25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号

文字の大きさ
24 / 37

22話「家に侵入したネズミ(人)を捕まえるみたい」

しおりを挟む


 街へと帰還した姫たちは、森で手に入れたモンスターの素材を商業ギルドで売却し、僅かながらの金銭を手に入れた。


 ミルダにも分け前を与えようとした姫だったが、彼女が頑なに拒否したため、貯蓄に回すことになった。彼女曰く「奴隷であるアタイが、主人から金を貰うなどもってのほかです」とのことらしい。


 今回はミルダの主張を尊重した姫だが、いずれ彼女にはそれ相応の報酬を支払うつもりでいる。その時に今回の取り分もまとめて払えばいいと姫は心のメモに書き留めた。


 ちなみにモンスターの素材の売却金の合計額は2000ゼノほどと大したことはなかった。ファングボアから入手した肉は、今後姫が料理をするための食材として取っていて、すでに彼女の頭の中ではその肉をどう料理してくれようかという考えを巡らせていた。


 商業ギルドから家に戻った時には既に辺りは夕焼け空となっていた。すぐに夕食の支度をして食事を済ませ、いろいろと疲労が溜まっていたこともあって、手早く風呂に入り、その日はそのまま就寝する運びとなった。


 そこまではよかったのだが、事件は二人が眠りに就いてから数時間後に起こった。


「……るじ……主」

「うっ、ううん……ミルダ、どうしたの?」


 今日の疲れから深い眠りに就いていた姫だったが、突然ミルダに揺さぶり起こされる。声が少し固い様子から、どうやら何かしらの緊急事態が発生したらしいことはすぐに理解できた。


「主、台所から妙な物音がします。もしかしたら、賊が侵入してきたのかもしれません」

「わかった。とりあえず、台所に行ってみましょ」


 ボーっとする頭を振って何とか眠気を吹き飛ばした後、姫たちは二階の寝室から一階の台所へと静かに向かう。ミルダの言った通り、確かに何者かの気配が台所から漂ってきており、少しではあるが物音も聞こえてくる。


 姫はミルダに向けて人差し指を口元に当てた後、捕まえるジェスチャーをして“物音を立てずに捕まえられるか?”と問い掛けると、無言のまま頷いたので彼女に侵入者の捕獲を任せることにした。


 ミルダが侵入者を取り逃がした時に備えて、姫は後詰めとして待機する。姫の指示に従って、ミルダは気配を殺し、確実に標的に近づいていく。小さい頃から森で狩りをしていたミルダにとって、気配を殺しながら標的に接近することは造作もなく、瞬く間に標的を手の届く射程範囲に捉えた。


 そして、相手がこちらに気付いていないことを確認すると、その首根っこを掴み宙へと引きずり上げる。


「にゃあああああ!? なんにゃああああああああ!!」

「おとなしくしろ賊め!」

「お前はもう完全に包囲されている。諦めておとなしく投降しなさーい!!」


 二人しかいないのにも関わらず、完全に包囲したと豪語する姫はさておき、自分が家の住人に捕まったことを理解した賊が、ミルダの手から逃れようと激しく抵抗する。


 そんな賊を逃がすまいと、ミルダも左腕に力を込め激しく上下に振り動かす。想像してみて欲しい、身長二メートル近い巨体の人間に首根っこを掴まれた状態で激しく上下に動かされた相手の状態を……。そう、失神である。


 ミルダのあまりの腕力と上下の運動に意識を保っていられなくなった賊は、気付けばぐったりとして動かなくなった。


「ちょ、ちょっとミルダ!? やり過ぎじゃないかな? この子気を失ってるわよ」

「意識が戻ればまた逃げ出そうとするでしょうし、死んでいませんのでこれくらいでちょうどいいのです」


 月明かりに照らされた賊は、まだ若い少女の姿をしていた。見た目は十代半ば過ぎ頃くらいで、細くてバネの効きそうなシャープな体つきをしつつも、女性的な膨らみもそこそこあり、俗に言う“スレンダー巨乳”という体型だ。


 さらに視覚的な特徴として、臀部から生えた尻尾ともふもふなケモ耳を持っており、所謂獣人というカテゴリに分類される種族のようだ。


「とりあえず、縄か何かで縛っとこうか。起きたら絶対暴れるだろうし」

「承知」


 ミルダに賊の彼女を縄で縛る指示を出し、その後彼女に鑑定を使用する。




名前:ミャーム(♀)

年齢:17歳

種族:亜人(猫人族)

体力:570 / 1280

魔力:330 / 400

スキル:【瞬足Lv5】、【身体強化Lv3】、【窃盗術Lv3】

称号:盗人、気分屋

状態:空腹、衰弱、気絶




 鑑定結果を見た姫が、驚きのあまり目を見開く。捕らえた賊の能力が、予想していたよりも高性能だったからだ。少女の名前はミャームといい、年齢は17歳で猫の獣人らしい。


 能力を見てみると、今まで盗みで食っていたことを匂わせるスキルと称号を持っていた。体型からも予想できる通り、パワーではなくスピードを重視するタイプらしい。


 すばしっこい相手だということが判明したのだが、ここで姫にとある疑問が浮かんだ。なぜスピードのある相手なのにミルダでも捕まえることができたのかと。


 理由は全部で三つあり、彼女――ミャームの状態に衰弱があることからもともと万全のコンディションではなかったという点が一つ。二つ目として姫たちが台所に来た時点で、パンを食べるのに夢中になっていて気付かなかったこと。最後はいつも忍び込んでいたこともあって、今回もバレないだろうと彼女自身が油断していたことの以上三つが理由だった。


 ひとまずまだ暗い時間帯ということもあり、ライトの魔法で光源を確保する。暗闇に包まれていた室内が明るくなり、少し目に眩しさを感じる。


 しばらくして少女が目を覚まし、案の定逃走を図ろうと暴れるも、あらかじめ縄で縛ってあったため逃げることはできなかった。


「……」

「主、こいつをどうしましょうか?」

「普通だったら衛兵に突き出すんだよね?」

「ええ、それが普通です」

「ちなみに、家の不法侵入と食べ物を盗んだ罪ってどれくらいの刑罰になるの?」

「初犯であれば、犯罪者として奴隷となるか、少なくとも五年は強制労働者として働く事になりますね。常習なら、被害の度合いによって差が出ますが、十年以上の強制労働または奴隷落ち、最悪の場合極刑もあり得ます」

「ふーん」


 ミルダから得た情報を頭で整理しつつ、最善の方法を思案する。しばらく沈黙が室内を支配し、徐に姫が少女へと近づき話し掛けた。


「ねぇ、あなた名前は?」

「……」

「答えたくないならいいけど、その代わりこれからあなたのこと“ゴブリンの鼻くそ”って呼ぶけど構わないかしら? ねぇ、ゴブリンの鼻くそ」

「ニャーの名前はミャームニャ! ゴブリンの鼻くそじゃないニャ!!」

「そう、あたしは姫であの子はオーガ族のミルダっていうんだけど。ミャームに提案があるんだけど、聞く気はある?」

「提案?」


 姫の突然の申し出に怪訝な表情を浮かべるも、そんなことはお構いなしにと姫は話を続ける。


「あなたはあたしの家に無断で侵入した罪と、家にあった食べ物を勝手に盗んで食べた罪で衛兵に突き出すんだけど、たぶん初犯じゃないだろうから十年の強制労働か奴隷に落とされるでしょうねー」

「そ、それだけは許してほしいニャ! 勝手に家に入って食べ物を盗んだことは謝るニャ、だから――」

「だったら、あたしの奴隷になりなさい」

「ど、奴隷!?」


 姫の要求に思わず目を見開くミャームだったが、さらに姫は彼女にわかりやすく今自分の置かれた状況を懇切丁寧に説明した。


 このまま衛兵に突き出せば、最悪極刑を受けることになるかもしれないことや、ミャーム本人を鑑定した結果高い能力を持っていたため、罪を帳消しにする代わりに姫の奴隷として生きという条件を受け入れろということなどだ。


「……」

「ちなみに言い忘れてたけど、あなたの食べたパンはただのパンじゃなくて、あたししか製法を知らない特別なパンなの。まだ商業ギルドにもレシピを教えてないからどこにも売ってないものなのよねー。そして、あたしがこのパンの製法のレシピに値段を付けるなら最低でも100万ゼノの値を付けるわ。この意味がわかるかしら?」

「ひゃひゃひゃ、100万ゼゼゼのぉおおおお!?」

「あたしの奴隷になるか、極刑を受けるか、100万ゼノを支払うかどれか一つを選びなさい!!」


 いつの間にか三択を迫っている姫だが、衛兵に突き出した場合最悪極刑になるというだけで、確実に極刑になるわけではない。そのことを理解していたが、姫は敢えてその情報を言わずミャームに三択を迫った。


 追い詰められた人間というのは、時に冷静な判断力を失う。最初に提示された奴隷になるという条件に対し、難色を示していたミャームだったが、そこに極刑と100万ゼノの賠償金を支払うという条件が加わるだけで、最初に提示した姫の奴隷になるという条件があとの二つよりもマシに思えて来てしまう。


 ドア・イン・ザ・フェイス(譲歩的要請法)という交渉術がある。最初に断られるほどの大きな要求をし、断られたら小さな要求に変えるというものだ。


 今回はその逆で、最初に断られるであろう要求を提示し、そのあとの条件を最初に提示した要求よりも厳しいものにすることで、あたかも最初に提示した要求が好条件だと錯覚させている。


「はっきりしないわね。なんなら今すぐ極刑を受けさせてあげましょうか?」

「ニャーニャーニャー! わ、わかったニャ。奴隷になるニャ」

「そう、命拾いしたわね」


 はっきりしないミャームに結論を出させるべく、魔法を使い手のひらに火の玉を出してやるとすぐさま奴隷になるという返事が返ってきた。


 ミャームの返答に満足した姫は、その後もうひと眠りするべくミルダに見張りをお願いし寝室へと戻っていった。姫が交渉している時、ミルダの顔はどこか呆れを含んでいたが、彼女がそれに気付くことはなかったのである。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました

mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。 なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。 不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇 感想、ご指摘もありがとうございます。 なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。 読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。 お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...