死にぞこないの魔王は奇跡を待たない

ましろはるき

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五章

45 逃避行

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「一体どういうつもりなんだ……」
 シグファリスと旅を続けて十日目。相変わらず行き先も目的もわからないまま、僕はシグファリスに連れ回されていた。
 僕をどこに連れていくつもりなのかシグファリスに聞いても無視されるだけ。あまりしつこく食い下がると、血を与えられて黙らされてしまう。馬上から飛び降りて逃げてみようと思ったけれど、がっしりと抱えられていてそれもままならない。
「あの勇者様はどういうつもりなんだと思う?」
 木陰に繋がれた馬にも聞いてみたが、黒毛の牝馬は嫌そうに僕から目を背けた。闇の眷属には大人気の僕だが、動物たちには嫌われている。
 僕は僕で馬から少し離れた木に繋がれていた。シグファリスはこの先にある水場に行っている。人間は水や食料がなければ生きていけない。そのほかにも水浴びをしたり着替えたりしなければいけないから大変だな、などと、すっかり悪魔が板についた感想を抱く。
 これまでもシグファリスは途中で街に立ち寄り、食料を調達し、金を惜しまず馬を頻繁に変えていた。この馬で六頭目になるだろうか。馬を潰さないために変えているのだと思うが、理由はおそらくもう一つ。
 ――追手が追跡しにくいように、こまめに馬を変えている。
 追手がいるとして、それは誰なのか。シグファリスは僕をどうしようというのか。考えれば考えるほど、嫌な想像が説得力を帯びていく。
 ため息をついて項垂れる。時刻は昼近く。風が吹いて、地面に落ちた木漏れ日がゆらゆらと揺れる。人間にとっては良い陽気なのだろうが、悪魔の僕にとっては身をじりじりと焼かれるような不快感を覚える。
 シグファリスが町に立ち寄る際には、こうして人気のない森の中などで待機させられるのが常だった。血を与えられているおかげで魔素不足にはなっていないが、天気が良すぎて日中はぐったりしてしまう。鎖に繋がれているので逃げ出すこともできない。
「まあ、逃げるつもりもないけど……」
 ため息をついていたら、背後から茂みをかき分ける音がした。シグファリスが戻ってきたのかと思って振り向くと、見覚えのない髭面の男がこちらを見て目を丸くしていた。
「――っ!」
 まさかこんな奥まった場所に他人が来るとは思わなかったし、これまでの道中も滅多に他人とすれ違うこともなかったから、油断してローブから顔を出してしまっていた。
 僕の姿は異形そのもの。折れてはいるが角がある。黒い眼球に赤い瞳。死者のような肌の白さ。誰が見ても普通の人間だとは思わない。
 慌てて顔を隠したが、遅かった。呆気に取られていた男はすぐに我に返り、ニヤつきながら仲間達を呼んだ。
「おい、来てみろよ。珍しい奴がいるぞ」
 間もなく現れたのは、四人の男たち。みんな傭兵崩れのような格好をしている。おそらくは魔力を持たない平民だ。
「なんだなんだ、女でも見つけたか」
「いや、それより面白そうだ」
 最初に現れた髭面の男がずかずかと僕に近づき、乱暴に僕のローブを剥いだ。集まってきた男たちが目を剥く。
「うわ、なんだこいつ、魔物か!?」
「へえ……人型の魔物なんて初めて見た。やべえんじゃねえのか」
「大丈夫だろ、大人しく鎖に繋がれてるってことは無力化されてんだろうし」
「勇者様様だな。おっかねえ魔物どもを奴隷にできる世の中にしてくださってよ」
 首輪に繋がった鎖を引っ張られて無理やり立たされる。顎をがしりと掴まれて正面を向かされた。
「――触るな!」
 男の手を払おうとしたが、丸太のような腕はびくともしない。威圧を放っても男たちは平然としている。くそ、魔術を使えたらこんな下衆な奴ら、圧倒してやれるのに。
 改めて僕の顔を見た男たちは、息を呑んだ。
「へえ……なんていうんだけ、こういう奴……サキュバス? インキュバスか?」
「こりゃ人間がたぶらかされるわけだな……」
「持ち主はどこにいるんだ? 一発使わせてもらえねえかなあ」
 嘲笑していた男たちの目が攻撃的な色を帯びる。僕は彼らを睨みつけながらも、もしかしたらこれがシグファリスの目的なのかもしれないと考える。
 魔力を持たない彼らにとって、魔物は人の領域を脅かす脅威でしかない。それが抵抗できない状態で鎖に繋がれているのだ。嗜虐心を煽られて当然だろう。彼らに気がすむまで殴らせ、いたぶってから殺す。さっき男が言っていた「一発使わせて」というのはきっと「一発殴らせろ」という意味だろうし。
 想像するだけで恐ろしいが、受け入れなければ。きっと彼らも多かれ少なかれ、魔王アリスティドが引き起こした厄災の被害に遭っているはずだ。
 少しでも償いになればいい。覚悟を決めてぎゅっと目を閉じたが、拳は飛んでこなかった。ただ胸元を弄られ、不意にシャツを引き裂かれた。
「――っ!?」
 裸にされる意味がわからなくて硬直している僕に、男たちは下卑た笑い声をあげた。
「おっと、ついうっかり破いちまった」
「おいおい、持ち主が戻ってきたらどうすんだ」
「金さえ渡せば文句ねえだろ。それに馬が一頭だけってことは向こうも一人。ゴネたら黙らせてやりゃいいのさ」
 そう言いながら、男たちは手慣れた様子で僕の手足を掴み、地面に押し倒した。身動きできなかった僕の上に、男の一人がのしかかってくる。
 なんだ、何が始まるのだ。成り行きを見守っていたら、僕にのしかかってきた男が吹き出した。
「なんだこいつ、これから何をされるのか分かってねえのか?」
「はは、ウブなインキュバスか。そういう風に仕込まれてんのかね……まあ、悪くねえな」
 足をがばりと開かされて、男たちが僕に何をしようとしているのかようやく察した。
「や、やめろっ!」
「はは、やめろだってよ。どうする?」
「奴隷のくせに口の利き方がなってねえな。こいつの持ち主に代わって躾けてやってもいいが、ぶん殴って可愛い顔に傷でもつけたら勿体ねえしなあ」
 男が僕の顎を掴んで、べろりと頬を舐めた。
「ひっ!」
 思っていたのとは違う方向の暴力に、思わず悲鳴を漏らしてしまう。まさか、悪魔を強姦しようなどと思う人間がいるなどとは想像もしなかった。
 弱々しい僕の態度が気に入ったのか、男たちは上機嫌に笑いながら僕の体を弄った。
 気持ち悪い。怖い。ぞっとする。でも、これがシグファリスの望みなら、抵抗すべきではない。
 力を抜いたその瞬間、僕に覆い被さっていた男のこめかみにナイフが突き刺さった。男は、何が起こったかわからないという表情のまま、ぐるりと白目をむいて僕の上に倒れた。わずかに遅れて、僕の手足を掴んでいた二人の男たちも倒れ伏す。
「ひっ!」
「し、襲撃か!?」
 残りの二人が剣を抜くが、その剣が振り下ろされることはなかった。空中に迸った光――光子の矢が残りの二人に直撃する。悲鳴もなく、男たちはどさりと地面に倒れた。
 一瞬で五人の男の命を奪ったのは、シグファリスだった。
 茂みの奥からずかずかと大股で接近してきたシグファリスは、僕の上に倒れ込んでいた男の死体を蹴り飛ばしてどかした。裸に剥かれた僕に、自分が身につけていた外套を被せてから、シグファリスはもう一度男の横腹を蹴り飛ばした。
「ゆ、勇者のくせに……」
 容赦のない死体蹴りに、思わず呟いてしまう。
「こいつらは盗賊だ。一昨日寄った町で人相書を見た」
 そう話しながらシグファリスは淡々と投げナイフを回収し、刃についた血を男たちの衣服で拭った。
 本来の光の加護は、悪を滅ぼし、人を助けるための力なのに。いくら悪党とはいえ、一切の躊躇なく、容易く人の命を奪ってしまえる冷酷な態度に胸が痛む。
 シグファリスはわずか十二歳で両親殺しの濡れ衣を着せられ、過酷な逃亡生活を続けていたのだ。ディシフェルが差し向けた魔物に幾度となく命を狙われ、同族である人間たちに襲われることもあった。相手が人だからといってためらっていれば、シグファリスはとても生き延びられなかっただろう。
「――魔王のくせに、震えてるのか」
 言われて気づく。僕はシグファリスの外套にくるまり、自分の体を抱いて震えていた。
「はあ? 震えているわけ、ない……だろう……」 
 強がりを言う声すら震えていた。見知らぬ男たちに嬲られかけただけでこの体たらくとは、あまりに情けない。それでも、あの下卑た眼差し。生臭い息。芋虫のように這い回る太い指。何もかもが気持ち悪くて吐きそうだった。そして何より気持ち悪いのは、死んだ男たちが流している血でさえも芳しいと思ってしまう僕自身だ。
 傷口から流れる血はシグファリスの血ほど良い匂いではない。魔素がほとんど含まれていないのだろう。それでも美味そうだと感じるのは悪魔の本能なのだろうか。
 誘われるように死体に触れる。まだ温かい。血を飲んで魔素を摂取すれば、快楽が押し寄せて恐怖を押し流してしまえる。そうすれば震えも止まるだろう。だが、死体から流れ出る血を凝視していた僕を、シグファリスが背後から抱き止めた。
「血が欲しいなら、俺のにしておけ」
「……くっ、放せっ! 貴様の血はもう、飽きた……!」
 逃れようとしても無駄だった。シグファリスは抵抗する僕を難なく拘束し、慣れた仕草で自分の腕をナイフで切ってしまった。また傷を増やしてしまった、と罪悪感を抱いたのも束の間。死んだ男たちとは比べものにならない、芳醇な香りに、一瞬にして囚われる。
 我を忘れてシグファリスの腕に口付ける。恐怖心が去って、代わりにやってきた快楽が別種の震えをもたらす。
「――は、ぁ……」
 湧き上がる快感に、背筋がぞわぞわと震える。これまでも頻繁に血を与えられていたから飢えてはいない。それでも傷口から唇を離すことができない。いつまでも浅ましく舌を這わせてしまう。
 シグファリスはそんな僕の様子を見ながら、僕の頬を外套の端で拭った。襲ってきた男に舐められた場所。その手つきの優しさに違和感を抱く余裕さえなかった。

 それからもシグファリスは移動を続けた。どんどん人里から遠ざかり、人とすれ違うこともなくなる。辺境と呼ばれる地域に差し掛かると、ほとんどの集落は魔王アリスティドが仕掛けた戦乱の影響で滅び、廃墟と化していた。
 どこまでいく気だ、とシグファリスに問うことはすでに止めていた。――確認するのが恐ろしかった。
 指名手配犯だったとはいえ、悪魔である僕を助けるために人を殺した。仲間たちと合流する気配もいまだにない。
 日中は出来うる限り移動して、夜になれば僕を逃すまいと、深く抱き込んで眠る。そうして朝になれば再び馬に乗り、時折追手を警戒する様子を見せながら、ただひたすらに移動し続ける。
 ここまで材料が揃ってしまえば、認めざるを得ない。
 これは逃避行だ。
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