白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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 街に着くまで、私たちは全員無言だった。

 全員で外套を着こみ――私も一応、白雪姫の対策として着こむことにした――、内二人が武器を持っているのだから相当物々しい様相であることは間違いない。

 黙々と歩き回り、ようやく森を抜けるころには辺りも暗く、風もひんやりとしていた。

 それから再び終始無言のまま歩くこと数十分。

「……ここ、ですか?」

 私たちは活気のない場所――裏町だろうか? 閑散としており、以前連れられて行った街とは様子が大きく異なっていた――にひっそりと並び建つ家のうちの、一軒の前で止まった。
 おそらくここが武器屋なのだろう。

「……」

 シルヴィスが答えないまま扉をノックしようとしたとき、「あ」とカーチェスが思い出したように声を上げた。

「は? 何ですか」
「そういえば俺、本を買わないといけないんだった」
「本?」

 私が思わず訊ね返すと、カーチェスが困ったように微笑む。

「趣味なんだけど……読むものを切らしちゃってて。悪いんだけど、二人で先に入っててくれる? すぐに戻ってくるから」

 カーチェスの提案に私は顔をひきつらせた。

 よりによってシルヴィスと二人きりなのか。
 いや武器屋に入る以上武器屋の主人がいることを考えれば、二人きりということはないのだろう。だがそれにしたって、知らない人と苦手な人と自分だけしかいないって状況は拷問に近い。

「え……じゃあ私も本屋に付き合って」
「馬鹿言ってるんじゃありません。貴女はうろつかない約束でしょう」

 首根っこをつかまれてシルヴィスの元に引き寄せられる。ぐぇ、とおかしな声が漏れた。

「えっと、やっぱり俺もずっといたほうがいいかな?」
「いいえ結構です。ですが貴方も鎌を研ぎたいのでしょう? だったら精々さっさと戻ってきてください」
「うん、わかった。なるべく早く戻ってくるから、待っててくれるかな?」

 はにかみながらカーチェスが私に問いかけてくれる。心配してくれているらしい。

「わ、かり、ました」

 ちら、とシルヴィスを見上げると、絶対零度の眼差しで見据えられた。怖すぎる。すぐにカーチェスに視線を戻して、私は控えめに頼んでみる。

「あの、早めに……」
「うん、わかったよ」

 にっこりと微笑んで、カーチェスは私の頭をなでる。

「すぐに戻ってくるよ」

 そう言うと、カーチェスは外套の裾を翻して夜の街の中へと溶け込んでいった。

 その様子をシルヴィスと二人で見送っていたが、ややあってから上からため息が聞こえ、私は思わずシルヴィスを見上げた。

「どうかしましたか?」
「どうもこうも。貴女、よくあんな訳の分からない男を信用できますね」

 訳の分からなさで言えばシルヴィスの方が大きく勝っているとかそんなこと口が裂けても言えなかった。

「カーチェスは、優しいですし……」
「そうホイホイと他者を信じれば痛い目に遭いますよ」
「それはシルヴィスからですか……」
「どうでしょうかね」

 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、彼は今度こそドアの方へと向き直ってノックをした。

「クファルス、いますか」

 シルヴィスの声に「おー」とやる気のない声が聞こえ、シルヴィスは舌打ちをした。
 入りますよ、と呆れ気味に言うと、彼は返事も聞かずに扉を開く。鍵はかかっていないらしい。

「よぉ、何だ。銃弾でも切らしたか」

 薄暗くて散らかった店の中にいたのは、燻った金色の髪を適当に結わえた若い男だった。椅子に腰かけたまま机に組んだ足を投げ出したその男は、煙管キセルから唇を離してシルヴィスを見遣る。

 店内は煙草の匂いが充満しており、正直死ぬほどつらい。

「うっ……」

 私がくぐもった声を上げて鼻を抑えた途端、その声が聞こえたのか、金髪の男は私の方に視線を向け、目を見開いた。

「ッ、おい!」

 思わず、と言った体で立ち上がった男を見て、シルヴィスは扉を閉めた。

「近所迷惑です、大きな声はやめてください。人が集まったらどうするんですか」
「そいつはこっちの台詞だ。てめぇ何を連れてきた」

 怒りの籠った声に、シルヴィスは目を細めた。

「顔を見ればわかるでしょう?」
「……」

 顔を見れば……って、そういえば私の顔は有名なんだった。不本意だけど。

 男は私を睨み、それからシルヴィスを再び見る。

「何のつもりだ、こいつはよ。誘拐でもしたか?」
「自分から転がり込んできたんです。わたくしとて詳しいことはよく知りません。彼女本人に直接聞いたらいかがですか――というか、サファニアはどこです?」
「あのケバいバカは今いねぇよ。昨夜ゆうべ隣に行った。今夜には戻るっつー話だ」
「はぁ。さっさと戻ってもらえると助かるんですけど」
「おい、俺の質問に答えろよ。何でこんなもん背負しょい込んでんだ?」

 こんなもん、とは私のことか。
 まぁとんでもない居候だという自覚はあるが、かなりひどい言われようだ。

 というかほんとに煙草つらい。死ぬ。

「彼女が死にそうな顔をしてるので、とりあえずその煙管をしまってもらっていいですか。あと、窓を開けてください。天窓で構いませんので」
「チッ」

 男は煙管を灰皿に乱暴に叩き付けると、指をパチンっと鳴らす。その途端上から物音がした。

「これで満足かよ」
「えぇ有難う御座います」
「んで、もっかい聞くが。何でそんな女を抱え込んでる。身代金要求するには、ちったぁ派手な動き回りが必要だが?」
「そのつもりはありません。そんな金などもらっても大して役に立たない」

 シルヴィスの答えに私は眉根を寄せた。

 当たり前だが私の立場から考えて、私を“誘拐”したという筋書きで彼らが身代金を国に要求するのはあり得ない話じゃない。
 とはいえ私を人質にしても、あのすっからかんの城からどれだけの金が出るのか大変疑問だ。

 まぁそれはともかく、たとえば少しでもお金が出たとして、役に立たないことはないだろう。
 彼らだって生きていかなきゃならないのだ。それはもちろん、彼らがかなり倹約していることは間違いないが――とりあえず全員分のベッドを作るとか恐ろしい手間暇をかけてさえ倹約しているし――それだってお金は大事だろう。

 役に立たないってどういう意味なんだろうか。

 私が鼻を抑えたまま首をひねると、男は「ならどういうわけだ」とシルヴィスに詰め寄る。

「身代金を要求する気はありませんが、その気になれば彼女は十分利用価値があるでしょう」

 その答えに男は顔をゆがめた。

「そんで爆弾を腹に抱え込もうってか? そりゃ良い度胸だ。だがな、こんなもん持ってたところで、バラされて俺らが狩りつくされるだけだとは思わねぇのか」
「そのための森と我々です。彼女にも連絡手段は渡していません」

 シルヴィスの返しに、ふと紙を渡すことを渋られたことを思い出した。

 あれは“連絡手段”と言えるだろう。
 だが、貧乏な女王が誰に連絡をするというのだろうか。見た感じ城にも衛兵らしきものはいなかったというのに。

 そもそもあの直後に、なぜだか紙をもらえたはずなのだけれど。

「最近“鴉”が動いてるのを聞いてないのか? お前」
「おや、あれが動いているのですか」
「あったりめぇだろ、私兵だ。特にアレはまだよくわかってねぇが、ほぼ完璧にクロだ。この女を抱え込むってことは“鴉”と敵対するってことだ」
「相手は所詮ただの兵でしょう。我々七人で十分始末できるのでは?」
「馬鹿野郎、“鴉”の正体が分かってもいねぇのに派手に動くやつがあるか」

 男はそういうと、近くにあった何かを手に取って、

「シルヴィス、ちっとばかしこいつと二人きりで話してもいいか」

 と顎で私を指す。

「構いませんよ」

 シルヴィスは私の返事を聞かずにそういうと、私を男の前にと進ませた。そして、

「私は奥の部屋で銃でも見ていますよ」

 と店の奥に消えてしまう。

「え、ちょっと待っ……」

 鼻を抑えるのも忘れてシルヴィスに追いすがろうとした瞬間だった。

 ガンッ! とすさまじい音と共に顔の真横に何かが走る。

 恐る恐る真横に視線を滑らせると、鈍色に光る刃が、顔の数ミリ横の壁に突き刺さっていた。

 言わずもがな、男が投げつけたのだろう。はら、と刃に切られた髪の毛が数本、落ちていく。

「……っ、」

 あまりの出来事に息を詰めて言葉を失っていると、

「動くな」

 と男から鋭い声をかけられる。

 私はそれに男の方を見て、唇を震わせた。

 男は鎖のようなものをじゃらりと鳴らして歩み寄ってくる。その先には小さな鎌のような刃物がぶら下がっていた。

「おい人間。……いや、女王様とでも言われた方がアンタは慣れてんのかね。まぁどうでもいい――」

 見上げる私の顔に、唇が触れるかというほどまで顔を近づけて彼は言う。ひたり、と首筋に何か冷たいものが触れた。

「……何してあいつらをたらし込んだ?」
「たらし、こむって。そんな、私は」
「俺らは人間を信用しねぇ」

 ぎり、と明白な憎悪のこもった双眸でねめつけられ、背筋が凍る。

「嘘偽りなく、弁解して見せろ」

 予想だにしない状況に、私は喉に声がひりつくのを感じていた――
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