25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号

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31話「ボスと戦うみたい」

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 扉の先に広がっていたのは、開けたスペースだった。ボスと戦う部屋であるため、ある程度のスペースが確保されているようで、天井もそれなりに高い。


 二十五メートルプールほどの広さと天井までの高さが十メートルほどある空間に数十匹のモンスターが蠢いていた。種類はゴブリンとコボルトの二種類で、それらが群れを形成している。


 群れの奥にまるで指揮官のように君臨する一際目立つモンスターがいた。見た目はゴブリンだが、背格好は通常のゴブリンよりも一回り以上大きく、その目には明らかな知性を宿している。


 その他にも知性のないモンスターには到底扱う事のできないバスターソードを装備しており、群れているモンスターとは一線を画していることは明らかだ。


「まずは雑魚掃除からね。じゃあ、ミルダとミャームが前に出てあたしが魔法で殲滅――」

「ふん」

「もう終わりかニャ? あとはあの大きいゴブリンだけだニャ」

「……」


 姫がボス戦に向けての指示を出そうと二人の姿を認識した時にはすべてが終わった後だった。


 ボス部屋に入った瞬間、ミルダとミャームの二人は敵の戦力を瞬時に把握し、ほぼ同時に飛び出した。そして、相手が臨戦態勢に入る前に一撃粉砕の名のもとに一匹、また一匹とモンスターの群れを蹂躙した結果、姫が二人に視線を向けた時にはボス以外のモンスターは光の粒子となりドロップアイテムへと変貌を遂げてしまっていたのだ。


 それを見た姫は呆然となり、一瞬何が起こったのか理解するまでに数舜の時を要してしまった。それから彼女が状況を把握すると同時に呆れと苛立ちの感情が湧いてきたのである。


「二人とも、ちょっとこっちに来なさい……」


 それから姫の説教が始まった。勝手に行動したことはもちろんのこと、こういった状況において重要になってくるのはパーティーメンバー同士の連携なのだ。


 今は低階層ということもあって力押しでの攻略が有効になっているが、階層数が増えれば増えるほどモンスターの強さは比例して強くなっていく。


 そうなった場合、力押しが通用しなくなる時が必ず来ることは明白であり、それを認識した時はすでに手遅れになっている可能性が高い。


 それを姫は理解しており、現時点で格下であるモンスターとの戦闘で三人の連携を確認しておきたかったのだが、残念ながらその目論見は二人の行動によって見事にご破算となってしまったのであった。


「だから、この戦いで三人での連携を確認する必要があったの。それなのにいきなり突撃するなんて、これがもっと深い階層だったら返り討ちにあっていたかもしれないのよ?」

「も、申し訳ありません」

「ご、ごめんなさいニャ」


 姫の言葉に自分たちがどれだけ浅慮な行動を取っていたかを理解したミルダとミャームが謝罪の言葉を口にする。二人が反省していることを確認すると、ため息一つを吐き出し姫がボスに向かって歩き出す。


「わかってくれたならもういいわ。じゃあ、勝手に行動した罰としてあのボスはあたしがもらうから」

「そ、そんニャー」

「やっと歯ごたえのありそうな相手と戦えると思ったのに……」


 二人の講義の声を黙殺すると、姫はボスに向かって歩き出した。そして、ボスの情報を把握するため彼女は鑑定のスキルを使用する。



名前:ホブゴブリン(♂)

年齢:0歳

種族:ゴブリン

体力:1200 / 1200

魔力:60 / 60

スキル:【指揮Lv1】、【身体強化Lv1】、【剣術Lv2】

称号:なし

状態:なし



 鑑定を使いボスであるホブゴブリンの情報を把握した姫は、ゆっくりとした歩調で歩いていく。


「グオオオオオオオオ!」


 そして、ここでようやく事態を把握したホブゴブリンが激昂の雄叫びを上げる。奴隷たちの攻撃によって瞬く間に群れが蹂躙されたという事実に驚いていたのは姫だけではなくボスであるホブゴブリンも同じで、その状況を理解した時には十数メートル先にこちらに向かってきている姫の姿が目に映るだけであった。


 部下を全て失ったことに対し怒りの感情を露わにしたホブゴブリンが、姫に向かって行進を開始する。百二十センチ程度のゴブリンよりも大きな上背の百五十半ばの体が迫りくる。百六十前半程度の体格しか持たない姫にとっては恐怖を掻き立てられることはないが、それでも相手がモンスターという存在である以上、命を脅かされる要素は十分に持ち合わせている。


 それが証拠に、毎年このホブゴブリンによって命を散らす駆け出し冒険者の数は五十は下らない。しかし、元の話を辿るのであれば、姫がやってきたこの【ヴァールグラン】という世界は地球と比べて命の重さがとてつもなく軽いのである。


 血気盛んな若者が命知らずな行動を取る傾向にあるのはどの世界でも同じことであり、自身が軽率な行動を取っていたことに気付いた時には既に手遅れな状況になってからがほとんどであるからして、このホブゴブリンが駆け出し冒険者の死因となる要素を占めているとは言い難い状況であったりもする。


 姫とホブゴブリンがお互いに歩みを進める中、徐々にその距離が縮まっていく。そして、ホブゴブリンの持つバスターソードの間合いに入ったその時、先に動いたのは奴だった。


 身の丈ほどもあるバスターソードを軽々と使いこなし、姫の頭をかち割るべくその剣身を振り上げた。


 ホブゴブリンの背丈から考えて、あれほど軽々とバスターソードを扱うことは困難だ。しかし、奴の持っている【身体強化】と【剣術】のスキルがそれを可能としていた。


「そんなノロい攻撃があたしに当たるわけないでしょ。《身体強化》、えいっ」


 だが、奴にとって不運だったのは姫も同じ身体強化が使えるということと、自分よりも遥かに高いステータスを保持していたことであった。


 ミルダとミャームよりも遥かに高い身体能力に加え、身体強化のレベルも6というハイレベルな領域にまで達している。姫はホブゴブリンがバスターソードを振り上げた瞬間、その懐に入り込み軽い気持ちで右ストレートを打ち込んだ。


 右脇腹に突き刺さった拳は、通常であれば打撃の衝撃と共にホブゴブリンの体を駆け巡るはずであった。だが、圧倒的なまでに強化された彼女の拳の衝撃に低階層のボス如きであるホブゴブリンの肉体が耐えられるはずもなく、その体にバスケットボール大ほどの風穴が出来上がる結果を生み出してしまった。


「ギャアアアアアアア」


 先ほどまでそこにあったはずの肉体が消失したことを自覚した瞬間、ホブゴブリンの体に激痛が迸る。その結果先ほどの雄叫びとは比べ物にならないほどの大音声の絶叫が響き渡る。


 通常であればこれで決着がついていてもおかしくないのだが、そこは腐ってもボスである。苦痛に歪む表情を浮かべながらも、最後の力を振り絞りバスターソードを横薙ぎに振り払ってきた。


 そんな姿を見て姫も内心で感心していたが、彼女に嗜虐趣味はないため一気に片を付けるべく行動を開始する。


「ふっ、これで終わりよ」


 ホブゴブリンが横薙ぎに払ってきた攻撃を跳躍で躱すと、そのまま奴の側面に回り込み再びその体を飛翔させる。未だに渾身の一撃を込めたバスターソードを振るうホブゴブリンに対し、左の拳を奴の側頭部にお見舞いする。


 今度は風穴が開かないよう力を調節して放ったのだが、そんな彼女のささやかな努力も虚しくホブゴブリンの頭部が胴体とお別れすることになってしまった。


 虚しい努力といっても力加減には成功しており、今回は風穴が開くことはなかったのだが、それでも首が胴体から千切れ飛ぶほどの力は持っていたらしく、ホブゴブリンの首が地面を転がり落ちていく。


 ホブゴブリンが最後に見た光景は自身の視界が回転する異常な景色であり、それが自分の首が胴体から吹き飛んだことが原因だと理解した瞬間、すでに奴は絶命していた。


 首から上を失った胴体が光の粒子となって消失し、あとに残ったのはドロップアイテムの魔石と吹き飛ばされた頭部だけであった。


「うん、まあ最初のボスとしてはこんなもんかな」


 ほとんど瞬殺といっていい結果に何の取り留めもない感想を口にする姫。そして、戦いが決着するとミルダとミャームの二人が駆け寄ってきて姫の戦いを賞賛する。


「さすがです。ボスを相手にあんなに簡単に勝ってしまうとは」

「ご主人、強すぎニャ」


 二人の賞賛を受けつつもドロップアイテムを回収した姫は、すぐに移動を開始する。


 ボス部屋の先には淡い光を放つ魔法陣があり、その先には下り階段がある。ミルダの話によると魔法陣は地上に戻るための転移の魔法陣で、魔法陣の上に乗りながら行きたい階層を口にするとその場所に転移するらしい。


 ちなみに転移する事のできる階層は一度足を踏み入れたことのある場所に限定されるとのことなので、不正に魔法陣を利用することはできない対策が施されている。


「二人とも、今日はこれでやめておきましょ」

「わかりました」

「いい運動になったニャ」


 それぞれに感想を口にする二人を伴って、姫は魔法陣で地上に帰還するのであった。
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