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22話「家に侵入したネズミ(人)を捕まえるみたい」

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 街へと帰還した姫たちは、森で手に入れたモンスターの素材を商業ギルドで売却し、僅かながらの金銭を手に入れた。


 ミルダにも分け前を与えようとした姫だったが、彼女が頑なに拒否したため、貯蓄に回すことになった。彼女曰く「奴隷であるアタイが、主人から金を貰うなどもってのほかです」とのことらしい。


 今回はミルダの主張を尊重した姫だが、いずれ彼女にはそれ相応の報酬を支払うつもりでいる。その時に今回の取り分もまとめて払えばいいと姫は心のメモに書き留めた。


 ちなみにモンスターの素材の売却金の合計額は2000ゼノほどと大したことはなかった。ファングボアから入手した肉は、今後姫が料理をするための食材として取っていて、すでに彼女の頭の中ではその肉をどう料理してくれようかという考えを巡らせていた。


 商業ギルドから家に戻った時には既に辺りは夕焼け空となっていた。すぐに夕食の支度をして食事を済ませ、いろいろと疲労が溜まっていたこともあって、手早く風呂に入り、その日はそのまま就寝する運びとなった。


 そこまではよかったのだが、事件は二人が眠りに就いてから数時間後に起こった。


「……るじ……主」

「うっ、ううん……ミルダ、どうしたの?」


 今日の疲れから深い眠りに就いていた姫だったが、突然ミルダに揺さぶり起こされる。声が少し固い様子から、どうやら何かしらの緊急事態が発生したらしいことはすぐに理解できた。


「主、台所から妙な物音がします。もしかしたら、賊が侵入してきたのかもしれません」

「わかった。とりあえず、台所に行ってみましょ」


 ボーっとする頭を振って何とか眠気を吹き飛ばした後、姫たちは二階の寝室から一階の台所へと静かに向かう。ミルダの言った通り、確かに何者かの気配が台所から漂ってきており、少しではあるが物音も聞こえてくる。


 姫はミルダに向けて人差し指を口元に当てた後、捕まえるジェスチャーをして“物音を立てずに捕まえられるか?”と問い掛けると、無言のまま頷いたので彼女に侵入者の捕獲を任せることにした。


 ミルダが侵入者を取り逃がした時に備えて、姫は後詰めとして待機する。姫の指示に従って、ミルダは気配を殺し、確実に標的に近づいていく。小さい頃から森で狩りをしていたミルダにとって、気配を殺しながら標的に接近することは造作もなく、瞬く間に標的を手の届く射程範囲に捉えた。


 そして、相手がこちらに気付いていないことを確認すると、その首根っこを掴み宙へと引きずり上げる。


「にゃあああああ!? なんにゃああああああああ!!」

「おとなしくしろ賊め!」

「お前はもう完全に包囲されている。諦めておとなしく投降しなさーい!!」


 二人しかいないのにも関わらず、完全に包囲したと豪語する姫はさておき、自分が家の住人に捕まったことを理解した賊が、ミルダの手から逃れようと激しく抵抗する。


 そんな賊を逃がすまいと、ミルダも左腕に力を込め激しく上下に振り動かす。想像してみて欲しい、身長二メートル近い巨体の人間に首根っこを掴まれた状態で激しく上下に動かされた相手の状態を……。そう、失神である。


 ミルダのあまりの腕力と上下の運動に意識を保っていられなくなった賊は、気付けばぐったりとして動かなくなった。


「ちょ、ちょっとミルダ!? やり過ぎじゃないかな? この子気を失ってるわよ」

「意識が戻ればまた逃げ出そうとするでしょうし、死んでいませんのでこれくらいでちょうどいいのです」


 月明かりに照らされた賊は、まだ若い少女の姿をしていた。見た目は十代半ば過ぎ頃くらいで、細くてバネの効きそうなシャープな体つきをしつつも、女性的な膨らみもそこそこあり、俗に言う“スレンダー巨乳”という体型だ。


 さらに視覚的な特徴として、臀部から生えた尻尾ともふもふなケモ耳を持っており、所謂獣人というカテゴリに分類される種族のようだ。


「とりあえず、縄か何かで縛っとこうか。起きたら絶対暴れるだろうし」

「承知」


 ミルダに賊の彼女を縄で縛る指示を出し、その後彼女に鑑定を使用する。




名前:ミャーム(♀)

年齢:17歳

種族:亜人(猫人族)

体力:570 / 1280

魔力:330 / 400

スキル:【瞬足Lv5】、【身体強化Lv3】、【窃盗術Lv3】

称号:盗人、気分屋

状態:空腹、衰弱、気絶




 鑑定結果を見た姫が、驚きのあまり目を見開く。捕らえた賊の能力が、予想していたよりも高性能だったからだ。少女の名前はミャームといい、年齢は17歳で猫の獣人らしい。


 能力を見てみると、今まで盗みで食っていたことを匂わせるスキルと称号を持っていた。体型からも予想できる通り、パワーではなくスピードを重視するタイプらしい。


 すばしっこい相手だということが判明したのだが、ここで姫にとある疑問が浮かんだ。なぜスピードのある相手なのにミルダでも捕まえることができたのかと。


 理由は全部で三つあり、彼女――ミャームの状態に衰弱があることからもともと万全のコンディションではなかったという点が一つ。二つ目として姫たちが台所に来た時点で、パンを食べるのに夢中になっていて気付かなかったこと。最後はいつも忍び込んでいたこともあって、今回もバレないだろうと彼女自身が油断していたことの以上三つが理由だった。


 ひとまずまだ暗い時間帯ということもあり、ライトの魔法で光源を確保する。暗闇に包まれていた室内が明るくなり、少し目に眩しさを感じる。


 しばらくして少女が目を覚まし、案の定逃走を図ろうと暴れるも、あらかじめ縄で縛ってあったため逃げることはできなかった。


「……」

「主、こいつをどうしましょうか?」

「普通だったら衛兵に突き出すんだよね?」

「ええ、それが普通です」

「ちなみに、家の不法侵入と食べ物を盗んだ罪ってどれくらいの刑罰になるの?」

「初犯であれば、犯罪者として奴隷となるか、少なくとも五年は強制労働者として働く事になりますね。常習なら、被害の度合いによって差が出ますが、十年以上の強制労働または奴隷落ち、最悪の場合極刑もあり得ます」

「ふーん」


 ミルダから得た情報を頭で整理しつつ、最善の方法を思案する。しばらく沈黙が室内を支配し、徐に姫が少女へと近づき話し掛けた。


「ねぇ、あなた名前は?」

「……」

「答えたくないならいいけど、その代わりこれからあなたのこと“ゴブリンの鼻くそ”って呼ぶけど構わないかしら? ねぇ、ゴブリンの鼻くそ」

「ニャーの名前はミャームニャ! ゴブリンの鼻くそじゃないニャ!!」

「そう、あたしは姫であの子はオーガ族のミルダっていうんだけど。ミャームに提案があるんだけど、聞く気はある?」

「提案?」


 姫の突然の申し出に怪訝な表情を浮かべるも、そんなことはお構いなしにと姫は話を続ける。


「あなたはあたしの家に無断で侵入した罪と、家にあった食べ物を勝手に盗んで食べた罪で衛兵に突き出すんだけど、たぶん初犯じゃないだろうから十年の強制労働か奴隷に落とされるでしょうねー」

「そ、それだけは許してほしいニャ! 勝手に家に入って食べ物を盗んだことは謝るニャ、だから――」

「だったら、あたしの奴隷になりなさい」

「ど、奴隷!?」


 姫の要求に思わず目を見開くミャームだったが、さらに姫は彼女にわかりやすく今自分の置かれた状況を懇切丁寧に説明した。


 このまま衛兵に突き出せば、最悪極刑を受けることになるかもしれないことや、ミャーム本人を鑑定した結果高い能力を持っていたため、罪を帳消しにする代わりに姫の奴隷として生きという条件を受け入れろということなどだ。


「……」

「ちなみに言い忘れてたけど、あなたの食べたパンはただのパンじゃなくて、あたししか製法を知らない特別なパンなの。まだ商業ギルドにもレシピを教えてないからどこにも売ってないものなのよねー。そして、あたしがこのパンの製法のレシピに値段を付けるなら最低でも100万ゼノの値を付けるわ。この意味がわかるかしら?」

「ひゃひゃひゃ、100万ゼゼゼのぉおおおお!?」

「あたしの奴隷になるか、極刑を受けるか、100万ゼノを支払うかどれか一つを選びなさい!!」


 いつの間にか三択を迫っている姫だが、衛兵に突き出した場合最悪極刑になるというだけで、確実に極刑になるわけではない。そのことを理解していたが、姫は敢えてその情報を言わずミャームに三択を迫った。


 追い詰められた人間というのは、時に冷静な判断力を失う。最初に提示された奴隷になるという条件に対し、難色を示していたミャームだったが、そこに極刑と100万ゼノの賠償金を支払うという条件が加わるだけで、最初に提示した姫の奴隷になるという条件があとの二つよりもマシに思えて来てしまう。


 ドア・イン・ザ・フェイス(譲歩的要請法)という交渉術がある。最初に断られるほどの大きな要求をし、断られたら小さな要求に変えるというものだ。


 今回はその逆で、最初に断られるであろう要求を提示し、そのあとの条件を最初に提示した要求よりも厳しいものにすることで、あたかも最初に提示した要求が好条件だと錯覚させている。


「はっきりしないわね。なんなら今すぐ極刑を受けさせてあげましょうか?」

「ニャーニャーニャー! わ、わかったニャ。奴隷になるニャ」

「そう、命拾いしたわね」


 はっきりしないミャームに結論を出させるべく、魔法を使い手のひらに火の玉を出してやるとすぐさま奴隷になるという返事が返ってきた。


 ミャームの返答に満足した姫は、その後もうひと眠りするべくミルダに見張りをお願いし寝室へと戻っていった。姫が交渉している時、ミルダの顔はどこか呆れを含んでいたが、彼女がそれに気付くことはなかったのである。
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