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58話
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「王子!」
緊迫した声がして、李玲峰 を我に返らせた。
声をかけてきたのは、李玲峰 の脇にぴったりとくっついて飛んでいた若い戦士だ。
「上の様子が、変です!」
言われて、 李玲峰 は上を見た。
なるほど、いままで下を行く 李玲峰 たちの隊と平行して移動していた上空の隊の姿がなくなっている。
やや後方にいて、編隊を乱している。
うち、一騎の巨鳥兵 鵜吏竜紗 がこちらの方へと急降下して急いでやって来る。
伝令だ。
「李玲峰 王子。敵影です!」
「敵だと!」
「はい。根威座 軍である可能性があります」
隊の者たちが視認したという巨鳥兵の影は、李玲峰 たちが上の隊と合流したときには、すでに空の彼方に消えていた。
東の方角だったという。
二隊は合流し、大地の亀裂沿いを用心しつつ、西へと進んだ。
「しかし、このまま、この裂け目に沿って進んでいると、かえって追い詰められるかもしれませんな」
騎士長は唸るように言った。
「だが、ここを出れば遮蔽物が何もないぞ、ここには」
「はい。しかし、逃げるのでしたら、それを妨げる物もない、というわけでして、王子。
一方、もし、奴らが我らがこの氷の大陸にいることを知っているのでしたら、我らがこの裂け目に隠れるということも察しは付くわけで。
裂け目の中では、上から攻撃されたら、逃げ場がありません」
「そうか、そうだな」
騎士長の意見に 李玲峰 も賛成した。
「雲の上に出るか、あるいは雲の下にぴったりとつくか、ですな。
晴れてなくて良かった。雲がありさえすれば、いくらかは隠れられます」
「よし。それじゃあ、上昇しよう」
麗羅符露 がいるかもしれないこの大地の裂け目から離れるのは、後ろ髪を引かれる思いがする。
が、その思いを振り切って、鵜吏竜紗 の手綱を引く。
鵜吏竜紗 は空高くへと翼を広げた。
(なんだか、嫌な予感がするな)
虫の知らせとでもいうのだろうか。
純白の大地からも、それを二つに分ける黒々とした裂け目からも、見る間に遠ざかっていく。
白く立ちこめる雲の層へと入っていった。
視界が悪い。
巨鳥兵 鵜吏竜紗 たちは互いに編隊を崩さないように気を配り合う。
雲の上に出ると、青い空が見えた。
そして!
「お、王子!」
騎士長は狼狽した声を上げた。
雲海の遥か前方に、多数の黒い汚点が見える。
十、二十、いや、もっとか?
「後方にも敵影があります!」
兵からの叫び声が聞こえ、背後に向き直ると、後方右方向と後方左方向と両方から挟み込むように黒い汚点が迫ってくるのが見える。
「頭上!」
悲鳴のような叫び声が、さらに危機を伝えた。
見上げると、そこに、葉巻型をした黒い飛行軍艦の船影が見える。
帆も浮力艘もついていない不気味な船。
あれは、根威座 の魔皇帝 亜苦施渡瑠 の軍艦だ。
その周囲にも巨鳥兵 鵜吏竜紗 たちの姿が見える。
「降下、逃げるぞ!」
藍絽野眞 の巨鳥編隊はすぐさま、雲の中へと引き返した。
(くそっ! どうしてこんなところに。奴らめ、待ち伏せていたのか!)
李玲峰 は内心で歯ぎしりする。
逃げきれるか!
「氷の大地すれすれに飛行しましょう。氷の表面は決して平坦ではないし、太陽の光に氷が反射するから、かえってその方が視認しにくいはずだ」
騎士長が冷静に判断を下す。
李玲峰 は頷いた。
数が多すぎる。
まともに戦っては勝ち目がない。
敵方に二倍の兵力はありそうだ。
そう思った瞬間、藍絽野眞 の巨鳥編隊の前方に雲を蹴破るように、黒甲冑を身に纏った巨鳥兵たちが急降下してきた。
根威座 兵だ!
藍絽野眞 兵たちは一斉に抜刀する。
(仮面騎士団の連中か!)
李玲峰 も剣を構えた。
「散るな! 固まって当たれ!」
騎士長が怒鳴る
編隊と編隊がぶつかり、戦端が開かれた。
李玲峰 の 炎の宝剣 は赤く炎の力を帯びる。
「お前ら如き雑魚にやられるかっ!」
第一撃での勝負では、 藍絽野眞 側の方に分があった。
相手が 亜苦施渡瑠 の仮面騎士団とはいえ、こちらも 藍絽野眞 の精鋭だ。
互いに何騎かの鳥兵が氷原へと落ちていったが、落ちた数は 根威座 側の方が圧倒的に多い。
白い氷原の上に、ケシ粒のように死した鳥兵たちの姿は吸い込まれていった。
ゴォン……ゴォン……。
不気味な機械音が雲の上の方から微かに聞こえてくる。
(まずい!)
あの巨大な飛行軍艦に来られては、勝負は見えてしまう。
「騎士長、おれが敵を引き付ける。
先行して逃げてくれ」
「王子!」
「おれには 炎の宝剣 がある。
お前たちがここにいると、逆にこの件を効率的に使いにくい。
早く行ってくれ。すぐに追い付く」
「わかり申した」
騎士長は頷いた。
騎士長が命令を伝達するために手を上げたとき。
機械音はやにわに大きくなり、雲海を裂いて降下してきた飛行軍艦の黒い船体がいきなり上空に現れた。
舷側の狭間が開き、そこから雨のように火矢が降り注がれた。
「うわぁぁぁっ!」
「ギャアァッ!」
悲鳴が空中を満たし、矢を避けきれなかった鳥兵たちが落ちていく。
「くそぉ、やらせるもんかっ」
李玲峰 は 炎の宝剣 を振りかざし、続く矢の第二陣を熱波で燃やし尽くした。
「王子!」
「早く、行け! 早く!」
叫びかけてくる騎士長に 李玲峰 はわめき返し、鵜吏竜紗 を駆る。
炎の宝剣 が吹き上げる火炎はますます強くなり、二騎、三騎の 根威座 の仮面騎士がその炎に巻き込まれて火だるまになり、一気に落ちていった。
目の前に新しい敵が現れ、ふわり、と 李玲峰 の前の空間で浮いたまま止まった。
白い天馬、それに黒毛の一角天馬。
白い方には黄金の鎧を着た金髪の戦士が、黒い方には銀色のマントをつけた赤い髪の青年が乗っている。
黄金の騎士は、剣を抜いて 李玲峰 に向かい合う。
その剣は、炎を上げている。
李玲峰 の剣と同じように。
(於呂禹)
李玲峰 は、胸を大きく上下させ、息をついた。
睨み付ける。
決着を付けるしかないか?
これ以上に 於呂禹 のことを思い続けることは、九大陸連合の人々の命運に関わる。
ここを抜けるためにも、彼の氷の大陸へ来たいという望みを受けて従ってきてくれた仲間たちを救うためにも。
李玲峰 は剣を振り上げ、於呂禹 へと向かっていった。
視界の端で、この展開に対して、魔皇帝は満面の笑みを浮かべた。
その笑みが 於呂禹 と 李玲峰 が、二人の 精霊の御子 が戦い合うことへの無上の喜びを語っている。
李玲峰 が持つ炎の剣と、於呂禹 が持つ魔皇帝の炎の剣とが、激しくぶつかりあう。
炎と炎がよじれ、火炎を吹き上げる。
於呂禹 の強い力が押し返し、李玲峰 は 鵜吏竜紗 を操って、一旦、飛び離れた。
黄金の騎士もまた、飛び離れて再び剣を構えた。
緊迫した声がして、李玲峰 を我に返らせた。
声をかけてきたのは、李玲峰 の脇にぴったりとくっついて飛んでいた若い戦士だ。
「上の様子が、変です!」
言われて、 李玲峰 は上を見た。
なるほど、いままで下を行く 李玲峰 たちの隊と平行して移動していた上空の隊の姿がなくなっている。
やや後方にいて、編隊を乱している。
うち、一騎の巨鳥兵 鵜吏竜紗 がこちらの方へと急降下して急いでやって来る。
伝令だ。
「李玲峰 王子。敵影です!」
「敵だと!」
「はい。根威座 軍である可能性があります」
隊の者たちが視認したという巨鳥兵の影は、李玲峰 たちが上の隊と合流したときには、すでに空の彼方に消えていた。
東の方角だったという。
二隊は合流し、大地の亀裂沿いを用心しつつ、西へと進んだ。
「しかし、このまま、この裂け目に沿って進んでいると、かえって追い詰められるかもしれませんな」
騎士長は唸るように言った。
「だが、ここを出れば遮蔽物が何もないぞ、ここには」
「はい。しかし、逃げるのでしたら、それを妨げる物もない、というわけでして、王子。
一方、もし、奴らが我らがこの氷の大陸にいることを知っているのでしたら、我らがこの裂け目に隠れるということも察しは付くわけで。
裂け目の中では、上から攻撃されたら、逃げ場がありません」
「そうか、そうだな」
騎士長の意見に 李玲峰 も賛成した。
「雲の上に出るか、あるいは雲の下にぴったりとつくか、ですな。
晴れてなくて良かった。雲がありさえすれば、いくらかは隠れられます」
「よし。それじゃあ、上昇しよう」
麗羅符露 がいるかもしれないこの大地の裂け目から離れるのは、後ろ髪を引かれる思いがする。
が、その思いを振り切って、鵜吏竜紗 の手綱を引く。
鵜吏竜紗 は空高くへと翼を広げた。
(なんだか、嫌な予感がするな)
虫の知らせとでもいうのだろうか。
純白の大地からも、それを二つに分ける黒々とした裂け目からも、見る間に遠ざかっていく。
白く立ちこめる雲の層へと入っていった。
視界が悪い。
巨鳥兵 鵜吏竜紗 たちは互いに編隊を崩さないように気を配り合う。
雲の上に出ると、青い空が見えた。
そして!
「お、王子!」
騎士長は狼狽した声を上げた。
雲海の遥か前方に、多数の黒い汚点が見える。
十、二十、いや、もっとか?
「後方にも敵影があります!」
兵からの叫び声が聞こえ、背後に向き直ると、後方右方向と後方左方向と両方から挟み込むように黒い汚点が迫ってくるのが見える。
「頭上!」
悲鳴のような叫び声が、さらに危機を伝えた。
見上げると、そこに、葉巻型をした黒い飛行軍艦の船影が見える。
帆も浮力艘もついていない不気味な船。
あれは、根威座 の魔皇帝 亜苦施渡瑠 の軍艦だ。
その周囲にも巨鳥兵 鵜吏竜紗 たちの姿が見える。
「降下、逃げるぞ!」
藍絽野眞 の巨鳥編隊はすぐさま、雲の中へと引き返した。
(くそっ! どうしてこんなところに。奴らめ、待ち伏せていたのか!)
李玲峰 は内心で歯ぎしりする。
逃げきれるか!
「氷の大地すれすれに飛行しましょう。氷の表面は決して平坦ではないし、太陽の光に氷が反射するから、かえってその方が視認しにくいはずだ」
騎士長が冷静に判断を下す。
李玲峰 は頷いた。
数が多すぎる。
まともに戦っては勝ち目がない。
敵方に二倍の兵力はありそうだ。
そう思った瞬間、藍絽野眞 の巨鳥編隊の前方に雲を蹴破るように、黒甲冑を身に纏った巨鳥兵たちが急降下してきた。
根威座 兵だ!
藍絽野眞 兵たちは一斉に抜刀する。
(仮面騎士団の連中か!)
李玲峰 も剣を構えた。
「散るな! 固まって当たれ!」
騎士長が怒鳴る
編隊と編隊がぶつかり、戦端が開かれた。
李玲峰 の 炎の宝剣 は赤く炎の力を帯びる。
「お前ら如き雑魚にやられるかっ!」
第一撃での勝負では、 藍絽野眞 側の方に分があった。
相手が 亜苦施渡瑠 の仮面騎士団とはいえ、こちらも 藍絽野眞 の精鋭だ。
互いに何騎かの鳥兵が氷原へと落ちていったが、落ちた数は 根威座 側の方が圧倒的に多い。
白い氷原の上に、ケシ粒のように死した鳥兵たちの姿は吸い込まれていった。
ゴォン……ゴォン……。
不気味な機械音が雲の上の方から微かに聞こえてくる。
(まずい!)
あの巨大な飛行軍艦に来られては、勝負は見えてしまう。
「騎士長、おれが敵を引き付ける。
先行して逃げてくれ」
「王子!」
「おれには 炎の宝剣 がある。
お前たちがここにいると、逆にこの件を効率的に使いにくい。
早く行ってくれ。すぐに追い付く」
「わかり申した」
騎士長は頷いた。
騎士長が命令を伝達するために手を上げたとき。
機械音はやにわに大きくなり、雲海を裂いて降下してきた飛行軍艦の黒い船体がいきなり上空に現れた。
舷側の狭間が開き、そこから雨のように火矢が降り注がれた。
「うわぁぁぁっ!」
「ギャアァッ!」
悲鳴が空中を満たし、矢を避けきれなかった鳥兵たちが落ちていく。
「くそぉ、やらせるもんかっ」
李玲峰 は 炎の宝剣 を振りかざし、続く矢の第二陣を熱波で燃やし尽くした。
「王子!」
「早く、行け! 早く!」
叫びかけてくる騎士長に 李玲峰 はわめき返し、鵜吏竜紗 を駆る。
炎の宝剣 が吹き上げる火炎はますます強くなり、二騎、三騎の 根威座 の仮面騎士がその炎に巻き込まれて火だるまになり、一気に落ちていった。
目の前に新しい敵が現れ、ふわり、と 李玲峰 の前の空間で浮いたまま止まった。
白い天馬、それに黒毛の一角天馬。
白い方には黄金の鎧を着た金髪の戦士が、黒い方には銀色のマントをつけた赤い髪の青年が乗っている。
黄金の騎士は、剣を抜いて 李玲峰 に向かい合う。
その剣は、炎を上げている。
李玲峰 の剣と同じように。
(於呂禹)
李玲峰 は、胸を大きく上下させ、息をついた。
睨み付ける。
決着を付けるしかないか?
これ以上に 於呂禹 のことを思い続けることは、九大陸連合の人々の命運に関わる。
ここを抜けるためにも、彼の氷の大陸へ来たいという望みを受けて従ってきてくれた仲間たちを救うためにも。
李玲峰 は剣を振り上げ、於呂禹 へと向かっていった。
視界の端で、この展開に対して、魔皇帝は満面の笑みを浮かべた。
その笑みが 於呂禹 と 李玲峰 が、二人の 精霊の御子 が戦い合うことへの無上の喜びを語っている。
李玲峰 が持つ炎の剣と、於呂禹 が持つ魔皇帝の炎の剣とが、激しくぶつかりあう。
炎と炎がよじれ、火炎を吹き上げる。
於呂禹 の強い力が押し返し、李玲峰 は 鵜吏竜紗 を操って、一旦、飛び離れた。
黄金の騎士もまた、飛び離れて再び剣を構えた。
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