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※閲覧前に。
今回のお話は大変後味が悪い仕様となっておりますので、スプラッタが苦手な方は引き返されることを強くお勧めいたします。
「…………えーと」
家の前に集合した全員を見て、私は大変微妙な表情になった。
「あの……なんか季節感おかしくないですか? 今、そんなに寒くないですよね?」
私がそう言うのは、彼らの衣服がどう考えてもこの気温に合わないからだった。
この世界が今何月くらいに相当するのかは知らないが、気温から考えて恐らく今は春か秋ではないだろうか。間違っても冬ではないと思う。無論、この国が世界のどのあたりに位置するのかにもよるかもしれないが、なんにせよ気温的には春か秋だ。木々の葉が枯れる様子は見当たらないから、春じゃないだろうか。寒くはない。夜には若干冷え込んで肌寒いこともあるが、そのくらいだ。
「何で七人揃ってコート着込んでフード被ってるんですか……」
厚手のものではない。だが全員揃いも揃って、フード付きの外套を着込んでいる。なんというか、大変に微妙な見た目だ。
「寒いんですか? 今はそんなに寒くないと思うんですけど」
私の問いに、ユンファスがヘラっと笑った。
「妖精は人間よりも寒がりなんだよねぇ。だから割といつも着込んでるの」
「そうなんですか? 見た目的に結構暑そうなんですけど……そうでもないんですね」
「姫こそ、いいわけ?」
リリツァスが首を捻って聞いてきた。何のことだろう。
「私は寒くないですけど」
「まぁ、寒くないだろうけど。君の場合は、逃亡中なんでしょ。大勢に顔を見られるのってよくないんじゃないの? 君を殺そうとしているお姫様が街にいるかもだし」
なるほど。忘れていた。妖精たちとまだ接触していない彼女が今すぐに私を殺しに来るとは思いにくい。そもそも彼女自身が私に手を下すという事態が少し想像つかないものではあるのだが。しかし万一を考えて、対策を取るに越したことはないかもしれない。
「確かに、あんまり顔を見られるのはよくないのかも……」
私が考え込むと、カーチェスが「大丈夫じゃないかな」と笑った。
「人が多いところじゃ、そんな大っぴらに殺そうだなんてできないんじゃない? それにほら、俺たちもいるし」
ふんわりと笑うカーチェスに、私は更に考えた。
実のところ、今の格好で私はちょうどいいくらいの気温なのだ。これ以上何かを着込むとなれば絶対に暑くなる。その上歩くとなれば結構きついだろう。
「……じゃあ、着て行かなくてもいいかな」
結局私は、着て行かないことにした。
「そ? ま、君がそう言うならいいけどね。じゃ、街へしゅっぱーつ」
ユンファスの軽い声を聞きつつ、一行は街へと歩き始めたのだった。
「……け、……結構、歩きましたた、ね……」
私は街に着いた途端空を仰いだ。空は既に明るさを失い、星の輝きだけがちらちらと視界に映る。
「もう夜だし……」
昼過ぎに家を出たはずなのにもう夜とは、どれだけ歩いたのかが伺い知れた。
歩きすぎて火照った体に、夜風はちょうど良かった。これで外套なんて着てきたらどうなっていただろう。あまり想像はしたくない。
「すまない。あの家から城下街までは結構遠くてな。……どこかで休むか?」
ルーヴァスが私にそう問うてくれる。しかし私は首を振った。
「元はといえば私の我が儘で来たんですし。早く用を済ませて帰りましょう……」
疲弊した様子の私を、シルヴィスは鼻で笑った。
「キレイな箱庭育ちのお姫様はこのくらいの距離でも音をあげるのですね」
「わ、悪かった、です、ね」
大きく息を吐いて呼吸を落ち着ける。足場の悪い森の中を歩き続けた足が痛い。帰りもあの道を行くのかと思うと頬が引き攣った。
「どこか喫茶店にでも入る? へくちっ」
リリツァスが私の顔を覗き込む。
「いえ……大丈夫、です」
私が首を振って笑うと、ノアフェスが羽織の下から扇を取り出した。
「暑いようならこれで扇げ」
差し出されたそれに視線を走らせる。そっと手に取って広げてみると、漆黒の無地の扇が広がった。黒い服を着ている彼には確かに似合う。
「……ありがとうございます」
笑いかけると、ノアフェスは数度瞬きをした後に目元をやや和らげた。
「では、服を探すか」
ルーヴァスの声を合図に、私たちは夜の割に賑やかしい街へ足を踏み入れたのだった。
「これ割と可愛いんじゃない?」
「……それ、ちょっと露出が多いんじゃ……」
「えー、これから夏だよ~? 涼しめの服を買っておいたほうがいいんじゃない?」
「ユンファス、ふざけていないで真面目に選んでくれ」
へらへらとユンファスの勧めてくる服は露出の高い服ばかりでどう言おうか考えあぐねていたところで、ルーヴァスの叱責が飛んだ。ナイスです、ルーヴァス。
「姫、これはどうだ」
といって出されたのは……って、
「く、黒っ」
ノアフェスの渡してきた服を見ての第一声はそれだった。
「うっわ、真っ黒。いやノアフェス、それはないでしょ。この子を間諜にでもする気?」
「いや、俺はそんなことは考えてない。だが黒いほうが闇夜に紛れられるんじゃないかと……」
いえ、そんな基準で選んでいただかずとも。
「姫姫っ、これなんかどうっ? 可愛くない!? ひくちっ」
リリツァスがはしゃいだ様子で服を差し出してくる。というか、何故彼がはしゃいでいるのだろうか……
「え? あぁ、ええと……ちょっと可愛すぎるような……」
差し出されたのはフリルがふんだんにあしらわれたワンピースだ。淡い黄色の生地にはうっすらとわかる程度に花の刺繍があちこちに施されている。
「姫は可愛いから十分似合うよ!」
この人は本気で言っているのだろうか。天然? これ完璧口説き文句ですけど?
とはいえ何にせよ、あまり可愛すぎる服はご容赦願いたい。
「もう少し……ですね、何というか……」
「つべこべ言っていないで早く選んでください。適当に着てみれば自分に合うものが分かるでしょう」
「そう言われても」
「姫……これ」
シルヴィスの呆れた声に混じって聞こえてきたのは眠たげな声。エルシャスのものだ。
エルシャスは私に攻撃をしてきたことを覚えていないのか、私にあれ以前と全く変わらない態度を取っている。あの夜が夢だったのかと思える程に。
「どう……?」
「えと……それ、どちらかというと寝巻きじゃ……」
だぼだぼした大変着心地の良さそうな服を見て私は首をひねった。
「……そういえば、カーチェスはどこでしょう?」
私がそう聞くと、ルーヴァスが短く答えた。
「木材を見てもらっている。床の応急処置用のものだ。釘などの調達も頼んである」
つまるところエルシャスの部屋の床の修繕用の木材か。私が服を選んでいる間にそっちも終わらせようとしているのね。なるほど。確かにその方が効率がいい。
と、何気なく往来を振り返ると、そこに知った顔を見つけた気がした。
そう、あまり見たくはない顔を。
「……し、ら」
「はい?」
私のつぶやきにシルヴィスが怪訝な顔をする。しかし私はそれに構わず、見つけた勢いそのままに店を出ると――
「ちょっと、姫!?」
六人の慌てた声を尻目に、私はその人――白雪姫を走って追い始めたのだった。
「はぁっ、はぁっ……どこ……っ?」
『お嬢様、危険すぎます! あの妖精たちから離れてはいけません!』
私が人気のない路地に迷い込むと、間を置かずポケットから焦ったような声がかけられる。
「わかってる、わかってるけど……!」
私も、もしも白雪姫が「普通」な様子だったなら絶対に追ったりしていない。
そうじゃないから、こうして追っているのだ。
「白雪姫……っ、人目を忍んでる風だった! ローブみたいなの着込んで……絶対……何か、ある!」
『ですが……!』
切羽詰まったリオリムの声にも構わず、私は白雪姫を追い続ける。運動神経は最悪だが、地が私に味方してくれたと言える。路地裏ではそうそう素早く動くこともできず、白雪姫もあちこちの障害物に苦戦しているようだった。真っ黒なローブから覗く愛らしい横顔が、忌々しげに歪んでいるのが見て取れる。
一定の距離を保ちながら彼女を追い続けること一、二分。ようやく彼女は立ち止まった。
路地裏の行き止まり。やや開けたその土地に、黒い影を見つけると、彼女はつかつかとその人物に歩み寄る。
「あなた、どういうつもり?」
白雪姫の詰問するような声音に、その人物は振り返った。
白雪姫と同じく黒いローブのようなものを着込んだその人物は、フードを被り、顔の下半分を布のようなもので覆っていたため、人相はわからない。
「……どういうつもり、とは?」
低めの声。明らかに男の声だ。それに聞き覚えがあるような気がしたが、布で口元を覆っているせいだろう、声がくぐもっていてよくわからなかった。
「とぼけないでよ。あの女、あの場所に住んでいるらしいじゃないの。知っていたんでしょう?」
「……ええ」
肯定を返した男に、白雪姫は眦まなじりを釣り上げた。
「ふざけないで!! あんな役立たず、もういらないわ! さっさと殺しなさいよ!」
「姫君、そのようにお怒りになられるのはわかりますが」
「わかってないじゃない! あんたも、あの赤髪の男も!! 何が秋まで待て、よ、この私に向かって!! あぁ、思い出すだけでも腹立たしいわ!! せっかくこの世界に来て遊べると思ったのに、まだ待たなきゃいけないって何なのよ! どれだけ待ってあげてると思ってるの、林檎がなによ、結局私はまともに使わないんだから何だっていいじゃないの!!」
吐き捨てる白雪姫。言っている意味がいまいち読み取れない。
赤髪の男……秋まで待て……林檎……?
「姫君、落ち着かれてください。私が直接手を下すことができないのはご存知でしょう」
「いいじゃない、殺したって!!」
「それでは私の目的が果たされません」
「……っ、なによ、どいつもこいつも役立たず!! 私は白雪姫よ!? この世で一番美しい、可愛い女の子じゃない! どうして誰も言うことを聞いてくれないのよ!!」
……誇大妄想にも程があると思う。
どこか冷静にそう断じた私は、多分落ち着いているのではなく、混乱しきって何を考えるべきか判断できなくなっているのであろう。
どうしよう、ここから逃げるべきだろうか。
私はそう考え、ちょっと後ずさった。その時である。
「えっ」
後ろにあったやや大きめの石を蹴ってしまい、それが壁にコツン、と当たる。普通の賑やかな街なら誰に届くこともないだろうその音も、閑散とした路地裏では嫌なくらいにあたりに響いた。
「誰!!」
きつい声が飛び、白雪姫がぱっとこちらを振り返った。顔も何も隠すものがない私の目は、明らかに彼女の大きな黒い双眸とかち合った。
その途端彼女の目が三日月に細められ、にた、と唇が不気味な弧を描く。
「――あら。噂をすれば、なんとやら、じゃない」
高揚したような声音に、私は思わず顔を引きつらせた。
「探したのよ? 役立たずのお義母さま……」
そう言うと白雪姫は背後の人物に手を差し出す。男は黙ったまま彼女の手に鋭く光る何かを置いた。
「逃げようだなんて、小賢しい事を考えるからだわ。もう少し役に立っていれば、あと少しは生きられたのにね。哀れなお義母さま」
そういう彼女の顔には同情など一欠片も見られなかった。
「やっ……」
本能的に唇から悲鳴がこぼれ落ちる。しかしその前に白雪姫が私に歩み寄って、私の首を握り潰す方が早かった。小さい腕、手、それらのどこにそんな力が秘められているというのか。
「っぁ、」
「あなたの代わりなんて、いくらでもいるのよ。秋まで待つのは許してあげる。でもあんたが攻略対象を惑わすだなんて絶対に許さないわ。あんたはただの捨て駒、でしゃばるなんて身の程知らずにも程があるわ。私とは違うの、何もかも違うの」
白雪姫は壮絶な笑みを浮かべると、鋭く光る何かを振り上げた。
「さようなら、無能なお義母さま。あの世で自分の愚かさを呪うといいわ!!」
最後に見えたのはなんだっただろう。
愉悦に歪む般若の笑か。鋭く光るそれが血に染まる様か。
いや、私が最期に見たのは――
白雪姫の向こうで泣きそうに歪んだ、赤く光るなにかだったかもしれない――
【BAD END】
今回のお話は大変後味が悪い仕様となっておりますので、スプラッタが苦手な方は引き返されることを強くお勧めいたします。
「…………えーと」
家の前に集合した全員を見て、私は大変微妙な表情になった。
「あの……なんか季節感おかしくないですか? 今、そんなに寒くないですよね?」
私がそう言うのは、彼らの衣服がどう考えてもこの気温に合わないからだった。
この世界が今何月くらいに相当するのかは知らないが、気温から考えて恐らく今は春か秋ではないだろうか。間違っても冬ではないと思う。無論、この国が世界のどのあたりに位置するのかにもよるかもしれないが、なんにせよ気温的には春か秋だ。木々の葉が枯れる様子は見当たらないから、春じゃないだろうか。寒くはない。夜には若干冷え込んで肌寒いこともあるが、そのくらいだ。
「何で七人揃ってコート着込んでフード被ってるんですか……」
厚手のものではない。だが全員揃いも揃って、フード付きの外套を着込んでいる。なんというか、大変に微妙な見た目だ。
「寒いんですか? 今はそんなに寒くないと思うんですけど」
私の問いに、ユンファスがヘラっと笑った。
「妖精は人間よりも寒がりなんだよねぇ。だから割といつも着込んでるの」
「そうなんですか? 見た目的に結構暑そうなんですけど……そうでもないんですね」
「姫こそ、いいわけ?」
リリツァスが首を捻って聞いてきた。何のことだろう。
「私は寒くないですけど」
「まぁ、寒くないだろうけど。君の場合は、逃亡中なんでしょ。大勢に顔を見られるのってよくないんじゃないの? 君を殺そうとしているお姫様が街にいるかもだし」
なるほど。忘れていた。妖精たちとまだ接触していない彼女が今すぐに私を殺しに来るとは思いにくい。そもそも彼女自身が私に手を下すという事態が少し想像つかないものではあるのだが。しかし万一を考えて、対策を取るに越したことはないかもしれない。
「確かに、あんまり顔を見られるのはよくないのかも……」
私が考え込むと、カーチェスが「大丈夫じゃないかな」と笑った。
「人が多いところじゃ、そんな大っぴらに殺そうだなんてできないんじゃない? それにほら、俺たちもいるし」
ふんわりと笑うカーチェスに、私は更に考えた。
実のところ、今の格好で私はちょうどいいくらいの気温なのだ。これ以上何かを着込むとなれば絶対に暑くなる。その上歩くとなれば結構きついだろう。
「……じゃあ、着て行かなくてもいいかな」
結局私は、着て行かないことにした。
「そ? ま、君がそう言うならいいけどね。じゃ、街へしゅっぱーつ」
ユンファスの軽い声を聞きつつ、一行は街へと歩き始めたのだった。
「……け、……結構、歩きましたた、ね……」
私は街に着いた途端空を仰いだ。空は既に明るさを失い、星の輝きだけがちらちらと視界に映る。
「もう夜だし……」
昼過ぎに家を出たはずなのにもう夜とは、どれだけ歩いたのかが伺い知れた。
歩きすぎて火照った体に、夜風はちょうど良かった。これで外套なんて着てきたらどうなっていただろう。あまり想像はしたくない。
「すまない。あの家から城下街までは結構遠くてな。……どこかで休むか?」
ルーヴァスが私にそう問うてくれる。しかし私は首を振った。
「元はといえば私の我が儘で来たんですし。早く用を済ませて帰りましょう……」
疲弊した様子の私を、シルヴィスは鼻で笑った。
「キレイな箱庭育ちのお姫様はこのくらいの距離でも音をあげるのですね」
「わ、悪かった、です、ね」
大きく息を吐いて呼吸を落ち着ける。足場の悪い森の中を歩き続けた足が痛い。帰りもあの道を行くのかと思うと頬が引き攣った。
「どこか喫茶店にでも入る? へくちっ」
リリツァスが私の顔を覗き込む。
「いえ……大丈夫、です」
私が首を振って笑うと、ノアフェスが羽織の下から扇を取り出した。
「暑いようならこれで扇げ」
差し出されたそれに視線を走らせる。そっと手に取って広げてみると、漆黒の無地の扇が広がった。黒い服を着ている彼には確かに似合う。
「……ありがとうございます」
笑いかけると、ノアフェスは数度瞬きをした後に目元をやや和らげた。
「では、服を探すか」
ルーヴァスの声を合図に、私たちは夜の割に賑やかしい街へ足を踏み入れたのだった。
「これ割と可愛いんじゃない?」
「……それ、ちょっと露出が多いんじゃ……」
「えー、これから夏だよ~? 涼しめの服を買っておいたほうがいいんじゃない?」
「ユンファス、ふざけていないで真面目に選んでくれ」
へらへらとユンファスの勧めてくる服は露出の高い服ばかりでどう言おうか考えあぐねていたところで、ルーヴァスの叱責が飛んだ。ナイスです、ルーヴァス。
「姫、これはどうだ」
といって出されたのは……って、
「く、黒っ」
ノアフェスの渡してきた服を見ての第一声はそれだった。
「うっわ、真っ黒。いやノアフェス、それはないでしょ。この子を間諜にでもする気?」
「いや、俺はそんなことは考えてない。だが黒いほうが闇夜に紛れられるんじゃないかと……」
いえ、そんな基準で選んでいただかずとも。
「姫姫っ、これなんかどうっ? 可愛くない!? ひくちっ」
リリツァスがはしゃいだ様子で服を差し出してくる。というか、何故彼がはしゃいでいるのだろうか……
「え? あぁ、ええと……ちょっと可愛すぎるような……」
差し出されたのはフリルがふんだんにあしらわれたワンピースだ。淡い黄色の生地にはうっすらとわかる程度に花の刺繍があちこちに施されている。
「姫は可愛いから十分似合うよ!」
この人は本気で言っているのだろうか。天然? これ完璧口説き文句ですけど?
とはいえ何にせよ、あまり可愛すぎる服はご容赦願いたい。
「もう少し……ですね、何というか……」
「つべこべ言っていないで早く選んでください。適当に着てみれば自分に合うものが分かるでしょう」
「そう言われても」
「姫……これ」
シルヴィスの呆れた声に混じって聞こえてきたのは眠たげな声。エルシャスのものだ。
エルシャスは私に攻撃をしてきたことを覚えていないのか、私にあれ以前と全く変わらない態度を取っている。あの夜が夢だったのかと思える程に。
「どう……?」
「えと……それ、どちらかというと寝巻きじゃ……」
だぼだぼした大変着心地の良さそうな服を見て私は首をひねった。
「……そういえば、カーチェスはどこでしょう?」
私がそう聞くと、ルーヴァスが短く答えた。
「木材を見てもらっている。床の応急処置用のものだ。釘などの調達も頼んである」
つまるところエルシャスの部屋の床の修繕用の木材か。私が服を選んでいる間にそっちも終わらせようとしているのね。なるほど。確かにその方が効率がいい。
と、何気なく往来を振り返ると、そこに知った顔を見つけた気がした。
そう、あまり見たくはない顔を。
「……し、ら」
「はい?」
私のつぶやきにシルヴィスが怪訝な顔をする。しかし私はそれに構わず、見つけた勢いそのままに店を出ると――
「ちょっと、姫!?」
六人の慌てた声を尻目に、私はその人――白雪姫を走って追い始めたのだった。
「はぁっ、はぁっ……どこ……っ?」
『お嬢様、危険すぎます! あの妖精たちから離れてはいけません!』
私が人気のない路地に迷い込むと、間を置かずポケットから焦ったような声がかけられる。
「わかってる、わかってるけど……!」
私も、もしも白雪姫が「普通」な様子だったなら絶対に追ったりしていない。
そうじゃないから、こうして追っているのだ。
「白雪姫……っ、人目を忍んでる風だった! ローブみたいなの着込んで……絶対……何か、ある!」
『ですが……!』
切羽詰まったリオリムの声にも構わず、私は白雪姫を追い続ける。運動神経は最悪だが、地が私に味方してくれたと言える。路地裏ではそうそう素早く動くこともできず、白雪姫もあちこちの障害物に苦戦しているようだった。真っ黒なローブから覗く愛らしい横顔が、忌々しげに歪んでいるのが見て取れる。
一定の距離を保ちながら彼女を追い続けること一、二分。ようやく彼女は立ち止まった。
路地裏の行き止まり。やや開けたその土地に、黒い影を見つけると、彼女はつかつかとその人物に歩み寄る。
「あなた、どういうつもり?」
白雪姫の詰問するような声音に、その人物は振り返った。
白雪姫と同じく黒いローブのようなものを着込んだその人物は、フードを被り、顔の下半分を布のようなもので覆っていたため、人相はわからない。
「……どういうつもり、とは?」
低めの声。明らかに男の声だ。それに聞き覚えがあるような気がしたが、布で口元を覆っているせいだろう、声がくぐもっていてよくわからなかった。
「とぼけないでよ。あの女、あの場所に住んでいるらしいじゃないの。知っていたんでしょう?」
「……ええ」
肯定を返した男に、白雪姫は眦まなじりを釣り上げた。
「ふざけないで!! あんな役立たず、もういらないわ! さっさと殺しなさいよ!」
「姫君、そのようにお怒りになられるのはわかりますが」
「わかってないじゃない! あんたも、あの赤髪の男も!! 何が秋まで待て、よ、この私に向かって!! あぁ、思い出すだけでも腹立たしいわ!! せっかくこの世界に来て遊べると思ったのに、まだ待たなきゃいけないって何なのよ! どれだけ待ってあげてると思ってるの、林檎がなによ、結局私はまともに使わないんだから何だっていいじゃないの!!」
吐き捨てる白雪姫。言っている意味がいまいち読み取れない。
赤髪の男……秋まで待て……林檎……?
「姫君、落ち着かれてください。私が直接手を下すことができないのはご存知でしょう」
「いいじゃない、殺したって!!」
「それでは私の目的が果たされません」
「……っ、なによ、どいつもこいつも役立たず!! 私は白雪姫よ!? この世で一番美しい、可愛い女の子じゃない! どうして誰も言うことを聞いてくれないのよ!!」
……誇大妄想にも程があると思う。
どこか冷静にそう断じた私は、多分落ち着いているのではなく、混乱しきって何を考えるべきか判断できなくなっているのであろう。
どうしよう、ここから逃げるべきだろうか。
私はそう考え、ちょっと後ずさった。その時である。
「えっ」
後ろにあったやや大きめの石を蹴ってしまい、それが壁にコツン、と当たる。普通の賑やかな街なら誰に届くこともないだろうその音も、閑散とした路地裏では嫌なくらいにあたりに響いた。
「誰!!」
きつい声が飛び、白雪姫がぱっとこちらを振り返った。顔も何も隠すものがない私の目は、明らかに彼女の大きな黒い双眸とかち合った。
その途端彼女の目が三日月に細められ、にた、と唇が不気味な弧を描く。
「――あら。噂をすれば、なんとやら、じゃない」
高揚したような声音に、私は思わず顔を引きつらせた。
「探したのよ? 役立たずのお義母さま……」
そう言うと白雪姫は背後の人物に手を差し出す。男は黙ったまま彼女の手に鋭く光る何かを置いた。
「逃げようだなんて、小賢しい事を考えるからだわ。もう少し役に立っていれば、あと少しは生きられたのにね。哀れなお義母さま」
そういう彼女の顔には同情など一欠片も見られなかった。
「やっ……」
本能的に唇から悲鳴がこぼれ落ちる。しかしその前に白雪姫が私に歩み寄って、私の首を握り潰す方が早かった。小さい腕、手、それらのどこにそんな力が秘められているというのか。
「っぁ、」
「あなたの代わりなんて、いくらでもいるのよ。秋まで待つのは許してあげる。でもあんたが攻略対象を惑わすだなんて絶対に許さないわ。あんたはただの捨て駒、でしゃばるなんて身の程知らずにも程があるわ。私とは違うの、何もかも違うの」
白雪姫は壮絶な笑みを浮かべると、鋭く光る何かを振り上げた。
「さようなら、無能なお義母さま。あの世で自分の愚かさを呪うといいわ!!」
最後に見えたのはなんだっただろう。
愉悦に歪む般若の笑か。鋭く光るそれが血に染まる様か。
いや、私が最期に見たのは――
白雪姫の向こうで泣きそうに歪んだ、赤く光るなにかだったかもしれない――
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