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「……足が痛い……」
部屋に戻ると、私はぐったりとしながらベッドに倒れ込んだ。
夕食と食事を終え、もう寝るだけとなった私は今日買ってきた服を今一度見直してみる。今着ている着心地のいい寝巻きと、あと外出用の服数枚、加えてルームウェアが数枚。その上靴まで買ってもらった。なかなか奮発してくれたといえよう。
とはいえ。
「……ちょっとこれとかは可愛すぎる気がするんだけど……」
買ってもらった下着以外の服の半分以上は、私ではなく、リリツァスやユンファス辺りが選んでくれたものだった。露出度は極力控えめで、と頼むと一応従ってはくれたものの、それにしたって可愛らしいものが多い。
「リオリム、どう思う?」
私が机の上に置いた鏡に問うと、『良いのではありませんか?』と穏やかな答えが返ってきた。
『お嬢様はどんなものでもお似合いになりますよ』
「そうかなぁ」
『ええ。……もっとご自分に自信を持たれてください、お嬢様。お嬢様は、本当に素敵な女性なのですから』
ね?と微笑むリオリム。
「でもこういう感じの服は全然着ないから、なんか違和感が」
『良いのでは? どれもお嬢様に大変お似合いです。とっても可愛らしいですよ』
含みのない言い方に、私は俯く。彼は心から言ってくれているのだろう、だから何だかいたたまれないのだった。
服を見て眉尻を下げる。本当に似合う服だろうか……
『……ですが……』
やや低められた声に、「え?」と振り返ると、『あ……いえ、何でも』とリオリムは首を振った。しかし、気になったので私は鏡を覗き込んだ。
「なに?」
『いえ……その。街のことなのですが』
「街がどうかした?」
私の問いに、リオリムは思案顔になった。
『……おかしいとは、思われませんでしたか』
「何が?」
『街の様子です』
「……?」
よくわからず、首を傾げると、彼は険しい表情でこう言ってきた。
『街の様子を、どう思われました?』
「よ、様子? ええと……賑やかだった……とか?」
『ええ。そう、不自然なほど賑やかでした』
「……え?」
リオリムの言っていることがよくわからない。
「不自然って……どこが?」
『賑やかとは、即ち豊かということでしょう。しかしおかしいとは思われませんか? 今この国は、財政に問題があるはずですよ。それにしては、随分と街が豊かではありませんか』
「街が豊かだと、おかしいの?」
『街が豊かなら、何とでも財政を立て直すことができるはずです。税金を上げるとか、そういった方法で。ですがこの国はそれをしていない。そしてそれで尚、王国として成り立っている。これはとても不自然なことではないでしょうか?』
「……」
なるほど。
確かに、それは考えていなかった。
この国は……白雪姫のせいで財政危機にあるんだっけ。いやでも、彼女が強奪を繰り返すから、というだけで財政危機にあるとは思いにくい。何かもっと他の理由もあるだろう。
それなのに、街は豊かで。けれど、国は何もしていなくて……?
「……確かに、不自然、かも」
私がそう言うと、リオリムは『しかし』と笑った。
『これは、我々が今考えても詮無きこと。ですから、お嬢様には言わずにいようと思ったのですが』
「まぁ、確かに今の私じゃどうしようもないもんね」
今は、そんな大きなことよりも自分の身の危険をどうにかする方が大切だ。
「……考えても仕方ないし、今日はもう寝るかな」
『ええ、そうされて下さい。街に出かけられて、今日はお疲れでしょう。どうぞごゆっくりお休みになられてください』
「ありがと。リオリムもね。おやすみ」
『おやすみなさいませ。どうぞ、良い夢を』
そうして、私は眠りについたのだった。
ギシ、ギシ、と床の軋む音が、静かな家の中に響いた。
「……」
その人物は、どこか頼りなげな足取りで家をそっと抜け出す。そうして、夜空に浮かぶ月を認め、目を細めた。
そよぐ風に、美しい銀の髪が揺れる。
「……本当に、正しいのだろうか」
自分の手を見やり、彼――ルーヴァスは小さく呟いた。
「……このような身で、誰かの傍にあるべきではない。それは、もう、痛いほど――」
わかっている、はずなのに。
吐息のような浅い声が細く紡がれ、大気に溶ける。
その時、空から何かが舞い降りてきた。
それは、真っ直ぐに彼の元へ舞い降り――そして、彼が伸ばした腕に留まる。
「……すまないな」
ルーヴァスはそう言うとそれ――美しい純白の鳥を、そっと撫ぜる。そして鳥の咥えた紙を手にとった。それを理解したのか、鳥は腕から離れて彼の肩に留まる。
ルーヴァスは丸められた紙を広げると紙面に視線を走らせた。
「……。なるほど。何故このような夜分に、とも思ったが」
紙を畳み、顔をしかめる。
手紙の内容は先日の依頼についてだった。依頼に対する変更点を手短に書かれたそれを、ルーヴァスは手のひらから生じさせた小さな炎で燃やしてしまう。
「長丁場になりそうだな」
そう言って鳥を撫ぜる。鳥は目を細めると、ルーヴァスの頬に頭を摺り寄せた。
「――もう一つ、仕事を頼んでもいいか?」
ルーヴァスが問いかけると、鳥は短く一鳴きする。それにルーヴァスは頬を緩めると、懐から一通の手紙を取り出して鳥に差し出す。鳥はそれを咥えて彼の肩を離れた。
「母上へ、届けてくれ」
それを聞くと、鳥はすぐさま飛び立っていった。
「……一人にしていることを、許して欲しい」
そう呟くと、ルーヴァスは今一度月を見上げ――やがて、家へと戻っていった。
部屋に戻ると、私はぐったりとしながらベッドに倒れ込んだ。
夕食と食事を終え、もう寝るだけとなった私は今日買ってきた服を今一度見直してみる。今着ている着心地のいい寝巻きと、あと外出用の服数枚、加えてルームウェアが数枚。その上靴まで買ってもらった。なかなか奮発してくれたといえよう。
とはいえ。
「……ちょっとこれとかは可愛すぎる気がするんだけど……」
買ってもらった下着以外の服の半分以上は、私ではなく、リリツァスやユンファス辺りが選んでくれたものだった。露出度は極力控えめで、と頼むと一応従ってはくれたものの、それにしたって可愛らしいものが多い。
「リオリム、どう思う?」
私が机の上に置いた鏡に問うと、『良いのではありませんか?』と穏やかな答えが返ってきた。
『お嬢様はどんなものでもお似合いになりますよ』
「そうかなぁ」
『ええ。……もっとご自分に自信を持たれてください、お嬢様。お嬢様は、本当に素敵な女性なのですから』
ね?と微笑むリオリム。
「でもこういう感じの服は全然着ないから、なんか違和感が」
『良いのでは? どれもお嬢様に大変お似合いです。とっても可愛らしいですよ』
含みのない言い方に、私は俯く。彼は心から言ってくれているのだろう、だから何だかいたたまれないのだった。
服を見て眉尻を下げる。本当に似合う服だろうか……
『……ですが……』
やや低められた声に、「え?」と振り返ると、『あ……いえ、何でも』とリオリムは首を振った。しかし、気になったので私は鏡を覗き込んだ。
「なに?」
『いえ……その。街のことなのですが』
「街がどうかした?」
私の問いに、リオリムは思案顔になった。
『……おかしいとは、思われませんでしたか』
「何が?」
『街の様子です』
「……?」
よくわからず、首を傾げると、彼は険しい表情でこう言ってきた。
『街の様子を、どう思われました?』
「よ、様子? ええと……賑やかだった……とか?」
『ええ。そう、不自然なほど賑やかでした』
「……え?」
リオリムの言っていることがよくわからない。
「不自然って……どこが?」
『賑やかとは、即ち豊かということでしょう。しかしおかしいとは思われませんか? 今この国は、財政に問題があるはずですよ。それにしては、随分と街が豊かではありませんか』
「街が豊かだと、おかしいの?」
『街が豊かなら、何とでも財政を立て直すことができるはずです。税金を上げるとか、そういった方法で。ですがこの国はそれをしていない。そしてそれで尚、王国として成り立っている。これはとても不自然なことではないでしょうか?』
「……」
なるほど。
確かに、それは考えていなかった。
この国は……白雪姫のせいで財政危機にあるんだっけ。いやでも、彼女が強奪を繰り返すから、というだけで財政危機にあるとは思いにくい。何かもっと他の理由もあるだろう。
それなのに、街は豊かで。けれど、国は何もしていなくて……?
「……確かに、不自然、かも」
私がそう言うと、リオリムは『しかし』と笑った。
『これは、我々が今考えても詮無きこと。ですから、お嬢様には言わずにいようと思ったのですが』
「まぁ、確かに今の私じゃどうしようもないもんね」
今は、そんな大きなことよりも自分の身の危険をどうにかする方が大切だ。
「……考えても仕方ないし、今日はもう寝るかな」
『ええ、そうされて下さい。街に出かけられて、今日はお疲れでしょう。どうぞごゆっくりお休みになられてください』
「ありがと。リオリムもね。おやすみ」
『おやすみなさいませ。どうぞ、良い夢を』
そうして、私は眠りについたのだった。
ギシ、ギシ、と床の軋む音が、静かな家の中に響いた。
「……」
その人物は、どこか頼りなげな足取りで家をそっと抜け出す。そうして、夜空に浮かぶ月を認め、目を細めた。
そよぐ風に、美しい銀の髪が揺れる。
「……本当に、正しいのだろうか」
自分の手を見やり、彼――ルーヴァスは小さく呟いた。
「……このような身で、誰かの傍にあるべきではない。それは、もう、痛いほど――」
わかっている、はずなのに。
吐息のような浅い声が細く紡がれ、大気に溶ける。
その時、空から何かが舞い降りてきた。
それは、真っ直ぐに彼の元へ舞い降り――そして、彼が伸ばした腕に留まる。
「……すまないな」
ルーヴァスはそう言うとそれ――美しい純白の鳥を、そっと撫ぜる。そして鳥の咥えた紙を手にとった。それを理解したのか、鳥は腕から離れて彼の肩に留まる。
ルーヴァスは丸められた紙を広げると紙面に視線を走らせた。
「……。なるほど。何故このような夜分に、とも思ったが」
紙を畳み、顔をしかめる。
手紙の内容は先日の依頼についてだった。依頼に対する変更点を手短に書かれたそれを、ルーヴァスは手のひらから生じさせた小さな炎で燃やしてしまう。
「長丁場になりそうだな」
そう言って鳥を撫ぜる。鳥は目を細めると、ルーヴァスの頬に頭を摺り寄せた。
「――もう一つ、仕事を頼んでもいいか?」
ルーヴァスが問いかけると、鳥は短く一鳴きする。それにルーヴァスは頬を緩めると、懐から一通の手紙を取り出して鳥に差し出す。鳥はそれを咥えて彼の肩を離れた。
「母上へ、届けてくれ」
それを聞くと、鳥はすぐさま飛び立っていった。
「……一人にしていることを、許して欲しい」
そう呟くと、ルーヴァスは今一度月を見上げ――やがて、家へと戻っていった。
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