白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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 私が殺した? 国王を?



「待ってください、なんでそうなるんですか? ロリコンだったから気持ち悪くて殺したとか? 嘘でしょ……」

「ろり……? すまないが、あなたが何を言っているのかわからない」



 ルーヴァスが不思議そうな顔で首を傾げた。

 ああ、ロリコンという言葉はこの世界にないのか。いやまぁ普通に考えればそうかもしれない。政略結婚がまかり通る時代だ、ロリコンだのなんだの言っていたら結婚できない。



「わ、私が自分の夫を殺してるとか……まじか……そうだったのか……」

「姫、ショックを受けてるところあれなんだけど、姫じゃないだろうってことで話は収まったよ、確か」

「え」

「確実な解ではなかったと思いますけどね」

「?」



 各々の言葉がよくわからず、私は首を傾げた。すると、カーチェスが微笑む。



「ええとね、話は姫がこの国に嫁いできてしばらくした頃に戻るんだけど」

「はぁ」

「その頃に失踪事件がいくつか起こったんだ」

「……。え?」



 物騒すぎる話に私はふと自分の“死に方”について思い出した。

 妖精たちに追い回されて崖から落ちて死ぬ。



 ……それって死体が見つからなければ失踪事件になるんじゃないだろうか。



 ……いや待て、今はそういう話じゃない。



「それは、解決したんですか?」

「あれは解決って言っていいのかな……?」

「微妙だよねぇ。死人は出なかったわけだから、最悪の事態にはならなかったけど。そうじゃなかったら国王を殺したのは姫ってことになってたかもね」

「うわ……どういうことですかそれ……」

「ええとね。順を追って話すよ」



 私がこの国に嫁いでしばらく経った頃。いくつかの失踪事件が起こった。



 失踪したのはいずれも年若い女性であり、そしてやけに貴族が多かった。



 彼女たちに共通していたのは、国王の妃になるのではないかと噂されていた女性たちであるということ。

 この世界では、一夫多妻は普通のこと。私が国王に輿入れしたところで、国王に別の新しい妃が迎えられるのは別段、おかしなことではない。それこそ何人でも国王は妃を持つことができる。



 貴族たちはもちろん、国王に自分の娘を嫁がせたがった。他国の姫に正室の地位は掠め取られたが、それでも妃になることは可能だ。そして何とも都合のいいことに、死んだ妃――白雪姫の実母だ――と王の間にも、私と王の間にも、男児は生まれていなかった。



 要は、正室でなくとも自分の娘が妃となって男児を産めばその子が王になる。つまりそうすれば自分や一族の地位も富も安定――というわかりやすい算段である。



 ここまでは、珍しい話ではない。



 そしてまぁ、そういう話が上がると、大抵王子を生んでいない正室は嫌がる。自分の地位が危ぶまれるのだ、当然のことだろう。つまり、妃になりえる女性を正室が消そうとする話は、まったくもって不思議ではないということである。



 妃にならんとする女性たちが失踪したのは、私が彼女たちを秘密裏に殺したと考えれば、普通のことだという。



 ――問題は、ここからだった。



 女性たちは、無傷で帰ってきた。ある日突然、何事もなかったかのように彼女たちは戻ってきた。

 ただ。



 失踪していた間の記憶が一切失われていたこと、そして絶対に王に嫁ぎたくない、城に上がることすら嫌だと皆一様に言うようになったというのだ。



「……えぇ……なんですかそれ……怖……」

「当然、皆貴女のしたことだと思ったわけです」

「確かに私以外それやる意味なさそうですしね……」

「だけどまぁ、誰が死んだでもなし、そのうえ女の子たちも記憶がないからさ。君がやったという証拠もつかめず、失踪事件はうやむやになっちゃったんだよね」

「闇しか感じない……」



 それが私のせいだとしたら私は相当な悪女じゃなかろうか。道化師が「継母は良い人だったので血なまぐさいことはしません」とか言っていたような気がするのだが、あれは嘘か。



「で、それから少しして。また似たような事件が起きた」

「またですか……」

「そうなんだ。でも今度は違った。……普通の平民が失踪した」



 失踪したのは商人で、中年の男だという。王家との関わりは一切なく、私との関係も皆無と思われる男が、突如消えた。



 最初はただの失踪事件かと思われたものの、数日後、男の死体が路地裏で発見された。



 獣に食い荒らされたような酷いありさまで。



「……いやいや流石にそれは人間じゃあないんじゃないですか……」

「最初はそう思われた。だが、立て続けに似たような事件が起こってな」



 何人も何人も失踪し、やがて死体として発見される。いずれも、故意に荒らしたように酷いありさまだったという。あるものは四肢を失い、あるものは目や耳を失い――



 およそ、人間がするような真似ではない。悪魔の仕業かとささやかれたらしい。



「……それも、私のせいだと?」

「いや、違うよ! ひちっ。姫と関係性があまりにも薄かったし、貴族もいたけど、失踪した人物には明確な繋がりが見えなかったんだ。へちゅっ」

「どういう状況……」



 ちょっと非現実的すぎて頭が追い付かない。



 私は何とも言えない気持ちになり、緩く頭を振った。



「で、時は流れて。国王が死んだ――忽然と消えてね」

「は?」



 国王も消えたのか。

 そう言えばさっき国王の死に方が酷似しているという話から始まったのだった。



「国王の遺体は見つかったんですか……?」

「見つかった。数日後、今までと同じように惨たらしいありさまで、何故か寝室で見つかった」

「なんだそれ……殺してわざわざ国王の寝室に戻したってことですか……ご丁寧に……」

「そういうことになるな」



 全然状況が見えない。どういうことだろうか、それは。



 つまり私が行った可能性の高い、女性たちへの何らかの脅しに模倣して、誰かがいろんな人を殺して回った――ということか。



 ……非常に嫌な話だ。



「最初は商人とかの殺人事件に関しては、女性たち、国王と関係ないと睨まれていたらしいんだけど、殺され方が王と似ている。そして加えて、国王は一般の人間が容易く殺せるような場所にはいない。だから君が殺したんじゃないか――そういう話が出回った、ってわけね」

「ええー……」



 もう、どう言葉を返したものかわからない。



 つまり私は色んな人を殺して回っていると、そういうことなのか。



 ……しかしそれにしてはおかしくないだろうか。やはり、道化師の“継母は良い人だったのでそんな血なまぐさいことはしません”という言葉がどうにも引っかかる。



 そんなことができるのなら、最初から白雪姫を殺してしまえば、白雪姫の横暴に頭を悩ませて憔悴することもなかったのだ。けれどそうはしていない。



 ……どういうことだろう?



「でも、国王と商人の件に関しては、違うという話で決着がついたんだよ。国王を殺しても、君は事実上の実権は握れない。だって王家の血を引いているのは結局我侭なお姫様の方だから。王を殺すと、むしろ君の権力が落ちる。つまり殺す必要性がないんだよねぇ」

「はぁ……確かに、それはそうかもしれませんね……」



 ……私が王を殺した云々以前に、権力がどうとかで、さらっと人を殺さないでほしいものだ。幾ら屑でも、裏で殺す必要はないだろう。殺すなら堂々と、表で罪を言い並べて処刑しておいてほしい。そうでないと誰が殺したとかどうとかで騒ぐのだから、本当に勘弁願いたい。



「何かそんな騒動を起こしたら、私、民衆からは相当嫌われていそうですね……貴族もどう考えても嫌ってるだろうし……もはやこの国にいる方が危険な気が」

「それが、そうでもない」



 ルーヴァスが静かに呟いた。そちらに視線を寄せると、しかしルーヴァスはどこか遠くを見たまま視線に答えた。



「あなたはむしろ、民衆からはこれ以上ないほど愛されている女王だろう」



 意外な返答に、私は目を瞬かせるほかなかった。
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