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四章
38 夢うつつ
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貴賓室の寝室に収容されてからというもの、シグファリスは朝と夜に必ず僕の様子を見るようになった。
目隠しを取ったことは特に咎められなかった。というか僕に話しかけることもなく、極力顔を見ようともしない。ただ生存しているかどうか、怪しい行動をしていないかということだけを確認する。
三日に一度は髪を少量与えられる。シグファリスは僕が食べたふりをして餓死するのを警戒しているらしく、必ず自分の手で僕の口に髪を放り込んだ。
髪は口の中に入ると形を失い、魔素に変換される。きちんと摂取したことを確認するために顎を掴まれて、もう一度口を開くよう促される。それだけ済めばシグファリスは僕の口枷を戻してさっさと寝室から出ていく。その流れが習慣化していた。
少しは抵抗した方が魔王らしいとは思うのだけれど、結界の張られたこの部屋に連れてこられてから、僕はかなり消耗していた。シグファリスを睨みつけるだけで精一杯だ。
牢獄とは違い、この部屋にはふんだんに陽の光が入る。普通の人間であれば心地良いのだろうが、僕にとってはずっと真夏の炎天下にいるような不快さだった。悪魔の体には薄暗い牢獄の方が向いている。
寝ている間も日光に体を焼かれ、苦痛から逃れるために無意識に転がっては床に落ちた。だが意識を取り戻した時にはいつの間にか寝台の上に戻されている。悪魔が陽の光を嫌うのをわかっていて、拷問のつもりで明るい部屋に連れてきたのかと納得しかけたけれど、そのうち天蓋の布が常に閉ざされるようになったので、僕が床に落ちることも無くなった。
「んむむ……」
シグファリスの思惑が読めなくてつい唸ってしまう。
僕に寝室を譲ったシグファリスは応接室で寝起きしている。常に僕に張り付いているわけではない。夜は遅くまで戻らず、朝は日の出と共に出ていく。
以前ヴリュソールに城の様子を探ってもらった時に知ったが、シグファリスは暇さえあれば近隣に出向いて残敵を掃討している。だが遠出をすることはなく、常に王城に戻る。もちろん僕と魔界召喚陣を警戒してのことだろうが、事情を知らない貴族たちの目には玉座に固執しているように見えているらしい。
いくら魔王を倒した勇者といえども身分は平民。ごく一部の貴族はそう言ってシグファリスを蔑み、新たな王になるのは自分だと主張している。
シグファリスには王になる気などさらさらない様子だったが、平民たちはシグファリスこそが自分たちの指導者なのだと既に認識している。板挟みになったまま動けないシグファリスはかなりのストレスを抱えていることだろう。僕という存在がさらに心労をかけていると思うとやるせない。
せめて僕はこれ以上余計なことはせずに大人しくしていよう――そう思うまでもなく、僕には余計なことができそうな体力は残されていなかった。
血を与えられていた時は魔素が多すぎて体力が有り余っていた。だが髪だけを与えられている今は最低限の生命維持をするだけで精一杯だ。魔素不足を補うために体は眠りを欲し、常にうとうとしている。シグファリスに肩をゆすられた時には起きて、魔素を補給されて、再び眠る。
単調な日々が続くうちに、日にちの感覚も失せて、夢と現の境目も曖昧になっていった。それでも特に問題はない。処刑の日を待つだけなのだから、シグファリスとってもこの状態が続く方が都合がいいはずだ。
そう思っていたのに。ふと気づくと、僕はシグファリスの腕にしがみついて血を啜っていた。
「ん……んぅう……」
口の中に広がる甘美な味わいに、無意識に声が漏れる。目が眩むほどの芳醇な香り。舐めているうちに小さな傷口からの出血は止まってしまう。欲望の赴くまま前腕の内側に牙を立てると、シグファリスは一瞬だけぴくりと動いただけで、僕を振り払うことはなかった。それどころか血を啜りやすいように腕を差し出される。
これは、夢なのだろうか。そうに違いない。だってシグファリスが僕に血を与えなくてはならない理由はないはずだし、手足の拘束も解かれている。
「んっ……はぁ……ああ……」
噛み傷から滴る血に夢中になって舌を伸ばす。一滴もこぼさないように、意地汚く吸い付く。
血を美味そうに啜る浅ましい姿を見られていても、これは夢なのだから何も問題はない。傷口に舌の先を捩じ込んで。音を立てて吸い付いて。思う存分味わって、体を震わせながら歓喜の声を漏らす。
圧倒的な快楽と共に魔素が身体中に満たされるにつれて、意識が研ぎ澄まされていく。
――夢の中とはいえシグファリスを傷つけてしまうなんて。
もっと欲しい。でもだめ。もう一口だけ。迷いながら甘噛みしていたら、シグファリスが掠れた声で囁いた。
「もういらねえのか」
「ん……もっと、ほしい……でも、らめ……」
回らない口で、甘えたような声音で、シグファリスに抱きついて、首筋に顔を埋める。密着しても、夢の中なので突き飛ばされることもない。硬直したまま動かないシグファリスの頸動脈に噛みついて、溢れる血を啜りたい衝動に駆られる。
夢だから、大丈夫。でもやっぱりだめ。葛藤しながら首筋に口をつける。汗ばんだ皮膚の下に、どくどくと流れる血を唇で感じる。
「この……クソ悪魔が……こうやって、色々な男どもを誑かして、喰いまくってたのかよ……」
男に限らず、ディシフェルは捧げられた生贄の血を気の向くままに啜っていた。その中にはシグファリスの恋人、聖女エステルも含まれている。
エステルも、その他の人々も、誰もが死ぬべきではなかった。僕には助けられたはずなのに、できなかった。
罪悪感が首をもたげて、そっとシグファリスの首筋から口を離す。間近に迫ったシグファリスの顔を見つめる。
僕を憎んでいるはずのシグファリスの眼差しには、怒りの色がなかった。今にも泣き出しそうなのを耐えているような、そんな顔をしている。夢の中とはいえ、シグファリスには悲しんでほしくない。慰めたくて、僕はシグファリスの頭を撫でた。
シグファリスがまだ幼い頃、あまりに可愛くて、頭を撫でてやりたいと何度思ったことか。少し癖のある赤髪は、僕に与えているせいで一部が妙に短い。これ以上目立つようになったらまたマリーに心配をかけてしまうな、と考えながら撫でているうちに、愕然とした表情で僕を見つめているシグファリスに気づいた。
というか。この状況は。
――まさか。夢ではないのか? 寝台に乗り上げたシグファリスに、僕が抱きついているこの状況が、夢ではない、だと……!?
「な――!? きっ……きしゃま……っ、貴様! 何をしているのだ、血はいらないと言っただろうがっ!」
魔素酔いでぼんやりしていた意識が完全に覚醒する。未だ強い香りを放つ血に眩暈がするが、僕は咄嗟にシグファリスの傷を押さえた。腕にくっきりとついてしまった噛み跡からは、抑えてもじわりと血が滲む。
夢じゃないのに、シグファリスはなぜ大人しく僕に噛まれていたのだ。弱っている今の僕ごとき、振り払えないはずがないだろうに。というか口枷は。両手足も拘束されていたはずなのに、なんで自由になっているんだ。
意識が覚醒したのはいいが、僕はまだ混乱していた。僕がシグファリスの傷を心配してどうする。というか未だにシグファリスに縋り付くような姿勢をとっていたことに気がついて、慌てて腕を突っ張った。
シグファリスを突き飛ばすつもりだったが、魔素酔いのせいでまったく力が入らない。体格のいいシグファリスは微動だにせず、貧弱な僕の方が寝台の上を転がる。そのまま床に落ちそうになったけれど、シグファリスが凄まじい反射神経を見せて僕を引き戻した。寝台の上で、もつれるようにして倒れ込む。はずみで囚人服が紙のように破けた。
「あ……」
粗末な布地で作られている上に、胸元はシグファリスに刺された時の穴がいくつも空いていた。元々いつ破れてもおかしくない状態だった。牢獄のカビの臭気が布地に染み付いていたし、着替えを要求するのにちょうどいい。僕はそう思ってシグファリスを見上げたが、シグファリスは僕を押し倒した姿勢のまま微動だにせず、僕の胸元を凝視していた。
「おい、何を呆けている。着替えを――」
「違う! 別にそういうつもりじゃねえからな!!!?」
硬直していたシグファリスが唐突に大声を上げた。
「は? 何が――」
「いくらゆさぶってもお前が起きねえから! 魔素不足で死にかけてるのかと思ったから血を与えていただけだ! 服は偶然破けちまっただけでわざと脱がそうとしたわけじゃねえんだよわかったかこの悪魔が! お前の裸なんかで興奮するわけねえだろふざけやがってクソがっ!」
「はあ……? まあ、そうだろうな……?」
シグファリスはなぜか顔を赤くして怒鳴っているが、たかが囚人服が破けた程度でそこまで激昂する意味がわからない。
なんだかよくわからないがとにかく退け。着替えをよこせ。そう伝える前に、シグファリスは何かを察知した様子でがばりと上半身を起こした。扉の方に鋭い視線を投げかけたかと思えば、僕を手早くシーツで簀巻きにする。その直後、隣室の扉がノックされる音がした。
「おい、シグファリス。いるか?」
聞き覚えのある青年の声がして、反射的に顔を上げる。そんな僕に口枷をしながら、シグファリスは僕の耳元で威嚇するように囁いた。
「物音をたてるな。騒いだら尻尾を引っこ抜いてやる」
そう言い残し、シグファリスは腕の噛み傷に布を巻いて縛り、素早く寝室を出ていった。
来訪者は、僕としても会いたい相手ではない。僕は簀巻きにされたまま身じろぎひとつせず、外から聞こえてくる音に耳を澄ませた。
目隠しを取ったことは特に咎められなかった。というか僕に話しかけることもなく、極力顔を見ようともしない。ただ生存しているかどうか、怪しい行動をしていないかということだけを確認する。
三日に一度は髪を少量与えられる。シグファリスは僕が食べたふりをして餓死するのを警戒しているらしく、必ず自分の手で僕の口に髪を放り込んだ。
髪は口の中に入ると形を失い、魔素に変換される。きちんと摂取したことを確認するために顎を掴まれて、もう一度口を開くよう促される。それだけ済めばシグファリスは僕の口枷を戻してさっさと寝室から出ていく。その流れが習慣化していた。
少しは抵抗した方が魔王らしいとは思うのだけれど、結界の張られたこの部屋に連れてこられてから、僕はかなり消耗していた。シグファリスを睨みつけるだけで精一杯だ。
牢獄とは違い、この部屋にはふんだんに陽の光が入る。普通の人間であれば心地良いのだろうが、僕にとってはずっと真夏の炎天下にいるような不快さだった。悪魔の体には薄暗い牢獄の方が向いている。
寝ている間も日光に体を焼かれ、苦痛から逃れるために無意識に転がっては床に落ちた。だが意識を取り戻した時にはいつの間にか寝台の上に戻されている。悪魔が陽の光を嫌うのをわかっていて、拷問のつもりで明るい部屋に連れてきたのかと納得しかけたけれど、そのうち天蓋の布が常に閉ざされるようになったので、僕が床に落ちることも無くなった。
「んむむ……」
シグファリスの思惑が読めなくてつい唸ってしまう。
僕に寝室を譲ったシグファリスは応接室で寝起きしている。常に僕に張り付いているわけではない。夜は遅くまで戻らず、朝は日の出と共に出ていく。
以前ヴリュソールに城の様子を探ってもらった時に知ったが、シグファリスは暇さえあれば近隣に出向いて残敵を掃討している。だが遠出をすることはなく、常に王城に戻る。もちろん僕と魔界召喚陣を警戒してのことだろうが、事情を知らない貴族たちの目には玉座に固執しているように見えているらしい。
いくら魔王を倒した勇者といえども身分は平民。ごく一部の貴族はそう言ってシグファリスを蔑み、新たな王になるのは自分だと主張している。
シグファリスには王になる気などさらさらない様子だったが、平民たちはシグファリスこそが自分たちの指導者なのだと既に認識している。板挟みになったまま動けないシグファリスはかなりのストレスを抱えていることだろう。僕という存在がさらに心労をかけていると思うとやるせない。
せめて僕はこれ以上余計なことはせずに大人しくしていよう――そう思うまでもなく、僕には余計なことができそうな体力は残されていなかった。
血を与えられていた時は魔素が多すぎて体力が有り余っていた。だが髪だけを与えられている今は最低限の生命維持をするだけで精一杯だ。魔素不足を補うために体は眠りを欲し、常にうとうとしている。シグファリスに肩をゆすられた時には起きて、魔素を補給されて、再び眠る。
単調な日々が続くうちに、日にちの感覚も失せて、夢と現の境目も曖昧になっていった。それでも特に問題はない。処刑の日を待つだけなのだから、シグファリスとってもこの状態が続く方が都合がいいはずだ。
そう思っていたのに。ふと気づくと、僕はシグファリスの腕にしがみついて血を啜っていた。
「ん……んぅう……」
口の中に広がる甘美な味わいに、無意識に声が漏れる。目が眩むほどの芳醇な香り。舐めているうちに小さな傷口からの出血は止まってしまう。欲望の赴くまま前腕の内側に牙を立てると、シグファリスは一瞬だけぴくりと動いただけで、僕を振り払うことはなかった。それどころか血を啜りやすいように腕を差し出される。
これは、夢なのだろうか。そうに違いない。だってシグファリスが僕に血を与えなくてはならない理由はないはずだし、手足の拘束も解かれている。
「んっ……はぁ……ああ……」
噛み傷から滴る血に夢中になって舌を伸ばす。一滴もこぼさないように、意地汚く吸い付く。
血を美味そうに啜る浅ましい姿を見られていても、これは夢なのだから何も問題はない。傷口に舌の先を捩じ込んで。音を立てて吸い付いて。思う存分味わって、体を震わせながら歓喜の声を漏らす。
圧倒的な快楽と共に魔素が身体中に満たされるにつれて、意識が研ぎ澄まされていく。
――夢の中とはいえシグファリスを傷つけてしまうなんて。
もっと欲しい。でもだめ。もう一口だけ。迷いながら甘噛みしていたら、シグファリスが掠れた声で囁いた。
「もういらねえのか」
「ん……もっと、ほしい……でも、らめ……」
回らない口で、甘えたような声音で、シグファリスに抱きついて、首筋に顔を埋める。密着しても、夢の中なので突き飛ばされることもない。硬直したまま動かないシグファリスの頸動脈に噛みついて、溢れる血を啜りたい衝動に駆られる。
夢だから、大丈夫。でもやっぱりだめ。葛藤しながら首筋に口をつける。汗ばんだ皮膚の下に、どくどくと流れる血を唇で感じる。
「この……クソ悪魔が……こうやって、色々な男どもを誑かして、喰いまくってたのかよ……」
男に限らず、ディシフェルは捧げられた生贄の血を気の向くままに啜っていた。その中にはシグファリスの恋人、聖女エステルも含まれている。
エステルも、その他の人々も、誰もが死ぬべきではなかった。僕には助けられたはずなのに、できなかった。
罪悪感が首をもたげて、そっとシグファリスの首筋から口を離す。間近に迫ったシグファリスの顔を見つめる。
僕を憎んでいるはずのシグファリスの眼差しには、怒りの色がなかった。今にも泣き出しそうなのを耐えているような、そんな顔をしている。夢の中とはいえ、シグファリスには悲しんでほしくない。慰めたくて、僕はシグファリスの頭を撫でた。
シグファリスがまだ幼い頃、あまりに可愛くて、頭を撫でてやりたいと何度思ったことか。少し癖のある赤髪は、僕に与えているせいで一部が妙に短い。これ以上目立つようになったらまたマリーに心配をかけてしまうな、と考えながら撫でているうちに、愕然とした表情で僕を見つめているシグファリスに気づいた。
というか。この状況は。
――まさか。夢ではないのか? 寝台に乗り上げたシグファリスに、僕が抱きついているこの状況が、夢ではない、だと……!?
「な――!? きっ……きしゃま……っ、貴様! 何をしているのだ、血はいらないと言っただろうがっ!」
魔素酔いでぼんやりしていた意識が完全に覚醒する。未だ強い香りを放つ血に眩暈がするが、僕は咄嗟にシグファリスの傷を押さえた。腕にくっきりとついてしまった噛み跡からは、抑えてもじわりと血が滲む。
夢じゃないのに、シグファリスはなぜ大人しく僕に噛まれていたのだ。弱っている今の僕ごとき、振り払えないはずがないだろうに。というか口枷は。両手足も拘束されていたはずなのに、なんで自由になっているんだ。
意識が覚醒したのはいいが、僕はまだ混乱していた。僕がシグファリスの傷を心配してどうする。というか未だにシグファリスに縋り付くような姿勢をとっていたことに気がついて、慌てて腕を突っ張った。
シグファリスを突き飛ばすつもりだったが、魔素酔いのせいでまったく力が入らない。体格のいいシグファリスは微動だにせず、貧弱な僕の方が寝台の上を転がる。そのまま床に落ちそうになったけれど、シグファリスが凄まじい反射神経を見せて僕を引き戻した。寝台の上で、もつれるようにして倒れ込む。はずみで囚人服が紙のように破けた。
「あ……」
粗末な布地で作られている上に、胸元はシグファリスに刺された時の穴がいくつも空いていた。元々いつ破れてもおかしくない状態だった。牢獄のカビの臭気が布地に染み付いていたし、着替えを要求するのにちょうどいい。僕はそう思ってシグファリスを見上げたが、シグファリスは僕を押し倒した姿勢のまま微動だにせず、僕の胸元を凝視していた。
「おい、何を呆けている。着替えを――」
「違う! 別にそういうつもりじゃねえからな!!!?」
硬直していたシグファリスが唐突に大声を上げた。
「は? 何が――」
「いくらゆさぶってもお前が起きねえから! 魔素不足で死にかけてるのかと思ったから血を与えていただけだ! 服は偶然破けちまっただけでわざと脱がそうとしたわけじゃねえんだよわかったかこの悪魔が! お前の裸なんかで興奮するわけねえだろふざけやがってクソがっ!」
「はあ……? まあ、そうだろうな……?」
シグファリスはなぜか顔を赤くして怒鳴っているが、たかが囚人服が破けた程度でそこまで激昂する意味がわからない。
なんだかよくわからないがとにかく退け。着替えをよこせ。そう伝える前に、シグファリスは何かを察知した様子でがばりと上半身を起こした。扉の方に鋭い視線を投げかけたかと思えば、僕を手早くシーツで簀巻きにする。その直後、隣室の扉がノックされる音がした。
「おい、シグファリス。いるか?」
聞き覚えのある青年の声がして、反射的に顔を上げる。そんな僕に口枷をしながら、シグファリスは僕の耳元で威嚇するように囁いた。
「物音をたてるな。騒いだら尻尾を引っこ抜いてやる」
そう言い残し、シグファリスは腕の噛み傷に布を巻いて縛り、素早く寝室を出ていった。
来訪者は、僕としても会いたい相手ではない。僕は簀巻きにされたまま身じろぎひとつせず、外から聞こえてくる音に耳を澄ませた。
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