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37 退院
「ゆかり、おからのクッキー焼いてきたのよ。食べる?」
「食べる! ずっと寝てばっかなのにお腹すくんだよ? おかしいよね!」
ママが笑いながらクッキーの入った包みを開いてくれた。
「お砂糖もちょっとしか使ってないの。安心して食べなさい」
「ゆかりはもう少し太った方がいいんじゃないか?」
パパは今日は有給を取って、ママと一緒に来てくれたらしい。
「絶対やだ!」
病院の個室に賑やかな笑い声が響く。
目が覚めて五日が経ったが、私はいまだに入院中だ。
毎日いろんな検査をする。
血液検査、尿検査、レントゲン、心電図、胃カメラ、エコーに脳波。
他にもよく分からない検査をたくさんした。
検査の結果は全て異常なしだったらしい。
呼吸まで止まったのだ。
『そんなはずがあるかい!』と、医者がこれでもかと検査しまくったが、やはりどの結果を見てもどこも悪いところはなかった。
パパとママは一応安心したようだが、もしまたあんな事が起きたらと、気がきでないらしい。
毎日様子を見に来てくれる。
心配掛けてごめんね。
もう大丈夫だよ。
あれは『儀式』だったのだと思う。
私が『今』を生きるための、いや、生き直すための。
それに、未来の私と約束したからね。
これから先も頑張るって。
42歳でまた会おうって。
幸せになろうって。
「おー、ゆかり、調子はどうだ?」
夕方になってお兄ちゃんが来てくれた。
高校を卒業したあと、建設会社で働いている立派な社会人だ。
家を出て独り暮らしをしている。
「お兄ちゃん、いらっしゃい」
「健斗もクッキー食べなさいな。」
お兄ちゃんがクッキーを頬張った。
ハムスターみたいでかわいい。
「うまっ!母さんのお菓子、久しぶり過ぎて感動するわ」
ずり落ちそうになる眼鏡を人差し指で持ち上げなから美味しそうに食べる。
「もっと頻繁に帰ってらっしゃい。いくらでも作ってあげるわよ」
幸せは、今ここにあると実感する。
今の幸せを大事にして生きていく。
そのために努力して、頑張って生きていく。
みんな、そうだ。
誰もが、そうやって生きている。
「川上ゆかりさん、体調はどうですか?」
お医者さんが夕方の回診にきた。
看護師さんが無駄のない動きで、私の人差し指に機械をはめた。
脈を採り、血圧を測る。
「脈、血圧、酸素、異常ありません」
お医者さんが看護師さんの報告に頷きながら言った。
「ご家族の方もお揃いで良かった。川上さん、明日、退院しましょう。」
「本当ですか? やったぁ!」
「先日もお伝えしましたが、検査は全てやり尽くしました。結果はどれも異常なしです。一旦退院して様子を見ましょう」
退院だ。やっと! 嬉しい。
クラスのみんな、きっと心配してるだろうな。
早苗もありさも、三宅冬馬も。
倒れたあの日から家族以外とは連絡をとっていない。
私の状態を心配するパパとママが話し合って、お見舞いの遠慮を学校に伝えたらしい。
それに、病院内ははケータイ禁止だしね、売店横の公衆電話は周りに会話が丸聞こえだ。
ママが定期的に学校に連絡を入れてくれてるから、私の意識が戻った事も、元気になってきてる事も伝わっているだろう。
三宅冬馬、どうしてるかな。
会いたい、声が聞きたい。
想いが通じあったあの瞬間は夢なんかじゃなかったと教えてほしい。
やっと退院だ。
もうすぐ会える。
そうして翌日、私は無事に退院した。
ママと、入院荷物の入ったボストンバッグを持つパパと三人で病院を出た。
なんだか世界が違って見える。
死にかけたからかな?
なんて言ったらパパとママに怒られた。
そりゃそうだ、ものすごく心配させたんだもん。ごめんね。
そして、久しぶりのおうち。
いつものうちの匂い。
胸一杯に吸い込んで
「ただいま!」
元気な声とともにわが家に入った。
──────────
38~嬉し泣き side三宅冬馬 へ
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