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に ~マーサ
マーサ目線
「ずっと探していたわたしの娘、チェルシーが見つかった。明日から共に暮らすことになるからそのつもりで頼む」
昨日いきなり夫からそう告げられ、部屋に引きこもって泣いていた私の頭に突然『前世の記憶』がよみがえった。
「ヤバイわ!泣いてる場合じゃない!」
勢いよくベッドから起き上がり、ドレッサーに向かい髪を整える。
鏡に映る私はブラッサム男爵夫人、マーサ・ブラッサム、27歳。
そして、たった今思い出した前世の私は佐々木正子、52歳まで生きた。
息子が生まれてすぐに夫に先立たれ、女手一つで息子を育てあげた。
可愛らしいお嫁ちゃんに孫の顔も見れた。
そんなとき病に倒れ、余命半年と告げられたのだ。
まぁ、働き詰めの人生だったけど幸せだったわね。
夫が亡くなったときの経験から、どんなに生活が苦しくとも息子に迷惑はかけまいと保険だけはしっかりと掛けてきた。
お金の心配はない。
最期にゆっくり休めと神様がくれたご褒美だと思って入院生活をのんびり穏やかに送った。
お見舞いに来てくれたお嫁ちゃんが差し入れてくれた小説はすごく面白くて、何度も繰り返し読んだ。
こんなふうにゆったりと読書を楽しむなんて何年ぶりかしら。
私は幸せな気持ちで死んでいける。
神様、ありがとうございます──
そう思っていたのに‥‥‥。
まさかその小説の中の世界に自分が生まれ変わるなんて!
しかも義理の娘を虐める継母マーサとかあり得ないわ!
ドレッサーの椅子に腰掛け、墨筆をとる。
このいかにも意地悪そうな吊目の悪女顔が少しでも優しく見えるように、目尻を下げてアイラインを引いた。
ここは「お花畑のチェルシー」という小説の世界だ。
平民で孤児のチェルシーが男爵家に引き取られたところから物語は始まる。
継母となったマーサは自分を裏切った夫を許せず、その怒りをチェルシーへと向けた。
自分と夫の間に子ができなかったことが余計に怒りを増幅させる。
チェルシーを徹底的に無視するマーサ。
最初はおとなしかったチェルシーもだんだんと性悪になっていく。
自慢の可愛らしい顔で、父親であるウィリアムや男性使用人に取り入って味方につけた。
自分を守る男の後ろから舌を出すチェルシーの憎たらしい顔ったら!
マーサの怒りのボルテージはますます上がり、無視から嫌がらせに発展する。
しかしチェルシーも負けてはいない。
夫に相手にされないマーサを挑発するように、ウィリアムにベッタリと甘える。
男を味方に付ける事を覚えたチェルシー。
15歳で貴族学園に通う頃には立派なビッチに成長していた。
学園の男子生徒たちに見境いなく色目を使って落としまくり、なんとこの国の第二王子までもがチェルシーの虜に。
しかし、チェルシーは王子の婚約者である公爵令嬢にこれでもかと嫌がらせを繰り返した挙げ句、最後は殺害しようとした罪で処刑されるのだ。
そしてチェルシーの両親であるウィリアムとマーサも連座で処刑・・・・・・
あわわわわわ、ヤバイ、ヤバすぎるでしょ!!
読んでいる時はマーサとチェルシーの攻防戦がおもしろい!とか王子を手玉に取るなんてさすがビッチのチェルシーだわ!とか、最後は公爵令嬢の華麗なざまぁ、最高!!
なんて思ってたけど・・・・・・
これはバッドエンドだ‥‥‥
一筋の救いすらもないバッドエンド!
くぅー!!私がもっと早くに前世を思い出していれば、チェルシーを引き取ることを阻止できたかも知れないのに!
しかしもう遅い。さっきメイドから知らせがあった。
夫ががチェルシーを連れて戻ったと。
これはもう、夫と離縁してさっさと実家に帰った方がいいのでは?
もとより夫婦の仲は破綻している。
私の実家は嫁いできたこの男爵家よりも格上、歴史の深い由緒ある伯爵家だ。
優しいお父様とお母様なら私を守ってくれるはず‥‥‥
コンコン
ノックの音に、考え込んでいた私の肩が跳ねた。
「奥様、夕食の準備が整いましたが、いかがなさいますか?まだご気分がすぐれないようでしたらこちらにお運びいたしますが・・・・・・」
夕食に呼びに来たメイドが憐れみの目を私に向ける。
眉を下げ、上目遣いで私の顔をのぞき込む。
いかにも『奥様を心配していますよ』という雰囲気を装っているが‥‥‥
この顔は、私に同情する振りをして心の中ではいい気味だと笑っているわね。
私の不幸を喜んでいる。
唇の端が上がっているのを隠しきれていないのよ!
貴女が私の夫に恋慕の視線を向けている事に気づいていないとでも思っているの?
佐々木正子、伊達に52歳まで生きたわけではない。
女手ひとつ、世知辛い世の中に揉まれながら、働いて働いて働いて息子を育てたのだ。
なめんなよ!!!
ああ、でもありがとう、おかげで腹が据わったわ。
こうなったらチェルシーを立派なお嬢に育て上げて、一家処刑なんて回避してみせようじゃないの!
小説のシナリオなんてくそ食らえだ!
頑張って生きた前世の自分を信じてる。
私なら出来る!!
「いえ、もう大丈夫よ、食堂でいただくわ。着替えます、手伝いなさい」
私はにっこりと笑ってメイドに命令した。
「ずっと探していたわたしの娘、チェルシーが見つかった。明日から共に暮らすことになるからそのつもりで頼む」
昨日いきなり夫からそう告げられ、部屋に引きこもって泣いていた私の頭に突然『前世の記憶』がよみがえった。
「ヤバイわ!泣いてる場合じゃない!」
勢いよくベッドから起き上がり、ドレッサーに向かい髪を整える。
鏡に映る私はブラッサム男爵夫人、マーサ・ブラッサム、27歳。
そして、たった今思い出した前世の私は佐々木正子、52歳まで生きた。
息子が生まれてすぐに夫に先立たれ、女手一つで息子を育てあげた。
可愛らしいお嫁ちゃんに孫の顔も見れた。
そんなとき病に倒れ、余命半年と告げられたのだ。
まぁ、働き詰めの人生だったけど幸せだったわね。
夫が亡くなったときの経験から、どんなに生活が苦しくとも息子に迷惑はかけまいと保険だけはしっかりと掛けてきた。
お金の心配はない。
最期にゆっくり休めと神様がくれたご褒美だと思って入院生活をのんびり穏やかに送った。
お見舞いに来てくれたお嫁ちゃんが差し入れてくれた小説はすごく面白くて、何度も繰り返し読んだ。
こんなふうにゆったりと読書を楽しむなんて何年ぶりかしら。
私は幸せな気持ちで死んでいける。
神様、ありがとうございます──
そう思っていたのに‥‥‥。
まさかその小説の中の世界に自分が生まれ変わるなんて!
しかも義理の娘を虐める継母マーサとかあり得ないわ!
ドレッサーの椅子に腰掛け、墨筆をとる。
このいかにも意地悪そうな吊目の悪女顔が少しでも優しく見えるように、目尻を下げてアイラインを引いた。
ここは「お花畑のチェルシー」という小説の世界だ。
平民で孤児のチェルシーが男爵家に引き取られたところから物語は始まる。
継母となったマーサは自分を裏切った夫を許せず、その怒りをチェルシーへと向けた。
自分と夫の間に子ができなかったことが余計に怒りを増幅させる。
チェルシーを徹底的に無視するマーサ。
最初はおとなしかったチェルシーもだんだんと性悪になっていく。
自慢の可愛らしい顔で、父親であるウィリアムや男性使用人に取り入って味方につけた。
自分を守る男の後ろから舌を出すチェルシーの憎たらしい顔ったら!
マーサの怒りのボルテージはますます上がり、無視から嫌がらせに発展する。
しかしチェルシーも負けてはいない。
夫に相手にされないマーサを挑発するように、ウィリアムにベッタリと甘える。
男を味方に付ける事を覚えたチェルシー。
15歳で貴族学園に通う頃には立派なビッチに成長していた。
学園の男子生徒たちに見境いなく色目を使って落としまくり、なんとこの国の第二王子までもがチェルシーの虜に。
しかし、チェルシーは王子の婚約者である公爵令嬢にこれでもかと嫌がらせを繰り返した挙げ句、最後は殺害しようとした罪で処刑されるのだ。
そしてチェルシーの両親であるウィリアムとマーサも連座で処刑・・・・・・
あわわわわわ、ヤバイ、ヤバすぎるでしょ!!
読んでいる時はマーサとチェルシーの攻防戦がおもしろい!とか王子を手玉に取るなんてさすがビッチのチェルシーだわ!とか、最後は公爵令嬢の華麗なざまぁ、最高!!
なんて思ってたけど・・・・・・
これはバッドエンドだ‥‥‥
一筋の救いすらもないバッドエンド!
くぅー!!私がもっと早くに前世を思い出していれば、チェルシーを引き取ることを阻止できたかも知れないのに!
しかしもう遅い。さっきメイドから知らせがあった。
夫ががチェルシーを連れて戻ったと。
これはもう、夫と離縁してさっさと実家に帰った方がいいのでは?
もとより夫婦の仲は破綻している。
私の実家は嫁いできたこの男爵家よりも格上、歴史の深い由緒ある伯爵家だ。
優しいお父様とお母様なら私を守ってくれるはず‥‥‥
コンコン
ノックの音に、考え込んでいた私の肩が跳ねた。
「奥様、夕食の準備が整いましたが、いかがなさいますか?まだご気分がすぐれないようでしたらこちらにお運びいたしますが・・・・・・」
夕食に呼びに来たメイドが憐れみの目を私に向ける。
眉を下げ、上目遣いで私の顔をのぞき込む。
いかにも『奥様を心配していますよ』という雰囲気を装っているが‥‥‥
この顔は、私に同情する振りをして心の中ではいい気味だと笑っているわね。
私の不幸を喜んでいる。
唇の端が上がっているのを隠しきれていないのよ!
貴女が私の夫に恋慕の視線を向けている事に気づいていないとでも思っているの?
佐々木正子、伊達に52歳まで生きたわけではない。
女手ひとつ、世知辛い世の中に揉まれながら、働いて働いて働いて息子を育てたのだ。
なめんなよ!!!
ああ、でもありがとう、おかげで腹が据わったわ。
こうなったらチェルシーを立派なお嬢に育て上げて、一家処刑なんて回避してみせようじゃないの!
小説のシナリオなんてくそ食らえだ!
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