ワールド・オブ・ランク

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第17話

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 隣から一定のリズムで可愛らしい寝息が聞こえてくる。
 あのおままごと強制参加が決まってから、途方に暮れたルークはトボトボと部屋に帰ってきた。
 それからはあんまりよく覚えていない。だが脳裏に薄っすらとだけ、赤い髪と青い髪と金色の髪の悪魔が予行練習と称してあんなことやこんな事をしてきたのだけは残っていた。
 あれですら予行練習の域となるとどうやら明日は俺の命日のようだ。

 ルークはいつの間にか眠っていたのかベットから体を起こした。まわりの荒れようを見ると、記憶に殆ど残っていないのは防衛本能の気がしてならない。

「ほんとにこれはヤバイな。なにかしらの手を打っておかないと俺死んじゃうぞ……」

 ルークは次々と襲ってくる嫌な予感に、頭を振って追い出す事で対応した。
 そして、予め決めていた予定を行う為音を立てないようにゆっくりと立ち上がり書斎へと向かった。

 今夜はもともとクロエが寝た隙を見て書斎に潜り込み、この世界の事について調べるつもりだった。
 孤児院では本などなかったし、調べる事もできなかったのでとても楽しみだ。

 書斎にたどり着いた俺は早速、目に付く良さそうな本を手に取る。それと、まだ簡単な文字しか分からないので、辞書っぽいものも取った。
 手に取った本は3冊。完全版:歴史、誰でも分かる魔法、魔物大図鑑だ。

 完全版:歴史はその名の通り歴史の事について書かれたものらしく、ちらっと見たところ結構細かく書かれていた。表紙の左下に最新研究結果を追記と書かれているので、かなり正確な情報が得られるだろう。

 次は誰でも分かる魔法だ。処分されないように力をつけると決意したのはいいが、残念ながら俺が知っているのは体を鍛える事だけだ。まあ、それは魔法が公では存在していなかった世界で暮らしていたので当然ではあるんだけど。実は隠れた魔法使いだったとかそう言うのではないし。
 そこで、本を頼る事にした。学校で魔法を教わると仮定すれば、教える本もあると思ったのだ。
 本がなかった場合は、授業が始まるまで待とうかと思っていたが……どうやら俺は運がいいらしい。
 これですこしは力をつけれると思う。多分……。

 そして最後に魔物大図鑑だ。これはこの世界の危険な生物を早めに知っておいた方がいいと思ったのと地球にはいなかった生物を見てみたいという好奇心から選んだ。
 優先度としては1番下だろう。完全版:歴史と誰でも分かる魔法を読んだ後に、手を出すとする。

「さて、まずは完全版:歴史を読むとしよう」

 誰となしにそう呟いた俺は、完全版:歴史を手に取り、まあたらしい本の表紙をめくった。

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 今から3,000年ほど昔、人類は栄華を極めていました。地を想像を絶する速さで駆け、空を飛び、果ては宇宙までその活動域を広げていました。
 しかし、そのツケが回ってきたのか前々から問題視されていた環境問題が深刻化し、住む事が可能な場所が減少していきました。
 それに加えて時を見計らったかのように、現れた魔物により人々は今現在の生存領域まで追い込まれたのです。

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 うん、これはあの劇場のような場所で聞いた会話で言っていた事だ。
 どうやらこの世界は昔元いた世界のような事ができたらしい。
 しかし、住むところがなくなるほど環境汚染するとはなにをしたんだ? というかそれを 歯どめできなかったとは……なんとも言葉にしがたい。


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 人類は環境汚染と魔物の板挟みにあってたちまち絶滅の危機に陥っていきました。既存の国家が崩壊し、人々が次々と魔物の餌食になっていくそんなある時、人類にある力が目覚めました。
 それは魔力と呼ばれるもので、魔物が持っていた力と同質のものでした。
 超常の力を起こす事ができ、その個人の素質次第では一個の軍隊と同等の力を有していました。
 これにより、既存の軍事事情を大きく塗り替え、魔物に対抗する手段を得る事ができましたが、残念ながら魔力持ちの人類は極少数、魔物の絶対数には遠く及びません。
 そこで、人類は生き残り同士一個の集団として集まり守りを固めました。
 その行動は功を奏し、いま今日まで人類は生き残る事がでいているのです。

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 ……なるほど魔力は最初から持っていたものではないのか。
 まあ、天敵が現れたらそうなるわな。進化もするだろう。進化した先が自分たちを追い込んでいる生物と同じ力の覚醒とは皮肉なものだけどな。
 それにしても、ここで語られている魔力持ちは少数だったのか。
 ……それに対する対策が、ランク分けという事だな。
 素質のないものは排除し、魔力持ちの人間や優秀な人間を生かしたという事か。
 あの場所で聞いた会話と全て合致する。
 なんとも複雑な事だ。人をまもるために人を殺す、なんてな。
 安全な場所で生きてきた俺が言う事ではないし、偽善と言われても仕方ないかもしれないが、とてもきぶんが悪い。

「はぁはぁ」

 ドクドクと心臓が煩く脈動し、ぜんしんがカッと熱くなるようなそんな感覚に陥っていると脳裏に昔の嫌な出来事が浮かぶ。
 生まれつき身体が弱く、特に心臓が弱かった俺は小学校のころ学校を休みがちだった。
 いざ行けたとしても体育の授業は見学していた。そんな俺に小学生の無垢な悪意は降り注いだ。
 筆舌に尽くしがたいそれは、俺の心を確かに蝕んでいった事を覚えている。

 ルークは無意識からか本を持っている手に力がこもる。

 才能だなんだで判断されれば、生まれつき身体が弱かったらどうなるんだよ。努力してもしても、ただ心臓が弱いってだけで虐められるなんてそんなことがまかり通っていいのか!? 
 ……いや、いまこれを言っても仕方ない。だってその頃の俺はもうこの世にはいないんだから。

「はぁーやめやめ! 次いこう次! 」
 
 ルークは暗い気持ちを振り払うように頬を叩き、次の本に手を伸ばした。

「よし、気分を変えて魔法にいこう。魔法、魔法か。心躍る言葉だけど、いざ目の前に使えるかもしれない状況くるとたいして普段と変わらないな。現実味がないだけなのかもしれないけど……」

 生まれ変わり自体現実味が帯びていないのかと心の中で呟いたルークは歴史:完全版とは違って古びた表紙を開く。

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 魔法とは体内に存在する魔力を使用し、超常の現象を起こす技術の事である。
 魔力については諸説あるが、大気中に存在する魔粒子を体内に取り込み生成したものという説が1番有力視されている。
 魔粒子に関しては別冊、中級からの魔法学に記載するが、この本を読んでいる初心者であろう読者の皆様は魔力の源と覚えていただければ大丈夫だ。

 さて、早速だが魔法の使用方法に関して説明を始めよう。
 魔法の使用方法は三段階に分かれており、魔力を体内で練り、行使する魔法を思い浮かべ、魔力を放出することで魔法を発現させることが出来る。

 初心者の読者の皆様はまず魔力を練る事から始めよう。魔力を練るには体内にある魔力を感じる事から始めた方が分かりやすい。
 魔力が存在する場所は人それぞれで、特に頭、心臓に集中する傾向がある。
 これを見つけるには身体の奥底に意識を向けてみることが1番いいだろう。
 では実践してみてほしい。魔力を感じることができた場合は次のページに進む。

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「魔力を感じてみろっなにをふわっとした事を言っているんだ……」

 ルークは本に向けていた視線を上げて、目頭を押さえつつボヤいた。
 魔力を感じると感じないとかそもそもそんな存在を知らないというのに無理だ。

「でもやるしかないよな……」

 ここでやらずに逃げればきっと後悔するだろうし、どうせ授業で習うんだ遅かれ早かれ関わる事になるだろう。
 ならば、いまやった方がいい。
 早めにやる事で同年代と差をつける事が出来るからな。
 精神が成熟しているという折角のアドバンテージを自分で捨てるほど愚かな事はないだろう。

 そうと決めたルークは本を床に置き、本に記されているように身体の奥底に意識を向けてみた。まあ、ただ目を瞑って考えているだけなんだけどな。格好よく言えば瞑想なのでいいだろう。

「まずは頭から……」

 魔力が集中しているらしい頭、心臓を順番に調べてみる事にする。
 でもどうやって調べるのかさっぱり分からない。
 頭が熱くなるほど考え込めばいいのか、それとも逆に海の中に沈み込むようになにも考えなければいいのか……どっちなんだ?
 取り敢えず熱くなるほど考え込む方が正解の気がするのでそうする事にする。

 頭、頭、頭……。

 するとなんだかじんわりと暖かいものを感じた気がする。その感覚を逃さないように、遠のいていくそれを追っていく。
 すると、ついに捉える事が出来た。それはとても熱く、巨大なものだった。
 目の前に燦々と輝く太陽が現れたのではないかと錯覚するほどに強大な威圧感を内包している。
 普通ならばこんなものが自分の身体の中にあるとなると恐怖心を抱こうものだが、なぜがそれはない。
 むしろ、温かみを感じて安心するほどだ。自分自身の魔力だからだろうか?

「これが魔力なのか? 随分ととんでもないものだな」

 ルークは額に薄っすらと汗を流しながらそう呟いた。これが魔力という保証はないのだが、本能がこれが魔力だと告げている。
 本能に従いそうだと認めると、とても不思議な感覚だけど、しっくりとくる。
 前にもこんな感覚があった気がするんだがいつだっただろうか? いや、それは後ででいい。今は魔力の事だ。気を抜いたら水を掬った手から水が零れ落ちるように折角掴んだ魔力がどこかに行ってしまうような気がする。

「たしか、この次は魔力を体内で練り、行使する魔法を思い浮かべ、魔力を放出するんだったな」

 本を見なければ魔力の練り方なんて分からないが……物は試しだ、感覚でやってやる。
 えーっと魔力を練るって事はこねたりすったりたたいたりする事できめ細やかく柔らかにする事だよな。
 ならこの太陽みたいな魔力を……練るには大き過ぎると思うので少しちぎりそれを練る。
 しかし、意外と簡単にちぎるもんなんだな。感覚で言ったらグミみたいだったぞ。
 ちぎった魔力を伸ばし、擦り合わせたりしているとなんだか魔力が先程より光り輝いている気がする。

「よし、練る工程は終わりと考えてもよさそうだな。はぁはぁ、なんだか疲れてきたけど今はいいや。次は行使する魔法を思い浮かべるんだよな、よし」

 使う魔法は使ったとして害のなさそうなものだ。炎とかは屋内なので論外だし、雷はもっとだめだし、水はなんか漏らしたみたいなので却下。
 光と風あたりが妥当だろう。
 あ、でも風も強かったら書斎が大変な事になりそうなので却下だな、光1択だ。

 よし、それじゃあ思い浮かべるのは光。ただ照らすだけのそんな光だ。イメージとしてはLED電球でいいだろう。
 これで思い浮かべる事はできた。あとは魔力を放出するだけだ。

「よし、でろ光っ! 」

 手を突き出し、そこから練った魔力を出す感覚を声とともに叫んだ。
 すると唐突に指先が光り輝いた。

「眩しっ! 」

 ルークはあまりの光量に目を覆う。時間にして数秒、いや数十秒と光り続けてやがて光は収まった。
 あたりは先程までの光がなかったように薄暗い。しかし、俺が魔法を使ったのは事実、体を興奮が駆け巡り、今にも踊り出してしまいそうな気分だ。
 光を出した手を眺めてみるが魔法を発するまえと対して変わりがない。グッと握りしめてみても感覚に問題はなさそうだ。

「よっしゃ! 魔法を使えたぞ! ハハ、俺もこれで魔法使いか、夢みたいだな。ってあれ? 」

 ルークが腕を上げて喜びを表現していると、いきなり力が抜けて膝から崩れ落ちてしまった。頬に床に敷かれていた絨毯の感触を感じる。
 「埃くさくないな」とどうでもいい事が脳裏に過る中、徐々に意識が遠くなっていく。
 いったいどうしたんだ? いや、原因は明らかだなーー魔法を使った事だろう。
 途中でも疲れを感じていたし、多分魔法の行使には体力も使うのかもしれない。
 そんな事を考えていると、とうとう瞼が重くなり目を開けていられなくなった。そして、ルークの意識は闇の中に落ちていく。
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