輪転十一世界のか弱き少女

影木とふ

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【2037K12241711水野ちさ 1-1 】

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 かつてこの世界は広く、美しい世界だった。



「くそっ……なんだってんだこの数は!」

 多くの人が笑いながら暮らす、そんな世界だった。

「ここが喰われてしまったら、もう帰る所はないんだぞ!」

 雑誌に載っていたお店で食べたケーキがおいしかったとか、すっごく泣ける映画があって、とか。ちょっと気になる人がいて……そんな他愛のないことで笑い合えるような世界。ああ、懐かしい。

「伊波! 下がれ! それじゃあただの的だぞ!」
「下がるってどこだよ! もうここしかないんだぞ!」

 喰われ、狭くなってしまった私達の世界はもう風前の灯、と言ったところだ。
 狭いなりにも少しだけ海が残っていたり、月が綺麗に見える小高い丘があったり、私のお気に入りの場所となっていた。

 そこも今日で無くなってしまうのだろう。
 私達は生きていた。今日まで生き延びていた。
 それも、今日で無くなってしまう。

「ぐっ……! すまない、みん……」
「伊波! ……くっ……長友! 水野を連れて下がれ!」
 小さい頃、親に連れて行ってもらったキャンプはとても楽しかった。
 ちょっと焦げたカレーとか、夜に兄、姉とスーパーで買った花火を楽しんだりとか。
「ちさ! こっち! 一旦下がって体制を整えるよ!」
 
 近所の小さな神社でやっていた盆踊りとか、恥ずかしくて参加はしなかったが見ているのが好きだった。暗闇に浮かぶ屋台の明かり、おいしそうなにおい。力強い太鼓が鳴るやぐらのまわりをみんなで踊る。一度ぐらい勇気を出して参加しておくべきだったな。
 食べ物はチーズケーキが好きだった。たまに一人で有名なお店を巡ったりもした。少し濃い目の紅茶とセットで頼むのが最高だった。そういえばあれが最後のチーズケーキか。
 ああ、もっと色んなおいしいものが食べてみたかったな。

「ほら! ちさ! 走って!」
「頼んだぞ長友! 水野さえいれば希望はあるんだ!」
「ああ! わかってるさ!」

 集団から離れた私達に気付いた何匹かが、こちらに迫ってきた。数時間にも及ぶ戦いで体力などとうに切れている。もはや気力で動いているような状況だ。

 この程度の数、本来はなんてことはないのだが……私の体は限界を迎えてしまったようだ。動けない私を庇い長友さんが応戦するも動きは鈍く、左腕を喰われ、右足も喰われてしまった。なんとか腕を上げ、私があいつらを切り払う。

「ぐ……うぅ……行ってちさ……私がなんとか食い止めてみせる……」

 もう助からないような傷なのに、笑顔で私を守ろうとしてくれている。

「ごめんね、ちさ……あなたに頼り過ぎてしまった……ごめんね……少し休んだら、また一緒に戦おうね。私がちさを守る……から……」

 長友さんはこんな私をいつも優しい笑顔で包んでくれる女性だった。知り合ったのは子供の頃だったか。ずっと……そう、優しい笑顔で……私の顔に手を触れ……。

「…………」

 人はいつか死ぬ。それは抗うことの出来ないこと。

 でもここは死ぬと何も残らない。全てが消えてしまう。だから私達は戦った。黙って全てを喰われてなるものか。

 強い人はいた。でもだめだった。どんどん人が減っていき、私達は追い詰められていった。
 あいつらは増える一方、こちらは減る一方。未来はもう決まっていた。

 残ったのは弱い私達。とても強かった人達は、弱い私達をかばい死んでしまった。

 どうして彼等は弱い私達を守ったのだろう。弱い人達が生き残ったところで未来など切り開けない。どうしてこんな無駄なことをしたのだろう。強い人達が生き残ったほうが可能性があるのに。弱い私達など切り捨てればよかったのだ。兄さんも姉さんも隊長もとても強い人だった。とても憧れていた。でも私達を守り、死んでしまった。
 弱い私達に絶望し、自ら死の道を選んだのだろうか。
 そうか……そういうことか。 

「そう、私が弱いからこうなってしまった」

 私が強ければこんなことにはならなかった。
 私が強ければこんな世界にはならなかった。
 

「私がもっと強ければ……」
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