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1.gift
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「朝から何ごとかと思えば――貴女ですか」
翌朝。思い切り嫌そうな顔をして二階から降りてきたシルヴィスに「おはようございます」というと、
「化け物が暴れてるのかと思いましたよ。また派手にやりましたね」
と、彼は挨拶も返さず家の中を見回した。挨拶ぐらいしろ!!
とは言えないので、私も周りを見回してみた。
現在、全力で掃除中である。
机や椅子などの家具はできうる限り外に出してある。掃除の邪魔だからだ。一階の窓は全て開けられ、それでもなお埃が家中を支配している。掃除を始めてかれこれ三十分ほど経っていると思うが、終わる気がしない。
「派手にやらかしましたね、は私の台詞なんですけど……何をどうしたらここまで家を汚せるんですか!? 別段私だってすごく掃除が得意な方っていうわけじゃないですけど、ここまで汚い家は初めて見ました!!」
「女王である貴女が掃除得意ならそれはそれでおかしいでしょうが。そもそも貴女、城以外で住居をまともに見たことがあるんですか?」
シルヴィスはそう言いながら棚に人差し指を滑らせて、指の先にふっと息を吹きかけた。ふわっと白いものが舞う。
そもそも城暮らしは殆どしたことありませんから!! 家は普通の小さな一軒家でした!!
「掃除なんてしませんよ。帰って寝るだけの家です」
「だとしても不健康です!! こんだけ埃溜めてたらハウスダストとか……」
「おっはよー」
欠伸をしながら二階から降りてきたのはユンファスだ。彼は欠伸で大口を開けたまま、一階の有様を見て硬直した。
「……わぁ」
「掃除中です」
「掃除中って……いや、そんなにちゃんとやらなくてもいいんだけど……なに、天井から掃除してるの?」
「上から掃除しないと意味がありませんから!!」
「お姫様、掃除しなれてるの?」
「学校……じゃなくて、城でいつもしているんです!」
「あぁ、貧乏だからですね。女王だというのに気の毒ですね」
シルヴィスが小ばかにしたような笑いを浮かべる。ほんっとに腹立つな!!
「何ごとだ」
顔をしかめて二階から降りてきたのはルーヴァス。……と、カーチェスも一緒だ。真っ白な、まるで濃い霧に覆われたかのような一階の様子を見て二人とも唖然とする。
「……姫、これは……」
「掃除、です!」
苛立ち交じりに玄関口で埃まみれの箒を叩きつけ、埃を落としながら返事をすると、
「……また、凄いな」
とルーヴァスはそれだけ言った。
あーあー、白雪姫みたいに動物さん達が手伝ってくれたらいいのにね!! まぁ現実そんなに甘くないよね!!
「ええと……これ、俺たちも手伝ったほうが……いい、よね?」
カーチェスが躊躇いがちに訊ねてくる。
こんな、家を一度も掃除しないような人たちに手伝って貰っても多分はかどらないだろう。正直どちらでもいい。
「どっちでもいいです、とりあえず……朝食は、少し待ってください!!」
「……少しで終わる気がしないが……」
ルーヴァスはやや困惑したように眉根を寄せてそう呟いた。
「おはよー……わー……凄い……霧……」
何で霧だと思うんですかね!! 掃除中ですよ!
とはいえ言ったのはいまだに瞼が重いと思われるエルシャスだ。多分、寝ぼけているのだろう。
「おはようございます」
「なに? なんの……くしゅん!! さわ、ぎ……はくしゅん!! は、は、はっくしゅん!!」
「あぁ……リリツァスにとっては最悪だねー……」
「はくしゅん! うぅっ、涙が出てきた……はっくしゅん!!」
そっか、この家にはこの厄介なお方がいたな。この人は外に出しておいたほうが良いかも……
「手伝いは良いので! とりあえず、リリツァスさんを避難させてください!!」
そう言いながら掃除を再開させると、リリツァスのくしゃみが更に酷くなった。あれだけくしゃみをしていると、喉を痛めそうだ。
「はいはーい。リリツァスー、ここにいたら君多分、普通にくしゃみのし過ぎで死ぬと思うから外行こっかー」
「くしゃみで死ぬことってありえるんですか?」
「死ななくても筋肉痛になりそうだよね、こんだけくしゃみしてると」
「勘弁して……くしゅ! そんなの格好悪……く、くしゃみ出る……はぶしゅ!」
「……何を騒いでる?」
玄関口から聞き覚えのある声がしたので振り返ると、そこにはノアフェスがいた。
「あ、おはようございます。掃除中です。多分家に入らないほうがいいと思います」
「……」
ノアフェスは怪訝そうに顔をしかめ、家の中を見回した。
「……呪詛の類か?」
「埃ですから! 呪詛じゃありません!」
何で私がこんなよくわからない呪いをかけなきゃいけないんだ。埃もこもこの呪詛とか迷惑以外の何物でもないし、そもそも私だって家中を埃だらけにしてもいいことが何一つとしてない。掃除の仕事が増えるだけだ。
「……そうか。護符を用意すべきか」
ノアフェスは何を言ってるんだ。
「朝食は作っておきますので!! とりあえず! 皆さん、家から出た方がいいと思います!!」
「……選択を間違えたと思うんですよ、やっぱり」
「……そう言うな、シルヴィス」
居候の少女に追い出された妖精たちは七人で行くあてもなく適当に森の中をぶらぶらしていた。
「ひくちっ、うぅ、酷かった……」
「だよねー。君には最悪だよねー」
生理的に滲んだ涙を拭きながらぐすぐすと鼻を鳴らすリリツァスの鼻先に、ユンファスがどこから摘んできたのか、綺麗な白い花を突き出す。そしてゆさゆさと揺らした途端、目視できるほどの花粉がリリツァスの鼻先で大量に舞った。
「ちょっと待ってユンファス何してへくしゅはちちっやめっ」
「ちょっと、ダメだよユンファス。そんなことしたら」
カーチェスがたしなめるが、ユンファスが気にした様子はなく、「はーい」と元気な返事をしながらさらに花の数を増やしていく。
「あれを家に引き入れたから、朝食もまともに取れなくなったわけでしょう。あれが毎日続くと考えただけでぞっとします」
遊んでいる面々を他所に、シルヴィスが顔をしかめたままそう言った。その言葉にルーヴァスは視線をそらし、
「毎日……は、ない。……と、思うが。今日……だけでは……ないか」
やや自信なさげにそう答える。すると、今までユンファスをたしなめていたカーチェスが急に口調を変え、
「……ですが、掃除は大切では」
と、遠慮がちにルーヴァスに告げる。それを聞いたルーヴァスは、
「カーチェス。姫の前と同じでいい。名も、呼び捨てに」
「……判った」
カーチェスは頷き、軽く頭を下げた。
その一部始終を見ていたシルヴィスが、そら見たことかと言わんばかりに口の端を吊り上げる。
「ほら。貴方も結局信用してないではありませんか。追い出した所で不都合になるようなことはないでしょう?」
ルーヴァスは彼を睨んだ。
「信用云々以前の問題だ。……知っているだろう、わたしは“捨てた身”だ」
「へぇ。綺麗事は結構ですけど、秘密は秘密でしょう」
挑発するように言う彼に、ルーヴァスは軽く溜め息をついた。
「……何が言いたいんだ」
「だから。あれを追い出しましょうよ、と言っているんです」
再三言っているではありませんか、と彼は眉根を寄せる。
「朝からあれでは堪りません。一階で怪物が暴れてるんだと本気で思いましたよ」
「僕は熊が侵入したんだと思ったなー。お姫様ぱくっ、なーんちゃってー」
「そこは、ひくちっ、さして重要じゃない、っくち、と思うよひちちっ」
「ちょうちょ……」
「待て。一人で追いかけるな俺も追う」
「二人とも落ち着いて」
それぞれの会話をしている、その時だった。
「……これ……死体?」
蝶を追おうとしていたエルシャスがぽつんと呟いて、首をかしげた。
それに全員が会話を止め、彼の視線を追う。
エルシャスが見ていたのは木の根元に転がっている、妖精の死体だった。
全員が黙り込み、ゆっくりとそれに歩み寄る。死体には胸に赤黒い染みがあった。
「……妖精か。……銃創がある。自然死ではないな」
ルーヴァスがしゃがみこんで妖精の死体を素早く確認してそう言うと、
「銃創? つまりこの森に何者かが踏み込んだと?」
シルヴィスが怪訝な表情を見せて問う。
「あなた以外に銃使いがこの森に住んでいなければそうなるな」
「住んでいるわけがないでしょう。この森の住人が殺したのだとすれば間違いなくわたくしですよ。ですがわたくしは殺していませんから」
「だろうな。特にあなただ」
ルーヴァスの台詞にシルヴィスは苦い顔になったが、反論はしなかった。
「罪人でも“国外”で始末はしないだろうしね……」
カーチェスが言うと、
「とすれば人間が踏み込んだことになるよねー?」
「狩猟……じゃないよね」
「判らん。だがこんな場所まで踏み込める人間は早々いないはずだが――」
立ち上がったルーヴァスの言葉に、ユンファスが表情を消した。
「……お姫様は?」
その言葉に。
全員が、黙り込んだ。
「ここまで来れたって言うのが奇跡的だもんね。何でお姫様はわざわざこんな迷いの森を通ってきたんだろね?」
ユンファスはそう言うと、死体の傍にしゃがみこんだ。
「――手首に、切り裂いた痕がある。――血を盗られたかな。妖精の血が目的? だとしたらお姫様が僕たちの元にたどり着いたのも――」
冷めた瞳で淡々とそう言い始めるユンファスに、
「そっ、そんなわけないよ!」
とリリツァスがうろたえたように叫んだ。
「俺は、お姫様のこと、よく知らないけど、へちっ――絶対悪い子じゃないって!」
「……っぷ、リリツァス慌てすぎ」
ユンファスは吹き出してからくすくすと笑い、ゆらりと立ち上がった。
「万が一、ってだけだよ」
「で、でも」
「油断をすれば僕たちも狩られる。絶対に標的にならない、その前に対処できるなんて、言えない。だから用心をしろって言いたかっただけー」
おどけたように言いながら、しかしちっとも目の笑っていないユンファスを認め、リリツァスは困ったように眼を伏せる。
「……後で森を見回るか」
ノアフェスがそう呟くと、シルヴィスが頷いた。
「その方が賢明でしょう。持ち物におかしなものはなさげに見えましたが――彼女が犯人なら銃を捨てている可能性も否めない」
二人の会話を聞いていたカーチェスはしばらく何も言わなかったがやがて、妖精の死体を見て「とりあえず」と口を開いた。
「この遺体をどうにかしよう。こんな所で放っておくわけにもいかないよ」
「そうだな。――葬儀くらいは、しないとな」
ノアフェスはそう言ってから死体を抱き上げ、
「――俺が葬ってくる」
と告げた。
「貴方が?」
怪訝そうに眉をひそめたシルヴィスに、ノアフェスは何も言わなかった。
「……いってらっしゃい」
眠そうに、エルシャスがぼんやりとそう呟いたのを合図に、ノアフェスはその場を離れていく。
「――はぁ。相も変わらず、理解不能な人ですね」
「まぁそう言うな。ノアフェスは特別だろう。我々とは全く異なるのだから」
ルーヴァスはそう言ってから、
「ノアフェス。我々はいつもの場所にいる」
とノアフェスの背中に向かって言った。
それにノアフェスは顔だけ向けて頷き、去っていく。
「――さてと、じゃあそっちにでも行こっか!」
ユンファスの言葉で、一行はやや重たい空気を孕んだままその場を去ったのだった。
翌朝。思い切り嫌そうな顔をして二階から降りてきたシルヴィスに「おはようございます」というと、
「化け物が暴れてるのかと思いましたよ。また派手にやりましたね」
と、彼は挨拶も返さず家の中を見回した。挨拶ぐらいしろ!!
とは言えないので、私も周りを見回してみた。
現在、全力で掃除中である。
机や椅子などの家具はできうる限り外に出してある。掃除の邪魔だからだ。一階の窓は全て開けられ、それでもなお埃が家中を支配している。掃除を始めてかれこれ三十分ほど経っていると思うが、終わる気がしない。
「派手にやらかしましたね、は私の台詞なんですけど……何をどうしたらここまで家を汚せるんですか!? 別段私だってすごく掃除が得意な方っていうわけじゃないですけど、ここまで汚い家は初めて見ました!!」
「女王である貴女が掃除得意ならそれはそれでおかしいでしょうが。そもそも貴女、城以外で住居をまともに見たことがあるんですか?」
シルヴィスはそう言いながら棚に人差し指を滑らせて、指の先にふっと息を吹きかけた。ふわっと白いものが舞う。
そもそも城暮らしは殆どしたことありませんから!! 家は普通の小さな一軒家でした!!
「掃除なんてしませんよ。帰って寝るだけの家です」
「だとしても不健康です!! こんだけ埃溜めてたらハウスダストとか……」
「おっはよー」
欠伸をしながら二階から降りてきたのはユンファスだ。彼は欠伸で大口を開けたまま、一階の有様を見て硬直した。
「……わぁ」
「掃除中です」
「掃除中って……いや、そんなにちゃんとやらなくてもいいんだけど……なに、天井から掃除してるの?」
「上から掃除しないと意味がありませんから!!」
「お姫様、掃除しなれてるの?」
「学校……じゃなくて、城でいつもしているんです!」
「あぁ、貧乏だからですね。女王だというのに気の毒ですね」
シルヴィスが小ばかにしたような笑いを浮かべる。ほんっとに腹立つな!!
「何ごとだ」
顔をしかめて二階から降りてきたのはルーヴァス。……と、カーチェスも一緒だ。真っ白な、まるで濃い霧に覆われたかのような一階の様子を見て二人とも唖然とする。
「……姫、これは……」
「掃除、です!」
苛立ち交じりに玄関口で埃まみれの箒を叩きつけ、埃を落としながら返事をすると、
「……また、凄いな」
とルーヴァスはそれだけ言った。
あーあー、白雪姫みたいに動物さん達が手伝ってくれたらいいのにね!! まぁ現実そんなに甘くないよね!!
「ええと……これ、俺たちも手伝ったほうが……いい、よね?」
カーチェスが躊躇いがちに訊ねてくる。
こんな、家を一度も掃除しないような人たちに手伝って貰っても多分はかどらないだろう。正直どちらでもいい。
「どっちでもいいです、とりあえず……朝食は、少し待ってください!!」
「……少しで終わる気がしないが……」
ルーヴァスはやや困惑したように眉根を寄せてそう呟いた。
「おはよー……わー……凄い……霧……」
何で霧だと思うんですかね!! 掃除中ですよ!
とはいえ言ったのはいまだに瞼が重いと思われるエルシャスだ。多分、寝ぼけているのだろう。
「おはようございます」
「なに? なんの……くしゅん!! さわ、ぎ……はくしゅん!! は、は、はっくしゅん!!」
「あぁ……リリツァスにとっては最悪だねー……」
「はくしゅん! うぅっ、涙が出てきた……はっくしゅん!!」
そっか、この家にはこの厄介なお方がいたな。この人は外に出しておいたほうが良いかも……
「手伝いは良いので! とりあえず、リリツァスさんを避難させてください!!」
そう言いながら掃除を再開させると、リリツァスのくしゃみが更に酷くなった。あれだけくしゃみをしていると、喉を痛めそうだ。
「はいはーい。リリツァスー、ここにいたら君多分、普通にくしゃみのし過ぎで死ぬと思うから外行こっかー」
「くしゃみで死ぬことってありえるんですか?」
「死ななくても筋肉痛になりそうだよね、こんだけくしゃみしてると」
「勘弁して……くしゅ! そんなの格好悪……く、くしゃみ出る……はぶしゅ!」
「……何を騒いでる?」
玄関口から聞き覚えのある声がしたので振り返ると、そこにはノアフェスがいた。
「あ、おはようございます。掃除中です。多分家に入らないほうがいいと思います」
「……」
ノアフェスは怪訝そうに顔をしかめ、家の中を見回した。
「……呪詛の類か?」
「埃ですから! 呪詛じゃありません!」
何で私がこんなよくわからない呪いをかけなきゃいけないんだ。埃もこもこの呪詛とか迷惑以外の何物でもないし、そもそも私だって家中を埃だらけにしてもいいことが何一つとしてない。掃除の仕事が増えるだけだ。
「……そうか。護符を用意すべきか」
ノアフェスは何を言ってるんだ。
「朝食は作っておきますので!! とりあえず! 皆さん、家から出た方がいいと思います!!」
「……選択を間違えたと思うんですよ、やっぱり」
「……そう言うな、シルヴィス」
居候の少女に追い出された妖精たちは七人で行くあてもなく適当に森の中をぶらぶらしていた。
「ひくちっ、うぅ、酷かった……」
「だよねー。君には最悪だよねー」
生理的に滲んだ涙を拭きながらぐすぐすと鼻を鳴らすリリツァスの鼻先に、ユンファスがどこから摘んできたのか、綺麗な白い花を突き出す。そしてゆさゆさと揺らした途端、目視できるほどの花粉がリリツァスの鼻先で大量に舞った。
「ちょっと待ってユンファス何してへくしゅはちちっやめっ」
「ちょっと、ダメだよユンファス。そんなことしたら」
カーチェスがたしなめるが、ユンファスが気にした様子はなく、「はーい」と元気な返事をしながらさらに花の数を増やしていく。
「あれを家に引き入れたから、朝食もまともに取れなくなったわけでしょう。あれが毎日続くと考えただけでぞっとします」
遊んでいる面々を他所に、シルヴィスが顔をしかめたままそう言った。その言葉にルーヴァスは視線をそらし、
「毎日……は、ない。……と、思うが。今日……だけでは……ないか」
やや自信なさげにそう答える。すると、今までユンファスをたしなめていたカーチェスが急に口調を変え、
「……ですが、掃除は大切では」
と、遠慮がちにルーヴァスに告げる。それを聞いたルーヴァスは、
「カーチェス。姫の前と同じでいい。名も、呼び捨てに」
「……判った」
カーチェスは頷き、軽く頭を下げた。
その一部始終を見ていたシルヴィスが、そら見たことかと言わんばかりに口の端を吊り上げる。
「ほら。貴方も結局信用してないではありませんか。追い出した所で不都合になるようなことはないでしょう?」
ルーヴァスは彼を睨んだ。
「信用云々以前の問題だ。……知っているだろう、わたしは“捨てた身”だ」
「へぇ。綺麗事は結構ですけど、秘密は秘密でしょう」
挑発するように言う彼に、ルーヴァスは軽く溜め息をついた。
「……何が言いたいんだ」
「だから。あれを追い出しましょうよ、と言っているんです」
再三言っているではありませんか、と彼は眉根を寄せる。
「朝からあれでは堪りません。一階で怪物が暴れてるんだと本気で思いましたよ」
「僕は熊が侵入したんだと思ったなー。お姫様ぱくっ、なーんちゃってー」
「そこは、ひくちっ、さして重要じゃない、っくち、と思うよひちちっ」
「ちょうちょ……」
「待て。一人で追いかけるな俺も追う」
「二人とも落ち着いて」
それぞれの会話をしている、その時だった。
「……これ……死体?」
蝶を追おうとしていたエルシャスがぽつんと呟いて、首をかしげた。
それに全員が会話を止め、彼の視線を追う。
エルシャスが見ていたのは木の根元に転がっている、妖精の死体だった。
全員が黙り込み、ゆっくりとそれに歩み寄る。死体には胸に赤黒い染みがあった。
「……妖精か。……銃創がある。自然死ではないな」
ルーヴァスがしゃがみこんで妖精の死体を素早く確認してそう言うと、
「銃創? つまりこの森に何者かが踏み込んだと?」
シルヴィスが怪訝な表情を見せて問う。
「あなた以外に銃使いがこの森に住んでいなければそうなるな」
「住んでいるわけがないでしょう。この森の住人が殺したのだとすれば間違いなくわたくしですよ。ですがわたくしは殺していませんから」
「だろうな。特にあなただ」
ルーヴァスの台詞にシルヴィスは苦い顔になったが、反論はしなかった。
「罪人でも“国外”で始末はしないだろうしね……」
カーチェスが言うと、
「とすれば人間が踏み込んだことになるよねー?」
「狩猟……じゃないよね」
「判らん。だがこんな場所まで踏み込める人間は早々いないはずだが――」
立ち上がったルーヴァスの言葉に、ユンファスが表情を消した。
「……お姫様は?」
その言葉に。
全員が、黙り込んだ。
「ここまで来れたって言うのが奇跡的だもんね。何でお姫様はわざわざこんな迷いの森を通ってきたんだろね?」
ユンファスはそう言うと、死体の傍にしゃがみこんだ。
「――手首に、切り裂いた痕がある。――血を盗られたかな。妖精の血が目的? だとしたらお姫様が僕たちの元にたどり着いたのも――」
冷めた瞳で淡々とそう言い始めるユンファスに、
「そっ、そんなわけないよ!」
とリリツァスがうろたえたように叫んだ。
「俺は、お姫様のこと、よく知らないけど、へちっ――絶対悪い子じゃないって!」
「……っぷ、リリツァス慌てすぎ」
ユンファスは吹き出してからくすくすと笑い、ゆらりと立ち上がった。
「万が一、ってだけだよ」
「で、でも」
「油断をすれば僕たちも狩られる。絶対に標的にならない、その前に対処できるなんて、言えない。だから用心をしろって言いたかっただけー」
おどけたように言いながら、しかしちっとも目の笑っていないユンファスを認め、リリツァスは困ったように眼を伏せる。
「……後で森を見回るか」
ノアフェスがそう呟くと、シルヴィスが頷いた。
「その方が賢明でしょう。持ち物におかしなものはなさげに見えましたが――彼女が犯人なら銃を捨てている可能性も否めない」
二人の会話を聞いていたカーチェスはしばらく何も言わなかったがやがて、妖精の死体を見て「とりあえず」と口を開いた。
「この遺体をどうにかしよう。こんな所で放っておくわけにもいかないよ」
「そうだな。――葬儀くらいは、しないとな」
ノアフェスはそう言ってから死体を抱き上げ、
「――俺が葬ってくる」
と告げた。
「貴方が?」
怪訝そうに眉をひそめたシルヴィスに、ノアフェスは何も言わなかった。
「……いってらっしゃい」
眠そうに、エルシャスがぼんやりとそう呟いたのを合図に、ノアフェスはその場を離れていく。
「――はぁ。相も変わらず、理解不能な人ですね」
「まぁそう言うな。ノアフェスは特別だろう。我々とは全く異なるのだから」
ルーヴァスはそう言ってから、
「ノアフェス。我々はいつもの場所にいる」
とノアフェスの背中に向かって言った。
それにノアフェスは顔だけ向けて頷き、去っていく。
「――さてと、じゃあそっちにでも行こっか!」
ユンファスの言葉で、一行はやや重たい空気を孕んだままその場を去ったのだった。
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