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12話
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(うわっ!)
目を打つ深紅の炎の色。
火は草原を燃やし、黒い煙が空を波となって襲っている。
さすがの 李玲峰 も、吹き寄せてくるその黒煙にむせて、ごほごほと咳をした。
草原に、恐慌が起こっていた。
草の中を住処とする鳥たちが炎に追われて空へと飛び立っているのが見える。
その他、草の中に住む小動物たちも火にいぶり出されて逃げ出している。
李玲峰 は、炎の中へと入っていった。
炎の中でも、李玲峰 の服は燃え出さない。
燃やさないように、と 李玲峰 が炎に願えば。
炎の精霊の加護による恩恵のひとつだ。
炎の中で 李玲峰 は焼け死んだ兎たちの巣をみつけ、祈り重なる小さな子兎の死骸をひとつそっと抱き上げた。
李玲峰 の手の中でその死骸は炎を上げ、燃え続ける。
(可哀想に)
どす黒く汚れていく空、燃えていく大地。
ドオ……ン、と前方で続けざまに爆音が聞こえた。
それとともに、地面に振動が伝わる。
李玲峰 は、ぎりっと奥歯を噛んだ。
どうして?
子供三人と 那理恵渡玲 。
ここはその四人しか人間は住んでいないのに!
こんなちっぽけな島へ、どうしてこんなひどい攻撃をしてくるのだろう?
あいつらは、この島を焼き払うつもりなんだろうか?
炎の中に、僧院が見えた。
巨大な、背に乗る兵士たちに操られた鳥たちが急降下してきては、その脚にに握ってきた丸い重そうな球を落とす。
すると、パッと炎と爆発音が広がる。
石造りの建物だから、燃えてはいない。
だが、窓からは炎が噴出していたし、建物そのものもひどく損傷を受けていた。
上階は吹き飛ばされてしまっている。
ただでさえ崩れかかっていた古い建物だが、今は土台そのものがへし曲がってしまったように見える。
李玲峰 が物心ついた時からずっと暮らしてきた、大切な住処。
僧院。
(ぼくらを、殺すつもりだったのかな?)
もし、李玲峰 や 於呂禹 が、あの中にいたら?
李玲峰 はともかくとして、於呂禹 は確実に死んでいる。
「李玲峰!」
於呂禹 の声がする。
「約束だよ! 無理はしないって」
「してないよっ!」
李玲峰 は怒鳴り返した。
炎が 李玲峰 を取り巻いていたが、それは彼をまるでひるませはしなかった。
むしろ、炎に取り巻かれていた方が心地好い。
炎が出す煙や風に巻かれているときよりは、ずっと進みやすいし。
炎。
朱い、炎の色。
この世のどんな色よりも鮮やかな色彩。
「於呂禹……早く、早く来て! 怖い……何かが……」
それより、麗羅符露 の方が気になった。
怯え方が、なにやら尋常でない。
「何かが、来るわ!」
(剣を……)
李玲峰 は歯を食いしばって、前進した。
剣を手に入れたら、早く麗羅符露 のところへ行かないと。
どうして、こんなことになったんだろう?
(ナリェ!)
那理恵渡玲!
こんな時に、どうして彼らの庇護者はいないのだろう?
(ナリェ。帰ってきてよ、大変なんだからっ!
島が襲われているんだよ、ねぇ、那理恵渡玲 !)
李玲峰 は上空からの攻撃が切れた隙を縫って炎の中を突っ切り、僧院の壁に駆け寄った。
ごうごうと、まるで炉のように音を上げて火を噴く僧院の中へと、窓枠をよじ登って入り込む。
そこは、書庫だったはずだ。
だが古い獣皮紙で閉じた本はすべて燃えて、黒く墨になっている。
鉄製の本棚は、熱せられて真っ赤に輝いていた。
みんな、燃えてしまう。
炎を掻き分けて部屋を突っ切り、廊下に出る。
(剣!)
剣のある場所はわかっている。
階段の下の、木製の箱笥の中。
鍵がかかっているけれど、この火勢では箱笥ももえているだろうから、取り出せるはずだ。
(剣……炎の宝剣……)
炎をみつめながら、李玲峰 は思った。
炎の子である彼がみつけ出せるという、精霊の力を宿す 炎の宝剣 。
それは、どんなものなのだろう?
そんなことを考えたのは一瞬だったけれど。
ド……オン!
また、空から爆弾が落ちてきた。
建物が揺らぎ、李玲峰 は衝撃で床に投げ出される。
廊下の天井の壁が崩れて、瓦礫が落ちてくる。
かろうじて、下敷きにならずにすんだ。
(チクショウ)
しかし、どうすることも出来ない。
頭を振って立ち上がり、また廊下を進む。
瓦礫が道を阻んで、なかなか前に進めない。
ようやく、階段のところへたどりついた。
木の箱笥は、まだ形を保っていた。
だが、李玲峰 がその真っ赤に燃え上がる蓋に手を触れると、音もなく内側に陥没するように崩れ落ちた。
中には、剣や防具が入れてある。
李玲峰 と 於呂禹 が 那理恵渡玲 から剣を習う時に使った、子供でも振り回せる小振りのものだ。
剣を包んでいた布や木で出来た飾りの細工の部分などは、もは熱で燃えて無くなっていたが、鍛えられた鋼鉄で造られた剣や防具は無事だ。
李玲峰 は、剣だけを取り出した。
剣を手にすると、ホッとする。
そう思った瞬間、また、天井が崩れ落ちてきた。
李玲峰 はとっさに階段の下や空間に体をもぐりこませたからなんとか助かったが。
鈍い音を立ててすぐ脇に落ちてきた思い石の塊にぞっとする。
たとえ炎で焼かれなくても、この意志に押し潰されてしまえば、死ぬだろう。
次第に、彼も怖くなってきた。
こんな剣が一本あったところで、戦えるのだろうか?
が、弱気になりそうな自分を励まして、ともかくも 於呂禹 の分の剣も取って、今度は脱出を計る。
剣が手に入ったら、あとは麗羅符露 のところへ行って。
そこで、 那理恵渡玲 が助けに来るのを待つ。
「李玲峰 、大丈夫かい? ぼくはもうすぐレイラのところに着くよ。早く合流しよう」
於呂禹 の気遣わしげな声が聞こえてきた。
「うん、わかった」
於呂禹 のその声で、ひとまず心が落ち着いた。
そう、一人じゃないんだ。
床の上をいざりながら、李玲峰 は答えた。
「すぐ、そっちに行くから、於呂禹 」
耳鳴りがする。
いや、それとも、これは耳鳴りではないのか?
ゴオン、ゴオン、という耳障りな音。
(さっきも、聞こえたな)
草原で、あの不気味な空の軍勢を見た時。
あの黒い変な軍船が上に来ているんだろうか?
瓦礫の山を這い出して空を見ると、大きく天井は裂けて、ぱっくりと空が見えていた。
(そういえば、いつか 那理恵渡玲 が、根威座 には鋼鉄の船を空に浮かべる技術があるっていっていたっけ。
あれがそうなのかな?)
いきなり。
「キャアァァァァァッ!」
麗羅符露 の絶叫が 李玲峰 の頭に飛び込んできた。
「レイラ! レイラ!?」
爆音とともに破られる地下湖の天井!
瓦礫が湖に落ちて水柱が上がる。
麗羅符露 から混乱したイメージが伝えられて来る。
まさか、あの氷室が破られた?
何故?
「レイラ!」
於呂禹 が駆ける。
天井に開いた穴から、巨鳥兵 鵜吏竜紗 たちが降りてくる。
仮面で顔を覆った黒い騎士たちが麗羅符露 を掴まえようと襲いかかってくる。
「レイラを放せ!」
於呂禹 の声!
根威座 の仮面騎士に腕を掴まれている 麗羅符露。
麗羅符露 を救おうとする 於呂禹 。
「いやっ……いやっ、於呂禹!」
だが、麗羅符露 の手を掴んでいるのは屈強な男だ。
子供で、丸腰の 於呂禹 がかなうはずもない。
たちまち、男たちの手は 於呂禹 にも及んだ。
「於呂禹! レイラ!」
腕に剣を抱え込んだまま、李玲峰 は叫んだ。
助けなければ。
でも、どうしたら?
ここから鍾乳洞までは、はしってもかなり距離がある。
それでも 李玲峰 はやみくもに駆け出そうとした。
「於呂禹 ! レイラ! 今、行くよ。今、行くから!
剣を……」
僧院の炎の中で駆け出そうとした 李玲峰 はすぐにびくり、と身をすくませて、立ち止まった。
目の前に、立ち塞がる者があったから。
「ほぅ、見事な赤い髪。おまえが、炎の子か。
火の中に子供がいる、との報告、嘘では無かったわけだ」
ふわりと瓦礫の上に降り立った黒い一角天馬。
ゴォ……ン、ゴォ……ンと不気味な音はいつのまにか大きくなっていた。
炎に靡く銀色のマント、炎の髪。
空に停泊する黒い軍船を背景に、酷薄な表情を浮かべた美しい青年の顔がこちらを見ていた。
根威座 の、亜苦施渡瑠 魔皇帝?
李玲峰 は、剣を抜いた。
目を打つ深紅の炎の色。
火は草原を燃やし、黒い煙が空を波となって襲っている。
さすがの 李玲峰 も、吹き寄せてくるその黒煙にむせて、ごほごほと咳をした。
草原に、恐慌が起こっていた。
草の中を住処とする鳥たちが炎に追われて空へと飛び立っているのが見える。
その他、草の中に住む小動物たちも火にいぶり出されて逃げ出している。
李玲峰 は、炎の中へと入っていった。
炎の中でも、李玲峰 の服は燃え出さない。
燃やさないように、と 李玲峰 が炎に願えば。
炎の精霊の加護による恩恵のひとつだ。
炎の中で 李玲峰 は焼け死んだ兎たちの巣をみつけ、祈り重なる小さな子兎の死骸をひとつそっと抱き上げた。
李玲峰 の手の中でその死骸は炎を上げ、燃え続ける。
(可哀想に)
どす黒く汚れていく空、燃えていく大地。
ドオ……ン、と前方で続けざまに爆音が聞こえた。
それとともに、地面に振動が伝わる。
李玲峰 は、ぎりっと奥歯を噛んだ。
どうして?
子供三人と 那理恵渡玲 。
ここはその四人しか人間は住んでいないのに!
こんなちっぽけな島へ、どうしてこんなひどい攻撃をしてくるのだろう?
あいつらは、この島を焼き払うつもりなんだろうか?
炎の中に、僧院が見えた。
巨大な、背に乗る兵士たちに操られた鳥たちが急降下してきては、その脚にに握ってきた丸い重そうな球を落とす。
すると、パッと炎と爆発音が広がる。
石造りの建物だから、燃えてはいない。
だが、窓からは炎が噴出していたし、建物そのものもひどく損傷を受けていた。
上階は吹き飛ばされてしまっている。
ただでさえ崩れかかっていた古い建物だが、今は土台そのものがへし曲がってしまったように見える。
李玲峰 が物心ついた時からずっと暮らしてきた、大切な住処。
僧院。
(ぼくらを、殺すつもりだったのかな?)
もし、李玲峰 や 於呂禹 が、あの中にいたら?
李玲峰 はともかくとして、於呂禹 は確実に死んでいる。
「李玲峰!」
於呂禹 の声がする。
「約束だよ! 無理はしないって」
「してないよっ!」
李玲峰 は怒鳴り返した。
炎が 李玲峰 を取り巻いていたが、それは彼をまるでひるませはしなかった。
むしろ、炎に取り巻かれていた方が心地好い。
炎が出す煙や風に巻かれているときよりは、ずっと進みやすいし。
炎。
朱い、炎の色。
この世のどんな色よりも鮮やかな色彩。
「於呂禹……早く、早く来て! 怖い……何かが……」
それより、麗羅符露 の方が気になった。
怯え方が、なにやら尋常でない。
「何かが、来るわ!」
(剣を……)
李玲峰 は歯を食いしばって、前進した。
剣を手に入れたら、早く麗羅符露 のところへ行かないと。
どうして、こんなことになったんだろう?
(ナリェ!)
那理恵渡玲!
こんな時に、どうして彼らの庇護者はいないのだろう?
(ナリェ。帰ってきてよ、大変なんだからっ!
島が襲われているんだよ、ねぇ、那理恵渡玲 !)
李玲峰 は上空からの攻撃が切れた隙を縫って炎の中を突っ切り、僧院の壁に駆け寄った。
ごうごうと、まるで炉のように音を上げて火を噴く僧院の中へと、窓枠をよじ登って入り込む。
そこは、書庫だったはずだ。
だが古い獣皮紙で閉じた本はすべて燃えて、黒く墨になっている。
鉄製の本棚は、熱せられて真っ赤に輝いていた。
みんな、燃えてしまう。
炎を掻き分けて部屋を突っ切り、廊下に出る。
(剣!)
剣のある場所はわかっている。
階段の下の、木製の箱笥の中。
鍵がかかっているけれど、この火勢では箱笥ももえているだろうから、取り出せるはずだ。
(剣……炎の宝剣……)
炎をみつめながら、李玲峰 は思った。
炎の子である彼がみつけ出せるという、精霊の力を宿す 炎の宝剣 。
それは、どんなものなのだろう?
そんなことを考えたのは一瞬だったけれど。
ド……オン!
また、空から爆弾が落ちてきた。
建物が揺らぎ、李玲峰 は衝撃で床に投げ出される。
廊下の天井の壁が崩れて、瓦礫が落ちてくる。
かろうじて、下敷きにならずにすんだ。
(チクショウ)
しかし、どうすることも出来ない。
頭を振って立ち上がり、また廊下を進む。
瓦礫が道を阻んで、なかなか前に進めない。
ようやく、階段のところへたどりついた。
木の箱笥は、まだ形を保っていた。
だが、李玲峰 がその真っ赤に燃え上がる蓋に手を触れると、音もなく内側に陥没するように崩れ落ちた。
中には、剣や防具が入れてある。
李玲峰 と 於呂禹 が 那理恵渡玲 から剣を習う時に使った、子供でも振り回せる小振りのものだ。
剣を包んでいた布や木で出来た飾りの細工の部分などは、もは熱で燃えて無くなっていたが、鍛えられた鋼鉄で造られた剣や防具は無事だ。
李玲峰 は、剣だけを取り出した。
剣を手にすると、ホッとする。
そう思った瞬間、また、天井が崩れ落ちてきた。
李玲峰 はとっさに階段の下や空間に体をもぐりこませたからなんとか助かったが。
鈍い音を立ててすぐ脇に落ちてきた思い石の塊にぞっとする。
たとえ炎で焼かれなくても、この意志に押し潰されてしまえば、死ぬだろう。
次第に、彼も怖くなってきた。
こんな剣が一本あったところで、戦えるのだろうか?
が、弱気になりそうな自分を励まして、ともかくも 於呂禹 の分の剣も取って、今度は脱出を計る。
剣が手に入ったら、あとは麗羅符露 のところへ行って。
そこで、 那理恵渡玲 が助けに来るのを待つ。
「李玲峰 、大丈夫かい? ぼくはもうすぐレイラのところに着くよ。早く合流しよう」
於呂禹 の気遣わしげな声が聞こえてきた。
「うん、わかった」
於呂禹 のその声で、ひとまず心が落ち着いた。
そう、一人じゃないんだ。
床の上をいざりながら、李玲峰 は答えた。
「すぐ、そっちに行くから、於呂禹 」
耳鳴りがする。
いや、それとも、これは耳鳴りではないのか?
ゴオン、ゴオン、という耳障りな音。
(さっきも、聞こえたな)
草原で、あの不気味な空の軍勢を見た時。
あの黒い変な軍船が上に来ているんだろうか?
瓦礫の山を這い出して空を見ると、大きく天井は裂けて、ぱっくりと空が見えていた。
(そういえば、いつか 那理恵渡玲 が、根威座 には鋼鉄の船を空に浮かべる技術があるっていっていたっけ。
あれがそうなのかな?)
いきなり。
「キャアァァァァァッ!」
麗羅符露 の絶叫が 李玲峰 の頭に飛び込んできた。
「レイラ! レイラ!?」
爆音とともに破られる地下湖の天井!
瓦礫が湖に落ちて水柱が上がる。
麗羅符露 から混乱したイメージが伝えられて来る。
まさか、あの氷室が破られた?
何故?
「レイラ!」
於呂禹 が駆ける。
天井に開いた穴から、巨鳥兵 鵜吏竜紗 たちが降りてくる。
仮面で顔を覆った黒い騎士たちが麗羅符露 を掴まえようと襲いかかってくる。
「レイラを放せ!」
於呂禹 の声!
根威座 の仮面騎士に腕を掴まれている 麗羅符露。
麗羅符露 を救おうとする 於呂禹 。
「いやっ……いやっ、於呂禹!」
だが、麗羅符露 の手を掴んでいるのは屈強な男だ。
子供で、丸腰の 於呂禹 がかなうはずもない。
たちまち、男たちの手は 於呂禹 にも及んだ。
「於呂禹! レイラ!」
腕に剣を抱え込んだまま、李玲峰 は叫んだ。
助けなければ。
でも、どうしたら?
ここから鍾乳洞までは、はしってもかなり距離がある。
それでも 李玲峰 はやみくもに駆け出そうとした。
「於呂禹 ! レイラ! 今、行くよ。今、行くから!
剣を……」
僧院の炎の中で駆け出そうとした 李玲峰 はすぐにびくり、と身をすくませて、立ち止まった。
目の前に、立ち塞がる者があったから。
「ほぅ、見事な赤い髪。おまえが、炎の子か。
火の中に子供がいる、との報告、嘘では無かったわけだ」
ふわりと瓦礫の上に降り立った黒い一角天馬。
ゴォ……ン、ゴォ……ンと不気味な音はいつのまにか大きくなっていた。
炎に靡く銀色のマント、炎の髪。
空に停泊する黒い軍船を背景に、酷薄な表情を浮かべた美しい青年の顔がこちらを見ていた。
根威座 の、亜苦施渡瑠 魔皇帝?
李玲峰 は、剣を抜いた。
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