27 / 85
2.gift
22.apple
しおりを挟む
カン、カン、と何か硬いものを打つような音が連続的に響き、私は飛び起きた。
「な、何?」
音は上からのようだ。私は眉をひそめつつ、寝巻きから着替えて手鏡をポケットに入れ、上へと向かった。
「あれー、姫おはよー」
「おはようございます。あの、これ何の音ですか?」
リビングにいたのはエルシャス、ユンファスの二人だ。
「……僕の部屋の……床……。穴、空いてた……それの……修理……」
空いてた、というか彼自身が空けたというか……まぁ、そこは深く突っ込まないほうがいいだろう。
「姫ー、聞いてよ? ルーヴァスってば酷いんだよ? 『あなたたちはさらに床に穴を空ける可能性があるから、とりあえず朝食をとっていてくれ』って。酷いよねぇ?」
まぁ、妥当な判断だろう。
とは流石に言えないので、私は適当に笑って誤魔化した。
――にしても、エルシャスは、本当に覚えていないのだろうか。彼の様子を見ていると、とてもあの日私を殺しかけたものと同一人物とは思えない。
「……姫、どうか、した?」
「え? あ、いえ、何でも……」
エルシャスを見つめたまま黙り込む私を不審に思ったのか、彼が首を傾げて訊ねてくる。とはいえ例のことを蒸し返すようなことをしても大していいことは起こりそうにないので、私は首を振っておいた。
「今日は誰が朝食を作ったんですか?」
「あ、僕。お姫様の口に合うかどうかわからないけど、まずくはないと思うから食べてみて。じゃ、僕はちょっと森の中を散歩してくるよ」
「え? 今からですか?」
「うん。ここのところ天気がいいし、何かいいものあるかも」
「いいもの……?」
「美味しそうな実とか。とりあえず料理に使えそうなものとか探してみる。じゃねぇ」
そう言うと、ユンファスはぷらぷらと手を振って家を出ていった。
「と、すると……私は何をすべきかなぁ……」
何となく朝食後のことを考えつつ、自席に置かれた食事に手をつけようとしたところで。
「……姫」
ぼんやり、といった感じでエルシャスが声をかけてきた。朝食は既にとり終わっているらしい。空っぽの皿が、彼の前に並んでいる。朝食後にせめて皿洗いくらいはしておくべきだろうか――
「エルシャス? なんでしょうか?」
「……姫は、怪我とか、ない?」
突然の問いに、「へ?」と間の抜けた声を上げてしまう。怪我……といわれても、いまいちピンと来ない。
「えっと、なんのことですか?」
意味がわからない、という風に笑って問うと、ふとエルシャスが表情を歪めた。いつも眠たげであまり表情から感情を読み取ることができない彼にしては珍しいことだった。
「姫は……あたりまえみたいに、僕と話してくれる。けど。僕の部屋の……床の、穴。見て、わかった」
そこでエルシャスは一旦言葉を切り、私を見つめてきた。
「僕、姫のこと、殺しそうになったんだって」
そういう彼の目には涙すら浮かんできて、見ているこちらが慌てそうなくらいに悲しそうな顔をしていた。
「え、エルシャス」
「僕、わすれてた。僕が、普通じゃないって。こうして姫が隣にいてくれても、いつかまた、同じことをしてしまうかもしれないって。わすれてた。わすれてた……!」
そう言うとエルシャスは、服の袖に覆われた手でごしごしと目をこすった。ひっく、ひっく、としゃくり上げる声まで聞こえてきて、私は流石にうろたえる。
「えっと、あの」
「ごめん、姫。ごめんなさい。だけど、ねぇ、きらわないで。おねがい。いなくなっちゃ、やだ……」
胸に抱えていたクマのぬいぐるみが彼の腕から零れ、床へと落ちてしまう。それも構わずエルシャスがあまりに泣くので、思わず私は席を立った。そして彼の元まで行き、ぬいぐるみを拾う。
「エルシャス」
「ぅ……」
顔を上げた彼に、私は安心させるように笑いかけた。
「私は、ここにいますよ」
そう言って、ぬいぐるみを彼に渡す。おずおずと受け取った彼の手を握ると、びくっと怯えるように彼の肩が跳ねた。
それに、怯えることなどないと伝わるように、なるべく優しい声音でそっと囁いた。
「どこも怪我してません。大丈夫。ね。私、エルシャスのこと嫌いじゃないですから。だから、泣かないで」
私がそう言うと、ようやっと収まりかけていた彼の涙が再び盛り上がってきた。
「え」
何か悪いことを言ったのか、ともう一度自分の言葉を頭の中で反芻しようとしたところで。
「!」
ぎゅ、とエルシャスが抱きついてきた。
「姫……ありがと……」
涙混じりのその声に私は二、三度瞬きをしたが、やがて頬を緩め、子供らしく優しい温かさを持つ小さな体を抱きしめる。
抱きしめた体は柔く、心を穏やかにさせた。
いい子だ。
この子は決して、私に悪意を持ってなどいないのだろう。
あの時だって、彼はきちんと起きていたようには思えない。
私が読むべき一線を越えたり、軽率に踏み込まなければ、この子とはきっと今よりももっともっと仲良くなれる。それが恋愛にまで発展するかどうかはわからないが、少なくともこの子とは良好な関係を築けそうだと思う。
頑張ろう。もっともっと、みんなと仲良くなっていこう。私なりに。
そんなことを思いながら、私はそっと彼の頭を撫でたのだった。
――しばらくして、エルシャスが泣き止んだ頃。
朝食を改めて再開しようとする私に、エルシャスがいつもの眠そうな顔でこう告げた。
「……ねぇ、姫」
「うん?」
「よる、僕が寝てる時は、僕に近づかないで。もし、どうしても会わなきゃいけないときは……ドア、叩いて。絶対、夜に寝てる僕に、近づかないで」
そういう彼の瞳は真っ直ぐだったが、まだどこかに怯えるような色を宿していて。
だから私は、安心させるように再び笑いかけ、
「わかりました」
と、頷いたのだった。
「な、何?」
音は上からのようだ。私は眉をひそめつつ、寝巻きから着替えて手鏡をポケットに入れ、上へと向かった。
「あれー、姫おはよー」
「おはようございます。あの、これ何の音ですか?」
リビングにいたのはエルシャス、ユンファスの二人だ。
「……僕の部屋の……床……。穴、空いてた……それの……修理……」
空いてた、というか彼自身が空けたというか……まぁ、そこは深く突っ込まないほうがいいだろう。
「姫ー、聞いてよ? ルーヴァスってば酷いんだよ? 『あなたたちはさらに床に穴を空ける可能性があるから、とりあえず朝食をとっていてくれ』って。酷いよねぇ?」
まぁ、妥当な判断だろう。
とは流石に言えないので、私は適当に笑って誤魔化した。
――にしても、エルシャスは、本当に覚えていないのだろうか。彼の様子を見ていると、とてもあの日私を殺しかけたものと同一人物とは思えない。
「……姫、どうか、した?」
「え? あ、いえ、何でも……」
エルシャスを見つめたまま黙り込む私を不審に思ったのか、彼が首を傾げて訊ねてくる。とはいえ例のことを蒸し返すようなことをしても大していいことは起こりそうにないので、私は首を振っておいた。
「今日は誰が朝食を作ったんですか?」
「あ、僕。お姫様の口に合うかどうかわからないけど、まずくはないと思うから食べてみて。じゃ、僕はちょっと森の中を散歩してくるよ」
「え? 今からですか?」
「うん。ここのところ天気がいいし、何かいいものあるかも」
「いいもの……?」
「美味しそうな実とか。とりあえず料理に使えそうなものとか探してみる。じゃねぇ」
そう言うと、ユンファスはぷらぷらと手を振って家を出ていった。
「と、すると……私は何をすべきかなぁ……」
何となく朝食後のことを考えつつ、自席に置かれた食事に手をつけようとしたところで。
「……姫」
ぼんやり、といった感じでエルシャスが声をかけてきた。朝食は既にとり終わっているらしい。空っぽの皿が、彼の前に並んでいる。朝食後にせめて皿洗いくらいはしておくべきだろうか――
「エルシャス? なんでしょうか?」
「……姫は、怪我とか、ない?」
突然の問いに、「へ?」と間の抜けた声を上げてしまう。怪我……といわれても、いまいちピンと来ない。
「えっと、なんのことですか?」
意味がわからない、という風に笑って問うと、ふとエルシャスが表情を歪めた。いつも眠たげであまり表情から感情を読み取ることができない彼にしては珍しいことだった。
「姫は……あたりまえみたいに、僕と話してくれる。けど。僕の部屋の……床の、穴。見て、わかった」
そこでエルシャスは一旦言葉を切り、私を見つめてきた。
「僕、姫のこと、殺しそうになったんだって」
そういう彼の目には涙すら浮かんできて、見ているこちらが慌てそうなくらいに悲しそうな顔をしていた。
「え、エルシャス」
「僕、わすれてた。僕が、普通じゃないって。こうして姫が隣にいてくれても、いつかまた、同じことをしてしまうかもしれないって。わすれてた。わすれてた……!」
そう言うとエルシャスは、服の袖に覆われた手でごしごしと目をこすった。ひっく、ひっく、としゃくり上げる声まで聞こえてきて、私は流石にうろたえる。
「えっと、あの」
「ごめん、姫。ごめんなさい。だけど、ねぇ、きらわないで。おねがい。いなくなっちゃ、やだ……」
胸に抱えていたクマのぬいぐるみが彼の腕から零れ、床へと落ちてしまう。それも構わずエルシャスがあまりに泣くので、思わず私は席を立った。そして彼の元まで行き、ぬいぐるみを拾う。
「エルシャス」
「ぅ……」
顔を上げた彼に、私は安心させるように笑いかけた。
「私は、ここにいますよ」
そう言って、ぬいぐるみを彼に渡す。おずおずと受け取った彼の手を握ると、びくっと怯えるように彼の肩が跳ねた。
それに、怯えることなどないと伝わるように、なるべく優しい声音でそっと囁いた。
「どこも怪我してません。大丈夫。ね。私、エルシャスのこと嫌いじゃないですから。だから、泣かないで」
私がそう言うと、ようやっと収まりかけていた彼の涙が再び盛り上がってきた。
「え」
何か悪いことを言ったのか、ともう一度自分の言葉を頭の中で反芻しようとしたところで。
「!」
ぎゅ、とエルシャスが抱きついてきた。
「姫……ありがと……」
涙混じりのその声に私は二、三度瞬きをしたが、やがて頬を緩め、子供らしく優しい温かさを持つ小さな体を抱きしめる。
抱きしめた体は柔く、心を穏やかにさせた。
いい子だ。
この子は決して、私に悪意を持ってなどいないのだろう。
あの時だって、彼はきちんと起きていたようには思えない。
私が読むべき一線を越えたり、軽率に踏み込まなければ、この子とはきっと今よりももっともっと仲良くなれる。それが恋愛にまで発展するかどうかはわからないが、少なくともこの子とは良好な関係を築けそうだと思う。
頑張ろう。もっともっと、みんなと仲良くなっていこう。私なりに。
そんなことを思いながら、私はそっと彼の頭を撫でたのだった。
――しばらくして、エルシャスが泣き止んだ頃。
朝食を改めて再開しようとする私に、エルシャスがいつもの眠そうな顔でこう告げた。
「……ねぇ、姫」
「うん?」
「よる、僕が寝てる時は、僕に近づかないで。もし、どうしても会わなきゃいけないときは……ドア、叩いて。絶対、夜に寝てる僕に、近づかないで」
そういう彼の瞳は真っ直ぐだったが、まだどこかに怯えるような色を宿していて。
だから私は、安心させるように再び笑いかけ、
「わかりました」
と、頷いたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
もしもゲーム通りになってたら?
クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが
もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら?
全てがゲーム通りに進んだとしたら?
果たしてヒロインは幸せになれるのか
※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。
※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。
※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。
※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。
人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら
渡里あずま
恋愛
転生先は、乙女ゲーの「悪役」ポジション!?
このまま、謀殺とか絶対に嫌なので、絶望中のルームメイト(魂)連れて、修道院へ遁走!!
前世(現代)の智慧で、快適生活目指します♡
「この娘は、私が幸せにしなくちゃ!!」
※※※
現代の知識を持つ主人公と、異世界の幼女がルームシェア状態で生きていく話です。ざまぁなし。
今年、ダウンロード販売を考えているのでタイトル変更しました!(旧題:人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!)そして、第三章開始しました!
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる