されていたのだ。エデンの体は横たえられて、深い呼吸を続けていた。
3年間も封じられていたというのに、その体に衰弱の色は見られない。それどころか負傷も全部癒えていて、歳月相当に顔立ちが大人びているようにも見える。のちのちに魔導庁で調査したところ、『竜の生命力が水晶を介してエデンに波及し、肉体の損傷を防いだ可能性がある』――とかなんとか。
「エデン……!」
しかし、いくら呼びかけても、エデンの体が目を覚ますことはなかった――魂が私の中にいるのだから、当然といえば当然だ。
「どうしたら、エデンの魂を体に戻せるのかしら……」
唐突に、レオカディオ殿下が言った。
「試しにキスしてみたらどうだ?」
「……はい!?」
殿下は、一体何を言っているのだろうか。
「殿下……こんな状況でおふざけにならないでください」
「いや、俺は本気だ! ほら、おとぎ話によくあるじゃないか。眠りに落ちた姫を目覚めさせるのは、王子のキスと相場が決まっている。ダメもとでやってみよう」
えぇぇ……!?
オロオロしていると、私の中のエデンが勝手に体の主導権を奪った。血相を変えて、殿下に掴みかかっている。
「おい、レオ! 根拠もなく適当なことを言うな! ヴィオラ様が困っているじゃないか」
「ともかくやれって、こういうのは直感だ! モタついてる間に体が死んだらどうするんだよ。取り返しがつかないぞ?」
「うっ……」
真っ赤な顔で、私は言い淀んでいる。
……たしかに、殿下の言うことは一理ある。
「殿下の言う通りよ、エデン。試してみましょう」
私は再び、エデンの意識と強制的に取って代わった。横たわる彼の体に、おそるおそる近づいていく。
――そっと、唇を重ねてみた。
その唇の柔らかさに戸惑いつつも、祈る気持ちでキスをしていた。
どれだけの時間が流れただろう。
「……ヴィオラ様?」
まぶたを開いたエデンがそう囁いたのは――夢でも幻でもなく、現実のことだった。
◆ ◆ ◆
……今思い返しても、恥ずかしい。
あのキスでエデンは体を取り戻し、そして現在に至るのだ。
「でも、エデンが目覚めて本当に良かった……。まさか殿下の言う通り、キスで生き返るなんて。本当に物語みたいね」
恥ずかしさを誤魔化そうとして、私は「おかえりなさい」と冗談めかして笑った。一方のエデンは、なぜか深刻そうな顔をしている。
「いえ。そういう物語では、男が女性にするものです。女性のキスで男が救われるのは、少し情けないですね。これからは、もっと頼りがいのある男になります」
……あなたを頼りないなんて、思ったことは一度もないのに。
今のままで十分に素敵だ。私はいつもあなたに守られて、支えられて生きてきた。
エデンは真剣な顔で、私と向き合った。
「ヴィオラ様。…………失礼します」
「え?」
彼は私の手を取った。騎士が主人にするやり方ではなく、男性が女性に愛を囁くような握り方だ。
どき。と、胸が高鳴った。
「竜殺しの褒賞として、俺は伯爵位を賜ることとなりました。来春には、爵位授与式が行われます。……あなたに並び立つ資格が、ようやく手に入ります」
どき、どき、と。心臓の音がうるさい。
「この生涯を賭して、あなたを守ります。だからどうか、俺と結婚してください」
言われる前から、あなたの気持ちはもう知っている。――私の気持ちも、あなたは知っているはずだ。ひとつの体で一緒に過ごした日々に、私達は互いの想いを知ってしまった。
それでもやはり、口で言ってもらえるのは嬉しい。温かい涙が、あふれて止まらなかった。
「喜んで、お受けします」
エデンの胸に顔を埋めた。――彼の鼓動が聞こえてくる。
こんなに近くであなたの音を、呼吸を感じるのは初めてだ。心で一緒に過ごしていても、互いの熱は感じなかった。
私をきつく抱きしめてくれる、太い腕。昔はあんなに細かったのに、今はこんなにたくましい。
「エデン。二度といなくならないで」
エデンは、うなずいていた。
「……しかし、すみません。本来なら、先にノイリス伯爵閣下にご承諾をいただくべきだったのかもしれません。俺はまだ、爵位を得てもいないので」
「お父様なら絶対に反対なんかしないわ、エデンを信頼しているもの。それに、仮に誰が反対したとしても、私はあなたでなければ絶対に嫌」
――あなたのことを、愛してるから。ずっと言えずにいたけれど、言わずに後悔していたけれど。私は、もう隠さない。
「ヴィオラ様。愛しています」
私とエデンは見つめ合った。静かに近づく吐息と熱を、肌に感じる。
星降る夜の庭園で、私たちは二度目のキスをした。
私はエデンと並んで、宮廷内の庭園を歩いていた。
「……昼間は、本当に緊張したわ」
「ご立派でしたよ、ヴィオラ様」
国王陛下は私のクラーヴァル家からの除籍と、ノイリス家への復籍を承認してくださった。これまでずっと宮廷内に住む部屋をお借りしていたけれど、諸々の手配が済み次第、私はノイリス伯爵家に戻ることになっている。
今はエデンと二人でのんびりと、庭園をお散歩中だ。
空気がとても澄んでいて、夜空を仰げばたくさんの星々が輝いていた。
――ふたりで星を見るなんて、何年ぶりのことだろう。
「地方視察に行ったとき、よく見ましたね」
「……え?」
「星ですよ。夜遅くまで村々を巡って、ヴィオラ様は領民たちのために忙しそうにしていました。……7年以上前のことですが、覚えていますか?」
エデンは昔を懐かしむような眼で、星々を眺めていた。
「忘れるわけがないわ。まぶしくてきれいで、一生覚えていようと心に決めていた」
エデンと過ごした日々のことは、全部鮮やかに覚えている。
「またあなたと一緒に星空を見られるなんて、まるで夢みた――くしゅんっ……」
言いかけた途中で、くしゃみをしてしまう。すっかり秋も深まって、夜風が意外と冷たい。
「ヴィオラ様、これを」
自分の着ていたジャケットを、エデンが肩に掛けてくれた。体温が残っていて、なんだかとてもうれしかった。
「あったかい……」
ジャケットをきゅっと握って顔をうずめてみた――エデンの香りがする。
でもエデンは、なぜか心配そうな顔をしていた。
「そんなに寒かったんですか。だったら、もっと厚いのを取ってきます。ドレスでは冷えるでしょう?」
そういう「あったかい」じゃないのだけれど……。
おかしくて、吹き出してしまった。エデンは昔から、ちょっとズレた反応をするときがある。……そういうところも、実は好き。
「平気よ。エデンのジャケット、このまま借りてもいい?」
「もちろんです」
それからふたりで、また歩いた。並んで響く靴音が、涙が出るほど心地よい。夢だったらどうしよう――。
「これは本当に夢じゃないのよね?」
「ええ。全部現実です」
晴れやかに笑うエデンの頬に、私は手を伸ばしていた。月明かりの下のエデンが、びくっと体をこわばらせている。
触れた頬は、温かかった。
「……本当に、あったかい」
「それはそうですよ。今の俺は、生きていますから」
琥珀色の目を細め、エデンは嬉しそうに笑う。――昔のままの、灯火のような笑顔だ。
「あの地下霊廟で災禍の竜を討った後、あなたが俺を生き返らせてくれたんです。そうでしょう、ヴィオラ様」
「っ……」
言われた瞬間、私はすごく恥ずかしくなった。
顔に火が付いたように、頬がかぁっと熱くなる。
「そ、それは……恥ずかしいから、言わないで……」
エデンが生き返ったときのことを思い出し、私は羞恥で真っ赤になっていた。
◆ ◆ ◆
災禍の竜に勝利したあとの、地下霊廟で。
「エデンが生きている! ……エデンの体が、呼吸しているんだ!!」
封印結晶を解いたことで、災禍の竜とともにエデンの体も結晶から解放されていたのだ。エデンの体は横たえられて、深い呼吸を続けていた。
3年間も封じられていたというのに、その体に衰弱の色は見られない。それどころか負傷も全部癒えていて、歳月相当に顔立ちが大人びているようにも見える。のちのちに魔導庁で調査したところ、『竜の生命力が水晶を介してエデンに波及し、肉体の損傷を防いだ可能性がある』――とかなんとか。
「エデン……!」
しかし、いくら呼びかけても、エデンの体が目を覚ますことはなかった――魂が私の中にいるのだから、当然といえば当然だ。
「どうしたら、エデンの魂を体に戻せるのかしら……」
唐突に、レオカディオ殿下が言った。
「試しにキスしてみたらどうだ?」
「……はい!?」
殿下は、一体何を言っているのだろうか。
「殿下……こんな状況でおふざけにならないでください」
「いや、俺は本気だ! ほら、おとぎ話によくあるじゃないか。眠りに落ちた姫を目覚めさせるのは、王子のキスと相場が決まっている。ダメもとでやってみよう」
えぇぇ……!?
オロオロしていると、私の中のエデンが勝手に体の主導権を奪った。血相を変えて、殿下に掴みかかっている。
「おい、レオ! 根拠もなく適当なことを言うな! ヴィオラ様が困っているじゃないか」
「ともかくやれって、こういうのは直感だ! モタついてる間に体が死んだらどうするんだよ。取り返しがつかないぞ?」
「うっ……」
真っ赤な顔で、私は言い淀んでいる。
……たしかに、殿下の言うことは一理ある。
「殿下の言う通りよ、エデン。試してみましょう」
私は再び、エデンの意識と強制的に取って代わった。横たわる彼の体に、おそるおそる近づいていく。
――そっと、唇を重ねてみた。
その唇の柔らかさに戸惑いつつも、祈る気持ちでキスをしていた。
どれだけの時間が流れただろう。
「……ヴィオラ様?」
まぶたを開いたエデンがそう囁いたのは――夢でも幻でもなく、現実のことだった。
◆ ◆ ◆
……今思い返しても、恥ずかしい。
あのキスでエデンは体を取り戻し、そして現在に至るのだ。
「でも、エデンが目覚めて本当に良かった……。まさか殿下の言う通り、キスで生き返るなんて。本当に物語みたいね」
恥ずかしさを誤魔化そうとして、私は「おかえりなさい」と冗談めかして笑った。一方のエデンは、なぜか深刻そうな顔をしている。
「いえ。そういう物語では、男が女性にするものです。女性のキスで男が救われるのは、少し情けないですね。これからは、もっと頼りがいのある男になります」
……あなたを頼りないなんて、思ったことは一度もないのに。
今のままで十分に素敵だ。私はいつもあなたに守られて、支えられて生きてきた。
エデンは真剣な顔で、私と向き合った。
「ヴィオラ様。…………失礼します」
「え?」
彼は私の手を取った。騎士が主人にするやり方ではなく、男性が女性に愛を囁くような握り方だ。
どき。と、胸が高鳴った。
「竜殺しの褒賞として、俺は伯爵位を賜ることとなりました。来春には、爵位授与式が行われます。……あなたに並び立つ資格が、ようやく手に入ります」
どき、どき、と。心臓の音がうるさい。
「この生涯を賭して、あなたを守ります。だからどうか、俺と結婚してください」
言われる前から、あなたの気持ちはもう知っている。――私の気持ちも、あなたは知っているはずだ。ひとつの体で一緒に過ごした日々に、私達は互いの想いを知ってしまった。
それでもやはり、口で言ってもらえるのは嬉しい。温かい涙が、あふれて止まらなかった。
「喜んで、お受けします」
エデンの胸に顔を埋めた。――彼の鼓動が聞こえてくる。
こんなに近くであなたの音を、呼吸を感じるのは初めてだ。心で一緒に過ごしていても、互いの熱は感じなかった。
私をきつく抱きしめてくれる、太い腕。昔はあんなに細かったのに、今はこんなにたくましい。
「エデン。二度といなくならないで」
エデンは、うなずいていた。
「……しかし、すみません。本来なら、先にノイリス伯爵閣下にご承諾をいただくべきだったのかもしれません。俺はまだ、爵位を得てもいないので」
「お父様なら絶対に反対なんかしないわ、エデンを信頼しているもの。それに、仮に誰が反対したとしても、私はあなたでなければ絶対に嫌」
――あなたのことを、愛してるから。ずっと言えずにいたけれど、言わずに後悔していたけれど。私は、もう隠さない。
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