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プロローグ
01 高級娼館
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愛は美しい。だから高値で売れる。俺は今日も元気に愛を売りさばいていた。
「ああ、ニール……愛している。この手を離さねばならないなんて、胸が張り裂けそうだ」
夜はまだ明けない。俺を買った男は、俺の手を握りしめて離そうとしなかった。
今日の客は某侯爵家の嫡男で、月に数回やってきては俺を指名してくれるお得意様だ。
男が紡ぐ愛の言葉に、俺は何も答えない。ただ悲しげに男を見つめる。男娼と貴族では身分が釣り合わない。決して叶わぬ恋なのだとわきまえている。そんな健気な態度を見せれば、男は俺を口説き落とそうとますます躍起になる。
「あと半年もすれば私が正式に父の後を継いで領主になる。その暁には必ず君を我が家に迎え入れよう。それまではこれを見て私のことを思い出しておくれ」
差し出されたのは、目玉ほどの大きな宝石がついた腕輪。装飾品としての実用性よりも財力を誇ることを重視して作られた、平民には決して手の届かない高価なものだった。
ランプの光を受けて輝く宝石を前にして、俺は慌てて首を横に振った。
「そんな、いけません、僕なんかに。ただ、こうして会いに来てくださるだけでも身に余るのに……」
「君にはこの宝石以上の価値がある。私の愛が真実なのだと証明するためにも、どうか受け取って欲しい」
男はそう言いながら半ば無理やり腕輪を受け取らせて、小柄な俺を覆い隠すように抱きしめる。ずしりとした腕輪の重みに困惑する仕草を見せながらも背中に手を回すと、抱擁がより強くなった。
別れを惜しむ客と男娼。娼館前ではよくある光景だが、男の従者は人目を気にして「お早く」と促す。男は未練がましく何度も俺を振り返りながら馬車に押し込まれ、去っていった。
男を乗せた馬車が見えなくなるまで見送れば、本日の業務は終了である。俺は収穫物を手にして意気揚々と控室に戻った。
「ニール、お疲れ様……うっわヤダ! この子またごっついの貰ってる!」
「どれどれ? ――イヤッ! なにこれいくらすんの!?」
好奇心と嫉妬心に目をぎらつかせた男娼仲間たちがわっと俺を取り囲む。ド派手に輝く悪趣味な腕輪に、俺のドヤ顔が映り込む。
「俺の手にかかればこの程度、ちょろいもんですわガハハ!」
おしとやかにしているのは客の前でだけ。俺が自分のことを「僕」と言うのは、商売用の人格――謙虚で儚げなかわいいニールちゃんを演じているとき。つまり本性とは真逆の大嘘なわけだけれど、俺の仕事は虚構を欲しがる客に夢を見せること。この腕輪は美しい愛を売った正当な対価である。
そんな俺を非道だと責める者はいない。それがこの街の常識だから。
ここは大陸一の歓楽街。酒、賭博、性愛、薬。その他、快楽にまつわるものなら金次第でいくらでも手に入る。
欲望をむき出しにした男たちを照らす灯火は明け方まで消えることはない。狂騒を煽る陽気な音楽に、酔客がわめく声と女の嬌声が響き合い、時折博打に負けた男の悲鳴が混ざって笑いを誘う。
俺がいるのは、そんな欲望渦巻く街の最深部。
表通りの狂騒もここまでは届かない。貧乏人には縁のない優美な屋敷に足繁く通うのは、上流階級の男たち。周囲には弦楽器の上質な音色と、穏やかに語らう声がわずかに響くのみ。何も事情を知らない者が通りかかれば貴族の社交場だとしか思えないだろうが、ここもまた淫蕩にまみれた魔窟。
美少年ばかりを集めたこの高級娼館で、俺は売上トップの成績を収めている。
「おかしいな~。ニールってブスなのに、なんでそんな上客ばっかり捕まえられるの?」
「誰がブスだよこの野郎」
暴言を吐く仲間にそう言い返しはするけれど、控室に居並ぶキラキラしい美少年たちと比べたら俺の容貌は格段に劣る。
目鼻立ちは整っているが、黒い髪は地味だし、青みがかった灰色の瞳も特に珍しくはない。
それでも俺がしぶとく太客を掴み、この世界でどうにか生きていられるのは、前世の記憶があるおかげだった。
「ああ、ニール……愛している。この手を離さねばならないなんて、胸が張り裂けそうだ」
夜はまだ明けない。俺を買った男は、俺の手を握りしめて離そうとしなかった。
今日の客は某侯爵家の嫡男で、月に数回やってきては俺を指名してくれるお得意様だ。
男が紡ぐ愛の言葉に、俺は何も答えない。ただ悲しげに男を見つめる。男娼と貴族では身分が釣り合わない。決して叶わぬ恋なのだとわきまえている。そんな健気な態度を見せれば、男は俺を口説き落とそうとますます躍起になる。
「あと半年もすれば私が正式に父の後を継いで領主になる。その暁には必ず君を我が家に迎え入れよう。それまではこれを見て私のことを思い出しておくれ」
差し出されたのは、目玉ほどの大きな宝石がついた腕輪。装飾品としての実用性よりも財力を誇ることを重視して作られた、平民には決して手の届かない高価なものだった。
ランプの光を受けて輝く宝石を前にして、俺は慌てて首を横に振った。
「そんな、いけません、僕なんかに。ただ、こうして会いに来てくださるだけでも身に余るのに……」
「君にはこの宝石以上の価値がある。私の愛が真実なのだと証明するためにも、どうか受け取って欲しい」
男はそう言いながら半ば無理やり腕輪を受け取らせて、小柄な俺を覆い隠すように抱きしめる。ずしりとした腕輪の重みに困惑する仕草を見せながらも背中に手を回すと、抱擁がより強くなった。
別れを惜しむ客と男娼。娼館前ではよくある光景だが、男の従者は人目を気にして「お早く」と促す。男は未練がましく何度も俺を振り返りながら馬車に押し込まれ、去っていった。
男を乗せた馬車が見えなくなるまで見送れば、本日の業務は終了である。俺は収穫物を手にして意気揚々と控室に戻った。
「ニール、お疲れ様……うっわヤダ! この子またごっついの貰ってる!」
「どれどれ? ――イヤッ! なにこれいくらすんの!?」
好奇心と嫉妬心に目をぎらつかせた男娼仲間たちがわっと俺を取り囲む。ド派手に輝く悪趣味な腕輪に、俺のドヤ顔が映り込む。
「俺の手にかかればこの程度、ちょろいもんですわガハハ!」
おしとやかにしているのは客の前でだけ。俺が自分のことを「僕」と言うのは、商売用の人格――謙虚で儚げなかわいいニールちゃんを演じているとき。つまり本性とは真逆の大嘘なわけだけれど、俺の仕事は虚構を欲しがる客に夢を見せること。この腕輪は美しい愛を売った正当な対価である。
そんな俺を非道だと責める者はいない。それがこの街の常識だから。
ここは大陸一の歓楽街。酒、賭博、性愛、薬。その他、快楽にまつわるものなら金次第でいくらでも手に入る。
欲望をむき出しにした男たちを照らす灯火は明け方まで消えることはない。狂騒を煽る陽気な音楽に、酔客がわめく声と女の嬌声が響き合い、時折博打に負けた男の悲鳴が混ざって笑いを誘う。
俺がいるのは、そんな欲望渦巻く街の最深部。
表通りの狂騒もここまでは届かない。貧乏人には縁のない優美な屋敷に足繁く通うのは、上流階級の男たち。周囲には弦楽器の上質な音色と、穏やかに語らう声がわずかに響くのみ。何も事情を知らない者が通りかかれば貴族の社交場だとしか思えないだろうが、ここもまた淫蕩にまみれた魔窟。
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「おかしいな~。ニールってブスなのに、なんでそんな上客ばっかり捕まえられるの?」
「誰がブスだよこの野郎」
暴言を吐く仲間にそう言い返しはするけれど、控室に居並ぶキラキラしい美少年たちと比べたら俺の容貌は格段に劣る。
目鼻立ちは整っているが、黒い髪は地味だし、青みがかった灰色の瞳も特に珍しくはない。
それでも俺がしぶとく太客を掴み、この世界でどうにか生きていられるのは、前世の記憶があるおかげだった。
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