死にぞこないの魔王は奇跡を待たない

ましろはるき

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エピローグ

61 お兄様

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 宿の部屋に篭るなりヴェールを剥がされ、深く口づけられる。
「は……、ちょっと、待て……んっ!」
 シグファリスの舌が僕の唇を割って侵入してくる。熱い舌に口内を舐め上げられて、背筋が震える。悪魔だった頃を彷彿とさせる感覚だが、あれほどまでに中毒性が高いわけではない。唾液を貪りたくなるような衝動は起きない。というか今の状態は、逆に僕の方がシグファリスに食べられているみたいだった。
「んっ、ひうっ、も、やめ……!」
 胸板を押してもびくともしない。シグファリスは僕の後頭部を押さえて口内を蹂躙しながらも、僕のシャツのボタンを外していく。性急な動きだが、乱暴ではない。だけれど有無を言わせぬ力強さで寝台の上に押し倒されてしまう。
 シグファリスの指先が、僕の身体中に触れていく。かつて角が生えていた、こめかみの上。尖っていた耳。爪が黒かった指先。そして、尻尾が生えていた場所。尾てい骨をさすられると、くすぐったくて、それ以上にぞくりと背筋に震えが走る。その震えを見逃さずに、シグファリスの指先は際どい場所にまで触れ始める。
「ふあっ! や、あ……待て、シグ……あっ……!」
 首を捻って深い口づけから逃れる。だけれどシグファリスの手は止まらない。
「もう、いい……! 確かめなくて、いい、から……や、あっ!」
「そんなの建前に決まってんだろ。アリスは変なところで素直というか、お人よしというか……」
 暗に間抜けと言われてほぞを噛む。
「やましいことは、しないって……言ったくせに……!」
 悔し紛れに抗議する僕の声に「ごめんな、お兄様」と囁いて眉尻を下げはするが、けして僕を逃そうとはしない。
 ずるいのだこの弟は。「お兄様」と呼びさえすれば僕がなんでも許すと思っている。かわいい弟の頼みを無碍にできないのは確かだが、なんでも許すわけではない。
 特に、こうして性的に求められても、受け入れるわけにはいかない。
 男同士であるからだめ、ということではなく。僕たちは兄弟なのだし。こう見えても僕は兄で年上なんだから、弟の間違いは兄として正してやらねばならない。
 そんな僕の倫理観の間隙を縫って、シグファリスは容赦なく愛情をねじ込んできた。
 じゃあ弟としてなら甘えてもいいってことだよな――と言われればそれはもちろん、大いに甘えてもらって構わない。僕だってずっとシグファリスをかわいがりたかったのだから。
 最初は親愛の抱擁だった。頭を撫でるのも、頬を寄せるのも、幼い頃にしてやりたかったことだった。気づけばシグファリスは僕の指先にも口づけを落とし、耳にも、背中にも、脚にすら唇を寄せるようになっていて。着替えの手伝いや肌の手入れと称した接触はどんどん過剰になっていき――気がつけばシグファリスは、どう考えてもやましいとしか言えない手つきで僕の身体中を撫で回すようになっていた。
「やあっ! やだ、そんなところ……っ、だめ、や、やあっ!」
「くっそ、……かわいい声出しやがって……絶対他の誰にも聞かせたくねぇ……」
 シグファリスは唸るように囁きながら、手早く魔法陣を編んでいった。部屋の鍵の補強、防音、ご丁寧に襲撃に備えた防壁まで。多重の結界をいとも簡単に組み立てていく手腕に舌を巻く。
 この半年間で、僕はシグファリスから旅の仕方を教わった。そして僕はシグファリスに魔術の扱いを改めて教えた。やはり魔法陣があった方が安定する。
 シグファリスは優秀な生徒だった。飲み込みが早いと感心していたが、魔術式を読み解いて思わず叫んでしまう。
「――ちょっと待て! いくらなんでも二十四時間も維持する必要はないだろう!?」
「まあ、ほら、多い分にはいいじゃねえか」
 やましいことをするにしても僕の体力を考えろ。そう言う前にシグファリスは僕の首筋に唇を落とした。
「は、ああ……ッ!」
 弱い場所を責められて悶えている隙に、中途半端に剥かれていた衣服を完全に脱がされてしまう。あらわになった胸元に、シグファリスの指が触れる。
「ひゃうっ! あ、や、だめだ、そこは……!」
 シグファリスは首筋から僕の胸元へ唇を滑らせて、僕の胸の先端を舐め上げた。
「やっ! ああ……やだ、あっ!」
 ちゅっ、と音を立てて吸われて、舌で嬲られると、そこはすぐに反応してしまう。充血して固くなったしこりを、さらに責め立てられる。
「ひっ、あ……やぁあ……」
「今までずっと可愛がってやったもんな。ここも、こっちも……こんな、俺にとって都合のいい体になっちまって」
「あっ! やあ、そこは……!」
 下肢にまで伸びた手で尻を撫で上げられる。肉の少ない僕の体のうち、唯一脂肪が余っている場所。揉みしだかれると上擦った声が出てしまうのは、シグファリスが言ったように、これまで散々触れられてきたからだ。
 体中、弱い場所を徹底的に探られた。触れられても特になんともなかった場所まですっかり弱くなった。シグファリスに触れられるだけで、僕の体は従順に施しを待ち侘び、ただ悶えることだけしかできなくなってしまう。
「はぁ……かわいいな、アリス……アリスティド兄様……愛しくて、好きすぎて、どうにかなっちまいそうだ……」
 熱っぽく囁かれる言葉に、最初は戸惑った。あれほど深い憎悪を向けられていたのに、今や真逆の愛情に包まれて袋叩きにされている。
 だが、根の部分は同じだ。僕を見つめるときに瞳の奥がぎらつくのは変わらない。
 その光の正体は、深い執着。何もかも奪ってしまいという強い欲求。それをかつてのシグファリスは殺意と呼び、今は愛情と呼んでいる。
「好きだ。好き。愛している。……ああ、くっそ、なんかもっといい口説き文句が言えたらいいのに」
 真剣な眼差しで、愚直なまでに愛の言葉を繰り返すシグファリスに、つい見惚れてしまう。飾りのない率直な愛の言葉のすべてが、僕にとってはこれまで見てきたどのような宝石よりも尊く思える。
 シグファリスが僕に寄せる感情の名がなんであるにせよ、なにもかも忘れてシグファリスのすべてを受け入れてしまいたくなる。けれど、視界の端でシグファリスが小さなガラス瓶を手にしているのが見えて、僕は情けなく悲鳴を上げてしまった。
「ま、待て! それは、だめだ……!」
「なんでだ? 肌の手入れにいつも使ってるやつなのに?」
「だって、それを、使って、いつも……」
 僕と旅をするようになってから、シグファリスはいつの間にか僕の髪や肌の手入れをするための道具を取り揃えていた。小公爵として暮らしていた頃のような贅沢は望まないが、僕はそれをありがたく受け入れていた。特に、香油は、乾燥すると肌が痛むので重宝していたのだが。
 言い淀む僕に、シグファリスは意地の悪い笑みを浮かべた。
「いつも……何?」
「だ、だから、するじゃないか……」
「何を? 俺は頭が悪いから、はっきり言ってくれなきゃわかんねえよ」
「……んッ! や……そんな……わかってるくせに……あっ!」
 ぬめりを帯びたシグファリスの指先が僕の下腹を掠める。それだけで僕は身を捩らせて、これから与えられる快感の予感に震えてしまう。そうして身構える間に、シグファリスは僕の下着の中へ指を滑り込ませてしまった。
「――ひっ!」
 直接触れられてもいないのに、すでに硬く兆し始めていた性器に、ぬるぬるとしたシグファリスの指が触れる。
「やっ! んんっ……! だめ、シグファリス……やだぁ……あアッ!」
 敏感な場所に触れられて、びくりと背がのけぞり、意図せず胸を差し出すような姿勢になってしまう。シグファリスは僕の胸先に唇を落としながら、張り詰めた僕の性器をゆるゆると扱き始めた。
「――んっ! や、だめ、んんう……!」
 シグファリスの手のひらで温められた香油が、扱かれるたびにぐちゅぐちゅと音を立て、否応なしに官能を引き出される。
 どうしていつもこうなってしまうのか。どう言い訳しても性行為としか言いようのない状況に歯噛みしながら、僕は口元を手で押さえた。
「く、ふぅ……んッ、んん……!」
「なんで声、我慢してんだよ……気持ちいいんだよな? かわいい声を、もっと聞かせろ」
「ひ、あっ! やあ、やだ、やだぁ……っ」
 シグファリスは片手でいとも簡単に僕の両手首を捕まえて、口元から引き剥がしてしまう。その間も、性器を弄られたまま。
「あっ、やだぁ! あっ、それ、だめ、やぁあ……!」
「やだじゃねえだろ、……ここも、気持ちいいよな?」
 シグファリスの手の中で、痛いほどに張り詰めてしまっているのに、気持ちよくないなどという嘘はつけない。
 胸先を吸われて、一番弱い場所を制圧されて。身を捩るほどに、目が眩むような快感を与えられて、あられもない声がひっきりなしにもれてしまう。
「ああ……っ」
 達してしまう寸前で、シグファリスの手が僕のものから離れる。ほっとしたような、物足りないような、半端な気持ちを持て余している間に、シグファリスは指をさらに下へと滑らせていく。
「ひっ! だ、だめだ、そこは……!」
 窄まりを揉むようにゆるゆると撫でてから、シグファリスの指先は我が物顔で僕の中に侵入を果たす。
「ひぅう……! や、だめ、だめだ、それは、あぁッ!」
 くぷ、と小さな音を立てて、シグファリスの指が僕の中へと入り込んでくる。拒むように力を込めても、香油で濡れたそこはやすやすとシグファリスの指を迎え入れてしまう。
「アッ、やぁあ……! そこ、こするの、だめ……!」
「そうだよなぁ、アリスティドお兄様は、ここをいじめられるとだめになっちまうんだよな」
「ひぅっ! や、ばか……誰の、せいで……あぁうっ!」
 これまでに、なし崩し的に性行為に持ち込まれて。もう何度もされて、体が覚えてしまった。体の内側の一点を狙い済ませて、指の腹で擦られると、どうしようもなく気持ちよくて。
 僕は兄なのに。弟の間違いを正せないばかりか、だらしなく発情してしまう。
「あぁああっ……、もお、やだぁ……! シグ、シグファリス……! だめ、これ以上は……!」
「はは、かわいいなぁ……こんなに濡らして……もう香油いらねえな」
「ひっ、あああ……ッ!」
 もう触れられていないのに、僕の性器からは先走りが溢れて。シグファリスが僕の中にさらにもう一本指を滑り込ませてきても、喜んでいるみたいに滴らせてしまう。
「んっ! ああっ、やあぁ……!」
 胸先を舌で責められて、中を指でかき混ぜられて、情けなく喘いで。ただただ追い詰められていく。
「アリスティド兄様……ここに、俺のを挿れてもいいか……?」
「や、やだ……それ、だけは……ああっ!」
 これまでぎりぎりで守ってきた一線。それだけは絶対にだめ、これ以上したら、嫌いになる――そう言えば、シグファリスは渋々手を引いてくれていた。
 本当は嫌いになんてなりようがない。でも、シグファリスの幸せを思えば、受け入れるわけにはいかなかった。
 僕じゃなくて、運命の相手がいるのだから。
 いつかマリーの元へ戻さなくてはと思っていたからこそ、守っていられた一線だった。
 本当はマリーと結ばれるはずだったのに、そのマリーはトリスタンと結婚してしまった。彼らが幸福であるならそれはそれで良いのだが、シグファリスの運命を歪めてしまったのだと思うといたたまらない。
 あとは、兄弟だからだめ、というなけなしの倫理観だけ。それももう危うい。
 ――僕だって、シグファリスのことが、誰よりも、何よりも、愛おしい。シグファリスが願うことなら何でも叶えてやりたい。少しでも幸せにしてやりたい。
 迷いを見せた僕に、シグファリスはここぞとばかりに畳み掛けてくる。
「絶対に優しくする。気持ちいいことしかしないって約束する。痛かったら、すぐやめるから……」
 殊勝な声音と表情の癖に、目の奥は獲物を逃すまいとぎらぎらと輝いている。この輝きに飲み込まれてしまってもいいのだが。不安に思うのは、あとは、ひとつだけ。
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