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三章
27 魔術研究の時間2
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魔術、というのは、魔力を用いて行うすべての事象の総称である。
魔術具を用いて発動させる魔法も、魔法陣を描いて発動させる魔法も、どちらも魔術と呼ばれている。一般的に、ただ「魔法」と呼ぶ場合は、魔術具を使用しない魔術を指す。
魔素をエネルギーとするなら魔力は原動機に相当し、魔法陣はプログラムにあたる。ただ魔素を魔力でエネルギーに転換しても暴発するだけ。魔法陣を通すことで、属性や規模、範囲などを指定して、自在に操作できるようになる。
例えば初歩の火属性魔法ならば「火を起こし/手のひらほどの大きさの球体に留め/的にぶつける」といったようなことが魔法陣に記述されている。任意の魔法を使うごとに術者が一から記述しなければならないので手間がかかるし、細部まですべて暗記する必要があるが、その分緻密で柔軟な操作が可能になる。
一方、魔術具を使う場合はいたって簡単だ。あらかじめ魔法陣が組み込まれた道具に魔素を流し込むだけでいい。ただ魔術具に記述可能な魔法陣は単純な内容に限られるし、ひとつの道具につき一種類の魔法しか込められない。そのため魔術具は照明や通信機など、生活を補助するために使用されるのが一般的だ。――今はまだ。
ジュリアンが才覚を表すようになれば、魔術具に革命が起きるはずだ。
『緋閃のグランシャリオ』に登場するジュリアンは、わずか十歳で王立魔術学院に通い始め、一年せずに魔術博士号を取得した。博士号を取得すれば一代限りの爵位を賜ることができるし、良い就職先が見つかるため、下位貴族や爵位を継げない貴族師弟のうち、魔術の才覚があるものは魔術学院に通う。
僕のように上位貴族の後継者であれば博士号など取得しても意味がないので、魔術学院には通わずに専属の魔術教師を招聘して学ぶ。というか上位貴族が学問に励むのは外聞が悪い。「大貴族たるもの、小手先の誤魔化しなどではなく圧倒的な力で君臨するべし」という考え方が幅をきかせているせいだ。
学位を授かれば「高度な専門知識を持つ者」として名声を得られる。同時に「力なき者の哀れな足掻き」として見下されもする。矛盾するようだが、前世でも力に重きを置く社会で知識階級が軽んじられる事例は存在していた。
しかしジュリアンが魔術学院に通うようになったのは立身出世のためでも名声のためでもなく、ひとえに魔術具の研究に打ち込みたかったからだ。
ジュリアンが作り上げた魔素蓄積型の魔術具は画期的なものだった。
生体が死亡すると、宿っていた魔素は一定時間で消失する。血液や爪、髪などに含まれている魔素も同じ。生体から切り離してからしばらく時間を置くと魔素は消失してしまう。生体から切り離した魔素を蓄積することは不可能――ジュリアンはこの常識を覆した。
僕は小さく驚嘆のため息を漏らしてから、司書に命じた。
「グリューク王国史と、アルス記を」
これまで彫像のように僕の近くに控えていた使用人たちが速やかに動き出し、それぞれの役割を果たす。
僕が用意させたのは、悪魔について記述された歴史書だった。
想像を元に描かれた悪魔の姿にしばらく見入ってしまう。山羊と蛇を合わせたような醜い化け物の頭に、ねじくれた角が生えている。小説に登場する魔王アリスティドにも似たような角が生えていたはずだ。思わず自分のこめかみの上あたりを指先でさする。
悪魔。光を蝕み、瘴気を撒き散らして人々にあだなす邪悪な存在。
光の加護を持つ勇者が御伽話の登場人物のように語られる一方で、悪魔の存在がはっきりと認識され恐れられているのは、化石化した悪魔の角がごく稀に発見されるからだ。
生体に宿る魔素は死亡、または切り離すことで消失してしまうが、悪魔の角は違う。化石になってもなお魔素を失わない。それどころか周囲の魔素を奪い蓄え続け、かわりに瘴気を生み出す危険物だ。個人所持は違法。何らかのはずみで発掘されると、前世でいう不発弾のような扱いになる。ルミエ王国所属の魔術師団によって管理され、長い時をかけて無害化の処置を施さなければならない。
ジュリアンが発明した魔素を蓄える機構――魔素蓄積型の魔術具は、この悪魔の角を参考に生み出された物だった。
小説に登場するジュリアンは「平民に魔術具を使わせる」という危険思想もあったけれど、悪魔の角のかけらを研究対象として所持していたことで投獄が決定的になった。
――ジュリアンは、アリスティドに似ている。自分の欲求を満たすためなら悪魔の力をも恐れない、という点で。
嫌な類似点を見つけてしまい、すっと背中に寒気が走る。両腕で自分の体を抱きしめると、すぐさま侍従が近づいてきて肩に羽織をかけられた。本当に寒いと思ったわけではないが、まあいい。僕はぬくぬくとしながらジュリアンについて考えた。
シグファリスと同年齢で、今はまだ五歳。小説でのシグファリスとジュリアンは良いコンビだった。人間不信を拗らせた勇者と倫理観の欠如した魔術師の間には何か通じ合うものがあったらしい。
この世界でも出会って仲の良い友人になれたらいいと思うが、ジュリアンはこの世界でも悪魔の角に手を出し、投獄されてしまうかもしれない。そんな危険人物と、素直で愛らしいまま健やかに成長する予定のシグファリスを会わせるのはいかがなものか。いやそれならジュリアンだって小説のような危険人物に成長するとは限らないのか?
読書そっちのけでシグファリスの友人関係について頭を悩ませる。僕が口を挟む問題でもないし、今はまだ僕が魔王になるのを確実に阻止することに注力すべきだ。そう結論を出してひとりで頷いていたら、ふと図書室の入り口付近がざわつき始めた。そして続く、バタバタと駆ける足音。
叔父が訪れる予兆だった。
魔術具を用いて発動させる魔法も、魔法陣を描いて発動させる魔法も、どちらも魔術と呼ばれている。一般的に、ただ「魔法」と呼ぶ場合は、魔術具を使用しない魔術を指す。
魔素をエネルギーとするなら魔力は原動機に相当し、魔法陣はプログラムにあたる。ただ魔素を魔力でエネルギーに転換しても暴発するだけ。魔法陣を通すことで、属性や規模、範囲などを指定して、自在に操作できるようになる。
例えば初歩の火属性魔法ならば「火を起こし/手のひらほどの大きさの球体に留め/的にぶつける」といったようなことが魔法陣に記述されている。任意の魔法を使うごとに術者が一から記述しなければならないので手間がかかるし、細部まですべて暗記する必要があるが、その分緻密で柔軟な操作が可能になる。
一方、魔術具を使う場合はいたって簡単だ。あらかじめ魔法陣が組み込まれた道具に魔素を流し込むだけでいい。ただ魔術具に記述可能な魔法陣は単純な内容に限られるし、ひとつの道具につき一種類の魔法しか込められない。そのため魔術具は照明や通信機など、生活を補助するために使用されるのが一般的だ。――今はまだ。
ジュリアンが才覚を表すようになれば、魔術具に革命が起きるはずだ。
『緋閃のグランシャリオ』に登場するジュリアンは、わずか十歳で王立魔術学院に通い始め、一年せずに魔術博士号を取得した。博士号を取得すれば一代限りの爵位を賜ることができるし、良い就職先が見つかるため、下位貴族や爵位を継げない貴族師弟のうち、魔術の才覚があるものは魔術学院に通う。
僕のように上位貴族の後継者であれば博士号など取得しても意味がないので、魔術学院には通わずに専属の魔術教師を招聘して学ぶ。というか上位貴族が学問に励むのは外聞が悪い。「大貴族たるもの、小手先の誤魔化しなどではなく圧倒的な力で君臨するべし」という考え方が幅をきかせているせいだ。
学位を授かれば「高度な専門知識を持つ者」として名声を得られる。同時に「力なき者の哀れな足掻き」として見下されもする。矛盾するようだが、前世でも力に重きを置く社会で知識階級が軽んじられる事例は存在していた。
しかしジュリアンが魔術学院に通うようになったのは立身出世のためでも名声のためでもなく、ひとえに魔術具の研究に打ち込みたかったからだ。
ジュリアンが作り上げた魔素蓄積型の魔術具は画期的なものだった。
生体が死亡すると、宿っていた魔素は一定時間で消失する。血液や爪、髪などに含まれている魔素も同じ。生体から切り離してからしばらく時間を置くと魔素は消失してしまう。生体から切り離した魔素を蓄積することは不可能――ジュリアンはこの常識を覆した。
僕は小さく驚嘆のため息を漏らしてから、司書に命じた。
「グリューク王国史と、アルス記を」
これまで彫像のように僕の近くに控えていた使用人たちが速やかに動き出し、それぞれの役割を果たす。
僕が用意させたのは、悪魔について記述された歴史書だった。
想像を元に描かれた悪魔の姿にしばらく見入ってしまう。山羊と蛇を合わせたような醜い化け物の頭に、ねじくれた角が生えている。小説に登場する魔王アリスティドにも似たような角が生えていたはずだ。思わず自分のこめかみの上あたりを指先でさする。
悪魔。光を蝕み、瘴気を撒き散らして人々にあだなす邪悪な存在。
光の加護を持つ勇者が御伽話の登場人物のように語られる一方で、悪魔の存在がはっきりと認識され恐れられているのは、化石化した悪魔の角がごく稀に発見されるからだ。
生体に宿る魔素は死亡、または切り離すことで消失してしまうが、悪魔の角は違う。化石になってもなお魔素を失わない。それどころか周囲の魔素を奪い蓄え続け、かわりに瘴気を生み出す危険物だ。個人所持は違法。何らかのはずみで発掘されると、前世でいう不発弾のような扱いになる。ルミエ王国所属の魔術師団によって管理され、長い時をかけて無害化の処置を施さなければならない。
ジュリアンが発明した魔素を蓄える機構――魔素蓄積型の魔術具は、この悪魔の角を参考に生み出された物だった。
小説に登場するジュリアンは「平民に魔術具を使わせる」という危険思想もあったけれど、悪魔の角のかけらを研究対象として所持していたことで投獄が決定的になった。
――ジュリアンは、アリスティドに似ている。自分の欲求を満たすためなら悪魔の力をも恐れない、という点で。
嫌な類似点を見つけてしまい、すっと背中に寒気が走る。両腕で自分の体を抱きしめると、すぐさま侍従が近づいてきて肩に羽織をかけられた。本当に寒いと思ったわけではないが、まあいい。僕はぬくぬくとしながらジュリアンについて考えた。
シグファリスと同年齢で、今はまだ五歳。小説でのシグファリスとジュリアンは良いコンビだった。人間不信を拗らせた勇者と倫理観の欠如した魔術師の間には何か通じ合うものがあったらしい。
この世界でも出会って仲の良い友人になれたらいいと思うが、ジュリアンはこの世界でも悪魔の角に手を出し、投獄されてしまうかもしれない。そんな危険人物と、素直で愛らしいまま健やかに成長する予定のシグファリスを会わせるのはいかがなものか。いやそれならジュリアンだって小説のような危険人物に成長するとは限らないのか?
読書そっちのけでシグファリスの友人関係について頭を悩ませる。僕が口を挟む問題でもないし、今はまだ僕が魔王になるのを確実に阻止することに注力すべきだ。そう結論を出してひとりで頷いていたら、ふと図書室の入り口付近がざわつき始めた。そして続く、バタバタと駆ける足音。
叔父が訪れる予兆だった。
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