身代わりヒロインってアリですか?

天音 神珀

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1.sorcery

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「……さてお嬢さん。まず一つだけ聞いておこうかな」

 青年は木にもたれかかると、笑みを浮かべたまま訊ねてきた。

「君は、普通の人間、ではないね」
「いえ、普通の人間ですけど」

 反射的に答えると、青年は少しだけ目を見開く。しかしそれからくつくつと笑い、「失敬、」と言った。

「申し訳なかった、聞き方が悪かったようだね。ではこう聞き直そう」

 青年は私の方へ歩み寄ると、私の両頬を手で包んだ。

「君は、この世界の人間では、なさそうだね?」
「……」

 私はややしばらくぼけっとしていたものの、「あ、はい」と素直に頷いた。

「何か姉が乙女ゲームの世界に行きたがって、転生して、巻き込まれたらしいです」
「ほう」
「最終的にヒロインの役割を押し付けられました。姉曰くノーマルルートを目指せとのことです」
「……。っくく、ふ、あはは! 君は随分淡々としているね。面白いな。あまり動揺はしてないのかな」
「むしろ動揺しかないんですが、訳が分からなさ過ぎて一周回って冷静になってきています。あと姉の尻拭いは昔から私だったので」

 姉は美人で、華やかで、人当たりも良くて。
 色々性格に難ありだとは思うが、付き合いやすい人物だった。だから常識的でない行動も何だかんだ大目に見られたものだった。

 それに比べて平々凡々な私は、何をやっても普通で、人間関係は今まで円滑に築けたためしがない。姉と比べられたら、私は「常識的」であること以外になんの取り柄もなかった。

「……こんなところに来て、友人も知らない子ばっかりで、はっきり言ってどうしたらいいのか全然わからないですけど……。何かもう、あきらめ気味です」
「なるほど。順能力は高いみたいだね」
「順能力って感じじゃないですけど。……こうなったら、姉の方がこっちに戻りたいと言い出すまではここで姉として頑張るしかありません」

 私はそんなことを愚痴半分に零してから、はたと我に返る。

 こんな事情、普通の人間なら「頭おかしいんじゃないのこの子。うわ、怖……近づかないようにしよ……」と感じて普通だ。

「えっと、信じられないとは思うんですけど、一応本当のことで、」
「ああ、大丈夫だよ。疑ってなんかいないさ。ただ、不運だったなと思ってね」

 青年はそう言うと、眼を細めた。

「お嬢さん」
「はい?」
「君はノーマルルートを目指すといった。……つまり誰とも恋愛関係になる気はないんだね?」
「信じてもらえるんですね……。ノーマルルート云々は姉の台詞ですが、そのつもりです。恋愛とかなんとか気にしていられるほど、あんまりいい状況じゃないので」

 校舎の把握もできておらず、反省文8枚もふっかかってきて、寮に強制的に入れられる上に、果ては特殊科の勉強もして行かなければならない。

 ……恋愛とか呑気なことをぬかしていられるほど楽観的な状況では断じてないことだけは確かだ。

「なるほど。でも残念だったね」
「はい?」
「ノーマルルートはかなり難しいんじゃないかな」
「……え」

 ノーマルルート、というとたぶん誰からも特別に好かれるわけじゃない、と言うことだと思うのだが。なぜそれが難しいというのだろうか。

「ええと、何故でしょうか」
「君はお姉さんの身代わりでここに来たといった。そしてそのお姉さんだけれど――随分と色んな人間の記憶に残っているようだ。かなり派手に動いていたみたいだね」
「……」
「つまり、広範囲にわたって君が認知されているから、どうあっても無関係ではすみそうにない、と言うことだ。この説明で伝わるかな?」
「…………」

 伝わる。
 嫌と言うほど伝わる。

 つまりだ。

 姉があまりに派手に行動したから、攻略対象にも強く認知されていて、好感度にすでに触れている、と言うことだろう。

 ……しかも悪い方向で。

「……でも、あれですよね。悪い方向で相手に認知されているなら、恋愛対象にはならな」
「そうでもない。お嬢さんはかなり“常識的”な行動をとっている。これの意味は分かるかな?」
「……」

 あれか。

 下げて上げる、ということですか。

 好感度を。

「いきなり恋愛感情にはならなくても、突然人が変わったような行動をしているわけだ。相当興味は引くだろうことは覚悟しておいた方がいいね。……もちろん、君がお姉さんと同じ行動をとれるなら、恋愛感情には結びつかないと考えてもよさそうだけれど」
「……それは無理です」
「そうだろうね。君はそこまで器用そうには見えない。……まぁ、あまり目立たないように行動することだね」

 青年はそう言うと、ぱちんと指を鳴らした。

 すると、私の足に絡みついていた蔦や蔓がするりと解けていった。

「たまにここに来るといいよ。助言くらいはしてあげよう。愛らしい人間のお嬢さん」

 青年は微笑み、眼を閉じた。

「宴は……始まったばかりだから」

 そう言って、ふわりと消えていった。











「……何だったんだろう、結局」

 私は手付かずになっていたあんぱんを持ったままこそこそと温室を抜け出た。その間幸い、誰と会うこともなかった。

 と、油断したのが悪かったのか。

「わぷっ」
「うわっ」

 廊下を歩いていると、思い切り誰かの背中にぶつかった。

「ご、ごめんなさい!」

 私が思わず謝罪すると、ぶつかった相手はこちらを振り返った。

 ……しかし人見知りが発動して相手を見ることができない。駄目だ、こういう時、姉はうまく立ち回っただろう。しかしどうもそんな器用な真似が私にはできない。

「あ、の、ごめんなさ、」

 もうどうしたらいいかわからずまた謝罪を重ねようとしたとき、相手側から不思議そうな声が上がった。

「あれ……。君、もしかして俺によくついてきた白猫ちゃんかな?」
「……。は?」

 流石に理解不能で、私は恐る恐る視線だけを上に向けた。

 しかしそんな私を知ってか知らずか、相手は腰をややかがめると、私の顎をクイと持ち上げる。

「っ!」

 待って無理無理無理無理何これどういう状況お姉ちゃん助けて許さない。

 訳が分からずとりあえず視線を彷徨わせていると、相手は「ふーん?」とやや驚いたように声を漏らした。

「イメチェンかな? 可愛いね。そんな風に清楚な感じの君の方が、俺は好きかな」

 何を言われているのかわからないがこれは新手の嫌がらせか何かだろうか。

「ごごごごごめんなさもう何もしません許してくださ」
「ふふ、何を怯えているのかな。こっちを見てごらん、俺だよ。俺。君、良く俺を追いかけてきたでしょ? 前は君が追いかけてきたのに、今度は怯えるなんて、どういう風の吹きまわし?」

 私は恐る恐る視線を正面へと持っていった。

 すると、目の前にはふわふわとした金色の髪と、蒼の双眸。あまりに綺麗な顔に、私は顔が引きつるのを感じた。

「だ、誰……知り合い……ですか?」
「んん? 白猫ちゃんだよね? 俺だよ、おーれ」

 ……良くわからないが直感がひらめいた。

 これは、攻略対象と言う奴では。

 こんなに顔面偏差値が馬鹿みたいに高いのだ、多分攻略対象で間違いない。

 そう思った私はとりあえず自分の行動を振り返ってみた。

 背中にぶつかって謝罪をするものの眼を見ようともせず怯えまくる姉の姿をした私――

 ……姉の知り合いだとしたら、不審に思って当然だ。

「ご、ごめんなさい、ど、……ド忘れを!」
「え?」
「ド忘れを、していました。すみません!」

 なんて苦しい言い訳だ、と思ったがもうどうにでもなれである。とりあえず一刻も早くこの場を不自然でないように去るのが理想的だ。

「えっ……と、ごめんなさい、名前と顔を、ど、ド忘れしちゃって……あはは……とりあえず私、教室に戻ってあんぱん食べま」
「だめだよ?」

 方向転換してそのまま去ろうとした途端、何故か後ろから抱きこまれた。

「ひっ」

 幽霊でも見たような声が喉から漏れる。
 待って意味わかんない何これ乙女ゲーム仕様? 普通に抱きしめられんの? 怖いよ!

「前は君の方からあんなに……俺が逃げるくらいまで追いかけてきたっていうのに、今度は何? どういう趣向なのかな。是非とも教えてよ」

 耳元で艶めいた声がささやいてきて鳥肌が立つ。

 そんなにお姉ちゃん追いかけてたんですか。それは乙女じゃなくてストーカーだよ。私にストーカーの引継ぎをしろと言うのですか?

 無理に決まってるでしょ!

「あ……えっ、と……あの……」
「……とりあえず、一緒に昼食にしようか。俺も、これから昼食にしようと思っていたんだよ。ようやく女の子たちを撒いてきたところだしね?」
「いえ、結構で……」
「ん? なぁに?」

 にこやかな、有無を言わさぬ調子で訊ねられた。血の気が引いた。

「嫌だなんて、……言わないよね?」
「……はい……」

 半分頭真っ白で私は辛うじて返事をした。

 青年は満足げに頷くと、私に絡めた腕をほどいた。代わりに、何とも自然な仕草で肩を抱いてきて、それにまた、

「ひぃ」

 と私が情けない声を上げる。

「じゃあ白猫ちゃん。改めて、親睦を深めようか」

 死の宣告をされたように、私は青ざめながら小さくうなずいた。
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