国民的アイドルは乙女ゲームのヒロインに転生したようです~婚約破棄の後は魔物公爵に嫁げ?えー、何でよ?!

むぎてん

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2 リリアの前世

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王宮からコンポジット伯爵邸に戻った私はトーマス殿下から言われた通り、二日後ボンディング公爵の元へ嫁ぐべく大急ぎで荷造り中だ。

まあ、トーマスがそうしろと言うなら仕方がない。

昔、トーマスがプレゼントしてくれた熊のぬいぐるみ、『マシュー』を抱き締めて撫でた後、ストールで包んでトランクに入れた。
が、少し考えてまた出した。
出発までまだ二日あるのよ、マシューがいなくちゃ寝られないわ。


私、リリア・コンポジットが前世の記憶を思い出したのは、トーマスと婚約が決まった10歳の時だった。

前世の私は日本のアイドル。
地下アイドルとかネットアイドルとかそんなものではない。
本物のアイドル、マスコミいわく世紀のアイドル、国民的アイドルというヤツ。
百年に一人の美少女とも呼ばれたわね。
え、羨ましい?
バカを言っちゃいけないわ。

芸能人というのはアイドルに限らず、いつどこにいても、必ず誰かに見られているのよ。
知らない間にスマホで撮影されて、ネットで拡散される事だってしょっちゅう。

だから、家から一歩出たら全身に気合いを入れるのが癖になったわ。
前から見ても、後ろから見ても、右から見ても、左から見ても、どの角度から見られても美しいと言われるように。
爪の先、いや、髪の毛の一本一本にまで全神経を集中させる。
世の中のすべての人間から
「さすが国民的アイドル、『加々美リン』ね!」
と言われるように。

その反動か、仕事や用事がある時以外はほとんど家で引きこもり状態。
伸びきったスエットを着て、一日中スマホでありとあらゆるゲームをやり漁る。
『アレクサンドラ王国の恋する乙女』もその中のひとつだった。


そんな私の人生は、ある日突然終わりを告げたわ。

アイツに殺されたのよ。

アイツもアイドルだった。
国民的アイドルグループ『CRASH』のメンバー、マサヤ。
マサヤは私をしつこくストーキングしたあげく、最後は殺した。

それはもうビックリするくらい、でっかい包丁で刺しやがったのよ!
いくら『CRASH』だからって私の人生まで壊さなくてもいいじゃないの!

あの時のマサヤの顔は今も目に焼き付いているわ。
アイドル特有の甘いマスクは剥がれ落ち、歪んだ笑顔で虚ろな瞳が狂喜でギラギラ光っていた。


そして気がついたら乙女ゲームの世界に転生していて、しかもヒロインだなんて冗談じゃない。

私は普通に生きたいのよ。
私はただのリリアとして生きたいの。
穏やかな田舎で静かにのんびり暮らしたい。

ということで、やっと婚約破棄に漕ぎ着けたっていうのに!
いきなり嫁げだなんて何考えてんのよ!
くそトーマスめ!



・・・・・・ボンディング公爵か。
確か27歳だったはず。
現在17歳の私とは10歳の年の差があるが、特に珍しい事でもない。
前世の世界でも10歳差の夫婦は普通にいたし、私も24歳まで生きたしね。

魔物のような恐ろしい容姿をしていると噂はあるけれど、実際に会ったことはない。
ボンディング公爵が夜会やお茶会などの公の場に出てくることは無かったから。

見た目を気にして出てこれないのよ、なんてどっかの噂好きのご夫人が言ってたわね。
幾人ものご令嬢に婚約の打診を断られているとも言ってたわ。

まあ、私としては見た目なんてどうでもいいのよ。

普段はものすごい爽やかイケメンのストーカー殺人野郎を知ってるからね。

お前のことだよ、マサヤ!


それに、魔物のような見た目、なんて笑っちゃう。

私は知ってるわ。
魔物は外見じゃない。
人の心の中に棲むものよ。

だから中身、中身が大事。

ボンディング公爵、どんな人なのかしら。
結婚するんだもん、優しい人だったらいいな。




そうしてあの婚約破棄から三日後、私はボンディング公爵の元へと向かう馬車に乗り込んだ。

「それでは、お父様、お母様、いって参ります。今日まで本当にありがとうございました」

「リリア、くれぐれもボンディング公爵に粗相のないように気をつけなさい。王太子から婚約破棄された今、お前にできることは、魔物公爵をたらしこみ、このコンポジット伯爵家に恩恵をもたらすことだけだ。さあ行け」

お父様が冷たい声で別れの言葉を告げる。

「リリア、頑張りなさい。冷たくされようが暴力を振るわれようが、絶対に帰ってきてはいけませんよ」

お母様は厳しい表情で。

「頑張りますわ。お父様、お母様」

「ハァッ!」
御者の掛け声とともに馬車がゆっくりと走り出す。

さようなら。お父様、お母様。
さぞかし清々したでしょうね。
私は大丈夫、今世こそどんな境遇でも生き延びて見せるわ。

私はこの世界のヒロイン、リリア。
前世は世紀のアイドル、国民的アイドルと呼ばれた『加々美リン』
そのスキルは健在だ。

きっと何とかなるわ。

さあ、リリア、出発よ。
私は腕の中のマシューをギュッと抱き締めた。


───────────────
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