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16話
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藍絽野眞 大陸の王宮。
その、王家の間。
かつて 炎の試練 が行われた場所に、その時に煮えたぎる油の中に投げ入れられた赤子が、成長した姿で立っていた。
吠えるような炎の髪の少年。
群臣たちが左右に立ち、玉座近い奥の方には、片やに僧侶たち、片やに王家の奥向きの女性たちが並んでいる。
少年は恐れげもなく玉座に向かって脚を運んでいった。
その背後を、付き従うように 那理恵渡玲 も進む。
王子は父である王の前で立ち止まり、涼やかな双眸を王に向けて片膝を床に着いて跪き、礼をした。
「李玲峰。我が息子よ」
震えるような声で、王は息子に呼びかけた。
「ただいま戻りました、父上」
少年は答えた。
その声は、王宮の広間に凜として響き渡った。
那理恵渡玲 が、その後ろで恭しく頭を下げる。
「立つがよい、我が息子よ。よくぞ戻った。
この時、ずっと待っていたぞ」
王の言葉に答えて 李玲峰 は立ち上がり、あらためて父を見た。
白髪の老王。
李玲峰 が不在の十五年の歳月で、藍絽野眞 の賢王と呼ばれた 競絽帆 三世は、めっきり老け込んでいた。
李玲峰 は彼にとって老いてからの子ではあったが、それ以上に、この十五年の間に起こった様々な出来事が彼に苦境を与え、それが彼の老いを早めたのだ。
それは具体的に言えば、根威座 の魔皇帝の復活だ。
魔皇帝が目覚めたことで 根威座 の帝国はその動きを活発化させた。
九大陸の連合を束ねる指導者的立場にいた 競絽帆 王は、各王家の結束を固めようと様々な策を取り、同時に大陸の防衛を強化した。
しかし魔皇帝の攻撃を受けるや、九大陸の連合にはたちまち動揺が走った。
根威座 は、強すぎるのだ。
最初に離反したのは、那波 だった。
その年、那波 を襲った飢饉はひどいもので、那波 には 根威座 と戦うための余力などどこにもなかったから、これは責められない。
那波 は戦わずして 根威座 の帝国の前に平伏し、おびただしい数の民を奴隷として帝国へ送り、さらに王子二人と美しい歌姫を魔皇帝へ差し出した。
王子は人質として。
歌姫は貢ぎ物として。
次に脱落したのは、宇摩琉場 だった。
宇摩琉場 は魔皇帝率いる 根威座 軍の強襲を受け、徹底的に叩かれた。
九大陸連合の救援はまったく間に合わず、宇摩琉場 の 浮須 王は大陸全土が焦土となる前に降伏した。
だが、降伏後の 宇摩琉場 に対して魔皇帝が行った略奪と残虐行為は、降伏前に敢行された猛攻にまさると劣らない、ひどいものだったという。
その報に、九大陸の残りの王家は戦慄した。
九つの浮遊大陸は、一定の軌道に乗って漂い続けていく。
その季節によって、それぞれの浮遊大陸は 根威座 の固定した大陸に近づいたり離れたりする。
宇摩琉場 が襲われた時、その軌道はいくらか 根威座 寄りにあったが、宇摩琉場 よりも 優羅絽陀 の方が 根威座 の近くにあり、九大陸の連合は 優羅絽陀 に集結していた。
宇摩琉場 は安全圏にいる、とされていたのだ。
根威座 軍はその大軍を大陸本土から離れたところへ移動させて消耗させるよりは、近づいた大陸を狙い打ちにする傾向があった。
したがって、その時にもっとも 根威座 に接近する大陸を他の九大陸の軍が協力して防衛することにより、連合の盟約は保たれていた。
だが、魔皇帝が現れてからは、こうした 根威座 の攻撃のパターンを当てには出来なくなった。
こうなると襲われるのは、もっとも 根威座 寄りの大陸とは限らない。
そうなれば、どこも自分の大陸を守るのが先決だ。
だが、九大陸の連合軍が協調しあえばこそ、かろうじて 根威座 の強大な軍に対抗できるのであって、各王家がばらばらに防衛したとしても、帝国に各個に撃退されるのは目に見えている。
それがわかっているからこそ、連合の盟約は保たれている。
保たれてはいるが……
微妙な亀裂が生じつつあった。
たとえば、連合軍に参加していて本国の防衛に間に合わなかった 宇摩琉場 軍勢は、その後、帝国の支配下に入った 宇摩琉場 から亡命する形になって連合軍にとどまったが、それを養うだけの余力を十分に持っているのが 藍絽野眞 である、という理由から、彼らは 競絽帆 王の靡下にあって、藍絽野眞 に駐屯している。
だが、そのことすらにも、他の王家からは不満の声が出ている。
藍絽野眞 は、 宇摩琉場 の亡命軍を自大陸の防衛に利用しようとしている、という勘繰りである。
近く、禹州真賀 が 根威座 に接近する。
今、九大陸は 禹州真賀 防衛のために団結しようと協議しているが、そこにも不協和音が聞こえていた。
禹州真賀 の 根羽 王は、 藍絽野眞 が抱えている 宇摩琉場 の軍をよこすように、と 競絽帆 王に要望していて、それ自体は 競絽帆 王は拒んではいないが、連合の余剰軍である 宇摩琉場 軍のための兵糧も 藍絽野眞 に負担しろ、との虫の良い要求に、さすがに 藍絽野眞 の群臣たちからは不満が出ている。
そうした事情は、李玲峰 も 那理恵渡玲 から聞いて知っている。
精霊の御子 だった二人の幼馴染みを奪われて以来、根威座 の 亜苦施渡瑠 魔皇帝の動向と所業は、彼の最大の関心事となったからだ。
苦悩が深い皺として刻まれている父王の風貌、そして、その前に立つ炎の髪の若き王子に熱い視線を向ける群臣たち、僧侶たちの気体に満ちた重苦しいような視線。
李玲峰 は頭を毅然とそびやかした。
ぐっ、と睨むように双眸を正面に据える。
まといつくような周囲の男たちの眼差しが示すのは、彼が炎の子として剣の英雄になることへの期待だ。
(於呂禹)
親友の最後の言葉が、彼を動かす。
来るな!
きみは……剣を!
期待に答えられるかどうかはわからない。
だが、彼は 根威座 の魔皇帝に一矢報いると誓ったのだ。
少年は、自分に向けられる視線のうちに、他の視線とは少し違うものをみつけだした。
それは、王の傍らにいる女たちの集団の中にあった。
優しげな容貌の、美しい、気品ある女性だった。
若草色のベールで結い上げた黒髪を覆い、そのベールがその口元をも隠している。
だが、その瞳はじっと 李玲峰 をみつめて、涙を流し続けていた。
その眼差しが、包み込むような、その視線の暖かさが、李玲峰 を戸惑わせた。
(誰だ?)
それが誰なのか、李玲峰 は知っているような気がした。
「那理恵渡玲 殿。
礼を言おう。
我が息子を、よくあれまで育ててくれた」
生まれてから十五年。
凜々しい少年に成長した姿まで見まえることのなかった世継ぎの息子との対面をすませた後。
別室の、かつて赤子だった息子を手渡した王の私室たる謁見の間にて。
競絽帆 王、神聖島 宇無土 の主であるつややかな黒髪の青年へ語りかけていた。
王の姿がすっかり老いたというのに、青年の姿はかつてとまるで変わらない。
宇無土 に住むこの若者は、百年前にもやはり若者であったというから、これは驚くには当たらないことだが。
「礼には及びません」
那理恵渡玲 は、無表情に首を振った。
「王子が成長なされたのは、王子ご自身の力によるものです。
李玲峰 王子は、宇無土 にて大切なものを失った。
それは、わたしの過失によるものです。
ですが、そのことで、王子は人として多くのことを知った」
「水の御子 であった 禹州真賀 の姫と、 大地の御子 であった少年のことか。魔皇帝め。まさか、神聖島 宇無土 にまで手を伸ばすとは!
しかし、どうなのであろう、那理恵渡玲 殿?
我らに勝ち目はある、と思われるか?」
「その問いにわたしが答えたとして、いかなる益がありましょうか、競絽帆 王よ。
あなたの世継ぎの王子は、根威座 と力の限り戦うでしょう。だからといって、戦いが有利になるかどうかは、わかりません」
「まだ、すべては運命の手にゆだねられている、というわけか。これ以上に絶望的な状況がそうそう現れる、とも思えぬが」
老王の口元に自嘲めいた諦めの笑みが浮かぶ。
「わしも、疲れた。
今、わしに見える唯一の光は、あの子。李玲峰 だけじゃ」
「魔皇帝は、王子を狙ってくるでしょう。王子が宝剣をみいだす前に殺そうと」
那理恵渡玲 は王の前で眼差しを伏せ、つぶやくように言った。
「一度は、それに成功しかけております。
王子の胸から左肩にかけて、今でも傷痕が残っています。長い刀傷が。
そして、心にも」
「その傷をいとうてやるだけの余裕は、もはやわしらには無い。
息子には、すぐにも戦いに加わってもらわねばならぬな」
老王は昏い顔を上げる。
「息子は、戦えるか?」
「はい」
那理恵渡玲 は、きっぱりと答えた。
「そうか。では、生きるために戦うのだ。
あの子より幼い者でも、今は誰もが戦っている。この浮遊する大陸の地では」
那理恵渡玲 は伏せていた眼差しを微かに差し上げた。
だが、それ以上は何も言わず、深々と礼をして、踵を返した。
「待て、那理恵渡玲 殿」
王が慌てて引き止めるのを、
「島に帰ります」
黒髪の雅な青年は答えた。
「李玲峰 に別れを告げていかぬのか?
あれは、すぐにそなたにいかれては心細がるであろう」
「教えるべきことはすべて教え、語るべきことはすべて語りました」
那理恵渡玲 は黒銀のマントをひるがえし、王の前から退出した。
「もはや、わたしは無用です。あとのことは、あの子自身が決めるでしょう。わたしがいなくとも」
その、王家の間。
かつて 炎の試練 が行われた場所に、その時に煮えたぎる油の中に投げ入れられた赤子が、成長した姿で立っていた。
吠えるような炎の髪の少年。
群臣たちが左右に立ち、玉座近い奥の方には、片やに僧侶たち、片やに王家の奥向きの女性たちが並んでいる。
少年は恐れげもなく玉座に向かって脚を運んでいった。
その背後を、付き従うように 那理恵渡玲 も進む。
王子は父である王の前で立ち止まり、涼やかな双眸を王に向けて片膝を床に着いて跪き、礼をした。
「李玲峰。我が息子よ」
震えるような声で、王は息子に呼びかけた。
「ただいま戻りました、父上」
少年は答えた。
その声は、王宮の広間に凜として響き渡った。
那理恵渡玲 が、その後ろで恭しく頭を下げる。
「立つがよい、我が息子よ。よくぞ戻った。
この時、ずっと待っていたぞ」
王の言葉に答えて 李玲峰 は立ち上がり、あらためて父を見た。
白髪の老王。
李玲峰 が不在の十五年の歳月で、藍絽野眞 の賢王と呼ばれた 競絽帆 三世は、めっきり老け込んでいた。
李玲峰 は彼にとって老いてからの子ではあったが、それ以上に、この十五年の間に起こった様々な出来事が彼に苦境を与え、それが彼の老いを早めたのだ。
それは具体的に言えば、根威座 の魔皇帝の復活だ。
魔皇帝が目覚めたことで 根威座 の帝国はその動きを活発化させた。
九大陸の連合を束ねる指導者的立場にいた 競絽帆 王は、各王家の結束を固めようと様々な策を取り、同時に大陸の防衛を強化した。
しかし魔皇帝の攻撃を受けるや、九大陸の連合にはたちまち動揺が走った。
根威座 は、強すぎるのだ。
最初に離反したのは、那波 だった。
その年、那波 を襲った飢饉はひどいもので、那波 には 根威座 と戦うための余力などどこにもなかったから、これは責められない。
那波 は戦わずして 根威座 の帝国の前に平伏し、おびただしい数の民を奴隷として帝国へ送り、さらに王子二人と美しい歌姫を魔皇帝へ差し出した。
王子は人質として。
歌姫は貢ぎ物として。
次に脱落したのは、宇摩琉場 だった。
宇摩琉場 は魔皇帝率いる 根威座 軍の強襲を受け、徹底的に叩かれた。
九大陸連合の救援はまったく間に合わず、宇摩琉場 の 浮須 王は大陸全土が焦土となる前に降伏した。
だが、降伏後の 宇摩琉場 に対して魔皇帝が行った略奪と残虐行為は、降伏前に敢行された猛攻にまさると劣らない、ひどいものだったという。
その報に、九大陸の残りの王家は戦慄した。
九つの浮遊大陸は、一定の軌道に乗って漂い続けていく。
その季節によって、それぞれの浮遊大陸は 根威座 の固定した大陸に近づいたり離れたりする。
宇摩琉場 が襲われた時、その軌道はいくらか 根威座 寄りにあったが、宇摩琉場 よりも 優羅絽陀 の方が 根威座 の近くにあり、九大陸の連合は 優羅絽陀 に集結していた。
宇摩琉場 は安全圏にいる、とされていたのだ。
根威座 軍はその大軍を大陸本土から離れたところへ移動させて消耗させるよりは、近づいた大陸を狙い打ちにする傾向があった。
したがって、その時にもっとも 根威座 に接近する大陸を他の九大陸の軍が協力して防衛することにより、連合の盟約は保たれていた。
だが、魔皇帝が現れてからは、こうした 根威座 の攻撃のパターンを当てには出来なくなった。
こうなると襲われるのは、もっとも 根威座 寄りの大陸とは限らない。
そうなれば、どこも自分の大陸を守るのが先決だ。
だが、九大陸の連合軍が協調しあえばこそ、かろうじて 根威座 の強大な軍に対抗できるのであって、各王家がばらばらに防衛したとしても、帝国に各個に撃退されるのは目に見えている。
それがわかっているからこそ、連合の盟約は保たれている。
保たれてはいるが……
微妙な亀裂が生じつつあった。
たとえば、連合軍に参加していて本国の防衛に間に合わなかった 宇摩琉場 軍勢は、その後、帝国の支配下に入った 宇摩琉場 から亡命する形になって連合軍にとどまったが、それを養うだけの余力を十分に持っているのが 藍絽野眞 である、という理由から、彼らは 競絽帆 王の靡下にあって、藍絽野眞 に駐屯している。
だが、そのことすらにも、他の王家からは不満の声が出ている。
藍絽野眞 は、 宇摩琉場 の亡命軍を自大陸の防衛に利用しようとしている、という勘繰りである。
近く、禹州真賀 が 根威座 に接近する。
今、九大陸は 禹州真賀 防衛のために団結しようと協議しているが、そこにも不協和音が聞こえていた。
禹州真賀 の 根羽 王は、 藍絽野眞 が抱えている 宇摩琉場 の軍をよこすように、と 競絽帆 王に要望していて、それ自体は 競絽帆 王は拒んではいないが、連合の余剰軍である 宇摩琉場 軍のための兵糧も 藍絽野眞 に負担しろ、との虫の良い要求に、さすがに 藍絽野眞 の群臣たちからは不満が出ている。
そうした事情は、李玲峰 も 那理恵渡玲 から聞いて知っている。
精霊の御子 だった二人の幼馴染みを奪われて以来、根威座 の 亜苦施渡瑠 魔皇帝の動向と所業は、彼の最大の関心事となったからだ。
苦悩が深い皺として刻まれている父王の風貌、そして、その前に立つ炎の髪の若き王子に熱い視線を向ける群臣たち、僧侶たちの気体に満ちた重苦しいような視線。
李玲峰 は頭を毅然とそびやかした。
ぐっ、と睨むように双眸を正面に据える。
まといつくような周囲の男たちの眼差しが示すのは、彼が炎の子として剣の英雄になることへの期待だ。
(於呂禹)
親友の最後の言葉が、彼を動かす。
来るな!
きみは……剣を!
期待に答えられるかどうかはわからない。
だが、彼は 根威座 の魔皇帝に一矢報いると誓ったのだ。
少年は、自分に向けられる視線のうちに、他の視線とは少し違うものをみつけだした。
それは、王の傍らにいる女たちの集団の中にあった。
優しげな容貌の、美しい、気品ある女性だった。
若草色のベールで結い上げた黒髪を覆い、そのベールがその口元をも隠している。
だが、その瞳はじっと 李玲峰 をみつめて、涙を流し続けていた。
その眼差しが、包み込むような、その視線の暖かさが、李玲峰 を戸惑わせた。
(誰だ?)
それが誰なのか、李玲峰 は知っているような気がした。
「那理恵渡玲 殿。
礼を言おう。
我が息子を、よくあれまで育ててくれた」
生まれてから十五年。
凜々しい少年に成長した姿まで見まえることのなかった世継ぎの息子との対面をすませた後。
別室の、かつて赤子だった息子を手渡した王の私室たる謁見の間にて。
競絽帆 王、神聖島 宇無土 の主であるつややかな黒髪の青年へ語りかけていた。
王の姿がすっかり老いたというのに、青年の姿はかつてとまるで変わらない。
宇無土 に住むこの若者は、百年前にもやはり若者であったというから、これは驚くには当たらないことだが。
「礼には及びません」
那理恵渡玲 は、無表情に首を振った。
「王子が成長なされたのは、王子ご自身の力によるものです。
李玲峰 王子は、宇無土 にて大切なものを失った。
それは、わたしの過失によるものです。
ですが、そのことで、王子は人として多くのことを知った」
「水の御子 であった 禹州真賀 の姫と、 大地の御子 であった少年のことか。魔皇帝め。まさか、神聖島 宇無土 にまで手を伸ばすとは!
しかし、どうなのであろう、那理恵渡玲 殿?
我らに勝ち目はある、と思われるか?」
「その問いにわたしが答えたとして、いかなる益がありましょうか、競絽帆 王よ。
あなたの世継ぎの王子は、根威座 と力の限り戦うでしょう。だからといって、戦いが有利になるかどうかは、わかりません」
「まだ、すべては運命の手にゆだねられている、というわけか。これ以上に絶望的な状況がそうそう現れる、とも思えぬが」
老王の口元に自嘲めいた諦めの笑みが浮かぶ。
「わしも、疲れた。
今、わしに見える唯一の光は、あの子。李玲峰 だけじゃ」
「魔皇帝は、王子を狙ってくるでしょう。王子が宝剣をみいだす前に殺そうと」
那理恵渡玲 は王の前で眼差しを伏せ、つぶやくように言った。
「一度は、それに成功しかけております。
王子の胸から左肩にかけて、今でも傷痕が残っています。長い刀傷が。
そして、心にも」
「その傷をいとうてやるだけの余裕は、もはやわしらには無い。
息子には、すぐにも戦いに加わってもらわねばならぬな」
老王は昏い顔を上げる。
「息子は、戦えるか?」
「はい」
那理恵渡玲 は、きっぱりと答えた。
「そうか。では、生きるために戦うのだ。
あの子より幼い者でも、今は誰もが戦っている。この浮遊する大陸の地では」
那理恵渡玲 は伏せていた眼差しを微かに差し上げた。
だが、それ以上は何も言わず、深々と礼をして、踵を返した。
「待て、那理恵渡玲 殿」
王が慌てて引き止めるのを、
「島に帰ります」
黒髪の雅な青年は答えた。
「李玲峰 に別れを告げていかぬのか?
あれは、すぐにそなたにいかれては心細がるであろう」
「教えるべきことはすべて教え、語るべきことはすべて語りました」
那理恵渡玲 は黒銀のマントをひるがえし、王の前から退出した。
「もはや、わたしは無用です。あとのことは、あの子自身が決めるでしょう。わたしがいなくとも」
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