死にぞこないの魔王は奇跡を待たない

ましろはるき

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三章

30 ミッションコンプリート

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 いつものように玉座の間でメモを作成していたヴリュソールが、来訪者の気配を察してさっと柱の影に隠れる。天井付近から俯瞰するような位置まで移動した後、ヴリュソールの視界が安定した。いつものようにフロレンツがジュリアンのために食事を運び込んでいる様子が見えたが、今日は珍しくシグファリスも一緒だった。
 進捗を確認しにきたのか、再びジュリアンに強制給餌をするつもりで来たのか。どちらかはわからないが、シグファリスは玉座の間の出入り口付近で足を止めていた。
「シグファリス、どうかした?」
「いや……」
 シグファリスはじっと足元を見据えてから、やがて床一面に散らばった紙片のうち一枚を拾い上げた。
 まさか、とつぶやいて息を呑む。
 二人のいる場所からヴリュソールのいる場所までは距離があるが、間違いない。シグファリスが拾い上げたのは、ヴリュソールが記した魔界召喚陣を解除するためのヒントだ。
 小説に登場するシグファリスは魔術に関する知識が一切ない。魔術について教えてくれる唯一の存在である父が早々に亡くなってしまったからだ。しかしこの世界でのシグファリスは五歳から十二歳までの間、貴族子弟としての教育を受けている。礼儀作法は身に付かなかったが、魔術の基礎概要は多少頭に残っているのかもしれない。
 フロレンツもシグファリスが魔術に興味を示したのが意外だったらしく、わずかに驚きの混ざった声をあげた。
「へえ、興味ある? ジュリアンの字は個性的だよね、正直僕はあまり読めないけど」
「……フロレンツ、魔法陣ってなんだ?」
「いきなり初歩的な質問だね。勇者から魔術師に転職したいのかな?」
 フロレンツはからかうように答えたが、シグファリスが真剣な表情をしているのを見て、こほんと咳払いをしてから真顔になった。
「魔法を使うには魔素が必要だっていうのは知っているよね。魔素を魔法に変換するためには魔力が必要で、魔素の流れを整えて操るために必要なのが魔法陣なんだ。例えばこんな風に――水よ、現れ出でよ」
 フロレンツが指先で空中をなぞると、軌跡がぼんやりと光り、魔法陣が編まれていく。完成すると同時に拳ほどの水の塊が現れ、空中にふよふよと漂った。その水をコップの中に落とすと魔法陣も消えた。
「この魔法が一番お馴染みだよね。みんな喉が渇いたから水を出せって人を水筒扱いして――」
「魔法を発動させる途中でフロレンツが死んだら、魔法陣はどうなる?」
 シグファリスが話を途中で遮る。フロレンツもシグファリスの意図が読めてきたのか、より一層真剣な眼差しになった。
「……術者の死亡とともに魔法陣も消えるのが普通だね。魔素が尽きてしまっても同じだ」
「じゃあ、アレはどうして消えないんだ?」
「それはアリスティドがまだ生きているから――」
 二人の間に沈黙が降りた。
 アリスティドは――僕は生きている。だが角を折られ、魔力も封じられている。自力で魔素すら調達できない状態なのに、遠隔で魔法陣を維持できるはずがない。
「そうか、悪魔が作った魔法陣だから特別なんだって思い込んでいたけど、魔法陣である限り条件は同じはずなんだ。でもアリスティドが無力化された今も魔法陣は維持されている。だから、この魔法陣を維持するための魔素はアリスティドから供給されているわけじゃない。となると……」
「ここに書いてあるのって魔法陣全体の構成? ってやつだよな? この結晶体っていうのが重要だってのはわかる。細かいことは俺にはわからないけど、つまりこれがあるから魔法陣が消えないってことじゃねえのか?」
 シグファリスからメモを受け取ったフロレンツが精査して、深く頷く。
「なるほど……つまり、この魔法陣の核になっている結晶体さえ消滅させれば……いや、もっと簡単に、結晶体から魔法陣に魔素を供給している供給路さえ絶てば魔法陣も消えるということになる。そうすれば今ジュリアンにやってもらっているように魔法陣を解析して少しずつ解いていかなくてもいいってことになるけど……でも、そんなことが可能ならジュリアンがとっくに気づいているはず――」
 二人がジュリアンを見る。ヴリュソールも同じく顔を向けると、いつの間にか作業の手を止めて二人の会話の成り行きを見守っていたらしいジュリアンの姿が見えた。ジュリアンは二人の視線を受けてさっと目を逸らし、再び床に這いつくばって解析作業に戻った。明らかにやましいところのある者の仕草だった。
 シグファリスは床にばら撒かれた解析結果をざかざかと蹴散らしながらジュリアンに接近する。前世でいうヤンキー座りでジュリアンの傍にしゃがみ込むと、髪を掴んで無理やり前を向かせた。
「痛たた! 僕たち親友じゃないか! 乱暴しないでくれる!?」
「うるっせーんだよ根暗クソメガネ。今の俺たちの話を聞いてたよな」
「き、き、キイテナイヨ」
「目が泳いでんだよクソが、絶っっっ対聞いてたじゃねえか。解除の仕方が分かってたけど悪魔が作った魔法陣を研究したいから黙ってました――ってことだよな?」
「いや、それは……ええと……」
 シグファリスに問い詰められたジュリアンはおろおろと周囲に視線をさまよわせていたが、やがて陽気に声を上げた。
「――ばれちゃったか。えへへ⭐︎」
 開き直って微笑んだジュリアンが片目をつぶってみせたのを確認した後、シグファリスはジュリアンの首を両手で掴んで持ち上げた。その動きがあまりに自然で迷いがなかったので、シグファリスがジュリアンを殺そうとしていることにしばらく気が付けなかった。
「ダメダメダメダメ殺したらダメ絶対、手を離しなさい!」
 僕と同じく呆然としていたフロレンツだったが、すぐに我に返って止めに入る。
「大丈夫、仲間を殺すわけねえだろ。ここをちょっと捻って折るだけだ」
「首を捻って折ったら死ぬからダメ!」
「別にいいよな、ジュリアン。俺たち親友だろ? ちょっとぐらいぶっ殺してもいいよな?」
「グエエ」
「ほら今いいって言った」
「言ってない! 気持ちはわかるけどもう本当に死ぬから手を離しなさいっ!!!!」
 三人がわちゃわちゃと揉めているのを見ながら、僕は脱力して床に崩れ落ちた。
 まったく、手間をかけさせてくれた。ジュリアンを捻って折らないまでも、軽くビンタぐらいはしてほしいものだ。
「それにしても……構成式を理解できるようになっていたのか……」
 まさかシグファリスがヒントに気づくとは思わなかった。幼い頃から、シグファリスは自分から進んで魔術に関わろうとはしていなかった。もっとも、光の加護は通常の魔術とは似て非なるもの。小説のシグファリスは、魔術の知識がなくても直感だけで光の加護を使いこなすようになった。だから僕も幼いシグファリスには魔術の基礎しか教えなかったのだが、あの時教えたことがこんな風に役立つ日が来るとは夢にも思わなかった。
「……いや、役立つというのとは違うか……」
 不幸中の幸いという言葉はあるが、不幸をもたらした張本人が使っていい言葉ではない。自嘲している間にヴリュソールは魔界に戻り、僕の周囲は静寂に沈んだ。
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