死にぞこないの魔王は奇跡を待たない

ましろはるき

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二章

12 おぞましい姿

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 硬直したまぶたがほどけて闇を拾う。今度こそ僕は死に、魔界召喚が成されてしまったのかと思ったけれど、僕はまだ生きていた。
 シグファリスの姿は既にない。あれからどれだけ時間が経ったのだろう。窓からわずかに差し込んでいた光が消えたので夜になったのだとは思う。シグファリスに角を折られた日の夜なのか、それとも数日意識を失っていたのかはわからない。
 周囲に視線を巡らせてみて、ふと体を戒める鎖の重みがなくなっていることに気がつく。拘束が解けており、手も足も自由に動く。唯一硬質な感触が残る首元に手を這わせれば、首輪が嵌められているようだった。首輪は天井から垂れ下がった鎖に繋がれている。
「――いっ、痛たた……っ!」
 上半身を起こそうと試みて、あまりの激痛に倒れ込む。全身を蝕む苦痛は相変わらず。特に胸の切り傷と、頭痛が酷かった。折られた角の断面に軽く触れると、剥き出しになった神経に触れて脳天に火花が散った。
 折られた時の壮絶な苦痛を思い出して寒気が走る。今は姿が見えないが、すぐにまたシグファリスがやってきて拷問されるのだろう。再び同じようになぶられることに怯えながら、首輪に繋がれた鎖を目で追う。天井の滑車を経由して、壁に取り付けられた鎖を巻き上げる装置に辿り着く。今は石床に余剰分が落ちているが、鎖を巻き上げられて首を吊られたら――。
 急に息苦しく感じられて首輪から手を離し、胸に手を当てる。衣服は魔王の装束ではなく、囚人用の粗末な貫頭衣を着せられていた。ごわごわした布地をひっぱって胸元を覗いてみる。死なない程度に治療を施されたのか、創傷は表面だけ塞がっており、醜いケロイド状になっている。そこに宝玉はなかった。
 ――悪魔ディシフェルの力が封じられていた宝玉。
 叔父の計略により、あの忌々しい悪魔召喚の儀式が行われた日からずっと、僕の胸元にはあの宝玉が埋め込まれていた。あれが僕の肉体を支配し、この世界で悪魔の力を振るうための媒体になっていた。僕の肉体が完全な悪魔へと変じた後も、ディシフェルの力を宿す核としての役割を果たしていたはずだ。
「……あれが、砕けたから……?」
 小説ではシグファリスの渾身の一撃が魔王アリスティドを死に至らしめた。でもなぜかこの世界ではその一撃が浅く、宝玉を砕きはしたが即死することはなかった。おかげで僕は重傷を負いながらもディシフェルの支配から抜け出せた、ということなのだろうか。
 詳細を確かめることはできないけれど、とりあえずは生きていてよかった。
 小説のアリスティドはディシフェルの力を取り込んだが、この世界では僕がディシフェルに操られてしまっていた。小説との大きな違いはその点だけで、起こってしまった惨劇はほとんど同じ。人間の世界を滅ぼし、魔王として君臨するという目的も同じ。そして小説のアリスティドと同様に、ディシフェルもまた魔界召喚のための術式に罠を仕込んでいた。
 シグファリスか僕、いずれかが死ねばすぐにでも魔界召喚が成就してしまう。
 そのことをどうやってシグファリスに伝えよう。僕の角を折った時の様子から考えると冷静に話し合いができるとは思えない。
「……ん?」
 横たわったまま考え込んでいると、暗闇の中でなにかが動いたような気がした。気配を感じた方向に目を凝らす。光がなくとも悪魔の目には牢獄の隅までよく見える。
 閉ざされた鉄扉の前に、魔物がいた。髑髏蜘蛛――名前の通り、髑髏に蜘蛛の足が生えたような姿の魔物だ。大きさは成人男性の手のひらにぎりぎり乗るぐらい。魔力のない平民でも倒すことのできる、いわゆる雑魚だ。
 この牢獄にはこれまで囚われた者たちの怨嗟が染み付いている。負の気配に惹かれ、この牢獄にひっそりと巣を作っていたのかもしれない。
 弱っていても僕は魔王。髑髏蜘蛛は怯えて縮こまっている。見た目がおぞましいので近づいてこないのはありがたい。
「……おぞましいのは、僕もか……」
 ディシフェルが魔王としての力を取り戻した時、僕の体は醜くなり果てた。
 体型や顔の造作は十五歳の時のままだけれど、紫の瞳は赤く染まり、眼球は黒く濁った。白銀の髪もヘドロを煮詰めたような闇の色に変色した。
 色が変わっただけではない。鋭い牙。尖った耳。獣のような尻尾。折られはしたが、未だ根元が残る禍々しい角。悪魔としか形容しようのない姿だ。
 美貌が見る影もない。転生したことに気づいた時にはありえない容姿だという気持ちがあったけれど、成人する頃にはすっかり自分の姿に慣れていた。オーベルティエ公爵家の正統な血筋の証なのだと誇りを持ってもいた。
 元の姿に思いを馳せながら首輪に触れる。魔術を使えば元の姿に戻れるだろうけど、この首輪に魔封じの仕掛けが施されているはずだ。シグファリスの仲間には優秀な魔術師がいる。彼が作ったものだと思うと試しに魔法を使ってみようという気にもならない。
「それはそれとして……どうやって、伝えよう……か……」
 いつの間にか夜が明けたらしく、明かりとりの窓から光が差し込んでいた。ぼんやり光の帯を眺めていると、ついうとうとしてしまう。
 寝てる場合じゃない。魔界召喚を防ぐ手段を考えなくては、と思いはするが、意識は身体中を蝕む痛みから逃れるように眠気に引っ張られる。眠りに落ちては覚醒し、再び思考を巡らせようとしては眠りに落ちてしまう。
 そうしてなんの手立ても考えられないまま無益な時間を過ごしているうちに、シグファリスがやってきてしまった。
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