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四章
66 悪とは(レナード視点)
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魔王を討つための旅が始まったのは、アーサー殿下が二十歳の誕生日を迎えた日のことだった。
国王陛下は魔王が復活したとの神託をもたらしたが、それらしい変化は目に見えて起こってはいなかった。魔物の姿はなく、むしろ冒険者をしていた頃の方が危険に満ちていたとさえ思えた。
アーサー殿下は「イベントが起こらない」「アルドラがバグってる」と、例の不思議な言葉で不平を漏らしていた。聖騎士として戦うよりも、殿下に残虐な行いをさせないよう諫める役割の方が多いぐらいだった。
それでも勇者と予言されたお方だ。いずれ心を入れ替えてくださると信じて支え続けた。アーサー殿下には勇者として魔王を討ってもらわねばならない。そして、邪悪な者であるイスミも。
イスミとはミッドランドの闘技場で不意に遭遇した。王弟であるクロヴィス殿下の懐に潜り込み、何やら悪事を企んでいるようだった。
ニールと家族を殺すと脅されている以上、クロヴィス殿下に下手な進言はできなかった。家族はまだいい。聖域である王国内から出ることは滅多にないし、貴族として自らを守る力にも長けている。しかしニールは、魔力を持たない平民の商人だ。
イスミの意識をニールから遠ざけたい。その一心で「気まぐれに相手をした平民のことなど忘れた」と主張しておいた。嘘は苦手だが、何とかニールから気を逸らせすことに成功した。
それでも、どこにイスミの目があるかわからない。もしこの旅の間にニールと再会することがあっても、けして接触してはならない。それはわかっていたのに、私の目は無意識にニールを探していた。大きな町へ行くたびに、背格好の似た相手とすれ違うたびに、胸が騒いだ。
想わずにはいられなかった。ニールは今ごろ、どうしているだろう。酷い目にあってはいないだろうか。悲しい思いはしていないだろうか。
別れ際に、無理やりペンダントを渡した。それが婚約の証であるとは、平民のニールは知らないはずだった。事情を知らずとも、高価なものだとは見当がついたらしい。奥ゆかしいニールはなかなか受け取ろうとはしなかったけれど、最終的に押し付けるようにして渡した。「お金に困ったら売っちゃうよ?」と言っていたが、むしろそうして欲しかった。売れば楽に暮らせるだけの金が手に入るはずだ。
握った手を離したとき、魂の一部をもぎ離されたような痛みを感じた。
それでも。ニールを守るために。世界を救わねばならない。
魔王を倒した後で、もう一度会えたなら。私を覚えていてくれたなら――。自らの想像を打ち消すように首を横に振る。魔物の姿がないとはいえ、油断してはならない。雑念を捨てなければ命取りになる。
旅を続けたが、どこへ行っても平和で何の被害もない。予言にあるという新たな旅の仲間も得られない。
アーサー殿下はメイベル殿下が仲間にならなかったことをきっかけに、私の前でも本性を隠さないようになった。その凶暴性がより強く表れたのは、「妖精族」と名乗る者たちが人間と共に暮らす村を訪れたときだった。
✧
「畜生、何なんだよあの村はよ!」
旅を続けて三ヶ月。私たちは大陸の最北、ノルト王国領に足を踏み入れいていた。そのさらに北側、魔王が君臨する魔境へと至る途中に、その村はあった。
――ようこそ旅の方! ここはノイエ村だよ。
気のいい村人たちはそう言って私たちを歓迎した。村とは言いながらも人口はかなり多い。店で扱う品々も珍しく、貴重なものばかりだった。
だが、暮らす人々の姿には明らかに違和感があった。
褐色の肌。赤い瞳。尖った耳と牙。人間のそれとは明らかに違う者たちが、少なからずいた。
――やっと魔物出たじゃん!
アーサー殿下は嬉々として剣を抜いたが、すぐさま駆けつけた衛兵に捕えられ、あっさりと村からつまみ出されてしまった。アーサー殿下の怒りは、その際に抵抗しなかった私へと向けられた。
「おい! てめえは聖騎士だろ! なんで魔物を殺さねえんだよ、てめえのレベルなら殺せただろ!」
「……しかし、彼らは、ただ……暮らしているだけで……」
「俺が殺せって言ってるんだから殺せよ! 役立たずが!」
激昂したアーサー殿下が私の足を蹴る。あえて避けずに受けたが、それがかえってアーサー殿下の気にさわったようだった。アーサー殿下は唾を吐き散らしながら私に罵詈雑言を投げかける。こうなったらお気の済むまで吐き出していただくしかない。
それにしても、妖精族という種族の存在をはじめて知った。世界は広いし、人種も様々だということは冒険者をやっていたときに学んだ。肌の色や瞳の色などの容姿だけで人を邪悪と決めつけることはできないが――正直に言えば、妖精族の姿を目にしたとき、胸がざわついた。あれは打ち滅ぼすべき敵だと、本能が告げているようだった。しかし彼らは何も悪事を働いていない。人間を人質にしている可能性もあるが、そんな緊迫した気配は一切感じられなかった。
アーサー殿下は妖精族を魔物だと断定した。魔物なら悪だ。だが人と共に平和に暮らしているだけの彼らを、悪と断じてよいのか。
魔物は悪だ。打ち滅ぼすべき存在だ。だが、人間にも悪しき者はいる。私が討つべきものは、何なのか――。
「チッ。聖剣を手に入れたら全員ぶち殺してやる」
アーサー殿下の言葉で我に返る。
聖剣。悪を滅ぼす伝説の剣。魔王を打ち滅ぼすことができる唯一の武器。それさえあれば、魔王にも――イスミにも、打ち勝てる。
悩む必要はない。神の予言に従い、勇者と共に悪を打ち滅ぼす。それが私の宿命なのだから。
国王陛下は魔王が復活したとの神託をもたらしたが、それらしい変化は目に見えて起こってはいなかった。魔物の姿はなく、むしろ冒険者をしていた頃の方が危険に満ちていたとさえ思えた。
アーサー殿下は「イベントが起こらない」「アルドラがバグってる」と、例の不思議な言葉で不平を漏らしていた。聖騎士として戦うよりも、殿下に残虐な行いをさせないよう諫める役割の方が多いぐらいだった。
それでも勇者と予言されたお方だ。いずれ心を入れ替えてくださると信じて支え続けた。アーサー殿下には勇者として魔王を討ってもらわねばならない。そして、邪悪な者であるイスミも。
イスミとはミッドランドの闘技場で不意に遭遇した。王弟であるクロヴィス殿下の懐に潜り込み、何やら悪事を企んでいるようだった。
ニールと家族を殺すと脅されている以上、クロヴィス殿下に下手な進言はできなかった。家族はまだいい。聖域である王国内から出ることは滅多にないし、貴族として自らを守る力にも長けている。しかしニールは、魔力を持たない平民の商人だ。
イスミの意識をニールから遠ざけたい。その一心で「気まぐれに相手をした平民のことなど忘れた」と主張しておいた。嘘は苦手だが、何とかニールから気を逸らせすことに成功した。
それでも、どこにイスミの目があるかわからない。もしこの旅の間にニールと再会することがあっても、けして接触してはならない。それはわかっていたのに、私の目は無意識にニールを探していた。大きな町へ行くたびに、背格好の似た相手とすれ違うたびに、胸が騒いだ。
想わずにはいられなかった。ニールは今ごろ、どうしているだろう。酷い目にあってはいないだろうか。悲しい思いはしていないだろうか。
別れ際に、無理やりペンダントを渡した。それが婚約の証であるとは、平民のニールは知らないはずだった。事情を知らずとも、高価なものだとは見当がついたらしい。奥ゆかしいニールはなかなか受け取ろうとはしなかったけれど、最終的に押し付けるようにして渡した。「お金に困ったら売っちゃうよ?」と言っていたが、むしろそうして欲しかった。売れば楽に暮らせるだけの金が手に入るはずだ。
握った手を離したとき、魂の一部をもぎ離されたような痛みを感じた。
それでも。ニールを守るために。世界を救わねばならない。
魔王を倒した後で、もう一度会えたなら。私を覚えていてくれたなら――。自らの想像を打ち消すように首を横に振る。魔物の姿がないとはいえ、油断してはならない。雑念を捨てなければ命取りになる。
旅を続けたが、どこへ行っても平和で何の被害もない。予言にあるという新たな旅の仲間も得られない。
アーサー殿下はメイベル殿下が仲間にならなかったことをきっかけに、私の前でも本性を隠さないようになった。その凶暴性がより強く表れたのは、「妖精族」と名乗る者たちが人間と共に暮らす村を訪れたときだった。
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「畜生、何なんだよあの村はよ!」
旅を続けて三ヶ月。私たちは大陸の最北、ノルト王国領に足を踏み入れいていた。そのさらに北側、魔王が君臨する魔境へと至る途中に、その村はあった。
――ようこそ旅の方! ここはノイエ村だよ。
気のいい村人たちはそう言って私たちを歓迎した。村とは言いながらも人口はかなり多い。店で扱う品々も珍しく、貴重なものばかりだった。
だが、暮らす人々の姿には明らかに違和感があった。
褐色の肌。赤い瞳。尖った耳と牙。人間のそれとは明らかに違う者たちが、少なからずいた。
――やっと魔物出たじゃん!
アーサー殿下は嬉々として剣を抜いたが、すぐさま駆けつけた衛兵に捕えられ、あっさりと村からつまみ出されてしまった。アーサー殿下の怒りは、その際に抵抗しなかった私へと向けられた。
「おい! てめえは聖騎士だろ! なんで魔物を殺さねえんだよ、てめえのレベルなら殺せただろ!」
「……しかし、彼らは、ただ……暮らしているだけで……」
「俺が殺せって言ってるんだから殺せよ! 役立たずが!」
激昂したアーサー殿下が私の足を蹴る。あえて避けずに受けたが、それがかえってアーサー殿下の気にさわったようだった。アーサー殿下は唾を吐き散らしながら私に罵詈雑言を投げかける。こうなったらお気の済むまで吐き出していただくしかない。
それにしても、妖精族という種族の存在をはじめて知った。世界は広いし、人種も様々だということは冒険者をやっていたときに学んだ。肌の色や瞳の色などの容姿だけで人を邪悪と決めつけることはできないが――正直に言えば、妖精族の姿を目にしたとき、胸がざわついた。あれは打ち滅ぼすべき敵だと、本能が告げているようだった。しかし彼らは何も悪事を働いていない。人間を人質にしている可能性もあるが、そんな緊迫した気配は一切感じられなかった。
アーサー殿下は妖精族を魔物だと断定した。魔物なら悪だ。だが人と共に平和に暮らしているだけの彼らを、悪と断じてよいのか。
魔物は悪だ。打ち滅ぼすべき存在だ。だが、人間にも悪しき者はいる。私が討つべきものは、何なのか――。
「チッ。聖剣を手に入れたら全員ぶち殺してやる」
アーサー殿下の言葉で我に返る。
聖剣。悪を滅ぼす伝説の剣。魔王を打ち滅ぼすことができる唯一の武器。それさえあれば、魔王にも――イスミにも、打ち勝てる。
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