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第十四章 三つ目の国 寄り道編
157話
しおりを挟む「ぐ、ぐぬぬぬぬ。あ、あんなものただの肉の塊じゃないか」
「ほほほほ、覚えておくといいわエリーちゃん。その肉の塊が良いという殿方は多いのです。まあ、エルフの殿方は小さい方が好みという方が多いですが。他種族の殿方は大きい方が好みなのですよ。そうですよね? アキサメさん?」
「まあ、否定はしない」
ターニャフィリスの言葉に、不承不承ながらも肯定の態度を秋雨が示す。それだけ、彼女の魅力は群を抜いて高いのだ。
だが、基本的にエルフという種族は森での生活を基本としている。そのため、動物性たんぱく質を摂取する機会が少なく、エルフ族の女性は必然的にスレンダーな体つきとなるのだ。
もっとも、動物性たんぱく質の摂取不足がスレンダーの一番の要因というわけではなく、動物性たんぱく質の摂取しなくともターニャフィリスのような豊満な肉体を持つエルフも一定数存在していることもまた事実である。
しかしながら、一般的な女性エルフの体型がスレンダーであるのならば、一般的な男性エルフの女性に対する性的嗜好は一般的な女性エルフの体型のそれということになり、あまりターニャフィリスのような豊満な肉体は好まれない。
それでも、彼女の持つ美貌と体から滲み出る色香は、そんな男性エルフの性的嗜好すらも突き破って彼らを魅了しているようだ。
「というわけで、今夜どうかしら?」
「おばあちゃん!」
「そのことだが、できればエルフのポーションのレシピを教えて欲しい」
「……ポーションのレシピ、ですか」
秋雨がエルフたちを救った後の報酬の提案をすると、先ほどまでの柔らかい雰囲気から途端に真剣なものへと表情を変える。
エルフ族だけが持つ特別なポーションの生成法は、門外不出とされており、エルフの中でも錬金術や薬師関連の仕事に就く者しか知らされていない極秘事項でもあった。
それによってエルフは、代々怪我や病気に負けない種族としてその優位性を保ってきた。だが、さすがのエルフの薬も万能ではなく、先天的な遺伝が関係する病気にまで効く薬はできなかったらしい。
そういった事情があるため、エルフの薬の知識をそう簡単に他種族に渡せないということで彼女が難しい顔をしていると思われたのだが、実際はというと……。
「わたくしでは不満ということですか? 結構自信があるのですけど?」
「いや、それは見ればわかる。というより、エルフの知識を渡したくないから難しい顔をしていたんじゃないのか?」
「え? そんなものでいいのなら、いくらでも教えて差し上げますよ。……久々の獲物を逃がしてなるものですか。最近じゃあ、里の子たちも相手をしてくれなくなりました。さすがに“いくら美人でも、年寄りの相手はできない”なんて言われたら傷つきます(ボソッ)」
「お、おばあちゃん……」
機密を教えることを渋っていたと思ったが、実際は久しぶりにハッスルできそうな相手が現れたことに鼻息を荒くしていただけのようで、相手がその気でないことを知って気落ちしていただけのようだった。
秋雨としても、これほどの女性の相手をすることは吝かではない。むしろ願ってもないことであったが、彼以上に鼻息荒く積極的に誘ってくるターニャフィリスを見て、逆にその気が失せてしまったようだ。
いろいろと思うところはあるものの、これ以上余計なことに時間を取られたくないと考えた秋雨は、話をもとに戻す。
「とにかく、お前たちの病気は何とかしてやる。その対価として、エルフのポーションを作るレシピを提供してもらおう」
「まあ、それでいいのでしたら……」
なぜか条件を提示する秋雨ではなく、受ける側のターニャフィリスが渋々といった表情で了承していたが、彼としても大きなトラブルもなく話がまとまったことは僥倖であったため、それ以上の言及は避けることとした。
(まあ、あのおっぱいを好きにできるのは役得だが、最後の一滴まで搾り取られそうだからな。こういうのは、さじ加減が大事なんだ)
「今、やっぱりわたくしを抱きたいとか思いませんでしたか?」
「そんなことはない(俺の中の邪な感情に反応した? エルフじゃなくて妖怪の類じゃないのか?)」
これ以上ここにいては身が危ういと感じた秋雨は、早々に話を切り上げ、逃げるように長老の家をあとにする。
時刻は夕方になり、日が暮れ始めていた時間帯だ。そのため、今日はエルフたちの治療はせず、明日に治療を行うことになった。
その話の途中でエーリアスの家に泊るということになり、現在はエルフ三連星のソッシュを伴って彼女の家へと向かっていた。
「弟?」
「そうです。弟のソッシュといいます」
「……」
道中詳しい話を聞くと、どうやら三連星の一人であるソッシュはエーリアスの弟らしく、彼女の紹介に彼は無言でぺこりと頭を下げる。戦っている最中もそうであったが、どうやらあまり口数の多いタイプではないらしい。
そんなこんなで、エーリアスの家へと辿り着くと、すぐに彼女の両親を紹介される。いきなり人間が現れたことに驚いていたが、特に気にすることなく最終的には秋雨を受け入れてくれた。
「まあ、エーリアスにもついに春が来たのですね!」
「こりゃめでたい」
「お母さん、お父さん! そんなんじゃないってば!!」
「エリー、種族が違うといろいろと不都合はあると思うけど、そこは愛の力で乗り越えるのよ。お母さんは応援しているわ」
「話を聞いてぇー!!」
といった一幕があったが、両親も彼女をからかうための冗談だったようで、本気で人間の恋人を連れてきたとは思っていなかった。そんな両親に振り回され、今日一番の疲労の色を見せるエーリアスであったが、最後の気力を振り絞るようにして秋雨が泊る部屋へと案内してくれた。
「この部屋を使ってください」
「わかった」
それから、夕食をごちそうになり、完全に夜になってやることもなくなったため、明日に備えて秋雨は早めに寝ることにした。
そして、彼がベッドに入ってから数時間後、何者かが部屋に侵入してくる気配で目が覚める。
(敵襲か?)
里に入ってきたとき、敵意を向けていたエルフを思い出し、人間に敵意を持ったエルフの襲撃なのかと秋雨は警戒する。部屋の中は暗く、部屋に侵入した人物が何者なのかははっきりとは見えないが、部屋に侵入してきていることは間違いない。
一体何が目的なのかとその動向を探っていると、暗い部屋の中を移動しているせいか何かに躓いたようで、わずかな呻き声と共に侵入者の独り言が聞こえてくる。
「いたーい。もう、なんでこんなところにこんなものが置いてあるのよ。まったく、掃除くらいきちんとしておいてほしいわ」
(この声、どこかで聞いたような)
その声に聞き覚えのあった秋雨だが、その声の主が誰なのかを脳内で検索した結果、一人の人物がヒットする。そして、侵入者の目的がなんとなくわかってしまった彼は、別の意味で警戒を強める。
(まさか、いきなり会った人間に夜這いをかけようとは……どんだけ節操がないんだ?)
かくいう秋雨も、どちらかといえば性に対しては開放的な性格をしている。だが、今回の侵入者のように部屋に忍び込んで夜這いをかけるほど良識がない人間ではない。
そんなことを秋雨が考えているうちにどんどんとこちらに近づいてきており、彼との距離がもうすぐ目の前までになっていた。
「ふふふ、良く寝てるわ。ああ、久しぶりの獲物だわ。里の子たちが相手にしてくれなくなってからだから、十年ぶりくらいかしら」
(その情報はあまり知る必要のない情報だな)
目を瞑りながらそんなことを考えている間にも、侵入者は秋雨に近づく。そして、彼との距離が残り数十センチまで迫ったそのとき、突如として部屋の明かるくなった。
「え? な、なに?」
「おばあちゃん? 一体、ここで何をやっているの?」
「あ、あらエリーちゃんじゃないの。まだ起きてたのね」
そこに現れたのは、呆れた視線を向けながら仁王立ちになったエーリアスの姿であった。そして、当然部屋に侵入してきたのは、彼女の祖母でありエルフの里の長老でもあるターニャフィリスであった。
「おばあちゃんの彼に対する視線は露骨だったからね。間違いなく今夜あたり夜這いにくるだろうと思って見張ってたのよ」
「まあ、なんて悪い子なのかしら。祖母の唯一の楽しみを奪うなんて」
「その楽しみに巻き込まれる人間のことも考えてよ!」
「気持ち良くなれるんだからいいじゃないの。それに、今まで相手から文句を言われたことはないわよ?」
「そりゃあ、長老相手に普通のエルフが文句言えるわけないじゃない!」
(そりゃそうだ)
エーリアスの言い分に、もっともなことであると内心で彼女の意見に賛同する秋雨。しかし、ターニャフィリスとしては楽しみを邪魔されたことに変わりはなく、不満げな様子を見せる。
「とにかく、彼を襲うことは私が許しません」
「ええい、こうなったら最終手段よ。木よ我の声に応えよ【木々の戒め(ウッドバインド)】」
「ぐっ、こ、これは!?」
ターニャフィリスが魔法を唱えると、木製の床部分が手の形となってエーリアスを拘束する。身動きが取れなくなってしまった彼女も、身をよじって拘束から逃れようとする。だが、ターニャフィリスの魔法が強力なのか、拘束を解くことはできないでいた。
「さあ、これで邪魔者は消えたわ」
「いや、消えてないから、動けなくなっただけでそこにいるから」
「そんなことよりも、わたくしといいことしましょ。ああ、もう我慢できない! いただきまぁーす!!」
もはや我慢の限界とばかりに、あの有名な怪盗の三代目の如く秋雨に向かってターニャフィリスが飛び込んでくる。器用にも、飛び込みと同時に身に付けていた衣服が脱ぎ捨てられており、まさに臨戦態勢といった様相だ。
その姿に若干引きつつも、このまま彼女の行動を許すわけにもいかず、秋雨は彼女に向け魔法を放った。
「頭を冷やせ馬鹿野郎【久遠なる深き昏倒(ハイグレードフェインティング)】」
「あべばっ」
突如として放たれた魔法に対処できず、ターニャフィリスは秋雨の魔法をもろに受けてしまう。特に殺傷能力のない魔法であるが、その効果は少なくとも十二時間以上昏倒し続ける魔法であり、最短でも明日の昼まで起きてこないというなかなかに強力なものだ。
そんな魔法を食らってまるで地面に叩きつけられた蛙が如く、ターニャフィリスがうつ伏せに倒れる。そして、そこから彼女が起き上がってくることはなかった。
「ふん、痴女めが」
そんな彼女を見て秋雨がそう悪態を吐くも、彼とてそっちの面ではいろいろとやらかしており、人のことは言えないのだが、それを突っ込んでくれる人間がこの場にいないため、彼がそれに気づくことはなかったのであった。
それから、ターニャフィリスが行動不能となってことでエーリアスの拘束が解け、彼女の手によってターニャフィリスはどこかへと連行されていった。
再び静寂を取り戻した部屋に満足した秋雨は、再びベッドに横たわり、その意識を手放したのであった。
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