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「お継母さま、酷いです……」
「……」
「私、私こんなにも頑張ってるのに……お城の外にも行っちゃいけないんですか?」
「…………」
「お願いです、お継母さま! 一目で良いんです、お城の外を見てみたいんです……!」
「………………」
「お城の中の掃除も頑張りました、お庭の水撒きも終わりました。お継母さまの言うことは全部終わってるはずです……っ」
「……………………」
ええと。
これ、どういう状況なの?
まず状況把握。状況把握しないとね。意味わからないからね!
ええと?
まず。私は高校三年生で、受験勉強真っ最中で? で、さっきも数学の授業を受けていて?
うん、それで教師に質問に答えろと立たされたんだよね。そこまでは覚えてる。オッケー、問題なし。
で、ここからが問題。
聞かれた問題の答えがわからず、何とか答えを導き出そうと考えて……そしたら。
突然の、立ちくらみ。
そして、冒頭に戻る。
私と同じくらいの年だろう綺麗な女の子が、目の前で跪いて上目遣いで私を切なげに見上げている。黒い髪、真っ白な肌、バラの花みたいに赤い唇。美少女という言葉はこの子のためにあるのではないかというほど可愛らしいし、本当に綺麗な子だ。でも着ているのはボロボロで継ぎ接ぎだらけの、言っちゃ悪いけどみすぼらしい服。あちこち汚れてるし、袖口は擦り切れてるし、裾は所々破れているのがわかる。
……理解不能だ。何だこの状況。
周りを見回してみる。明らかに教室じゃない。というか現代日本でありえないような、えー、何ていうのかな。そう、洋風の豪華なお城の中みたいな。そんな感じ。その玉座に何故か堂々と私が座っていて。
見下ろしてみると、私が着ているのは……あれ、何か玉座に座っていると言う状況に似つかわしくないほど目の前の女の子と同じくらい酷い服着ているんだけど。何だこれ。というかよくよく見てみるとお城の中も妙なほどがらんとしてる。内装は確かに豪華だけど、調度品の類は全く見当たらない。赤い絨毯が玉座からその向こうまでずーっと伸びていて……それしか鮮やかな色が見当たらないんだけど。
この子はこのお城の召使かなとか思ったけど、玉座に私が座っていて私の服がみすぼらしくて極めつけに彼女が私を「おかあさま」とか呼んでいるって言うことは、召使じゃなくて……うん? まさか私の娘なのか?
……ごめんやっぱりよく状況が把握できない。いや別に誰に謝らなければいけないわけでもないんだろうけど。
「お継母様! お願いです、どうか、どうか。お城の外に」
「いやあのうん、別に良いよ?」
「え?」
私がやや戸惑いつつそう言うと、女の子は私を縋りつくような目で見上げてきた。
「ほ、ほんとですかお継母様!?」
やっぱり私がおかあさまなのか。何かあの……同年代の子にそう言う風にいわれるのって、結構ショックだね。
「え? いやそのなんと言うか、嘘をつくほど重大なことでもないよね?」
「でもでも、お城の掃除がまだ終わってないんです!」
「…………。…………? さっきお城の掃除は終わったって言わなかったっけ?」
「頑張りました! でも、お城の中は凄く広いから、私一人じゃ終わらなくて……」
さっき……終わったって、言ってたと思うんだけど、えっと、気のせい、かな?
というか、まさかこのお城の中この女の子が全部掃除してるのか? 召使は? いないの? ええ?
というかこの大きな城に住んでいるのになんで私たちこんな貧乏の極みと言わんばかりの服を着てるんだ。着るもの質素にするんだったら住むところもさ、お城なんかに住まずに堅実に小さな家とかにしようよ、ねぇ。
と、彼女に言ってもおそらく仕方ないのだろうと思われたので、私は首をかしげて先ほどの彼女の嘆願に答えてみた。
「ええと判った。頑張ったんだったら、まぁ、良いんじゃない? 城の外で気晴らししてきたら? 気分変わると思うよ」
そもそも私はイマイチ状況がわかってないから、一人にして欲しいんだ。
とりあえずこの状況を何とか理解して打開しなけりゃならないし、この子にかまっている暇はない。
まかり間違って私がこの子の母親だとしても、である。知ったことか。私はこんな子を知らない。私はごく普通の高校生だった。断じて子持ちではない。そも、受験勉強真っ最中の私が子供を持つ余裕とかない。その前に子供を持つような相手もない!
「でも、お掃除がまだ終わってないです……」
女の子は困ったようにうつむきながら、小さくそう言った。
そんなに掃除なんて気にしなくても良くないかな。大体一人なんだし、こんな広い場所の掃除なんて終わるわけない。私とこの子が力を合わせても多分この場所全部の掃除とか無理だ。何せ本当にお城のようなのだ。もしこれが私のただの夢なのだとしたら、どんだけ私の頭はメルヘンなんだって私自身が聞きたいくらいに立派な城なのだ。調度品は何もないけど。とりあえずそんなバカでかい場所の掃除なんか二人で終えられるわけもなく、まして私が今ここに座っているということは彼女一人で掃除をしていたということなのだろう。無理に決まっている。それくらい、頭があれば誰だって判るだろう。
「そんなに掃除が気になるなら私がやっておくよ。全部できるとは思えないけど、少しくらいなら……」
掃除しながら少し気持ちを整理して、ちょっと辺りを見回るのもいい。
あんまり期待出来ないけど、誰かほかに人がいるのならその人にでも助けを求めて……それから身の振り方を考えよう。
何にせよ、今現在彼女をここに縛り付けておく必要もないだろう。状況はいまだによく判っていないが、わからないなりの親切心で私がそう言った途端、何故か女の子は凄まじい剣幕で私に怒鳴りつけてきた。
「はぁあァ!? 何言ってんのよあんた!! ……そんなのいけません! お継母様は女王さまなのですから! 私一人が辛い思いをすれば良いんです! お継母様がお掃除なんてなさることないです!」
……なんか一瞬鬼女のような顔にならなかった?
っていうか今明らかにあの……「あんた」とか言った……よ、ね?
え、なに? 私とこの子、どういう関係? 本当に親子? これ私の娘? え、何それ怖い。私は一体どういう育て方をしたんだ。何をしたらこうなるんだ。どう育てられたんだこの子。
若干私は顔を引き攣らせつつ、
「? ええと、よくわからないけど、掃除しなくて良いっていうのはわかった。で、私ちょっとあの、一人になっていい?」
「あぁ! お継母さま、やっぱり私はお外に行ってはいけないのですね? うぅ……っ」
突然泣き崩れる女の子。いや私、外に行くなとか一言も言ってないと思うんだけど……
……もしかして、ちょっと頭が危ない子?
「あの、そんな泣かないでもいいと思うんだけど……。あと私外に行くなとか一言も」
「ご、ごめんなさい! お見苦しい所をお見せして、ごめんなさい! お掃除してきます……!」
女の子は悲痛そうな表情をしたまま顔を両手で覆い、走り去って行った。
……。
…………。
あの、私、どうすればいいのかな?
まぁとりあえずその……一応一人になれたわけだし、状況を把握しようか……
訳がわからぬまま玉座で考え込みかけた、その時だった。
「あ、君はこっち見なきゃいけないからね、こっちこっち!」
背後から声が聞こえてきて、私は思わずそれに立ち上がって振り返った。
でも、見たところ何もないし誰もいない。
目に映るのは石造りと思われる灰色の壁と、玉座の後ろの壁にかかっている黒いカーテンだけだ。というか色が城の壁と同化していて今までカーテンの存在に気付かなかった。
……つまるところ。
「……気のせい?」
「気のせいじゃない気のせいじゃないから。カーテンの下だよ、カーテンの下。カーテンどけてみてー」
と再び聞こえてきたので、私は一応。
無視を決め込んだ。
お化けとか幽霊の類って、反応したらいけないんだって聞いたことがある。声に反応して応答したりすると、調子に乗るとか何とかで、とりあえず反応はNGらしい。
それにまぁまともに反応するのも面倒くさいから放っておこう。
そんな幽霊だのお化けだのに付き合ってられるほど楽観視できる状況下でもないし……
と、玉座に座りなおし、物思いにふけろうとした所で。
「ちょっとー。ちょっと君ー。お願いだからこっち見てー。イジワルな継母は鏡にこう聞かなきゃいけないじゃない? “Magic Mirror on the wall,who is the fairest one of all?”」
残念でしたお化けさん。私は英語が苦手だからあなたの言った言葉の意味がわからないごめんね!
と、完全無視を決め込んでいると、背後から溜め息が聞こえた。
「……はぁ。何か君、冷たくない?」
無視だ無視。
「……。まぁいいや。っていうか僕としたことが順番間違えた! 女王様ー。あのさー。そこにバルコニーあるでしょ。そっち行って外の様子見てみてー」
まぁ玉座にいつのまにか座っている所からして薄々感づいてはいたんだけど、私、女王なのね。なんと面倒な……
というか、外の様子?
この言葉に少し興味を引かれた私はカーテンの方を見向きもせずバルコニーの方へ歩いていった。
バルコニーから見えたのは、こんなに生えなくてもいいだろうと思うくらい雑草が滅茶苦茶に生えている巨大な……庭?と、
「あ、さっきの子」
高速移動したとしか思えない。さっきの女の子がそこにいらっしゃった。
あの、ここ滅茶苦茶高い位置にある部屋なんだけど。多分六階くらい? ……どうやって今までの時間でそこまで行ったんですか?
などという私の心の中の真剣な質問が届くわけもなく。
女の子はどうやら井戸で水を汲んでいるらしかった。
あぁ、もしかして花壇とかに水を撒きに行くのかな? 掃除しなくてもいいと一応言ったつもりだったんだけど、きちんとやるんだ。偉いな。やっぱり私も手伝いに行こうか……
とか、私が感心した所で。
「っもう!!」
突然女の子が、バケツいっぱいに汲んだ井戸の水をそこらにぶちまけた。
「何でこんなに始まるのが遅いの!? 大体紹介もまだじゃない!!」
「…………」
……ハイ?
突然ヒステリーを起こした女の子にドン引きし、言葉を失ったところで、私はふと視線を女の子の後ろに向けた。
「……男の人?」
草ぼうぼうの中をかきわけながら、なにやら高そうな王子様みたいな服を着た男の人が女の子の方へと向かっていた。金の髪をなびかせながらさっそうと歩く姿は優雅と言えば優雅だけど……
私が呆然としている間にも、男の人は女の子の方へと腹が立つほど優雅に歩み寄っていく。
……軽そうな男だな。
「…………何じゃありゃ」
その足音が聞こえたのかもしれない、女の子は後ろをチラッと振り返ると、慌てて井戸の水をくみ出した。
先ほどぶちまけた水のせいで辺りはびしょびしょだけどいいのかそれで。
女の子が井戸を覗き込んでいると、男はそれに近づいていき――男も井戸を覗き込む。その途端女の子は弾かれたように井戸から顔を上げて男を見た。
男は女の子に笑いかけたように思われたが――ここからだと正直よく見えないが雰囲気的に刺々しくはなかった――その途端、女の子は高速移動でお城の中に逃げ込んでいった。
……え、もしかしてあの男不法侵入者? だったら撃退しないといけないんじゃ……
と私が注視していると、男は女の子を追いかけ、庭から彼女に語り掛け始めたようだった。やばいこれが所謂ストーカーという奴かと思い始めた頃、女の子はいつの間に移動したのか私のいるバルコニーより少し下にある小さなバルコニーから男をうっとりと眺めていた。
そして男はそれに歌を歌いながら熱烈なさして中身のない愛の告白――
……心底どうでも良いな。
何だか見ていて凄く疲れたので玉座に戻ろうとした時、
「はい、女王様は嫉妬しました! で、鏡を見るんだ。そして“Magic Mirror on the wall,who is the fairest one of all?”って……」
「おばけさん」
私が呼びかけると、「何?」とカーテンの向こうから返事が返ってくる。あぁやってしまった。お化けに話しかけてしまった。でも私悪くないよね。だって相当鬱陶しいよこの声。うるさいし。
「私馬鹿なのでその英語わからない。ごめんね。寝るね。おやすみ」
「待った待ったそこで寝ないでお話が進まないから! さっきのは“鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?”っていう決まり文句。英語の方が格好良いかなって……」
「判った。で、寝て良い?」
「全然判ってないからね君ね。もう判るでしょ? 君は白雪姫の継母なの! だから鏡に「一番美しいのはだーれだ?」って聞かなきゃ……」
何なんだほんとにうるさいなぁ。
私がカーテンをぶわっと開くと、随分立派な壁掛け鏡が現れた。私の身長よりも高いし幅も私三人分くらいはあるし、随分豪奢な彫りの額に収まってるし、とりあえず無駄に高いんだろうなこの鏡。
でもそれより問題はその中だった。
鏡の中で、真っ赤な髪をした男が笑顔で手を振っていらっしゃった。
「おはよーう。初めましてー。僕はねー」
シャッ、とカーテンを掛け、私はそのまま玉座に戻ろうと――
「待って待ってカーテンどけて。これじゃいくらなんでも話し相手の顔が見えなくて淋しいんだけど」
「おやすみなさい」
「お願いだから話聞いてー」
鏡の中で男が悲痛な声をあげる。
私は溜め息をついてカーテンを開けた。
「まだ何か用?」
「いやまだ全然用を言ってないというか君の役目はこれからだからね! 君はもう少し混乱しようか。普通なら「ここはどこ? あなたは誰? きゃーっ!」って騒いで……ごめんごめんお願いだからカーテン閉めないで!」
再び男が悲痛な声をあげる。何なんだろ。
「結局、何の用?」
「淋しいなー。そう言う反応が一番傷つくんだよー。まぁいいや、本題に入るよ。白雪姫って知ってるよね? 君はその世界に転生しました! わーいどんどんパフパごめんほんとにカーテン閉めるの止めてなんか地味に心に来るの!」
……白雪姫の世界に、なんだって?
「はぁ……ここまでリアクションに乏しい子って初めてだよ……。無反応って結構地味に傷つくなぁ。で、それで。君は継母の役割なんだけど」
「継母?」
「さっき女の子がいたよね? あの子が白雪姫。で、君が継母」
「私あの子と同じくらいの年齢なんだけど」
「継母だから何でもありだよ! ここの城主がロリコンだったと思えばさして問題ないよね!」
そういうものですか?
っていうか問題大ありだよ。私結婚してるのか。そのロリコンのおっさんと。
……嘘でしょ。
「で、城主である君の夫は死んだんだけど」
あ、ロリコンさんは死んでるのね。助かった。
「そんな訳で君がここの城主なわけ」
「はぁ。それで女王とか言われてたのか」
「うん。状況は読めた?」
「まぁ一応?」
「オーケーオーケー。で、ちょっと認識との差を修復しておきたいと思うんだ」
……認識との差?
「まず、城内だけど。随分がらんとしてると思わない?」
「うん、随分質素だね。良い城主だったってことか」
「あ、そういう発想になる? 普通は貧乏だって言う発想にならない?」
「ならない」
「わーい話が進まなーい。まぁいいや、とりあえずここのお城は貧乏なんだ」
お城に住んでるのに貧乏なんですか。
いや地味になんとなーく感づいてはいたんだ。私が女王という立場で、おそらくその娘という立場であろう彼女が直に掃除をしているということは、貧乏なんだろうなって。でも自分が貧乏とか認めたくないよね。よくわかんない場所で「さぁ貧乏生活レッツスタート☆」とかふざけんなって思うよね。
「まぁ、白雪姫のせいなんだけど」
「…………はい?」
私が思わず男をまじまじと見ると、男は「あはっ」と笑った。何が「あはっ」だ、何が。
「ちょっとあの子、妄想癖があってね。自分は不幸だけど世界で一番美しい娘で、いつかは必ず幸せになれるって思ってるの、多分。で、自分の不幸は継母である君のせいっていう、そういう結論が頭の中でできているらしいんだよね。ちなみにあの子は結構お洒落さんで、街にショッピングに出かけてはすっごい豪奢な服をいっぱい買ってきて、お城の財産食いつぶしちゃったんだ。で、まー、何ていうの? こわーい男の人がお城にきて、まぁ代償としてお城の調度品とか全部持ってっちゃったんだ」
それは所謂借金取りという奴ですね。ってかそれ買ってないじゃん。強奪じゃん。
「そういえばさっきお城の外に行かせてって泣きついてきてたけど?」
「あれは演技。ほんとは継母さんすごい良い人なんだけど、彼女が「掃除するなよ? するんじゃねぇよ?」って感じで牽制して、自分が一人でお掃除してるー、みたいな格好を取ってるわけ。まぁ残念ながら彼女は掃除なんかしないんだけどね。その証拠にお庭、草ぼーぼーだったでしょ?」
あれはそういうことか。
「あの子は悲劇のヒロインからハッピーエンドを目指す主人公なの。君はだから所謂悪役だね。王子様とハッピーな白雪姫に嫉妬しなきゃいけない」
待て。
「なんかおかしくない? 借金けしかけたのがあの子なら、どちらかと言えばあの子が悪役だよね?」
「主人公は悪役になれないんだよー。お約束って奴だね!」
っていうことは、つまる所?
「私に嫉妬しろと?」
「うん」
「で、最終的に小人達に殺されろと?」
「うん」
……。
「理不尽だ!!」
「まぁまぁ。それを回避する為に、この鏡が」
それを聞く前に、私はカーテンを思いっきり閉めて、カーテンの上から鏡を蹴っ飛ばした。
ガッシャーン!!とけたたましい音がして、ばらばらと鏡の破片がカーテンの下に散らばる。
「寝よう」
「ちょっとちょっと! 鏡割ったらお話が進まないんだけどー」
玉座に戻ろうと踵を返したところで、目の前に人影が現れた。それには見覚えがある。先ほどの赤髪の男だ。
ただ、全体が透けている。足までちゃんとあるのだが、向こう側が透けて見える。どうやら本物のおばけらしい。
「あ、やっぱり透けるなぁ……はぁ」
男は何やら残念そうにため息をついたが、知ったこっちゃない。
「私おばけと友達になる趣味ないから。ごめんね。地獄か冥府に可及的速やかにお帰りください永眠して下さい」
「いやあの僕おばけじゃないから。地獄にも冥府に帰らないし永眠しないから。地味に傷つくからやめてね」
「知りません」
「っていうかさっきの君の鏡を割るって言う凄まじい凶行のせいで鏡の精さん御昇天なさったんだけど」
「それはご愁傷様です。あなたが鬱陶しいのが悪いです。はぁ本当に鬱陶しいな」
「いやさすがにそれは嘘だけどさ。っていうか僕への扱いが相当ひどくない? ねぇ。お願いだからちゃんと話聞いてー」
男は困ったようにそう言う。
困ってるのはこっちだよ心底困ってるよこんな訳の判らん場所にふっとばされて。
「私死にたくないんだ。だから毒林檎持っていって『アーハッハあたしがこの世で一番美しいィ!』とかって死亡フラグわざわざ立てるほど物好きじゃないの。わかるよね? わからないわけないよね? わかんなくてもわかれ。ってことで他当たってくれる?」
「配役が君だから君しか頼れないんだよ! っていうか君がうまくやれば死ぬ必要無いからね。大丈夫だから」
男はそう言いつつ、玉座に戻ろうとする私を必死に阻止する。まぁその阻止もあまり意味をなさなかったけれど。
「折角助けてあげたのに、この仕打ち……ひどくない?」
「あなたとは初対面だと思うんだけど?」
「君にとってはね。僕は一応君のこと知ってました」
「ストーカーか!! さっきの金髪と同類、」
「発想が苛烈すぎるよ君。流石にそこまで酷くないから。そして彼もストーカーじゃないよ王子様だよ。……せっかく君が教師に問題答えるよう言われて、困ってたのを見かけたから、君をこの配役に当てたのに」
訳がわからない。
というか、この男は私の元いた世界を知っているのね。
というかそもそもこいつが転生の元凶なのね。
へー。ふーん。
……すっごい迷惑だ!!
「何かよく判りませんけど? 何? あなたが私を転生させた張本人?」
「え? あ、一応そうな……」
「で、それでなに? このまま死ねって?」
「いやだから僕死ぬ必要があるとはまだ一言……」
「こんの…………ストーカーがッ!!」
私怒鳴りつけると、「わっ」と男がやや怯んだ。
「こっちはね!! 高校三年なの! いい? 一つの授業休んだらどれだけダメージあると思ってるの? 内申に響くんだからね!? 私が志望してる大学、私の今の成績じゃギリギリなんだから! なのに私の成績下げさせる気!? 何なの!?」
「え、ここそれで怒る所かなぁ……?」
「とにかく帰して! 元の世界に戻して! 早く!!」
「えーと。ごめんね。それは、無理かも」
男は言いつつ頭を掻いて「てへっ☆」と笑った。
「……ふざけてるの?」
「ごめん怒らないで何かオーラがどす黒いよ怖いよさすが悪役に配役されただけのことはあるね!」
失礼なことを平気で吐いてくれた男に蹴りを入れたい気分だったが、この男透けてるし、多分蹴っても意味無いだろうな。すり抜けるだけだったら何だか凄く馬鹿みたいだしやめておこう。脳内で好きなだけ殴ってぼこぼこになった男を妄想するにとどめておこう。
「ここ乙女ゲームの世界なの。で、彼女が主役に転生した子なんだけど……ちょっと主役に配役されたって言うのを履き違えちゃったみたいなんだよね。僕も彼女のことはよくは知らないんだけどさ。で、城の財産食いつぶすわ何だかんだしてくれたの。それ見てたらなんか、継母さんが可哀想で。だからこの事態を覆してくれる、英雄的な継母を連れてこようと思ったわけ。そしたら何か継母さんと顔の似てる君見つけたから配役してみたの」
ここまでオーケー?と聞かれたので、半眼で睨み付けてやる。男はそれに、力なく「……はは……」と笑ってみせた。
「迷惑」
「だろうね。でもここ乙女ゲームの世界だからイケメンがいっぱいだよ! 嬉しいでしょ?」
「全然。普通に大学に入学できるほうが何倍も嬉しい」
「……。クールだね、君って」
男はしょげたように俯く。
「まぁいいや、君を配役したからには今更変えられないし、このまま話を進めるよ」
「やめてほしいんだけど」
「どの道君は元の世界に帰ることは多分できないから、死なない方法をこの世界で選ぶしかない」
帰れないんだ。酷すぎる。私こんなこと欠片も望んでいなかったのに何でこうなった。
お母さんお父さん親不孝な娘でごめんなさい。あなた達の娘に生まれて普通に生きてこられて私は幸せでした。どうかお元気で。私はこの世界で死に……ん?
……死なない方法?
「死なない方法、一応あるの?」
「それ、さっき言おうとしてたことだから。遮ったの君だからね、僕悪くないからね」
「早く話して」
「……うぅ。だから……攻略対象である、七人の小人を惚れさせれば多分完全にオーケー」
……はい?
「君を殺すのは、七人の小人たちの役目です。いい? 判るよね? 悪い継母は、魔女になって白雪姫に毒林檎を食べさせて、眠りにいざなう。でも小人たちがその魔女をやっつけて、で、歌を歌ってるだけの王子様が白雪姫にキスして白雪姫ハッピーエンド! 良かったね! っていうのがクライマックスだったよね」
「あー、まぁそうだね」
だけど幾らなんでもその話し方は身も蓋もない気がする。まぁ身も蓋もなかったところで私は全く困らないんだけども。
「つまり。君は小人たちに殺されなければ良い。ならどうすべきか? 小人の所に白雪姫が転がり込んできても、彼らが白雪姫を受け入れなければ良い。でも、とても親切な彼らは普通に考えれば不法侵入者な白雪姫を平気で家の中に入れてくれる。裏を返せば、白雪姫と接触したら、小人たちは彼女に惚れて悪役の君を殺しにかかってくる」
怖こわっ。小人さん怖っ!
「だから、その前に小人たちを君がメロメロにすれば良いわけ。そうすれば小人が白雪姫に惚れることはない。そこまでの力はないはずだからね。オーケー? 簡単だよね! さぁ、小人の所にレッツゴー!」
ちょっと待ってください。
「女王は白雪姫を殺そうとして、でも狩人が白雪姫を殺せなくて……だから白雪姫は小人の所に行ったんだよね? だったら、女王が狩人をけしかけなければ良いんじゃ?」
そうだよ。私が狩人さんにもう依頼してるにせよ、「ごめんなさい、殺さなくても良いんです」って頭下げて断ればいいんじゃない?
しかし私が名案を思いついたように言っても、男は困ったように眉尻を下げるだけだった。
「えーと、君失念してない?」
「何を?」
「君、城内のもの、鏡とカーテンとカーペットと玉座以外、全部取られるくらい財政が逼迫ひっぱくしてるんだよ? 見てのとおり、使用人を雇う金も無い。まぁ、使用人は白雪姫が全部解雇したんだけど」
使用人さんたち、うちの白雪姫がごめんなさい。新しい職業は見つかりましたか? もし見つからなかったら本当にごめんなさい。一緒に就活やりたいくらい申し訳ないです。高校生だから就活やったことないけど。
「つまるところ、狩人を雇う金ももちろんない。そもそも継母は良い人だったのでそんな血なまぐさいことはしません」
「じゃあ白雪姫が小人の所に転がり込む必要は全くないよね?」
「あー、だから。彼女にとって自分は「悲劇のヒロイン」なの、判る? 自分は「継母に殺されかける」という恐ろしい目に会わなくちゃいけないの。そして、王子様にめぐり合ってハッピーエンド」
……。はぁ。
「だから、狩人は「存在しなければならない」。「存在していなくても」ね。小人たちの所に転がり込んだ彼女は「自分は継母に殺されかけてる!」ってアピールする。そのお話の中で狩人が存在するだけ。だから白雪姫を実際殺そうとした狩人も、白雪姫に逃げろと言った狩人も実際には存在しません。彼女の頭の中以外には」
……白雪姫想像力豊かなんだな。
「小人たちは不法侵入した彼女に何故か一目惚れして、彼女の不幸話を聞いて、ある日普通の林檎を齧って寝た白雪姫の姿を見て死んだと勘違いして「女王打倒!」になる。で、君はどこに逃亡しても多分小人に見つかって捕まえられてシナリオ通り、崖から落とされ、白雪姫、めでたしめでたし、になると」
まったくもってめでたくない。
何? 私なんにも悪いことしてないじゃない。さっきの話を聞いてると、継母は毒林檎とか渡してないじゃない? 白雪姫がそこらから普通の林檎とってきて食べて死んだフリして王子様のキス待ってハッピーエンドじゃない、私関係ないじゃない!
ふつふつと怒りを感じていると、男が再び話しかけてくる。
「さぁ、小人たちを惚れさせに行こう! で、そのためにこの鏡があったんだけど……はぁ」
男は後ろの鏡……の破片を見て溜め息をついた。
「割っちゃダメじゃん」
「腹立ったんだもの。主にあなたの顔が」
そこ全然強調しなくていいよ、と男が眉根を寄せた。
「でもこれお話に必要なんだよ……鏡の精がいなきゃ、小人たちの所に辿りつけないし」
「どういう意味?」
「小人たちの家は、迷いの森の中にあるの。迷いの森って言うのはその名の通り、滅茶苦茶に人を惑わせる森。白雪姫が逃げる時、物凄く森の中で迷ってなかった? とにかく森を抜けようとする彼女が行く先々で木に引っかかったり引っかかったり引っかかったりしてたよね」
「……木に引っかかってるだけだよねそれ」
「まぁそれ以外何とも言いようがないしねぇ。彼女自身、行くあてがあったわけじゃないし。まぁ、とりあえずその森の中だと迷うの。白雪姫はシナリオにあるから最終的には小人の家までたどり着けるけど、君はイレギュラーだからね。着けるかどうか判らない。だから真実を答える鏡に道のりを聞こうと思って……あーぁ」
男は頭を抱える。
「……仕方ないなぁ。あんまりこういうことはしたくないんだけど」
そう言うと、男は前に手の平を突き出した。
「天と地の狭間より、赤き道化師は君の名に、罪と夢を裁かんとす。奏でる音は断罪を、途切れた弦は罰を謳え。我、世界の行く末に、神と人との果てを見る」
男がそう言った瞬間。
「え……」
男が突き出していた手の平から光が溢れ出し、一枚の手鏡が現れた。
「……はぁ。まぁ、あんまり大きいことすると怒られるし、これで勘弁してね」
男は手鏡を私に手渡してくる。
「今のどういう原理?」
「え?」
「どうやって鏡が出てきたの?」
これいわゆる魔法という奴じゃないか。
その原理が分かれば私も元の世界に戻れるんじゃないだろうか!!
少し食い気味に私が問いかければ、男は不審者よろしく目をうろうろさせた後、
「え……あー……えっと……内緒♪」
にっこりと笑って、
「……じゃあね☆」
と突然掻き消えた。
……。
…………。
……ちくしょう。逃げた。
何にせよ。……結局私、この鏡をどうすれば良いんだ?
「……鏡よ鏡。誰かいるー?」
手鏡にそう聞いてみると。
『はい、おりますよ』
突然鏡の中に一人の男が浮かび上がった。
「……執事さん?」
『ええ。お嬢様にお仕えする身ですから、正装が良いかと』
鏡の中に現れたのは、水色の髪を肩口で結わえた執事姿の綺麗な男性だった。年のころは二十代中盤くらいじゃないだろうか。中性的な顔立ちをしているためか長髪もよく似合っていて少し不思議な雰囲気の人だった。
「えっと、鏡の精さん?」
『はい、その通りでございます』
男性はふわりとやわらかく微笑んだ。
「七人の小人の所に行きたいって言って、意味通じます?」
『ええ。お嬢様を殺めるかもしれない小人のことですよね?』
あやめる……あ、殺すってことか。ん? お嬢様? まさか私のこと……?
「全然お嬢様じゃないけど……まぁいいや、そんなこと言ってる場合でもなさそうだし。その小人の家に行く道筋を教えてくれませんか?」
『私でよろしければ僭越ながらご案内いたします』
男性は綺麗に一礼をしてみせる。
親切な人だな。助かります。
『まず、隠し出口から城を抜けましょう。表には白雪姫と王子がいるはずです。お嬢様が逃げたことを知ったら、白雪姫はすぐに小人のところへと向かうでしょう』
「え、嘘」
『本当です。私は真実しか申し上げません。ですから、隠し出口からこっそり抜け出しましょう』
「隠し出口ってどこにあるんですか?」
『地下牢の更に下にある、船着場の奥です。船が一艘ありますから、それで城の外の川に出ましょう。川に出たら森はすぐそこです。早速参りましょう』
鏡の中の執事さんは的確に指示を出してくれる。そこは右へ、とか左へ、とか。一番奥の牢に入って、中に置いてある木箱をどけて隠し扉を開いて、そこにある階段を降りて、とか。降りた先に見つけた船に乗って、船を楔くさびから解いて…………そんなこんなで、全く知らない場所だけど、精霊さんのおかげで普通に城の外まで出ることができた。
「……花畑?」
城の地下に流れる川を下っていくと、右手に花畑が見えてきた。その奥に森があるのが判る。かなりキレイな光景だ。
「もしかして、あれ?」
『そうです。やはりお嬢様は御聡明であらせられますね』
鏡の精は微笑んで頷く。
『あれが迷いの森になります。ですがご安心下さい。私がご案内いたしますので、約二十分ほどで小人の家に着くはずです』
迷いの森の名が泣くな……鏡の精に頼ったら迷いもしないなんて。
「そんなに簡単に行けるなら、迷わない人も多いんじゃ? 他の人でも何とか突破できそうだけど」
『いえ。ここの森は少々面倒な場所で、長い年月を経た木々が自らの意思で外部の者を拒むのです。外部の者、つまり森に住んでいる小人以外のもの全て、ですね。ですから錯覚に陥り、森に入った筈なのに元の場所に戻っているという事例が多発し、人々はここに近づかなくなりました。まぁ全ては白雪姫のために生まれたことなのですが』
「でも白雪姫は拒まれないの? あんな悪女なのに?」
『ええ。たいそうな悪女ですが、主役であると言うのは事実ですから。脇役はシナリオに沿わなければなりません。お話の中に、突然全く関係の無い人間が現れては困るでしょう? 例えば、白雪姫が継母から逃亡している時にばったり誰かと出会う、とか。シナリオがぶち壊しですから。ですから、木々はそう言った邪魔な人間を拒んでいるのです』
まじですか。白雪姫凄い。というか、主人公凄い。悪女でも主人公は守られるのか。羨ましいね。
……あれ? そういえば。
「継母は森の中で迷う可能性があるんだよね? じゃあ毒林檎を渡すのは無理だよね?」
『ええ。だから白雪姫は普通の林檎を拾ってきて食べて死んだフリをするんです。そして元々白雪姫からあなたの評判を聞いていた小人たちが狂乱してあなたを殺しに来る。それが正しいシナリオです』
……何で正しいシナリオ通り世界が回ってないんだろ。まぁその方が助かるんですが。
というかほんとに小人怖いな。何で初対面の白雪姫をやすやすと信用した挙句、人殺しをしようという発想になるんだ。わけ判らん。
『お嬢様、船から降りてください。森の方へ参りましょう』
鏡の精がそう言ってきたので私はそのまま船を下り、一応近くの木に船を括りつけておいた。
『お嬢様、あちらに比較的大きな木がありますね。あの木の左側から森へ入ってください』
「……え?」
突然の細かい指示に私は唖然として鏡を見た。
『通り道を間違えると、小人の所へは行けません。ですから、私の言う通りに歩いて頂けると助かります』
「そういうものなの?」
『はい』
何て面倒な森なんだ……!
私は苦い顔をしながら鏡の精霊の指示に従って歩き始めた。
「……」
「私、私こんなにも頑張ってるのに……お城の外にも行っちゃいけないんですか?」
「…………」
「お願いです、お継母さま! 一目で良いんです、お城の外を見てみたいんです……!」
「………………」
「お城の中の掃除も頑張りました、お庭の水撒きも終わりました。お継母さまの言うことは全部終わってるはずです……っ」
「……………………」
ええと。
これ、どういう状況なの?
まず状況把握。状況把握しないとね。意味わからないからね!
ええと?
まず。私は高校三年生で、受験勉強真っ最中で? で、さっきも数学の授業を受けていて?
うん、それで教師に質問に答えろと立たされたんだよね。そこまでは覚えてる。オッケー、問題なし。
で、ここからが問題。
聞かれた問題の答えがわからず、何とか答えを導き出そうと考えて……そしたら。
突然の、立ちくらみ。
そして、冒頭に戻る。
私と同じくらいの年だろう綺麗な女の子が、目の前で跪いて上目遣いで私を切なげに見上げている。黒い髪、真っ白な肌、バラの花みたいに赤い唇。美少女という言葉はこの子のためにあるのではないかというほど可愛らしいし、本当に綺麗な子だ。でも着ているのはボロボロで継ぎ接ぎだらけの、言っちゃ悪いけどみすぼらしい服。あちこち汚れてるし、袖口は擦り切れてるし、裾は所々破れているのがわかる。
……理解不能だ。何だこの状況。
周りを見回してみる。明らかに教室じゃない。というか現代日本でありえないような、えー、何ていうのかな。そう、洋風の豪華なお城の中みたいな。そんな感じ。その玉座に何故か堂々と私が座っていて。
見下ろしてみると、私が着ているのは……あれ、何か玉座に座っていると言う状況に似つかわしくないほど目の前の女の子と同じくらい酷い服着ているんだけど。何だこれ。というかよくよく見てみるとお城の中も妙なほどがらんとしてる。内装は確かに豪華だけど、調度品の類は全く見当たらない。赤い絨毯が玉座からその向こうまでずーっと伸びていて……それしか鮮やかな色が見当たらないんだけど。
この子はこのお城の召使かなとか思ったけど、玉座に私が座っていて私の服がみすぼらしくて極めつけに彼女が私を「おかあさま」とか呼んでいるって言うことは、召使じゃなくて……うん? まさか私の娘なのか?
……ごめんやっぱりよく状況が把握できない。いや別に誰に謝らなければいけないわけでもないんだろうけど。
「お継母様! お願いです、どうか、どうか。お城の外に」
「いやあのうん、別に良いよ?」
「え?」
私がやや戸惑いつつそう言うと、女の子は私を縋りつくような目で見上げてきた。
「ほ、ほんとですかお継母様!?」
やっぱり私がおかあさまなのか。何かあの……同年代の子にそう言う風にいわれるのって、結構ショックだね。
「え? いやそのなんと言うか、嘘をつくほど重大なことでもないよね?」
「でもでも、お城の掃除がまだ終わってないんです!」
「…………。…………? さっきお城の掃除は終わったって言わなかったっけ?」
「頑張りました! でも、お城の中は凄く広いから、私一人じゃ終わらなくて……」
さっき……終わったって、言ってたと思うんだけど、えっと、気のせい、かな?
というか、まさかこのお城の中この女の子が全部掃除してるのか? 召使は? いないの? ええ?
というかこの大きな城に住んでいるのになんで私たちこんな貧乏の極みと言わんばかりの服を着てるんだ。着るもの質素にするんだったら住むところもさ、お城なんかに住まずに堅実に小さな家とかにしようよ、ねぇ。
と、彼女に言ってもおそらく仕方ないのだろうと思われたので、私は首をかしげて先ほどの彼女の嘆願に答えてみた。
「ええと判った。頑張ったんだったら、まぁ、良いんじゃない? 城の外で気晴らししてきたら? 気分変わると思うよ」
そもそも私はイマイチ状況がわかってないから、一人にして欲しいんだ。
とりあえずこの状況を何とか理解して打開しなけりゃならないし、この子にかまっている暇はない。
まかり間違って私がこの子の母親だとしても、である。知ったことか。私はこんな子を知らない。私はごく普通の高校生だった。断じて子持ちではない。そも、受験勉強真っ最中の私が子供を持つ余裕とかない。その前に子供を持つような相手もない!
「でも、お掃除がまだ終わってないです……」
女の子は困ったようにうつむきながら、小さくそう言った。
そんなに掃除なんて気にしなくても良くないかな。大体一人なんだし、こんな広い場所の掃除なんて終わるわけない。私とこの子が力を合わせても多分この場所全部の掃除とか無理だ。何せ本当にお城のようなのだ。もしこれが私のただの夢なのだとしたら、どんだけ私の頭はメルヘンなんだって私自身が聞きたいくらいに立派な城なのだ。調度品は何もないけど。とりあえずそんなバカでかい場所の掃除なんか二人で終えられるわけもなく、まして私が今ここに座っているということは彼女一人で掃除をしていたということなのだろう。無理に決まっている。それくらい、頭があれば誰だって判るだろう。
「そんなに掃除が気になるなら私がやっておくよ。全部できるとは思えないけど、少しくらいなら……」
掃除しながら少し気持ちを整理して、ちょっと辺りを見回るのもいい。
あんまり期待出来ないけど、誰かほかに人がいるのならその人にでも助けを求めて……それから身の振り方を考えよう。
何にせよ、今現在彼女をここに縛り付けておく必要もないだろう。状況はいまだによく判っていないが、わからないなりの親切心で私がそう言った途端、何故か女の子は凄まじい剣幕で私に怒鳴りつけてきた。
「はぁあァ!? 何言ってんのよあんた!! ……そんなのいけません! お継母様は女王さまなのですから! 私一人が辛い思いをすれば良いんです! お継母様がお掃除なんてなさることないです!」
……なんか一瞬鬼女のような顔にならなかった?
っていうか今明らかにあの……「あんた」とか言った……よ、ね?
え、なに? 私とこの子、どういう関係? 本当に親子? これ私の娘? え、何それ怖い。私は一体どういう育て方をしたんだ。何をしたらこうなるんだ。どう育てられたんだこの子。
若干私は顔を引き攣らせつつ、
「? ええと、よくわからないけど、掃除しなくて良いっていうのはわかった。で、私ちょっとあの、一人になっていい?」
「あぁ! お継母さま、やっぱり私はお外に行ってはいけないのですね? うぅ……っ」
突然泣き崩れる女の子。いや私、外に行くなとか一言も言ってないと思うんだけど……
……もしかして、ちょっと頭が危ない子?
「あの、そんな泣かないでもいいと思うんだけど……。あと私外に行くなとか一言も」
「ご、ごめんなさい! お見苦しい所をお見せして、ごめんなさい! お掃除してきます……!」
女の子は悲痛そうな表情をしたまま顔を両手で覆い、走り去って行った。
……。
…………。
あの、私、どうすればいいのかな?
まぁとりあえずその……一応一人になれたわけだし、状況を把握しようか……
訳がわからぬまま玉座で考え込みかけた、その時だった。
「あ、君はこっち見なきゃいけないからね、こっちこっち!」
背後から声が聞こえてきて、私は思わずそれに立ち上がって振り返った。
でも、見たところ何もないし誰もいない。
目に映るのは石造りと思われる灰色の壁と、玉座の後ろの壁にかかっている黒いカーテンだけだ。というか色が城の壁と同化していて今までカーテンの存在に気付かなかった。
……つまるところ。
「……気のせい?」
「気のせいじゃない気のせいじゃないから。カーテンの下だよ、カーテンの下。カーテンどけてみてー」
と再び聞こえてきたので、私は一応。
無視を決め込んだ。
お化けとか幽霊の類って、反応したらいけないんだって聞いたことがある。声に反応して応答したりすると、調子に乗るとか何とかで、とりあえず反応はNGらしい。
それにまぁまともに反応するのも面倒くさいから放っておこう。
そんな幽霊だのお化けだのに付き合ってられるほど楽観視できる状況下でもないし……
と、玉座に座りなおし、物思いにふけろうとした所で。
「ちょっとー。ちょっと君ー。お願いだからこっち見てー。イジワルな継母は鏡にこう聞かなきゃいけないじゃない? “Magic Mirror on the wall,who is the fairest one of all?”」
残念でしたお化けさん。私は英語が苦手だからあなたの言った言葉の意味がわからないごめんね!
と、完全無視を決め込んでいると、背後から溜め息が聞こえた。
「……はぁ。何か君、冷たくない?」
無視だ無視。
「……。まぁいいや。っていうか僕としたことが順番間違えた! 女王様ー。あのさー。そこにバルコニーあるでしょ。そっち行って外の様子見てみてー」
まぁ玉座にいつのまにか座っている所からして薄々感づいてはいたんだけど、私、女王なのね。なんと面倒な……
というか、外の様子?
この言葉に少し興味を引かれた私はカーテンの方を見向きもせずバルコニーの方へ歩いていった。
バルコニーから見えたのは、こんなに生えなくてもいいだろうと思うくらい雑草が滅茶苦茶に生えている巨大な……庭?と、
「あ、さっきの子」
高速移動したとしか思えない。さっきの女の子がそこにいらっしゃった。
あの、ここ滅茶苦茶高い位置にある部屋なんだけど。多分六階くらい? ……どうやって今までの時間でそこまで行ったんですか?
などという私の心の中の真剣な質問が届くわけもなく。
女の子はどうやら井戸で水を汲んでいるらしかった。
あぁ、もしかして花壇とかに水を撒きに行くのかな? 掃除しなくてもいいと一応言ったつもりだったんだけど、きちんとやるんだ。偉いな。やっぱり私も手伝いに行こうか……
とか、私が感心した所で。
「っもう!!」
突然女の子が、バケツいっぱいに汲んだ井戸の水をそこらにぶちまけた。
「何でこんなに始まるのが遅いの!? 大体紹介もまだじゃない!!」
「…………」
……ハイ?
突然ヒステリーを起こした女の子にドン引きし、言葉を失ったところで、私はふと視線を女の子の後ろに向けた。
「……男の人?」
草ぼうぼうの中をかきわけながら、なにやら高そうな王子様みたいな服を着た男の人が女の子の方へと向かっていた。金の髪をなびかせながらさっそうと歩く姿は優雅と言えば優雅だけど……
私が呆然としている間にも、男の人は女の子の方へと腹が立つほど優雅に歩み寄っていく。
……軽そうな男だな。
「…………何じゃありゃ」
その足音が聞こえたのかもしれない、女の子は後ろをチラッと振り返ると、慌てて井戸の水をくみ出した。
先ほどぶちまけた水のせいで辺りはびしょびしょだけどいいのかそれで。
女の子が井戸を覗き込んでいると、男はそれに近づいていき――男も井戸を覗き込む。その途端女の子は弾かれたように井戸から顔を上げて男を見た。
男は女の子に笑いかけたように思われたが――ここからだと正直よく見えないが雰囲気的に刺々しくはなかった――その途端、女の子は高速移動でお城の中に逃げ込んでいった。
……え、もしかしてあの男不法侵入者? だったら撃退しないといけないんじゃ……
と私が注視していると、男は女の子を追いかけ、庭から彼女に語り掛け始めたようだった。やばいこれが所謂ストーカーという奴かと思い始めた頃、女の子はいつの間に移動したのか私のいるバルコニーより少し下にある小さなバルコニーから男をうっとりと眺めていた。
そして男はそれに歌を歌いながら熱烈なさして中身のない愛の告白――
……心底どうでも良いな。
何だか見ていて凄く疲れたので玉座に戻ろうとした時、
「はい、女王様は嫉妬しました! で、鏡を見るんだ。そして“Magic Mirror on the wall,who is the fairest one of all?”って……」
「おばけさん」
私が呼びかけると、「何?」とカーテンの向こうから返事が返ってくる。あぁやってしまった。お化けに話しかけてしまった。でも私悪くないよね。だって相当鬱陶しいよこの声。うるさいし。
「私馬鹿なのでその英語わからない。ごめんね。寝るね。おやすみ」
「待った待ったそこで寝ないでお話が進まないから! さっきのは“鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?”っていう決まり文句。英語の方が格好良いかなって……」
「判った。で、寝て良い?」
「全然判ってないからね君ね。もう判るでしょ? 君は白雪姫の継母なの! だから鏡に「一番美しいのはだーれだ?」って聞かなきゃ……」
何なんだほんとにうるさいなぁ。
私がカーテンをぶわっと開くと、随分立派な壁掛け鏡が現れた。私の身長よりも高いし幅も私三人分くらいはあるし、随分豪奢な彫りの額に収まってるし、とりあえず無駄に高いんだろうなこの鏡。
でもそれより問題はその中だった。
鏡の中で、真っ赤な髪をした男が笑顔で手を振っていらっしゃった。
「おはよーう。初めましてー。僕はねー」
シャッ、とカーテンを掛け、私はそのまま玉座に戻ろうと――
「待って待ってカーテンどけて。これじゃいくらなんでも話し相手の顔が見えなくて淋しいんだけど」
「おやすみなさい」
「お願いだから話聞いてー」
鏡の中で男が悲痛な声をあげる。
私は溜め息をついてカーテンを開けた。
「まだ何か用?」
「いやまだ全然用を言ってないというか君の役目はこれからだからね! 君はもう少し混乱しようか。普通なら「ここはどこ? あなたは誰? きゃーっ!」って騒いで……ごめんごめんお願いだからカーテン閉めないで!」
再び男が悲痛な声をあげる。何なんだろ。
「結局、何の用?」
「淋しいなー。そう言う反応が一番傷つくんだよー。まぁいいや、本題に入るよ。白雪姫って知ってるよね? 君はその世界に転生しました! わーいどんどんパフパごめんほんとにカーテン閉めるの止めてなんか地味に心に来るの!」
……白雪姫の世界に、なんだって?
「はぁ……ここまでリアクションに乏しい子って初めてだよ……。無反応って結構地味に傷つくなぁ。で、それで。君は継母の役割なんだけど」
「継母?」
「さっき女の子がいたよね? あの子が白雪姫。で、君が継母」
「私あの子と同じくらいの年齢なんだけど」
「継母だから何でもありだよ! ここの城主がロリコンだったと思えばさして問題ないよね!」
そういうものですか?
っていうか問題大ありだよ。私結婚してるのか。そのロリコンのおっさんと。
……嘘でしょ。
「で、城主である君の夫は死んだんだけど」
あ、ロリコンさんは死んでるのね。助かった。
「そんな訳で君がここの城主なわけ」
「はぁ。それで女王とか言われてたのか」
「うん。状況は読めた?」
「まぁ一応?」
「オーケーオーケー。で、ちょっと認識との差を修復しておきたいと思うんだ」
……認識との差?
「まず、城内だけど。随分がらんとしてると思わない?」
「うん、随分質素だね。良い城主だったってことか」
「あ、そういう発想になる? 普通は貧乏だって言う発想にならない?」
「ならない」
「わーい話が進まなーい。まぁいいや、とりあえずここのお城は貧乏なんだ」
お城に住んでるのに貧乏なんですか。
いや地味になんとなーく感づいてはいたんだ。私が女王という立場で、おそらくその娘という立場であろう彼女が直に掃除をしているということは、貧乏なんだろうなって。でも自分が貧乏とか認めたくないよね。よくわかんない場所で「さぁ貧乏生活レッツスタート☆」とかふざけんなって思うよね。
「まぁ、白雪姫のせいなんだけど」
「…………はい?」
私が思わず男をまじまじと見ると、男は「あはっ」と笑った。何が「あはっ」だ、何が。
「ちょっとあの子、妄想癖があってね。自分は不幸だけど世界で一番美しい娘で、いつかは必ず幸せになれるって思ってるの、多分。で、自分の不幸は継母である君のせいっていう、そういう結論が頭の中でできているらしいんだよね。ちなみにあの子は結構お洒落さんで、街にショッピングに出かけてはすっごい豪奢な服をいっぱい買ってきて、お城の財産食いつぶしちゃったんだ。で、まー、何ていうの? こわーい男の人がお城にきて、まぁ代償としてお城の調度品とか全部持ってっちゃったんだ」
それは所謂借金取りという奴ですね。ってかそれ買ってないじゃん。強奪じゃん。
「そういえばさっきお城の外に行かせてって泣きついてきてたけど?」
「あれは演技。ほんとは継母さんすごい良い人なんだけど、彼女が「掃除するなよ? するんじゃねぇよ?」って感じで牽制して、自分が一人でお掃除してるー、みたいな格好を取ってるわけ。まぁ残念ながら彼女は掃除なんかしないんだけどね。その証拠にお庭、草ぼーぼーだったでしょ?」
あれはそういうことか。
「あの子は悲劇のヒロインからハッピーエンドを目指す主人公なの。君はだから所謂悪役だね。王子様とハッピーな白雪姫に嫉妬しなきゃいけない」
待て。
「なんかおかしくない? 借金けしかけたのがあの子なら、どちらかと言えばあの子が悪役だよね?」
「主人公は悪役になれないんだよー。お約束って奴だね!」
っていうことは、つまる所?
「私に嫉妬しろと?」
「うん」
「で、最終的に小人達に殺されろと?」
「うん」
……。
「理不尽だ!!」
「まぁまぁ。それを回避する為に、この鏡が」
それを聞く前に、私はカーテンを思いっきり閉めて、カーテンの上から鏡を蹴っ飛ばした。
ガッシャーン!!とけたたましい音がして、ばらばらと鏡の破片がカーテンの下に散らばる。
「寝よう」
「ちょっとちょっと! 鏡割ったらお話が進まないんだけどー」
玉座に戻ろうと踵を返したところで、目の前に人影が現れた。それには見覚えがある。先ほどの赤髪の男だ。
ただ、全体が透けている。足までちゃんとあるのだが、向こう側が透けて見える。どうやら本物のおばけらしい。
「あ、やっぱり透けるなぁ……はぁ」
男は何やら残念そうにため息をついたが、知ったこっちゃない。
「私おばけと友達になる趣味ないから。ごめんね。地獄か冥府に可及的速やかにお帰りください永眠して下さい」
「いやあの僕おばけじゃないから。地獄にも冥府に帰らないし永眠しないから。地味に傷つくからやめてね」
「知りません」
「っていうかさっきの君の鏡を割るって言う凄まじい凶行のせいで鏡の精さん御昇天なさったんだけど」
「それはご愁傷様です。あなたが鬱陶しいのが悪いです。はぁ本当に鬱陶しいな」
「いやさすがにそれは嘘だけどさ。っていうか僕への扱いが相当ひどくない? ねぇ。お願いだからちゃんと話聞いてー」
男は困ったようにそう言う。
困ってるのはこっちだよ心底困ってるよこんな訳の判らん場所にふっとばされて。
「私死にたくないんだ。だから毒林檎持っていって『アーハッハあたしがこの世で一番美しいィ!』とかって死亡フラグわざわざ立てるほど物好きじゃないの。わかるよね? わからないわけないよね? わかんなくてもわかれ。ってことで他当たってくれる?」
「配役が君だから君しか頼れないんだよ! っていうか君がうまくやれば死ぬ必要無いからね。大丈夫だから」
男はそう言いつつ、玉座に戻ろうとする私を必死に阻止する。まぁその阻止もあまり意味をなさなかったけれど。
「折角助けてあげたのに、この仕打ち……ひどくない?」
「あなたとは初対面だと思うんだけど?」
「君にとってはね。僕は一応君のこと知ってました」
「ストーカーか!! さっきの金髪と同類、」
「発想が苛烈すぎるよ君。流石にそこまで酷くないから。そして彼もストーカーじゃないよ王子様だよ。……せっかく君が教師に問題答えるよう言われて、困ってたのを見かけたから、君をこの配役に当てたのに」
訳がわからない。
というか、この男は私の元いた世界を知っているのね。
というかそもそもこいつが転生の元凶なのね。
へー。ふーん。
……すっごい迷惑だ!!
「何かよく判りませんけど? 何? あなたが私を転生させた張本人?」
「え? あ、一応そうな……」
「で、それでなに? このまま死ねって?」
「いやだから僕死ぬ必要があるとはまだ一言……」
「こんの…………ストーカーがッ!!」
私怒鳴りつけると、「わっ」と男がやや怯んだ。
「こっちはね!! 高校三年なの! いい? 一つの授業休んだらどれだけダメージあると思ってるの? 内申に響くんだからね!? 私が志望してる大学、私の今の成績じゃギリギリなんだから! なのに私の成績下げさせる気!? 何なの!?」
「え、ここそれで怒る所かなぁ……?」
「とにかく帰して! 元の世界に戻して! 早く!!」
「えーと。ごめんね。それは、無理かも」
男は言いつつ頭を掻いて「てへっ☆」と笑った。
「……ふざけてるの?」
「ごめん怒らないで何かオーラがどす黒いよ怖いよさすが悪役に配役されただけのことはあるね!」
失礼なことを平気で吐いてくれた男に蹴りを入れたい気分だったが、この男透けてるし、多分蹴っても意味無いだろうな。すり抜けるだけだったら何だか凄く馬鹿みたいだしやめておこう。脳内で好きなだけ殴ってぼこぼこになった男を妄想するにとどめておこう。
「ここ乙女ゲームの世界なの。で、彼女が主役に転生した子なんだけど……ちょっと主役に配役されたって言うのを履き違えちゃったみたいなんだよね。僕も彼女のことはよくは知らないんだけどさ。で、城の財産食いつぶすわ何だかんだしてくれたの。それ見てたらなんか、継母さんが可哀想で。だからこの事態を覆してくれる、英雄的な継母を連れてこようと思ったわけ。そしたら何か継母さんと顔の似てる君見つけたから配役してみたの」
ここまでオーケー?と聞かれたので、半眼で睨み付けてやる。男はそれに、力なく「……はは……」と笑ってみせた。
「迷惑」
「だろうね。でもここ乙女ゲームの世界だからイケメンがいっぱいだよ! 嬉しいでしょ?」
「全然。普通に大学に入学できるほうが何倍も嬉しい」
「……。クールだね、君って」
男はしょげたように俯く。
「まぁいいや、君を配役したからには今更変えられないし、このまま話を進めるよ」
「やめてほしいんだけど」
「どの道君は元の世界に帰ることは多分できないから、死なない方法をこの世界で選ぶしかない」
帰れないんだ。酷すぎる。私こんなこと欠片も望んでいなかったのに何でこうなった。
お母さんお父さん親不孝な娘でごめんなさい。あなた達の娘に生まれて普通に生きてこられて私は幸せでした。どうかお元気で。私はこの世界で死に……ん?
……死なない方法?
「死なない方法、一応あるの?」
「それ、さっき言おうとしてたことだから。遮ったの君だからね、僕悪くないからね」
「早く話して」
「……うぅ。だから……攻略対象である、七人の小人を惚れさせれば多分完全にオーケー」
……はい?
「君を殺すのは、七人の小人たちの役目です。いい? 判るよね? 悪い継母は、魔女になって白雪姫に毒林檎を食べさせて、眠りにいざなう。でも小人たちがその魔女をやっつけて、で、歌を歌ってるだけの王子様が白雪姫にキスして白雪姫ハッピーエンド! 良かったね! っていうのがクライマックスだったよね」
「あー、まぁそうだね」
だけど幾らなんでもその話し方は身も蓋もない気がする。まぁ身も蓋もなかったところで私は全く困らないんだけども。
「つまり。君は小人たちに殺されなければ良い。ならどうすべきか? 小人の所に白雪姫が転がり込んできても、彼らが白雪姫を受け入れなければ良い。でも、とても親切な彼らは普通に考えれば不法侵入者な白雪姫を平気で家の中に入れてくれる。裏を返せば、白雪姫と接触したら、小人たちは彼女に惚れて悪役の君を殺しにかかってくる」
怖こわっ。小人さん怖っ!
「だから、その前に小人たちを君がメロメロにすれば良いわけ。そうすれば小人が白雪姫に惚れることはない。そこまでの力はないはずだからね。オーケー? 簡単だよね! さぁ、小人の所にレッツゴー!」
ちょっと待ってください。
「女王は白雪姫を殺そうとして、でも狩人が白雪姫を殺せなくて……だから白雪姫は小人の所に行ったんだよね? だったら、女王が狩人をけしかけなければ良いんじゃ?」
そうだよ。私が狩人さんにもう依頼してるにせよ、「ごめんなさい、殺さなくても良いんです」って頭下げて断ればいいんじゃない?
しかし私が名案を思いついたように言っても、男は困ったように眉尻を下げるだけだった。
「えーと、君失念してない?」
「何を?」
「君、城内のもの、鏡とカーテンとカーペットと玉座以外、全部取られるくらい財政が逼迫ひっぱくしてるんだよ? 見てのとおり、使用人を雇う金も無い。まぁ、使用人は白雪姫が全部解雇したんだけど」
使用人さんたち、うちの白雪姫がごめんなさい。新しい職業は見つかりましたか? もし見つからなかったら本当にごめんなさい。一緒に就活やりたいくらい申し訳ないです。高校生だから就活やったことないけど。
「つまるところ、狩人を雇う金ももちろんない。そもそも継母は良い人だったのでそんな血なまぐさいことはしません」
「じゃあ白雪姫が小人の所に転がり込む必要は全くないよね?」
「あー、だから。彼女にとって自分は「悲劇のヒロイン」なの、判る? 自分は「継母に殺されかける」という恐ろしい目に会わなくちゃいけないの。そして、王子様にめぐり合ってハッピーエンド」
……。はぁ。
「だから、狩人は「存在しなければならない」。「存在していなくても」ね。小人たちの所に転がり込んだ彼女は「自分は継母に殺されかけてる!」ってアピールする。そのお話の中で狩人が存在するだけ。だから白雪姫を実際殺そうとした狩人も、白雪姫に逃げろと言った狩人も実際には存在しません。彼女の頭の中以外には」
……白雪姫想像力豊かなんだな。
「小人たちは不法侵入した彼女に何故か一目惚れして、彼女の不幸話を聞いて、ある日普通の林檎を齧って寝た白雪姫の姿を見て死んだと勘違いして「女王打倒!」になる。で、君はどこに逃亡しても多分小人に見つかって捕まえられてシナリオ通り、崖から落とされ、白雪姫、めでたしめでたし、になると」
まったくもってめでたくない。
何? 私なんにも悪いことしてないじゃない。さっきの話を聞いてると、継母は毒林檎とか渡してないじゃない? 白雪姫がそこらから普通の林檎とってきて食べて死んだフリして王子様のキス待ってハッピーエンドじゃない、私関係ないじゃない!
ふつふつと怒りを感じていると、男が再び話しかけてくる。
「さぁ、小人たちを惚れさせに行こう! で、そのためにこの鏡があったんだけど……はぁ」
男は後ろの鏡……の破片を見て溜め息をついた。
「割っちゃダメじゃん」
「腹立ったんだもの。主にあなたの顔が」
そこ全然強調しなくていいよ、と男が眉根を寄せた。
「でもこれお話に必要なんだよ……鏡の精がいなきゃ、小人たちの所に辿りつけないし」
「どういう意味?」
「小人たちの家は、迷いの森の中にあるの。迷いの森って言うのはその名の通り、滅茶苦茶に人を惑わせる森。白雪姫が逃げる時、物凄く森の中で迷ってなかった? とにかく森を抜けようとする彼女が行く先々で木に引っかかったり引っかかったり引っかかったりしてたよね」
「……木に引っかかってるだけだよねそれ」
「まぁそれ以外何とも言いようがないしねぇ。彼女自身、行くあてがあったわけじゃないし。まぁ、とりあえずその森の中だと迷うの。白雪姫はシナリオにあるから最終的には小人の家までたどり着けるけど、君はイレギュラーだからね。着けるかどうか判らない。だから真実を答える鏡に道のりを聞こうと思って……あーぁ」
男は頭を抱える。
「……仕方ないなぁ。あんまりこういうことはしたくないんだけど」
そう言うと、男は前に手の平を突き出した。
「天と地の狭間より、赤き道化師は君の名に、罪と夢を裁かんとす。奏でる音は断罪を、途切れた弦は罰を謳え。我、世界の行く末に、神と人との果てを見る」
男がそう言った瞬間。
「え……」
男が突き出していた手の平から光が溢れ出し、一枚の手鏡が現れた。
「……はぁ。まぁ、あんまり大きいことすると怒られるし、これで勘弁してね」
男は手鏡を私に手渡してくる。
「今のどういう原理?」
「え?」
「どうやって鏡が出てきたの?」
これいわゆる魔法という奴じゃないか。
その原理が分かれば私も元の世界に戻れるんじゃないだろうか!!
少し食い気味に私が問いかければ、男は不審者よろしく目をうろうろさせた後、
「え……あー……えっと……内緒♪」
にっこりと笑って、
「……じゃあね☆」
と突然掻き消えた。
……。
…………。
……ちくしょう。逃げた。
何にせよ。……結局私、この鏡をどうすれば良いんだ?
「……鏡よ鏡。誰かいるー?」
手鏡にそう聞いてみると。
『はい、おりますよ』
突然鏡の中に一人の男が浮かび上がった。
「……執事さん?」
『ええ。お嬢様にお仕えする身ですから、正装が良いかと』
鏡の中に現れたのは、水色の髪を肩口で結わえた執事姿の綺麗な男性だった。年のころは二十代中盤くらいじゃないだろうか。中性的な顔立ちをしているためか長髪もよく似合っていて少し不思議な雰囲気の人だった。
「えっと、鏡の精さん?」
『はい、その通りでございます』
男性はふわりとやわらかく微笑んだ。
「七人の小人の所に行きたいって言って、意味通じます?」
『ええ。お嬢様を殺めるかもしれない小人のことですよね?』
あやめる……あ、殺すってことか。ん? お嬢様? まさか私のこと……?
「全然お嬢様じゃないけど……まぁいいや、そんなこと言ってる場合でもなさそうだし。その小人の家に行く道筋を教えてくれませんか?」
『私でよろしければ僭越ながらご案内いたします』
男性は綺麗に一礼をしてみせる。
親切な人だな。助かります。
『まず、隠し出口から城を抜けましょう。表には白雪姫と王子がいるはずです。お嬢様が逃げたことを知ったら、白雪姫はすぐに小人のところへと向かうでしょう』
「え、嘘」
『本当です。私は真実しか申し上げません。ですから、隠し出口からこっそり抜け出しましょう』
「隠し出口ってどこにあるんですか?」
『地下牢の更に下にある、船着場の奥です。船が一艘ありますから、それで城の外の川に出ましょう。川に出たら森はすぐそこです。早速参りましょう』
鏡の中の執事さんは的確に指示を出してくれる。そこは右へ、とか左へ、とか。一番奥の牢に入って、中に置いてある木箱をどけて隠し扉を開いて、そこにある階段を降りて、とか。降りた先に見つけた船に乗って、船を楔くさびから解いて…………そんなこんなで、全く知らない場所だけど、精霊さんのおかげで普通に城の外まで出ることができた。
「……花畑?」
城の地下に流れる川を下っていくと、右手に花畑が見えてきた。その奥に森があるのが判る。かなりキレイな光景だ。
「もしかして、あれ?」
『そうです。やはりお嬢様は御聡明であらせられますね』
鏡の精は微笑んで頷く。
『あれが迷いの森になります。ですがご安心下さい。私がご案内いたしますので、約二十分ほどで小人の家に着くはずです』
迷いの森の名が泣くな……鏡の精に頼ったら迷いもしないなんて。
「そんなに簡単に行けるなら、迷わない人も多いんじゃ? 他の人でも何とか突破できそうだけど」
『いえ。ここの森は少々面倒な場所で、長い年月を経た木々が自らの意思で外部の者を拒むのです。外部の者、つまり森に住んでいる小人以外のもの全て、ですね。ですから錯覚に陥り、森に入った筈なのに元の場所に戻っているという事例が多発し、人々はここに近づかなくなりました。まぁ全ては白雪姫のために生まれたことなのですが』
「でも白雪姫は拒まれないの? あんな悪女なのに?」
『ええ。たいそうな悪女ですが、主役であると言うのは事実ですから。脇役はシナリオに沿わなければなりません。お話の中に、突然全く関係の無い人間が現れては困るでしょう? 例えば、白雪姫が継母から逃亡している時にばったり誰かと出会う、とか。シナリオがぶち壊しですから。ですから、木々はそう言った邪魔な人間を拒んでいるのです』
まじですか。白雪姫凄い。というか、主人公凄い。悪女でも主人公は守られるのか。羨ましいね。
……あれ? そういえば。
「継母は森の中で迷う可能性があるんだよね? じゃあ毒林檎を渡すのは無理だよね?」
『ええ。だから白雪姫は普通の林檎を拾ってきて食べて死んだフリをするんです。そして元々白雪姫からあなたの評判を聞いていた小人たちが狂乱してあなたを殺しに来る。それが正しいシナリオです』
……何で正しいシナリオ通り世界が回ってないんだろ。まぁその方が助かるんですが。
というかほんとに小人怖いな。何で初対面の白雪姫をやすやすと信用した挙句、人殺しをしようという発想になるんだ。わけ判らん。
『お嬢様、船から降りてください。森の方へ参りましょう』
鏡の精がそう言ってきたので私はそのまま船を下り、一応近くの木に船を括りつけておいた。
『お嬢様、あちらに比較的大きな木がありますね。あの木の左側から森へ入ってください』
「……え?」
突然の細かい指示に私は唖然として鏡を見た。
『通り道を間違えると、小人の所へは行けません。ですから、私の言う通りに歩いて頂けると助かります』
「そういうものなの?」
『はい』
何て面倒な森なんだ……!
私は苦い顔をしながら鏡の精霊の指示に従って歩き始めた。
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