救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

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第13話 おいしいご飯の時間?

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 川辺の空気が、ぴんと張りつめた。

 跳ねる河豚(カワブタ)を前に、誰もが言葉を失っていた。

 丸くて、のんびりした顔。
 水面をぱちゃぱちゃと叩く尾。
 見た目だけなら、危険とは程遠い――だが、その血には強烈な毒がある。


「……本当に、やるのか?」

 低く問いかけたのはレグルスだった。
 否定ではない。ただ、確認だ。

「毒が回るぞ」
「今まで誰も成功したことがない」

 フリッツもアッポロも、自然と一歩引く。
 ドクペインは興味深そうに目を細めているが、止めるべきか迷っている様子だった。

「今回は骨の回収だけで十分だ」

 それが、これまでの“常識”。
 だが――

 マールは、そっと胸の前で手を組んだ。

「……だいじょうぶ……だと、思う」
「ちなみに、マールがそう思った理由を聞いてもいいか?」

 レグルスが視線を落とす。
 マールは一瞬だけ言葉を探し、それから――ゆっくりと説明を始めた。


「……きのう……せんたく、してて……」

 ハンナ婆さんと並んだ洗濯場。
 冷たい水。
 乾かない布。

「ねこが……おみず、あびて……」

 そこで、両手を広げる。

「ぶるって……したら……」

 小さな身振り。

「……おみず、とんだ」

 隊員たちは顔を見合わせた。

「……つまり?」

 フリッツが首を傾げる。
 マールは、少しだけ早口になった。

「結界って……守る、だけじゃなくて……中身、ごと……動かせないかな、って……」

 その言葉に、ドクペインの目がかっと見開かれる。

「とりあえず、やって見せてくれ。危なかったら、俺たちでどうにかする」
「うん、わかった」

 マールは河豚(カワブタ)へ一歩近づいた。

「つつむ」

 淡い紫色の結界が、そっと河豚を包み込む。

「まわす」

 次の瞬間。
 結界が、くるり、と回転した。

 最初はゆっくり。
 やがて、目で追えないほど速く。

 ――ぶわっ。

 赤黒い血と水分が、遠心力に弾かれ、結界の内側へ集められていく。河豚の身そのものには、毒の気配が触れない。

「……っ!?」

 フリッツが息を呑む。
 アッポロは思わず拳を握りしめた。


 数秒後。
 回転が止まり、結界が静かにほどける。

 川辺に落ちたのは――

 水分と血をほとんど失い、ぎゅっと締まった河豚の身。見た目は、まるで干物だった。

「……毒、ない……」

 薬物の専門家であるドクペインがすぐさま駆け寄り、頷く。

「信じられませんが……成功です。毒性反応、ゼロ」

 彼の口から、次々と専門用語が飛び出した。

「なるほど、液体と固体で比重が異なることを利用して……これは、理にかなってますよ。かなり……面白い」

 その間、レグルスはただ、黙ってマールを見ていた。

「……」

 やがて、小さく息を吐く。

「……魔法の応用、か」

 ぽつりと、独り言のように続けた。

「幼いからこそ思いつく柔軟な発想なのか……いや」

 金の瞳が、柔らかく細められる。

(これまで常日頃から、工夫を重ねた生活を送ってきたからだろう。そうしなければ、生きていけなかったから――)

 彼女の境遇を想像し、レグルスの胸は締め付けられた。一方のマールは、少し照れたように笑う。

「えへへ、これでお魚、食べられる?」
「……ああ。理屈の上ではな」

 そう言ってから、少しだけ言葉を選ぶように続けた。

「だが、生だ。さっそく焼いてみよう」



 川辺に、小さな焚き火が起こされた。

 拾い集めた枯れ枝に火を入れると、ぱちぱちと乾いた音が立ち、やがて赤い炎が安定する。開いて干物のようになった河豚(カワブタ)の身は、程よい硬さで串を通しやすかった。

「……軽いな」

 アッポロが意外そうに呟く。

「水分がほどほどに抜けてますからね」

 ドクペインは興味深げに観察しながら答えた。

 焚き火の上にかざすと――
 じゅうっ。
 小気味よい音とともに、薄ピンク色の皮目が焦げ茶に色づき始める。

 やがて、じわり、と。
 脂がにじみ出て、炎の中に落ちた。

 鼻をくすぐる香りが、川辺に広がる。

「……魚、だよな?」

 フリッツが思わず呟く。

「なのに……肉の匂いがする……」

 豚肉を思わせるコクのある香りと、魚特有の軽やかさが混じり合い、不思議な食欲を刺激してくる。

「焼けたぞ」

 レグルスの一言で、全員の視線が串に集まった。


 最初に口にしたのは、マールだった。
 小さな歯で、そっと一口。

 ――ぱく。

 次の瞬間、目を見開く。

「……おいしい……!」

 驚きと喜びが、そのまま声になった。
 それを合図に、他の隊員たちも次々と口にする。


 レグルスは一噛みして、わずかに目を細めた。

「こ、これは……!」

 白身魚のはずなのに、驚くほど濃厚。
 噛むたびに、じわりと旨味が広がる。
 豚肉のようなコクがありながら、後味は重くない。

 アッポロの目に、じわっと涙が浮かぶ。

「……うまい……」

 それ以上、言葉が出なかった。

「これは反則だろ……」

 フリッツは串を握ったまま、ぽつりと呟く。
 一方で、ドクペインは完全に別方向に意識が飛んでいた。

「……なるほど……これは……」

 研究用のメスやピンセットで身を摘まみながら、ぶつぶつとメモを取り始める。

「河豚(カワブタ)の身には、極めて高濃度の回復性栄養素が含まれていますね……」

 彼は顔を上げ、断言した。

「疲労回復、魔力回復ともに即効性があります。下級魔法薬……いえ、それ以上かもしれません」

 レグルスが眉を上げた。

「魔法薬並み、だと?」
「ええ。しかも副作用なし。解毒さえできれば、ですが」

 ちなみにだが、豚肉にはビタミンB12が多く含まれており、疲労回復に効果があるとされている。それは赤血球の生成や神経の修復が……と難しいことはさておき。

 一同が、ゆっくりとマールを見る。


「……マール。お前いっそのこと、料理人になったらどうだ?」

 フリッツが半ば冗談めかして言った。
 アッポロは深く頷き、

「俺なら毎日通うな」

 と心からの賛辞を向ける。


「……これ、コブラ苺の時みたいに、また売れるんじゃないか?」

 誰かが冗談半分に言う。
 だがマールはそんなことを気にも留めず、串を両手で持ち、

「おいしい……!」

 串を両手で持ち、マールはただひたすらに魚を頬張っていた。焼けた白身を噛みしめ、満足そうに小さく息を吐く。そんな彼女を見て、一同は微笑ましい表情を浮かべた。


 その直後だった。
 焚き火の音と川の流れが、不意に静まった。

 違和感に最初に気づいたのは、レグルスだった。金の瞳が細まり、即座に声を張る。

「……全員、警戒態勢を取れ」

 短い命令だったが、全員が立ち上がった。

 川辺の水面が揺れ、ぬるりとした影が姿を現す。
 膨れた腹と、まだら模様の皮膚。
 大きく裂けた口を持つ魔獣――ポイズンフロッグだった。


「どうしてコイツが……」

 かつて、マールが毒の森で倒れていた際に、レグルス隊が討伐対象として追っていた個体。本来なら、この浅い場所に出るはずがない魔獣だ。

「焚き火で焼いた河豚(カワブタ)の匂いが、魔獣を引き寄せたんすかね?」

 フリッツが冗談交じりに呟く。

「マール!」

 レグルスが名を呼ぶ。

「だいじょうぶ!」

 マールは即座に応じた。
 怯えはない。
 教え込まれた通り、自分の身体を守ることに意識を集中させる。

 淡い紫色の結界が、確実に展開された。
 毒の気配は遮断され、魔獣の放つ瘴気は結界の外で弾かれる。

「よし、良い感じですよマール!」

 ドクペインが素早く確認する。
 一瞬、成功したように見えた。

 だが、次の瞬間――

「え……?」

 ポイズンフロッグが大きく口を開いた。
 そして赤い舌が飛び出し、結界ごとマールをグルグルと包み込む。


「マール!!」

 レグルスの叫びが遅れて響く。

 結界は機能していた。
 毒は防げていた。

 だが、捕食されるという状況までは想定されていなかった。


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