死にぞこないの魔王は奇跡を待たない

ましろはるき

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五章

51 願望

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「――っ!」
 僕の手から剣が弾け飛ぶ。シグファリスが魔術を行使して光の矢を放ったのだと理解する間に、急接近する影に気づいた。
 取り落とした剣を拾う間もなく、僕は突風と共に現れた影に――シグファリスに、囚われた。
「くっ! 放せ!」
「放すわけねえだろ……自分で勝手に死のうとするんじゃねえよ」
 両腕で僕を抱き抱え、造作もなく拘束して、囁く。
「何を勘違いしているか知らんが! この剣を奪ったのは、貴様を殺すためだ!」
 勢いに任せてシグファリスを突き飛ばすと、思いがけずあっさりと逃れることができた。反動で転びそうになりながらも、足元に落ちた剣を拾い上げて、シグファリスに向ける。
 こうなったら、戦って殺してもらうほかない。得意ではないが僕にだって剣術の嗜みはある。だが、シグファリスは剣を抜こうともしなかった。
「俺を殺すつもりなら、寝込みを襲えば良かったじゃねえか」
 図星を刺されて言葉に詰まる。
「この傷跡を撫でて……わざわざ外に出て……意味がわかんねえんだよ」
 ――起きていたのか。シグファリスは油断していたわけではなく、寝たふりをして様子を見ていた。それを見抜けなかったことに歯噛みしながらも剣を構える。だが、シグファリスは無防備に喉元を晒して、輝く銀月を見上げていた。
「俺は、頭が悪いから、お前が何を考えてるのかわからねえ。なんで両親を殺したのか、どうして悪魔に魂を売ったのか。わからねえけど……俺の大切なものを奪い続けたお前は、もう昔のアリスティド兄様じゃない。だから殺してやるって、そう思ってた。けど」
 言葉を切って、シグファリスは僕に向き直る。剣を向けられているというのに、シグファリスは迷いなく僕に近づいた。咄嗟に後退して、湖の中にくるぶしまで浸かってしまう。シグファリスが僕を追う。ざぶざぶと湖面を波立たせて、僕が立ち止まればシグファリスも止まる。やがて波が静まる。月明かりに照らされた二人の影が湖面に揺れる。
「ずっとお前を殺したくて殺したくて、頭がおかしくなるほど殺したくて仕方なかったのに、あのとき、とどめをさせなかった。お前が、昔のアリスティド兄様みたいな表情で、笑ったから」
 あのとき。王城での最終決戦のとき。
「その後も、お前が仕掛けた罠のせいでお前を殺せないって分かってからも、殺せるようになるまでずっと苦しめていたぶってやろうと思ってたのに……。お前が、優しかった頃のアリスティド兄様にしか思えなくて、なんでそんな風に感じるのか、わからない。わからないから、仮説を立てた」
 強い視線を受けて、睨み返す。けれどそれ以上、刃先を動かせなかった。
「両親を殺したのは、アリスティド兄様に取り憑いた悪魔で。それからずっと俺を殺そうとしていたのも、エステルを殺したのも、世界をめちゃくちゃにしたのも、その悪魔で。でも、今のお前は――王城での決戦で、ようやく俺が勝って、お前を倒してからは、悪魔から解放されて、昔のアリスティド兄様に戻ったんじゃないかって。そう思えば、全部納得がいく」
 何の確証もなく、ただただ願望を口にする。そんなシグファリスを、嘲笑う。
「――ははっ、戯けた妄想だな。貴様などに私の考えがわかるものか。このアリスティド・エル・オーベルティエは悪魔になった。魔王として君臨し、殺戮のかぎりを尽くした。一度は貴様に敗れたが生きている限り諦めはしない。魔界に封じられた悪魔たちを目覚めさせ、彼らを統べる王となろう。脆弱な人限どもはすべて家畜にしてやる。光の加護を持つ貴様はその妨げになる、だから殺してやる」
 それがディシフェルの野望だった。
 僕には剣が重すぎて、腕が限界だ。僕が斬りかかればシグファリスだって剣を抜いて応戦するはず。だけれど、僕が切り掛かる前に、シグファリスは静かに呪文を唱えた。
《光輪よ、戒めを解け》
 魔封じの首輪が光り、ばしゃりと水音を立てて湖に落ちた。
「なっ!」
 今まで封じられていた魔力が解放される。手にした魔剣を通して魔素が集まり、急速に身体中を循環する。錬成されて剣になっても、元は悪魔の角。悪魔である僕が手にすることで魔素を収集できる。
 魔封じの首輪がない今、この剣さえあれば全盛期の半分程度の力を使える。半分とはいえ、無抵抗な状態の今のシグファリスであれば、確実に殺せてしまう。
「俺を、殺すんじゃねえのか」
 後退して威嚇のために魔術を発動させる。闇で作った刃がシグファリスの周辺に降り注ぎ、湖面に飛沫を上げた。
 闇の刃がシグファリスの頬をわずかに掠めて、血が滲む。それでもシグファリスは抵抗する素振りすら見せなかった。
「なぜ、抵抗しない! 死にたいのか!?」
「そっちこそ。なんで俺を殺さない?」
 シグファリスが無造作に僕との距離を詰める。僕が向けた剣を、シグファリスは素手で掴んだ。
「ばっ! 馬鹿! 放せ! 血が……!」
 咄嗟にシグファリスを案じるようなことを言ってしまった僕に、シグファリスはわずかに息を漏らして、笑った。泣き顔みたいな笑顔だった。
「ほんと、わかんねえよ。わかんねえから、もういい。アリスティド兄様が悪魔に操られていただけだったとしても、自分の意思で悪魔に魂を売り渡していたとしても、アリスティド兄様の皮を被っただけの悪魔だったとしても――もう俺のものだ。俺が倒して手に入れたんだから、俺のだ。俺のやりたいようにやらせてもらう」
「何を、言って……!」
「一生をかけてでも、アリスティド兄様を人間に戻す。それが無理だったとしても、俺がずっとそばにいて、俺が死ぬ時には、アリスティド兄様も殺して、一緒に死ぬ」
 あまりにも重々しい物言いに唖然としてしまう。その隙にシグファリスはあっさりと僕から剣を奪い、湖面に放り投げた。
「……なぜ、そこまでして……僕を……」
 金色の瞳が僕を捉える。もうそれ以上動けない僕に、シグファリスが手を伸ばす。
 頬を両手で包まれる。剣だこのできた武骨な手。温かくて、限りなく優しい手。
「昔と変わらねえな」
「貴様の目は節穴か……こんなに、変わったのに」
「変わってねえよ。口では冷たいことを言うのに、俺を見る眼差しはいつも柔らかくて、温かかった」
 幼い頃から、シグファリスを遠ざけていたはずなのに。鉄面皮を貫いていたはずなのに。シグファリスがそんな風に思っていたなんて。
「昔、公爵邸の……アリスティド兄様の母様の、形見の薔薇を、俺が枯らしてしまったことがあっただろ。俺は馬鹿なクソガキだったから、何にも考えてなくて……ただ、あの銀色が、アリスティド兄様の髪みたいで、あんまり綺麗だから、どうしても欲しくなって、手に入れようとして、折ってしまった。今思えば、きっと、もうその時から」
 だめだ。言うな。その先を言うな。そう思いはするのに、耳を塞ぐことも、シグファリスの口を塞ぐこともできなかった。
「アリスティド兄様を愛していたんだと思う」
 シグファリスが僕を抱きしめる。大きな体にすっぽりと包まれてしまって、愕然とする。
「馬鹿な……貴様は、勇者のくせに……」
「勇者とか、光の加護とか、知らねえよ。俺はアリスティド兄様が欲しい。殺してでも欲しい」
「……っ! だったら、今殺せ! 今すぐに――!」
「ああ、殺す。アリスティド兄様はもう俺のものなんだから、いつ殺すかは俺が決めるしその時は俺も一緒に死ぬ」
 殺意と一体になった、根深い執着。シグファリスが愛と呼ぶそれが、家族愛にしても、友愛にしても。倒すべき魔王を愛するなどと。そんなことはあってはならない。
 もはや僕たちだけの問題ではないのだ。アリスティドが討たれなければシグファリスの仲間達は納得しない。突如勇者とその仲間たちが王城を離れたことで、生き残った義勇軍や元王国軍、貴族たちも混乱しているだろう。魔王アリスティドが生存しているという情報が漏れている可能性もある。そうなれば、シグファリスまでもが民衆の敵だと認識されてしまう。
 僕が死ななければ幕を下ろせない。悪役の僕がいつまでも退場しないでシグファリスを惑わし、苦しめるわけにはいかないのに。
 それなのに、シグファリスは僕をきつく抱きしめている。身じろぎさえできないほど強く。
 温かな力強い腕。胸から伝わる鼓動。こうして抱きしめられていると、飢えていたことに気づいてしまう。
 血が欲しいのではなく。愛されることに、飢えていた。誰かに必要とされることに。愛されることに、僕はずっと飢えていた。その渇きを、他ならないシグファリスが潤してくれる。僕の大切な弟が。僕の光が。
 ――シグファリスが望むなら、このまま身を委ねてしまってもいいのではないだろうか。このまま二人で身を寄せ合って生きていく未来も、あってもいいのかもしれない。
 ほんの少し脳裏を掠めたやましい願望。
 そんなことを思ってしまった罰のように。漆黒の矢が大気を引き裂いた。
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