上 下
8 / 15
第1章 最弱の冒険者

7話

しおりを挟む

 辺りを見渡すとそこには何もない空間が無限に広がっている。
 体の感覚はなく、暑いのか寒いのかすら感じない虚無の世界をサヴァンは漂っていた。
 一分なのかはたまたうん十年なのか定かではない時の経過とともに一筋の光がサヴァンに差し込むとそのまま――。

 目を開けるとそこは白い天井、見覚えのない天井だった。
 体には目立った傷もなく、痛みもない。

 (ここは……神殿?)

 そう、彼が目を覚ますとそこはラスタリカに建設された神殿内にある【復活の祭壇】と呼ばれる台座の上にいた。
 自分は確か薬草採取のクエストに出かけ洞窟でスライムと戦っていた、そこまでの記憶はちゃんとある。
 だが気が付くと神殿にいたという事は――。

 「おお冒険者よ、死んでしまうとは情けない」

 「っ!」

 突然後ろから声を掛けられたサヴァンは驚きあまり肩をビクつかせ飛び上がる。
 サヴァンに声を掛けたのはこの神殿に務める神官であるマーレという女性神官だった。
 見た目は十代の後半だが実際は二十代半ばで緑色の髪に黄色の瞳が特徴的な女性だ、
 胸の周りの服を押し上げる膨らみはとても魅惑的で彼女に会いたいがために用もないのに
神殿に来る男性冒険者も少なくはない。
 マーレはその慈愛に満ちた微笑みを顔に浮かべながら蘇ったサヴァンを出迎えた。

 「冒険者よ、いくら何度でも蘇ることができると言っても肉体劣化の代償があるのです。
 くれぐれもそのことを忘れず命は大切にしてくださいね?」

 このマグナという世界は【死】という概念が少し特殊なものになっている。
 まず他者からの手によって受けた傷が原因で死亡してしまった場合、神の加護によって
神殿で蘇ることができるのだ。
 ただし蘇る際には死ぬ直前の肉体値、平たく言えばステータス値が参照されその情報を元に
肉体の復元がされるのだが、その時に代償として肉体情報の一部を支払うことになっている。
 だからだろうか元の肉体よりも若干ではあるが衰えた状態で蘇ってしまうのだ。
 つまり今回サヴァンはスライムに殺されてしまったため神殿で復活できたのだ。

 ちなみにこの蘇りでも復活できない場合が二つ存在する。
 一つは病気などの状態異常が原因の死だ。
 ただしこれは毒を持ったモンスターの毒による毒死は復活できるが
毒物を誤って飲み込んでしまった時などの毒死は死に至ってしまう。
 二つ目は寿命による死だ。
 ただしこのマグナには若返りの薬が存在しておりそれを使えば寿命による死を
回避できる。

 サヴァンはマーレの忠告を聞き終えるとむくりと立ち上がり彼女に向き直る。
 
 「わかってますよ、今回はちょっと相手が悪かっただけです」

 「その相手とはどのようなモンスターだったのですか?」

 「スライムです」

 「はぁ?」

 「だから、スライムです」

 「……」

 サヴァンがスライムに殺されたことを知った途端、その場を沈黙が支配する。
 そして、哀れむような目をサヴァンに向けながら励ましの言葉を掛けた。

 「そ、そうですか、いろいろ大変だとは思いますが気を落とさずに頑張ってください。
 我らの神はあなたのことをいつも見守ってくれております」

 「はあー、ありがとう……ございます」

 この時のサヴァンは知らなかった。
 スライムというモンスターがこの世界で最も弱い存在だという事を
だからこそなぜ彼女が哀れむような目で励ましてくれるのかわからなかったため
曖昧な返答しかできなかった。

 「ああ申し遅れました。 わたしはこの神殿で神官を務めますマーレと言います」

 「初めまして、僕……俺はサヴァン、十歳です。 マーレさんは何歳ですk――」

 「サヴァン君、女性に年齢を聞くのは失礼ですよ。 例え神官でも怒るときは怒りますからね」

 「え、あ、は、はいごめんなさい」

 「分かればよろしい」

 サヴァンの質問になにやら有無を言わせぬ威圧感のような雰囲気を纏ったマーレが
彼の質問の内容をたしなめる。
 その後咳ばらいを一つするとマーレがサヴァンに提案を投げかけてきた。

 「では今のサヴァン君の状態を確認するため【祈りの儀】を行いましょう。
 蘇ったということは肉体の劣化が起きているはずですから」

 「そうですね。 わかりましたお願いします」

 「では、こちらに」

 祈りの儀……この世の全ての生きとし生けるものは肉体値、ステータスと呼ばれるもので
強弱を判断している。
 高いステータスであれば当然強く、弱いステータスであれば弱い。
 神殿では具体的なステータスの値を知ることができる儀式がありそれが祈りの儀と呼ばれるものだ。

 「それではサヴァン君ここに横になってください」

 そこは大人一人分が横になれる石でできた台座があった。
 どうやらその場所で祈りの儀が執り行われるようだ。
 サヴァンは言われた通りそこに横になる。

 「では今から祈りの儀を始めますので楽にしてください」

 「は、はい……」

 初めて経験することなので少し緊張気味のサヴァンだったがマーレが彼の胸に手を乗せながら
しばらく目を閉じて祈っていると、サヴァンの寝ている台座が淡い光を放ち始める。
 何が起きるのかとドキドキしていたサヴァンだったがそれが祈りの儀の終わりを告げる光だったらしく
マーレが彼の胸から手を離し儀式の終わりを告げた。

 「もういいですよ。 楽にしてください」

 「えっ? もう終わりですか?」

 「はい、終わりました。 少し待っいてください」

 そう言いながら獅子をかたどった石像の前までマーレが歩み寄ると石像の口から羊皮紙が出てきた。
 それを石像から取ると羊皮紙に書かれた内容を確認していた。

 「うーん、やはり肉体の劣化が起きているようですね。
 サヴァン君これが今のあなたのステータスです」

 サヴァンは羊皮紙を受け取ると書かれた内容を読んだそこに表記されていたのは
幾つかの項目が数字とともに羅列されたものでありそれが二種類あった。
 どうやら羊皮紙の左側に表記された数字が肉体の劣化が起こる前の数字で
右に表記された数字が現在のステータスの数値らしい。


体力    25 → 24
魔力     0 → 0
筋力    10 → 10
耐久力    7 → 7
俊敏力   11 → 11
知力     5 → 5
精神力    6 → 6
幸運力   15 → 15


 とこのように記載されていた。

 「あんまり変わっていませんね」

 「それでも蘇る前を比べれば確実に弱くなっています。
 ですから気を付けてくださいね」

 「わかりました。 ありがとうございます」

 サヴァンはそう言ってマーレにお礼を告げるとその場を後にした。
 とりあえず次にやるべきことはクエストの再挑戦だがまだ昼を食べていないため
お腹が空いていることに気が付いたサヴァンは適当な店で昼を食べることにした。
 昼を食べ終えたサヴァンの残り所持金は23ゴルドで宿で一泊すればすぐに無くなってしまう額だ。
 何としても今受けているクエストを成功させねば冒険者を続けるための活動資金が底をついてしまう。

 (うーん、まだ日が暮れるには時間があるけどどうしようかな?)

 現在の時刻は昼の三時を過ぎた辺りで今から洞窟に向かえば仮にすぐに戻ってこれたとしても
ラスタリカの町に着くのは七時を過ぎてしまう。
 かと言ってこのまま明日まで宿で過ごすのはもったいない。
 どうすればいいのかと考えていたがとりあえず冒険者ギルドに行ってみることにした。



 ギルドに入ると皆クエストに出かけているのか人がかなり少なかった。
 サヴァンはクエストの受注ができるカウンターにいる数時間前に会話した女性に声を掛けた。

 「あのーマキナさん?」

 「いらっしゃいませ……ってサヴァンさんじゃないですか?
 どうしました、メニー苔の採取クエストに洞窟に出かけたはずですが
まさかもう戻って来たとかじゃないですよね?」

 「ええ実は……」

 サヴァンはクエストに出かけたがスライムにやられてしまったことを話した。
 すると彼女が呆れるような顔をしながらこちらを見ていた。

 「どうかしましたか?」

 「いっいえなんでもありません」

 そのときマキナはこう思っていた。

 (世界最弱のスライムに殺されるとかサヴァンさんどんだけですか……
 最弱モンスターに殺される冒険者。 まさに最弱の冒険者ですね……)

 彼女はそう思ったが、いくらサヴァンが少年とはいえ冒険者に対してそれを言葉にするのは
流石に失礼なため心の中で留めておくことにした。

 「それでここにはどのような用向きで」

 「実は今からクエストに向かうにしても中途半端な時間で帰ってくるのが夜になってしまうので
クエスト以外で何かできることはないかと思いまして」

 「そうですか、でしたら近くの森にいるウッドマッシュを狩って来てくれませんか?
 クエストには無い依頼なのでクエスト報酬は出ませんが、ウッドマッシュの素材報酬は出ますので
もしお暇でしたらお願いしたいのですが……」

 「わかりました、今から行ってきます」

 「えっ、いいんですか? ウッドマッシュですよ?」

 「はい大丈夫ですけど、何かあるんですか?」

 「実はこのウッドマッシュというのはモンスターではないため討伐クエストを出すこともできず
素材自体も簡単に手に入れてしまうことができるため例え駆け出しの冒険者でも敬遠けいえんされがちな依頼なんですよ。
 この間まで駆け出し冒険者用の採取クエストとして出していたんですが、ほとんどの冒険者さんが
モンスター討伐クエストを選んでしまうため最近では依頼自体出なくなった内容なんです」

 元々ウッドマッシュは森に生えているきのこが大気中にある魔素を過剰に摂取し過ぎたがために
魔物化した茸だがいくら魔物化しようとも所詮は茸は茸なので小さい子供でも簡単に仕留めることができる。
 また他の魔物と同じように攻撃性のある気性なのだが、攻撃の手段がないためせいぜいがその場で飛び跳ねるくらいしかしてこない無害な魔物なのだ。
 だからこそ冒険者たちからは敬遠されよほど金に困っていない限り積極的に狩る魔物ではないというのが常識だった。

 「夕方になるまでの暇つぶしですし、ぱっと行ってぱっと帰ってきますよ。
 じゃあマキナさんまた」

 そう言ってサヴァンはマキナに挨拶を交わし、ギルドを後にした。
 残されたマキナはただ呆然と彼がギルドを後にするのを黙って見送るしかなかったのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:510

異世界喫茶『甘味屋』の日常

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,953pt お気に入り:1,220

突然の契約結婚は……楽、でした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:50,226pt お気に入り:1,099

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,494pt お気に入り:3,343

元Sランク冒険者パーティーの荷物持ち、修行を積んで錦を飾る

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:322

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:63,695pt お気に入り:23,326

オンラインゲームしてたらいつの間にやら勇者になってました(笑)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:204

最愛の人がいるのでさようなら

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:48,184pt お気に入り:568

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:518pt お気に入り:226

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:17,978pt お気に入り:7,456

処理中です...