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5 帰りませんわ!
しおりを挟む「では、婚約の書類が出来次第、コンポジット伯爵家に送ります。伯爵にもよろしくお伝え下さい。今日は本当にありがとうございました。この後また馬車に揺られるのは大変でしょうが、お気を付けて」
ボンディング公爵が頭を下げてそう言った。
は?
私、帰るの?
馬車はとっくに帰してしまったし、荷物もぜーんぶ運び込んじゃったわよ?
「あ、あの、申し訳ないのですが、伯爵家の馬車はあのまま帰してしまいまして。その、先ほども申しました通り、このまま婚姻を結ぶつもりで参りましたから、荷物もすべてこちらの方に運んでしまいました」
伯爵家に帰っても、私のものは何もないし、お父様、お母様ともお別れをしてきたのよ?
「両親もわたくしも、一年間の婚約期間があるなどトーマス殿下からは一言も伺っておりませんでしたので・・・・・・その、ごめんなさい」
ボンディング公爵は一瞬カクッとよろけたあと
「そ、そうですか。では貴女の部屋を早急に準備しなければなりませんね」
そう言って執事のセバスに合図を送った。
セバスが嬉しそうに頭を下げて部屋から出ていく。
ちょっと強引だったかな?
でもしょうがないわ。
荷造りはめちゃくちゃ大変だったもの。
また荷物を送り返して、あの大量の荷ほどきするのも面倒だし。
両親も私が帰ってきたら嫌がるだろうしね。
あ、別に冷たかった両親を恨んだりなんてしてないわよ?
衣食住も、貴族令嬢としての教育も充分に施してくれた。
くれなかったのは親としての愛情だけで、しかしそれを私は特に欲しかったとも思わない。
私が親として慕ったのは前世アイドル時代のマネージャーさんだけなのよ。
それにしても一年間の婚約期間がトーマスの優しさなのはわかっているけど、私としてはいきなり結婚でも良かったかなってくらいにはボンディング公爵の見た目は好みだ。
でも、やっぱり中身が大事。
いくら好みの見た目でも、マサヤみたいな中身だったら最悪だ。
また殺されたら洒落にならないわ!
うん、婚約期間の一年間、一緒に暮らすのはいいかも知れないわね。
生活を共にすれば、さすがにお互いごまかしは利かないもの。
一年後、ボンディング公爵の中身に難があると判断したら結婚しなくてもいいってことでしょ?
トーマスはやっぱり優しいなぁ。
さすが私のトーマス。
婚約破棄の後片付けは、さぞかし大変だろうけど頑張ってね!
私はボンディング公爵の元で密かに応援しているわ。
「失礼を承知でお聞きするが、貴女とトーマス殿下は何故婚約破棄など・・・・・・?」
ボンディング公爵が申し訳無さそうに聞いてきた。
トーマスからは何も聞いていないのかしら。
「トーマス殿下には、わたくしのほかに想いを寄せる方ができたのです」
「は?」
「その方と婚約を結び直されるのではないかと」
ボンディング公爵が大きく目を見開いて驚いた。
「な、なんということだ、では貴女はトーマス殿下に裏切られたというのか?」
「わたくしは大丈夫ですわ。トーマス殿下には幸せになっていただきたいと思っていますの。それに、そのお陰でわたくしはレオナルド様の婚約者になれたんですもの。トーマス殿下に感謝するという言葉は嘘ではありませんのよ?」
「き、君を裏切った挙げ句、わたしなどの婚約者に据えるなど、トーマス殿下は一体何を考えているんだ!」
ボンディング公爵はその大きな拳でテーブルをドンと叩いた。
紅茶のカップが震えて中身がちょっとこぼれた。
・・・・・・・や、やっぱりトーマスのお下がりは嫌よね。
「ボンディング様は‥‥‥わたくしが婚約者ではお嫌ですか?」
「まさか!嫌な訳がないだろう!」
嫌ではないのね、よかった。
「では笑って下さいませ。わたくし、ボンディング様の笑った顔が見たいですわ」
怒りの表情がみるみる萎み、呆けたような顔になったかと思うと今度は慌てたように真っ赤になった。
ボンディング公爵が片手で自分の顔を覆って言う。
「き、急には笑えない・・・・・・また今度で頼む」
強面の百面相、面白いわ。
「話し方も今のように自然なほうが嬉しいです」
「・・・・・・ああ、分かった。では普通に喋ろう」
「では、わたくしももう少し砕けて話しても?」
「かまわない。君が話しやすいように話してもくれると、お、俺も嬉しい」
ボンディング公爵も嬉しいのか。
この人、本当は優しい人なのでは?
これからいろんな顔のボンディング公爵が見れると思うと、私の心はウキウキと弾んで思わず笑顔がこぼれてしまうのだった。
────────────────────
6 トーマス殿下の評判
~レオナルド・ボンディング目線 へ
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