精霊の御子

神泉朱之介

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5話

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李玲峰イレイネ……」
 うるさいな……!
李玲峰イレイネッ! イレーったら! 起きなさいよ!!」
 ええい、やかましいっっ!
 眠たいんだったらっっ!
 まだ朝は早いはずなのにっっ!
「イレー!」
 腹に据えかねたような気配が一瞬伝わり、赤毛の少年はぎくっ、と体を強張らせ、目を開いた。
 途端に、まばゆい光が目を打った。
 うん、どうやら、朝だ。
 花模様の鉄格子のはいった窓の不透明な硝子からきらきらと光が落ちてくる。
「いいのね、イレー? ナリェ、いっちゃうわよ。
 さっきからナリェだってずっとあんたのことを起こしていたのに、全然起きないんだもの!
 後で言うと、なんで起こさなかったかって騒ぐくせに、ホント、寝起きが悪いったら!
 ナリェは、もう外よ。
 阿礼宇治アレウジ の草原。於呂禹オロウ と一緒にいるわ」
 李玲峰イレイネ は慌てて夜具を剥ぐと立ち上がった。
 廊下へ走ろうかと思ったが、そんな悠長なことをしている間に 那理恵渡玲ナリエドレ は行ってしまうかもしれない。
 そう一瞬で判断して、窓へ突進した。
 窓をばっと開けて、窓枠に足を乗せ、裏の野原に飛び降りた……つもりだったのだが、着ていた長衣の裾を窓枠の金具に引っ掛け、体のバランスを崩して頭から下へ落ちていった。
 慌てて体を空中で回して、なんとか着陸態勢を整えようとしたのだが、そうはうまくいかず、したたかお尻を地面に激突させることになった。
「……ってぇぇぇっ!」
 李玲峰イレイネ は唸った。
「ドジ」
 心の中に、一言、ぐさりと言葉が伝わる。
 言い返したい気持ちを抑えて、李玲峰イレイネ は尾てい骨を撫で撫で、立ち上がる。
李玲峰イレイネ
 少女の声ではない、落ち着いた青年の声が少年の心に割り込んできた。
「ナリェ?」
 赤い髪の少年は素早く振り返り、周囲を見渡した。
李玲峰イレイネ
 また、声が聞こえて、李玲峰イレイネ は風の中で手招きしている、透き通った人影をみつけた。
 黒い長い髪を靡かせた、背の高い青年。
 静かな眼差しをした、彼の庇護者。
那理恵渡玲ナリエドレ?」
 李玲峰イレイネ は手招きされた方に向かって駆けていく。
 風が吹いて、青年の姿は揺れるように消え失せる。
 すると、また少し先に、那理恵渡玲ナリエドレ の幻が現れて、手招きして彼を導く。
 やがて、阿礼宇治アレウジ、野に咲く小さな黄色の花が一面に散る草原の中に、李玲峰イレイネ は飛行船とともにいる、黒髪の青年の実体をみつけた。
 そこにはもうひとりの少年の姿があった。
 金髪の少年。
 於呂禹オロウ だ。
李玲峰イレイネ 、良かった。起きたんだね」
 駆けつけてきた赤毛の少年の姿を見て、彼はほっとした顔をした。
 李玲峰イレイネ はきかん気の黒い双眸を、睨むようにして 那理恵渡玲ナリエドレ に向けた。
「ナリェ、また出掛けるの?」
「ああ、李玲峰イレイネ 。今度は少し長くなる」
 そう言って、青年は涼やかに笑った。
 那理恵渡玲ナリエドレ の長い手が、 李玲峰イレイネ の顎の下に伸びて、頑固な表情をした 李玲峰イレイネ の顔を持ち上げた。
「三人で仲良くしていなさい。
 於呂禹オロウ と麗羅符露レイラフロ と、三人で」
「うん」
 李玲峰イレイネ は、ぷい、と顔を背けた。
 そして、怒ったような口調で言葉を続けた。
「でも、早く帰ってきてね。最近、ちっともい島にいてくれないじゃないか、ナリェ」
「寂しがる歳でもないだろう?」
 李玲峰イレイネ は、カッと顔を赤くする。
「寂しくはないけど、サ」
 不満そうに口をとがらした。
 軽く風に吹かれる短い赤っ毛の髪を掻き乱すように撫でて、那理恵渡玲ナリエドレ は優しく笑うと踵を返した。
 飛行船の支柱に掴まって身軽に乗り込む。
「ナリェ!」
 帆を上げる 那理恵渡玲ナリエドレ に、李玲峰イレイネ は怒鳴った。
「本当に、なるたけ、早く帰ってきてくれよ!」
 甲板の上で、 那理恵渡玲ナリエドレ は優しく微笑んだ。
 錨を引き上げられてしまうと、船はふわり、と空に浮いた。
 李玲峰イレイネ と 於呂禹オロウ の目の前で、船は上昇してゆき、やがて、青い空に吸い込まれてしまった。
「またしばらく、ぼくら三人だけだね」
 船が見えなくなってしまうと、於呂禹オロウ は言った。
「うん……」
 李玲峰イレイネ は、口をへの字に曲げる。
 この、孤立した浮遊島に、子供三人だけ。
(寂しくはないけどさ)
 李玲峰イレイネ は、自分に言い聞かすように、心の中でつぶやいた。
 その途端。
「もうっ! 困っちゃうわね!! 李玲峰イレイネ ったら、いつまでたってもお子さまなんだから!」
 麗羅符露レイラフロ の声が聞こえて来た。
 李玲峰イレイネ は慌てて、ぐいっ、と潤んできてしまった目を拭った。
「いちいち、那理恵渡玲ナリエドレ が島を離れるたびにびしょびしょにして!
 そのくせ、朝は起きれないんだから、呆れちゃうわよねぇ」
「うるさいなっ、レイラ!」
 李玲峰イレイネ は怒鳴る。
 たわいなく涙が出てきてしまうのが、さすがにちょっと恥ずかしい。
 於呂禹オロウ は、彼も麗羅符露レイラフロ のからかう声は聞いたはずだが、宥めるような、困惑したような曖昧な表情を浮かべて、李玲峰イレイネ の肩をそっと抱いた。
 気弱げなそばかすの顔、琥珀の瞳。
 於呂禹オロウ は、いつでも優しい。
麗羅符露レイラフロ のところへ行こうよ、イレー」
 李玲峰イレイネ の気持ちが収まるのを待って、於呂禹オロウ はそうささやいた。
 李玲峰イレイネ は、こくん、とうなずいた。
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