精霊の御子

神泉朱之介

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59話

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 亜苦施渡瑠アクセドル は、ただ、上機嫌にくすくすと笑って観戦している。
「卑怯だぞっ、亜苦施渡瑠アクセドル !」
 李玲峰イレイネ は、叫んだ。
「卑怯? 光栄だね」
 魔皇帝は尊大な態度で彼を見下ろし、答えた。
「わたしに正々堂々とした戦いを期待するのは虚しいと、君だって思わないかな?
 もちろん、わたしは卑怯この上ないこの立場を楽しんでいるよ。
 それで?
 次はどうしてくれるんだい?」
 於呂禹オロウ が斬り込んでくる!
 辛うじて受け、 李玲峰イレイネ はまた、飛び退った。
 亜苦施渡瑠アクセドル は笑った。
「ほらほら。
 おしゃべりにかこつけて油断していると、やられてしまう。きみの友達の 於呂禹オロウ は、優れた戦士でもあるからねぇ」
 李玲峰イレイネ が乗る 鵜吏竜紗ウリリューサ の首に、踏み込んできた 於呂禹オロウ の剣の切っ先が掠って、巨鳥がギャア、と騒いだ。
 手綱を引き、鵜吏竜紗ウリリューサ が体勢を整えると同時に、李玲峰イレイネ は渾身の力で 於呂禹オロウ に斬りつけた。
 炎が 於呂禹オロウ の金の髪をかすめ、於呂禹オロウ の頬を剣が斬った。
 赤い血が、すうっ、と白い頬を伝った。
 李玲峰イレイネ は鳥を背面で飛ばせて空中で回転させ、少し離れた場所から 於呂禹オロウ に対峙した。
 はぁ……はぁ……。
 気持ちは高まっていく。
 額に汗が浮かぶ。
 心が赤く、炎の色に染まってゆき、剣もまた灼熱していった。
 負けない。
 於呂禹オロウ には負けない。
 炎の御子 はおれなんだから。
 炎を扱うことにかけては、負けるはずがない!
 李玲峰イレイネ は、 鵜吏竜紗ウリリューサ を駆けさせた。
 於呂禹オロウ も、天馬を駆けさせる。
 二人は空中でぶつかり合い、 宝剣 が斬り結んだ。
 しかし、今度はこれまでとは比べものにならないような白熱した炎がそこに発生した。
 炎が白く輝き、眩い光を発した。
 光の中で、 於呂禹オロウ が持っていた炎の剣が消滅した。
 李玲峰イレイネ は 於呂禹オロウ の剣が消えると同時に 宝剣 を引き、続く動作で、剣を 於呂禹オロウ の胸元へと体重をかけてぐいと繰り出した。
 宝剣 は 於呂禹オロウ の黄金の鎧を貫き、彼の胸板の中央を一突きにした。
 ちょうど、心臓がある位置だ。
 せめて、一突きで、於呂禹《オロウ》 。
 僕のこの手で。
於呂禹オロウ!)
 だが、李玲峰イレイネ が突き立てた剣からは奇妙なほどに手応えが返ってこなかった。
 目の前の、於呂禹オロウ の金色の瞳の目許が、にこり、と笑った。
 優しく。
 暖かく。
 炎の宝剣 は彼の心臓を貫いたはずなのに、於呂禹オロウ はまるでダメージを受けた様子がない。
 そして、貫いている 宝剣 からもしかるべき手応えはない。
 まるで、空洞を貫いたかのように。
 空洞?
 やにわに、李玲峰イレイネ は昨夜の悪夢を思い出した。
 トクン……トクン……
 心臓の音。
 まさか!
 トクン……トクン……
 亜苦施渡瑠アクセドル の声がする。
「懐かしい感じがしないかい、その心臓?」
 於呂禹オロウ はこんなに近くにいるのに、その体からは心臓の鼓動が感じられない。
 炎に炙られていた、あれは?
 あの心臓は、誰の。
(まさか、 於呂禹オロウ、あれは 於呂禹オロウ の、心臓?)
 於呂禹オロウ の、空手の腕が 李玲峰イレイネ の方へと迫ってきた。
 胸を 宝剣 に貫かれたまま、於呂禹オロウ は微笑みつつ、李玲峰イレイネ の愕然とした表情を映す顔を見下ろし、その首を締め付けた。
「……於呂禹オロウ……!……」
 李玲峰イレイネ の首を絞める 於呂禹オロウ の手に、容赦なく力がこもっていく。
「う……」
 李玲峰イレイネ は苦悶の表情を浮かべた。
「や……め……於呂禹オロウ……!……」
 少しずつ、少しずつ、於呂禹オロウ の胸元から 宝剣 を引き抜く。
 炎の宝剣 を。
 必死で首を振ると、上の方に彼と 於呂禹オロウ を覗き込んでいる 亜苦施渡瑠アクセドル が見えた。
 亜苦施渡瑠アクセドル は笑っている。
 笑っている。
「今度こそ、お休み、坊や」
 魔皇帝の声がした。
 目が霞み、気は遠くなっていく。
(嫌だ、死にたくない。
 こんな風に死ぬなんて!)
 魔皇帝 亜苦施渡瑠アクセドル の思惑のままに、こんなふうに死ぬなんて。
 宝剣 を持ったまま、李玲峰イレイネ の腕がだらりと脇に下がった。
(ああ)
 遠い 宇無土ウムド で過ごした幸福な子供の日々が心をよぎった。
 那理恵渡玲ナリエドレ がいて。
 於呂禹オロウ がいて、麗羅符露レイラフロ がいて……。
於呂禹オロウ……レイラ……)
 李玲峰イレイネ は呼んだ。
 二人の、仲間たちを。
「イレー!」
 か細い声が聞こえた。
 レイラの声。
 それは、麗羅符露レイラフロ の声だ。
 麗羅符露レイラフロ の白い腕が自分をかき抱いたと思った。
 白い……冷たい腕。
(レイラ?……)
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