精霊の御子

神泉朱之介

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13話

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 魔皇帝は、剣を構える 李玲峰イレイネ を見て、くすり、と笑った。
「ふうん? 剣を持っているんだね、きみは?」
 薄紅色した弓形の形良い唇の端が、にこり、と上がった。
 青年は黒馬の背から降りてきて、李玲峰イレイネ に答えるように腰に佩いていた剣をすらりと抜いた。
 李玲峰イレイネ は、目をしばたたかせた。
 危険、なのはわかる。
 その美しい青年の笑み、剣を遊びのように軽く持って構えた余裕のある態度、それなのに姿全体から漂ってくる炎すらを凍らせるような冷たい殺気。
 危険!
 だが、どこかで会ったことがあるような、そんな感じもした。
 李玲峰イレイネ と同じ炎の髪をしているせいだろうか?
 とはいえ、李玲峰イレイネ は後退りをした。
 必死で、退路を探る。
 殺す気だ!
 それだけは、はっきりとわかった。
 レイラ……於呂禹オロウ
 心は叫ぶ。
 いつも、どんなときも一緒にいた少年と少女の助けを求めて。
 しかし、ふたりもまた危険にいて、彼の助けにはなってくれないのは明らかだ。
 彼らのためにも、ここは一人で切り抜けねばならない。
 でも、どうやって?
 青年に対して構えた剣の切っ先が震えてくる。
 怖かった。
 とても、怖かった。
 目の前にあるのは、圧倒的な力を持つ、自分を消滅させようとする邪悪な意志だ。
「不幸なことに、鈍感ではないようだね?
 そう、ここできみは殺されるわけだ。可哀想に。まだ子供なのにね。
 仕方がない。君は炎の子で 精霊の御子 なのだから。
 生かしておくわけにはいかない」
 青年は、優しささえ感じられるような柔和な口調でそう宣言した。
 李玲峰イレイネ は、刹那、目をぎゅっと瞑った。
 恐怖を押し殺すために。
「あ、あなたは……」
 李玲峰イレイネ は震える声で、疑問を口にした。
「あなたも、炎の子、なの?」
「わたしが? まさか」
 青年は 李玲峰イレイネ の質問を嘲笑うように、傲然と肩をそびやかした。
「ああ、この髪か。まったく! 炎の御子 というのは、どれも変わらないな。
 そんなにこの髪が気になるか? だが生憎とわたしは精霊どもの慈悲にすがるような者ではない。
 わたしは、炎の支配者だ。
 精霊の加護など必要ない。おまえと違ってね」
(炎の支配者?)
 青年の答えが、李玲峰イレイネ の心を惑わせた。
 その瞬間に、青年の切れ長の赤みがかかった金色の眸がきらり、と輝いた。
「あうっ!」
 魔皇帝の剣が 李玲峰イレイネ を襲った。
 その剣を防ごうとした 李玲峰イレイネ の剣は呆気なく跳ね返され、魔皇帝の返す刃はたちまちに 李玲峰イレイネ の胸もとから肩までを切り裂いた。
 熱い劇痛が 李玲峰イレイネ の体を打った。
 鮮血が溢れ出る。
 瓦礫の上に、叩きつけられるように 李玲峰イレイネ は倒れた。
 傷口を押さえた 李玲峰イレイネ の手はたちまち真っ赤に染まり、血が溢れるように腕から下腹へと流れ落ちる。
 魔皇帝は密やかに笑った。
「残念だったな。その剣が精霊の宝剣なら、少しは相手になったかもしれぬが」
 李玲峰イレイネ があんなに苦労して手にした剣ははじき飛ばされ、瓦礫の縁に落ちていた。
 傷ついた少年はそれでも、そちらの方へとじりじりと腕を伸ばした。
 痛みに、気が遠くなりそうになる。
「すぐに、楽にしてあげるよ。
 わたしは、残酷な男ではないからね」
 そう言いながら、魔皇帝はゆったりと近づいてくる。
 言葉とは裏腹に、その声には愉しんでいるような、嬲る口調があった。
 李玲峰イレイネ はやっと剣の柄に手を届かせた。
 これが、 炎の宝剣 であったら、と思った。
 精霊の力を宿す、伝説の剣。
 しかし、これは、ただの鋼の剣だ。
(死にたくない!)
 李玲峰イレイネ は思った。
 こんなところで、死にたくない。
 島の外を一度も見ることなく、何も知らず、こんなふうに追い詰められて殺されるだなんて。
 おれは炎の精霊の加護を受けた、炎の子のはずなのに!
 だが、近づいてきた魔皇帝は 李玲峰イレイネ の剣を持つ腕を靴でぎりっと踏み、そこにゆっくり体重をかけた。
 呻き声を上げて、李玲峰イレイネ は剣から手を放した。
「お休み。坊や」
 この上もなく残酷にそうささやきかけて、男は剣を 李玲峰イレイネ の喉に押し当てた。
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