精霊の御子

神泉朱之介

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24話

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 夜になって、禹州真賀ウスマガ の王宮の内の王たちはそれぞれの部屋をあてがわれた。
 李玲峰イレイネ はなかなか眠れず、豪華な寝台の上に膝を抱えてじっと座っていた。
 窓の外に、月が見える。
 その青白い光が、部屋の中をあえかに照らし出していた。
「眠れぬのか?」
 父の声がした。
「……父上」
 父、競絽帆セロホ 王が休んでいるのは、部屋の奥にある寝台だ。
 闇の中から、その声だけが聞こえてくる。
「傷ついたかね?」
「え……ええ。ちょっと」
 李玲峰イレイネ はすねたようにつぶやき、答えた。
「そうか。それでも、そなたはそれを我慢せねばならぬ」
 競絽帆セロホ 王は言った。
「人の利益は一様ではないから、ああした争いが起こる。しかし、そうした争いだけで人を恨んだり憎んだりするのは、愚かなことだ。
 人が過ちを犯した時、その罪を許すことは出来ぬ。しかし、その心は常に許しておくことだ。
 人は事情や理由無しに争うことはない」
根威座ネイザ の魔皇帝が、浮遊大陸を襲うにも、理由があるのですか、父上?」
「言葉が足りなかったな、精霊の恵みを知り、生命というものの美しさ、豊かさを知るものなら誰も、という意味だ。
 もちろん、理由も無しに争う理性を持たぬ輩もおらぬではない。根威座ネイザ の民のように。根威座ネイザ の大地は死んでいて、奴らは生命が何たるか、精霊たちの恵みたる森羅万象の美しさなど、何ひとつ知らぬという。
 しかし、我らは違う。
 例えば 禹州真賀ウスマガ の民が 精霊の御子 を忌むのには、理由が無いわけではない。
 かつて、禹州真賀ウスマガ には炎の子が生まれ、その子は 炎の宝剣 をみいだしたが、剣の英雄にはならず、かえってその 宝剣 を使いこなすことが出来ずに、禹州真賀ウスマガ に大いなる災厄を為したという。
 その記憶が、禹州真賀ウスマガ では 精霊の御子 らに対して楽観的な期待を持たれぬようにしているのだ」
「……」
「それにこう言う者もいる」
 黙り込む 李玲峰イレイネ に、淡々と 競絽帆セロホ 王の声は語りかけていく。
根威座ネイザ の魔皇帝が目覚めるのは、 精霊の御子 が生まれるからだ、と。
 実際、魔皇帝が目覚める時期に、 精霊の御子 は多く生まれる。どちらが因で、どちらが果かはわからぬ。
 どうせ 精霊の御子 らは、精霊たちの剣を確実に見出すわけではない。となれば、精霊の御子 らなど、疫病神にすぎぬ、とその者たちは言うのだ。
 さらに、あの魔皇帝の炎の髪のことがある。
 魔皇帝はもともと、炎の子として生まれた者だ、という者もある。魔皇帝が生まれた頃など、あまりに昔のことであるから、真偽のほどはわからぬがな。
 しかし、そなたが生まれた時、わしらはそなたを煮えたぎる油の中へと投げ込んだ。心を鬼にして。もし、そなたが炎の精霊の心に適わぬ者なら、炎に浄化されるようにと、な。
 そうした風習が生まれたのも、理由なきことでないならば、根威座ネイザ の 亜苦施渡瑠アクセドル が炎の子であったというのも、真実のことであったのかもしれぬ。
 人が炎に惹かれるのは、とても危険なことだという」
 炎に惹かれるのが、危険?
 幼い時から、いつだって彼は炎に惹かれてきた。
 炎こそが、彼にとって一番安心できる場所だったのに。
「父上は……」
「うん?」
「父上は、どう思われるのです。
 おれが 精霊の御子 で、炎の子であることを。
 父上も、ぼくが疫病神だと思いますか?」
「いや……」
 即座に、答えは返ってきた。
「わしは、精霊たちを信じておる」
「精霊たちを?」
「つまり、それは人を信じている、ということだ。
 人は、精霊の力無しでは生きていけぬ。風と大地と水、そして炎。心を育むものなくて、どうして生きていけるのだろう?
 根威座ネイザ の民は強いが、しかし、幸せだろうか?
 死んだ大地の、死んだ都市に生きる者たち。
 李玲峰イレイネ、精霊の寵愛を受けた身であることを誇りにせよ。
 そなたらが生まれるからこそ、希望は残されている。精霊たちに一度は背いた我らに、再び精霊の恵が戻る、という希望。それをそなたらが担っていることを忘れるな!
 そして、出来れば 炎の宝剣 を見出せ。
宝剣 を得ることは、根威座ネイザ の魔皇帝に対抗する以上の意味もあるはずだ。
 きっと」
 部屋の中の暗がりで、李玲峰イレイネ はそっとうなずいた。
 やがて、競絽帆セロホ 王は優しい声で告げた。
「さぁ、寝るがよいよ、李玲峰イレイネ 。
 疲れておろう?
 もうすぐ、戦いになる。そうなれば、そなたは嫌でもそなたの宿命と対決せねばならぬだろう。
 火の運命 と」
 李玲峰イレイネ は夜具を体に引きつけると、その中にもぐり込んだ。
 月の光の美しさは、この 禹州真賀ウスマガ でも変わらない。
 故国 藍絽野眞アイロノマ で見る月と同じ、それに神聖島 宇無土ウムド で 那理恵渡玲ナリエドレ と、あるいは 麗羅符露レイラフロ や 於呂禹オロウ と見た月と同じだ。
 月の腕は、母の瞳の優しさを思い出させた。
 母、李絽妻良イロメラ は、今も彼の身をこの月の光の下で案じていてくれるだろう。
 ぬいぐるみを抱いた妹、愛理洲アイリス も。


 同じ頃。
 禹州真賀ウスマガ の城内にある別の客室で。
 阿琉御羅アルオラ の王への随臣たちが必死で説得を繰り返していた。
「王よ、どうか、思いとどまって下さい!
 根威座ネイザ の魔皇帝の言葉など、あてになりましょうか?
 そのような裏切りをすれば、阿琉御羅アルオラ の王家は末代まで汚辱にまみれることになります!
 我らには、まだ希望が残されているのです。藍絽野眞アイロノマ に生まれた炎の子がいます。あの王子は 宝剣 をみつけるかもしれません!
 もう少し、待ってみてはいかがです?」
「ふん……藍絽野眞アイロノマ の王子など!
 たとえ 宝剣 を見いだしたところで、救うのはせいぜいやつの故国 藍絽野眞アイロノマ ぐらいのものだろうよっ。
 那波ナバ を、宇摩琉場ウマルバ を見ろ!
 あの二つの大陸が焼かれるのに、あの小僧に何が出来た?
 精霊の御子、何の役にもたたぬ。神聖島だとて襲われて、水の御子、大地の御子 は奪われたというではないか!
 所詮、根威座ネイザ の力の前には、すべてが無力なのだ! それくらいなら……」
「陛下!」
「それに、いまさら遅い。もう使者は送ってしまったのだ!
 選択の余地など、ない!
 もし、ここで 阿琉御羅アルオラ が連合に荷担したままでいたら、根威座ネイザ の我らへの仕打ちは、もっと酷いものになるだろう」
 阿琉御羅アルオラ の王は、目を血走らせて、断言した。
根威座ネイザ に忠誠を誓うのだ!
 精霊たちなど、伝説など恐れるものか! 世界が滅びるというなら、もろともに滅びればよい。それでも、我らだけは滅びはしないぞ!
 阿琉御羅アルオラ が生き延びることのみ考えるのだ!
 魔皇帝が我らに九大陸連合の背中を撃て、と命じられるなら、実行するまで。
 わしはやるぞ」
 月の光は、彼らもまた照らしていた。
 淡い、うたかたの美しさを撒いて……
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