ワールド・オブ・ランク

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第16話

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 ルークががっくりと項垂れながら淡々と口に肉を運んでいる時、食堂から少し離れた一室では3名の男女がソファーに座り顔を突き合わせていた。
 その顔はひどく真剣なもので、これから行われるものが彼らにとっていかに重要か伺える。
 遠くから学生たちのにぎやかな声が聞こえる中でついに1人の男ーーエイリヒが沈黙を破った。

「イリエラさん、マックさん、先ほどの男の子が『パーフェクト』です。特徴的な子ですので忘れることはないと思いますが、念のためこれを渡して置きたいと思います」

 エイリヒは胸ポケットから二枚の紙を取り出して目の前に座る2人に差し出した。
 
「ありがとうございます、助かります。それであの……聞きたいことが」
「ああ、俺もあります。良いですか? 」
「はい、なんでもどうぞ。情報の共有は必要ですからね」

 紙を受け取って一通り目を通した後、視線を上げてそう言った2人にエイリヒは頷く。するとエイリヒの了解を受けたイリエラがまず質問する。

「ではこの紙に書いてある情報は事実でしょうか? 予め知らされていましたが、これはあまりにも……」
「完璧過ぎる、ですか? 」
「はい、これまで習ってきた平均を逸脱しています」

 エイリヒは教科書のような返しをする彼女に思わず笑みをこぼした。しかしそれは失笑ではない。同感の意を込めた笑いだ。
 なにを隠そうエイリヒ自身も初めてこれを見たときは同じ感想を抱いたのだ。

「事実ですよ、だからこその『パーフェクト』です」
「『パーフェクト』か、俺にはそうは見えなかったんだが……」

 マルコは腕を組み、眉を寄せた。食堂で会った時のルークは少しませた子供といった印象が正しかった。そんな子供が本当に……と思っているとエイリヒはマルコがなにを考えているのか分かるのか首を横に振る。

「マルコさんこれは事実です。あなたも見た目と能力が必ずしも直結していないことは習っているでしょう? 彼が最たる例です。すべての値が測定限界値を超えている人類始まって以来の化け物が子供、なんとも笑えますね」
「……笑い事ではないと思うんだが、それはともかく次は俺の質問だ。これほどの子供の両親は誰なんだ? 能力値を見るに両親とも少なく見積もってAランクだよな? 」
「ちょっとマルコ! それは任務とは関係ないでしょうが! 」

 イリエラは小声で怒鳴るという器用なことをして、マルコを諌めた。しかし、マルコはジッと目をエイリヒから離そうとしない。
 やがて口で言ってもだめだと思ったのか、マルコの胸ぐらに手が伸びる。
 だが、それは掴まれることはなかった。エイリヒが止めたのだ。

「まあまあ、イリエラさん落ち着いて。これは任務にも関わることでもありますので、話しておきましょう」

 イリエラはエイリヒの言葉に口を開いて何か言おうとしたが、結局言わずに閉じて渋々席に着いた。
 強めにソファーが揺れたことが、イリエラも心情を物語っている。
 エイリヒは分かりやすい彼女に苦笑いを浮かべた後、話し始めた。

「ルークは孤児なのは2人とも知っていると思いますが、彼の両親に関しての情報は一切ありません」
「「っ!? 」」

 イリエラとマルコはエイリヒの言葉を聞いて目を見開いた。そんなことは本来であればありえない筈だからだ。
 すべての人は情報として管理され、誰が誰を生んだか、どこに住んでいるかなど分かるようになっている。しかし、それがどうだ。ルークの情報は分からないという、これは異常な事だ。

「そ、それは本当ですか!? 由々しき事態ではありませんか! ルークくんほどの貴重な人材を生み出す魔力配列を研究する事ができないなど……なんのための制度なのですか! 」

 イリエラは拳を白くなるまで握りしめて声を荒らげる。マックはそれを手で制してから、落ち着いたされど深みがある声で問いかける。

「エイリヒ先生、説明願いますか? 」
「勿論です。ですが、ここから先は守秘義務が課せられるのでくれぐれも漏らさないように。首が飛びますので」

 親指で首を切る仕草をしたエイリヒを見た2人は顔を見合わせた後頷いた。
 エイリヒはそれを目に収めた後説明を始める。

「今から7年前に大進行があった事は知っていますね? 」
「はい、私自身は、記憶がうろ覚えですが」
「俺はしっかりと覚えているぜ。あれは最悪だったな」

 沈んだ顔をしたマルコは昔を思い出すように遠い目をする。その目は何を思っているのかひどく虚ろだ。

「そうですね、今思い出すだけでも言葉には尽くしがたい惨劇でした。数々の街を飲み込み、人々を火の海に沈めた大進行。からくもSランクとAランクの精鋭部隊によって退けられましたが、被害は甚大。そんな時ある町で、全身にやけどを負った赤ん坊が発見されました」
「それってもしかして……」
「はい、後にルークと名付けられた少年は、その時点では助かる確率は絶望的とされ、治療が後回しにされていたそうです。しかし、奇跡は起きた。心臓が止まったと確認された瞬間まるで時間を遡るかのように傷がふさがって、いえ、なくなっていったそうです」
 「「なっ!? 」」
  
 ポツポツと吐き出されるようにエイリヒの口から出てくる衝撃的な事実にイリエラとマルコの空いた口が塞がらない。
 しかし、その程度序の口とばかりにエイリヒは続けた。

「そのとき居合わせた隊員によると確実に死んでいたとの事です。つまり彼は一度死んで生き返ったとの事ですよ。ははは、聖書に出てくる神でしょうか彼は」
「笑い事ではありませんよ! そんな事をキリエラ教の奴らにでも知られたら現人神なんとかなんとか言って御神体として解体されてしまいますよ!? 」
「そうだな、『奴ら』もこれを知った場合攻撃対象としてルークを選ぶだろうよ」

 エイリヒは2人の言葉に同意なのか1つ目を閉じてから「そのとうりです」と答えた後、目を鋭くした。

「お二人と同じくその事を危惧した政府はまずルークくんの出生を調べ、その全てを抹消することにしました。物騒な集団にルークくんのことを知られてはいけませんからね。しかし、幸と言うべきか不幸というべきかその地区の情報を管理していた建物が大進行の炎の中に沈んでいたので、結局調べずじまい。数少ない生き残りにルークくんの両親と思わしき人を尋ねてみても、揃って知らないと来ました」
「……ということは魔力配列はわからないと? 」
「ええ、そのとうりです。地区内の男女の掛け合わせシミレーションをしてみてもどうやったところでルークくんは生まれないそうですよ。今の段階では突然変異ということで片付けられています。ルークくん本人で確かめる方法がありますが、貴重な戦力である彼本人にそっぽを向かれては大変です、この方法は無理でしょう」

 エイリヒは手を横に広げて「やれやれ」とばかりに首を横に振る。
 イリエラとマルコはそれを苦い面持ちで見ていた。
 彼らの言う魔力配列は2人にとってそれほど重要なものなのだろう。
 
「イリエラさんマルコさんの気持ちはわかります。たしかにルークくんの魔力配列を調べることがでことができれば、色々な意味で多くの人の命が救えますからね。ですが、成功する確率が100パーセントとは言い切れません。リスクと得られる結果を秤にかけたとき今の方針でいくと決定付けられたのです、くれぐれも変な気を起こさぬよう……」

 エイリヒの鋭い視線がイリエラとマルコを舐めるように走る。

「……分かっていますよそのくらい。私達に課せられた任務放棄するつもりはありません」
「ただ、やるせなかっただけだ。それが人類のためになると言うのであれば命を投げ出してでも成し遂げてみせるさ」
「それはよかったです、私も微力ながら助力させて頂きますのでよろしくお願いしますね」

 すっとエイリヒの視線が和らぐと、どちらともなく安堵のため息が漏れた。
 エイリヒは目の前で緊張の糸を和らげている2人を見ながら、笑顔を浮かべて思う。
 「私も後輩を殺さなくて良かったです」、と。
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