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「……ユンファスのせいです……」
私が不満も露わにそう言うと、ユンファスはさして気にした風もなくからからと笑った。
シルヴィスに延々と怒られた後、それを止めたのは二階から降りてきたルーヴァスとリリツァスだった。まぁリリツァスはどちらかというと怒り心頭のシルヴィスの火に油を注いだだけだったような気もするのだが。
シルヴィスは苛々した様子で罰として私たち二人に森で木の実を採ってくるように言った。恐らく食材となるものだ。
自分たちの食料となるものとはいえ、雨の中で視界が悪いので、かなり面倒な作業だ。
傘を差して二人で森の中を歩く。ぬかるんだ土にたまに足をとられかけ、その度にユンファスに支えられる。そんなことを幾度か繰り返した後、ユンファスは灰色の森に飽きてきたのか、はたまた疲れたのか、「雨宿りしよう」と言い出した。
そうして見つけた大木の根元の濡れていない場所に座り込み――今に至る。
「……雨、止みそうにないですね」
私が途方に暮れた体でそう言うと、ユンファスは「わかんないよ、案外さっと晴れたりしてね」と軽い様子で返してくる。
「ユンファス」
「うん?」
「昨日のことなんですが」
「んー?」
お互い、互いの顔を見ずに雨を見つめる。
「鏡のお礼を忘れてたのと、あと……私が……軽率なことをしてしまったようで……それを、謝ろうと、思ったんです」
「……」
「でも、私がユンファスにおかしなことをしたとは、思えなくて。だから、私が何をしたのか、教えてもらえないでしょうか? わかった上で、謝りたいんです」
ユンファスは何も言わなかった。ただぼうっと雨を見たままだ。私もそれに倣うようにずっと雨を見ている。
雨が止む様子はやはりない。暗く立ち込めた雲を見上げて、洗濯物はしばらく難しいかもしれないな、とか関係ないことを考え出した頃、ふとユンファスが口を開いた。
「君はさ。僕がどうしてあんな物言いをしたか、わからないの」
雨を見たままそう問う彼に、私は隣に座る彼を見つめた。左側からは前髪で隠れた眼は見えないため、口元からしか彼の表情を読み取ることができない。
「私が気に障ることを言ったから、では?」
「気に障るって、どの辺りがそうだと思うの?」
「それは、」
わからないから、聞いたのに。
私が答えを導き出せずに視線をさまよわせると、彼はそれを知ってか知らずか、ふふっと笑った。
「わからないんだ?」
そう言うと、彼は顔の右側を手の平で覆った。
「あぁ……君がシロだとはっきりしたら、いいのに」
そうしたら僕も、こんなに過敏に反応しなくて済むのに。
ユンファスはそう言った。
「しろ……?」
しろ、と言うと……なんだ。色の話ではないだろう。動物の名前……じゃない。というかこの状況下で動物の名前はおかしい。
とすれば思いつくのはひとつ。
犯人かどうか、見定めている意味での、“シロ”だ。
しかし私がなんの犯人だというのだろうか?
悶々と考えていると、ユンファスは私を見て微笑んだ。それは何故かとても優しくて、痛々しい笑いだった。
「君が王族なら、普通ならわかるはずだよ?」
そう言うと、彼は自らの唇を強く噛んだ。すると噛んだ場所から赤いものが盛り上がって、彼の白い肌を伝ってこぼれ落ちる。
「え!? な、なにして」
そういう私に構わず、彼は私の両側に手をついて、顔を近づけてきた。いわゆる……そう、壁ドン状態だ。待て、どうしてこうなった。
「あの、え? え、ええちょっ、何してるんですか、や、やめてください!!」
互いの唇が触れるまであと数センチ、といったところで、ユンファスは動きを止めた。そのまま、露わになっている右目で私を見つめる。
「あ、あの、離れていただけないでしょうか……」
「このまま僕に任せておけば、君の欲しいものが手に入るのに?」
まったくもって意味がわからなかった。
「も、もしかして雨に濡れて頭がおかしく」
「なってないから。何気に酷いこと言ってるからねー姫」
あと僕殆ど濡れてないから、と言いながらユンファスは呆れたようにため息をつくと、ようやく私から離れた。
一体何だったんだろうこの無意味な緊迫感。
一応あれはキスをしようとした、ということでいいのだろうか。しかも別に互いに好感ゼロで。えええなにその質の悪い悪戯。
「あの、心臓に悪いのでそういう悪戯やめてもらえないですか……。あと唇から血が出てますよね。何か拭くもの……」
私がおろおろしているとユンファスは軽く笑って手の甲で唇の血を拭った。彼の白い手の甲に、鮮やかな赤が滲む。
「別にいいよ、こんなもの。気にしなくて」
「気分的な問題です。あなた方はいつも狩りで怪我してるのかもしれませんけど、私そういうの耐性ないので。目の前で血を出されても困ります」
私がそう言うと、ユンファスはぱちぱちと目を瞬かせた後、声を上げて笑い出した。
「君、女王でしょ? あれの首をはねなさい!とか言わなかったの?」
「言いませんよそんな恐ろしいこと。人の命をなんだと思ってるんですか。っていうかユンファスは私をなんだと思ってるんですか」
先ほどからかわれたことに若干むかむかして、適当にそう答えてからさっと青ざめる。
もしかしたら前のこの体の持ち主――つまり本来の女王はそういうことも平気でやっていたかもしれないという可能性に気づいたからだ。
しかし次のユンファスの言葉でその不安は薄れた。
「そうだよね、君なんだかんだで評判良かったし」
「え?」
評判が良かった……とは、言わずもがな女王としての評価、だろう。
「そうなんですか?」
「城でどうだったかまではよく知らないけど。お忍びで城下町によく出かけて、庶民と話したりしてたんでしょ? それでよく家臣あたりに見つかって怒られてたって聞いたけど?」
「……家臣」
家臣なんて、いたのか。
まぁ、普通の女王なら配下くらいいるだろうけど、あの荒廃した城に、今現在私と白雪姫以外がいるとは思えない。
だとすればその家臣は白雪姫が解雇した人だろうか。
「その人、次の職業見つかってたらいいんですけど」
「え、なにそれ。君クビにしたの」
「私がしたんじゃなくて、しら……娘が解雇した……らしいんです、私も詳しくは分かんないんですけど。お城も貧乏ですし、金銭的には解雇せざるを得なかったのかもしれないですけど……」
「……」
ユンファスは目を細めて私を見つめた。
「――君さ。それ、――本気で言ってる?」
「は?」
問われた意味が分からず間の抜けた声がこぼれ落ちる。
「なんのことで、」
「お前たち、こんなところで何をしているんだ」
わからない故に聞こうとした瞬間、聞き覚えのある声が耳朶を打った。
「ノアフェス?」
私たちの寄りかかる大木の裏側からひょっこり姿を現したのはノアフェスだった。番傘を差し、こちらを不思議そうに――といっても彼はほぼ無表情だから微妙な変化なのだが――見ている。
「私たちはその、シルヴィスのお怒りに触れたというか……ノアフェスこそ、こんな雨の中お散歩ですか?」
ノアフェスは若干首をかしげてから、何も言わずに頷く。それからふと考えるような表情になり、
「お前たちは、シルヴィスに何を言われてここまで来たんだ?」
「いやー、僕が姫をからかったらシルヴィスが嫉妬爆発させて怒ってきたんだよね。そうだよね、姫?」
「事実を捏造するのはやめてください。家の中で朝から走り回ったのがうるさかったらしくて、寝ていた彼を起こしてしまったみたいなんです。それで、うるさくした罰として、森で木の実を拾ってくるように言われて」
「この天気でか?」
「まぁ……はい」
ノアフェスは事情を聞くと一つため息をこぼした。
「……シルヴィスのそれは本気じゃない。反省しろということだろう。ユンファスだけならいざ知らず、お前は女だから特にそうだと思うが」
「は……そうなんですか」
「うむ。……ユンファスは知っているものだと思ったが?」
「えっ」
つまり何だ。わざわざ雨の中靴を泥だらけにしてまで森の中を動き回る必要はなかったということか。
ということは、……完全なる、無駄足。
ユンファスの方へ向き直ると、彼は涼しい顔でこちらを見ていた。そのまま数秒間睨めっこをする羽目になる。
先に表情を崩したのはユンファスだった。にへら、と頬を緩ませる。
「ごめんねぇ☆」
「いや、ごめんねぇ☆じゃないですから! 知っていたなら教えてくれても良かったじゃないですか!」
「あはは、ごめんごめん。姫とちょっと話がしたかったんだよねぇ。いつも他の妖精と話してるから今日は二人で話してみようと思ってさ」
「それならそうと言って頂ければ……」
「うん、ごめんね?」
ユンファスはにこっと笑って私の頭を撫でてきた。
どうしてそこで撫でる必要があるのだろう。これは、あれか。馬鹿にされているのか。
「馬鹿にしてます?」
「ううん、してないけど」
「じゃあ話をはぐらかそうとしてます?」
「うん」
「頷くんですねそこで!?」
私はぶんぶんと頭を振って彼の手を払う。
ちらっと彼の様子を横目で見てみると、気分を害した様子はなかった。
それに少し安心しつつ、私はノアフェスの方を向いた。相も変わらず無表情のままこちらを見ている。
「じゃああの、このまま帰って反省している旨を伝えれば許してもらえるのでしょうか……?」
「おそらくは」
「そうだったんですね……」
私は安堵と疲労感ですごく虚しい気持ちになりながら肩を落とした。
そうと分かったならまず家に戻ってシルヴィスに頭を下げよう。
そう思って「私、家に戻ります……」と言うと、ノアフェスが手を挙げた。格好としては「先生、僕、問題の答え分かります!」的な感じだ。まぁさほどまっすぐ腕が伸びているわけではないのだけれど。
っていうかいやあの、何故手を挙げるのでしょうか。
「ひとついいか」
「はい?」
「木の実をいくらか持っておけば尚良し」
「そうですね。……でもこの天気だと木の実を探すのは」
「俺のどんぐりを譲ってやろう」
「は?」
「どんぐりだ」
「ど……え?」
「どんぐりを知らないか?」
「いや知ってますけど。何故そこに“あなたの”がつくのでしょうか」
「俺の収集品だからだ」
「また意外なもの収集してますね!?」
ノアフェスに手を引かれ、木の根から腰を上げる。そして隣に立てかけていた傘を広げて木の下から離れた。
「ユンファス、戻りましょう」
少し歩いてから未だにユンファスが大木の傍に座っているのに気づいた私がそう声をかけると、ユンファスは先に行ってて、というように手を振り、立ち上がる様子は見せなかった。
「いいんでしょうか」
「好きにさせておけ。ユンファスとシルヴィスとの衝突はしょっちゅうだから慣れてるはずだ」
「すごく不穏なことを言われた気がします……」
雨の中大木に腰をかけたままの彼に後ろ髪を引かれつつも、私たちはその場を後にした。
「君を見てると、混乱するよ……」
ユンファスは、雨の中に消えた少女の背を視線で追いかけて、それから泣きそうな顔で笑った。
「残酷だなぁ……君はあのひとに似過ぎてて……おかしな感覚になるんだからさ。……なぁんて言ったら、君は笑うのかな」
空を仰ぎ、ユンファスは左目を手で覆って、
「ねぇ、馬鹿だねって、信じてもいいんだよって、教えてよ。――僕を君のそばまで連れて行って――」
哀愁を孕んだ声音で紡がれた言の葉たちは、どこにも届かぬまま、雨にさらわれて森の中へ消えていった。
私が不満も露わにそう言うと、ユンファスはさして気にした風もなくからからと笑った。
シルヴィスに延々と怒られた後、それを止めたのは二階から降りてきたルーヴァスとリリツァスだった。まぁリリツァスはどちらかというと怒り心頭のシルヴィスの火に油を注いだだけだったような気もするのだが。
シルヴィスは苛々した様子で罰として私たち二人に森で木の実を採ってくるように言った。恐らく食材となるものだ。
自分たちの食料となるものとはいえ、雨の中で視界が悪いので、かなり面倒な作業だ。
傘を差して二人で森の中を歩く。ぬかるんだ土にたまに足をとられかけ、その度にユンファスに支えられる。そんなことを幾度か繰り返した後、ユンファスは灰色の森に飽きてきたのか、はたまた疲れたのか、「雨宿りしよう」と言い出した。
そうして見つけた大木の根元の濡れていない場所に座り込み――今に至る。
「……雨、止みそうにないですね」
私が途方に暮れた体でそう言うと、ユンファスは「わかんないよ、案外さっと晴れたりしてね」と軽い様子で返してくる。
「ユンファス」
「うん?」
「昨日のことなんですが」
「んー?」
お互い、互いの顔を見ずに雨を見つめる。
「鏡のお礼を忘れてたのと、あと……私が……軽率なことをしてしまったようで……それを、謝ろうと、思ったんです」
「……」
「でも、私がユンファスにおかしなことをしたとは、思えなくて。だから、私が何をしたのか、教えてもらえないでしょうか? わかった上で、謝りたいんです」
ユンファスは何も言わなかった。ただぼうっと雨を見たままだ。私もそれに倣うようにずっと雨を見ている。
雨が止む様子はやはりない。暗く立ち込めた雲を見上げて、洗濯物はしばらく難しいかもしれないな、とか関係ないことを考え出した頃、ふとユンファスが口を開いた。
「君はさ。僕がどうしてあんな物言いをしたか、わからないの」
雨を見たままそう問う彼に、私は隣に座る彼を見つめた。左側からは前髪で隠れた眼は見えないため、口元からしか彼の表情を読み取ることができない。
「私が気に障ることを言ったから、では?」
「気に障るって、どの辺りがそうだと思うの?」
「それは、」
わからないから、聞いたのに。
私が答えを導き出せずに視線をさまよわせると、彼はそれを知ってか知らずか、ふふっと笑った。
「わからないんだ?」
そう言うと、彼は顔の右側を手の平で覆った。
「あぁ……君がシロだとはっきりしたら、いいのに」
そうしたら僕も、こんなに過敏に反応しなくて済むのに。
ユンファスはそう言った。
「しろ……?」
しろ、と言うと……なんだ。色の話ではないだろう。動物の名前……じゃない。というかこの状況下で動物の名前はおかしい。
とすれば思いつくのはひとつ。
犯人かどうか、見定めている意味での、“シロ”だ。
しかし私がなんの犯人だというのだろうか?
悶々と考えていると、ユンファスは私を見て微笑んだ。それは何故かとても優しくて、痛々しい笑いだった。
「君が王族なら、普通ならわかるはずだよ?」
そう言うと、彼は自らの唇を強く噛んだ。すると噛んだ場所から赤いものが盛り上がって、彼の白い肌を伝ってこぼれ落ちる。
「え!? な、なにして」
そういう私に構わず、彼は私の両側に手をついて、顔を近づけてきた。いわゆる……そう、壁ドン状態だ。待て、どうしてこうなった。
「あの、え? え、ええちょっ、何してるんですか、や、やめてください!!」
互いの唇が触れるまであと数センチ、といったところで、ユンファスは動きを止めた。そのまま、露わになっている右目で私を見つめる。
「あ、あの、離れていただけないでしょうか……」
「このまま僕に任せておけば、君の欲しいものが手に入るのに?」
まったくもって意味がわからなかった。
「も、もしかして雨に濡れて頭がおかしく」
「なってないから。何気に酷いこと言ってるからねー姫」
あと僕殆ど濡れてないから、と言いながらユンファスは呆れたようにため息をつくと、ようやく私から離れた。
一体何だったんだろうこの無意味な緊迫感。
一応あれはキスをしようとした、ということでいいのだろうか。しかも別に互いに好感ゼロで。えええなにその質の悪い悪戯。
「あの、心臓に悪いのでそういう悪戯やめてもらえないですか……。あと唇から血が出てますよね。何か拭くもの……」
私がおろおろしているとユンファスは軽く笑って手の甲で唇の血を拭った。彼の白い手の甲に、鮮やかな赤が滲む。
「別にいいよ、こんなもの。気にしなくて」
「気分的な問題です。あなた方はいつも狩りで怪我してるのかもしれませんけど、私そういうの耐性ないので。目の前で血を出されても困ります」
私がそう言うと、ユンファスはぱちぱちと目を瞬かせた後、声を上げて笑い出した。
「君、女王でしょ? あれの首をはねなさい!とか言わなかったの?」
「言いませんよそんな恐ろしいこと。人の命をなんだと思ってるんですか。っていうかユンファスは私をなんだと思ってるんですか」
先ほどからかわれたことに若干むかむかして、適当にそう答えてからさっと青ざめる。
もしかしたら前のこの体の持ち主――つまり本来の女王はそういうことも平気でやっていたかもしれないという可能性に気づいたからだ。
しかし次のユンファスの言葉でその不安は薄れた。
「そうだよね、君なんだかんだで評判良かったし」
「え?」
評判が良かった……とは、言わずもがな女王としての評価、だろう。
「そうなんですか?」
「城でどうだったかまではよく知らないけど。お忍びで城下町によく出かけて、庶民と話したりしてたんでしょ? それでよく家臣あたりに見つかって怒られてたって聞いたけど?」
「……家臣」
家臣なんて、いたのか。
まぁ、普通の女王なら配下くらいいるだろうけど、あの荒廃した城に、今現在私と白雪姫以外がいるとは思えない。
だとすればその家臣は白雪姫が解雇した人だろうか。
「その人、次の職業見つかってたらいいんですけど」
「え、なにそれ。君クビにしたの」
「私がしたんじゃなくて、しら……娘が解雇した……らしいんです、私も詳しくは分かんないんですけど。お城も貧乏ですし、金銭的には解雇せざるを得なかったのかもしれないですけど……」
「……」
ユンファスは目を細めて私を見つめた。
「――君さ。それ、――本気で言ってる?」
「は?」
問われた意味が分からず間の抜けた声がこぼれ落ちる。
「なんのことで、」
「お前たち、こんなところで何をしているんだ」
わからない故に聞こうとした瞬間、聞き覚えのある声が耳朶を打った。
「ノアフェス?」
私たちの寄りかかる大木の裏側からひょっこり姿を現したのはノアフェスだった。番傘を差し、こちらを不思議そうに――といっても彼はほぼ無表情だから微妙な変化なのだが――見ている。
「私たちはその、シルヴィスのお怒りに触れたというか……ノアフェスこそ、こんな雨の中お散歩ですか?」
ノアフェスは若干首をかしげてから、何も言わずに頷く。それからふと考えるような表情になり、
「お前たちは、シルヴィスに何を言われてここまで来たんだ?」
「いやー、僕が姫をからかったらシルヴィスが嫉妬爆発させて怒ってきたんだよね。そうだよね、姫?」
「事実を捏造するのはやめてください。家の中で朝から走り回ったのがうるさかったらしくて、寝ていた彼を起こしてしまったみたいなんです。それで、うるさくした罰として、森で木の実を拾ってくるように言われて」
「この天気でか?」
「まぁ……はい」
ノアフェスは事情を聞くと一つため息をこぼした。
「……シルヴィスのそれは本気じゃない。反省しろということだろう。ユンファスだけならいざ知らず、お前は女だから特にそうだと思うが」
「は……そうなんですか」
「うむ。……ユンファスは知っているものだと思ったが?」
「えっ」
つまり何だ。わざわざ雨の中靴を泥だらけにしてまで森の中を動き回る必要はなかったということか。
ということは、……完全なる、無駄足。
ユンファスの方へ向き直ると、彼は涼しい顔でこちらを見ていた。そのまま数秒間睨めっこをする羽目になる。
先に表情を崩したのはユンファスだった。にへら、と頬を緩ませる。
「ごめんねぇ☆」
「いや、ごめんねぇ☆じゃないですから! 知っていたなら教えてくれても良かったじゃないですか!」
「あはは、ごめんごめん。姫とちょっと話がしたかったんだよねぇ。いつも他の妖精と話してるから今日は二人で話してみようと思ってさ」
「それならそうと言って頂ければ……」
「うん、ごめんね?」
ユンファスはにこっと笑って私の頭を撫でてきた。
どうしてそこで撫でる必要があるのだろう。これは、あれか。馬鹿にされているのか。
「馬鹿にしてます?」
「ううん、してないけど」
「じゃあ話をはぐらかそうとしてます?」
「うん」
「頷くんですねそこで!?」
私はぶんぶんと頭を振って彼の手を払う。
ちらっと彼の様子を横目で見てみると、気分を害した様子はなかった。
それに少し安心しつつ、私はノアフェスの方を向いた。相も変わらず無表情のままこちらを見ている。
「じゃああの、このまま帰って反省している旨を伝えれば許してもらえるのでしょうか……?」
「おそらくは」
「そうだったんですね……」
私は安堵と疲労感ですごく虚しい気持ちになりながら肩を落とした。
そうと分かったならまず家に戻ってシルヴィスに頭を下げよう。
そう思って「私、家に戻ります……」と言うと、ノアフェスが手を挙げた。格好としては「先生、僕、問題の答え分かります!」的な感じだ。まぁさほどまっすぐ腕が伸びているわけではないのだけれど。
っていうかいやあの、何故手を挙げるのでしょうか。
「ひとついいか」
「はい?」
「木の実をいくらか持っておけば尚良し」
「そうですね。……でもこの天気だと木の実を探すのは」
「俺のどんぐりを譲ってやろう」
「は?」
「どんぐりだ」
「ど……え?」
「どんぐりを知らないか?」
「いや知ってますけど。何故そこに“あなたの”がつくのでしょうか」
「俺の収集品だからだ」
「また意外なもの収集してますね!?」
ノアフェスに手を引かれ、木の根から腰を上げる。そして隣に立てかけていた傘を広げて木の下から離れた。
「ユンファス、戻りましょう」
少し歩いてから未だにユンファスが大木の傍に座っているのに気づいた私がそう声をかけると、ユンファスは先に行ってて、というように手を振り、立ち上がる様子は見せなかった。
「いいんでしょうか」
「好きにさせておけ。ユンファスとシルヴィスとの衝突はしょっちゅうだから慣れてるはずだ」
「すごく不穏なことを言われた気がします……」
雨の中大木に腰をかけたままの彼に後ろ髪を引かれつつも、私たちはその場を後にした。
「君を見てると、混乱するよ……」
ユンファスは、雨の中に消えた少女の背を視線で追いかけて、それから泣きそうな顔で笑った。
「残酷だなぁ……君はあのひとに似過ぎてて……おかしな感覚になるんだからさ。……なぁんて言ったら、君は笑うのかな」
空を仰ぎ、ユンファスは左目を手で覆って、
「ねぇ、馬鹿だねって、信じてもいいんだよって、教えてよ。――僕を君のそばまで連れて行って――」
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