救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

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第16話 一方そのころ、王国では②

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 王国の主要街道。
 本来であれば、交易馬車が行き交い、人の気配が途切れることのない道だ。


 だが今は違う。
 道の脇には、魔獣の死体がいくつも転がっていた。いずれも鋭い斬撃で急所を断たれた痕があり、討伐からそれほど時間が経っていないことが見て取れる。血はまだ乾ききっていない。

 原因は明白だった。
 王国全体を覆っていた結界に、わずかな乱れが生じている。本来、街道に近づくことのない魔獣が、境界を越えて現れ始めていたのだ。


 白銀の鎧をまとった騎士が、その街道を馬で進んでいた。

 その右手には、まだ血の名残を帯びた剣がある。乾ききらない赤が刃の溝に残り、彼は布で静かに拭っていた。

 ルシアン・ヴェイル。
 アルマティア王国近衛騎士団、その筆頭である。

 王命を受け、極秘裏に辺境へ向かっている最中だった。

 表向きの任務は、結界異変の確認と対処。
 だが、彼自身が胸に抱いている目的は、ただ一つ。

(マール様……どうか、無事で……)

 辺境伯家に預けられた幼い王女。
 その安否を、自分の目で確かめるために、ルシアンは馬を走らせている。


 ――その途中で。

 (これで……何体目だ)

 街道に倒れている魔獣を思い返し、ルシアンは小さく息を吐いた。いずれも、ここへ来るまでに自分の剣で斬り伏せたものだ。

「た、助けてくれ!」

 街道の先で、馬車が横転しかけていた。
 周囲を囲むのは、二体のイノシシ型魔獣。
 結界の外縁に近い地域でなければ、まず見かけない種類だ。

 ルシアンは、ためらわず馬を下りた。


「下がってください」

 短く告げ、剣を抜く。

 動きに無駄はない。
 一撃目で間合いを詰め、二撃目で急所を断つ。
 派手な技は使わない。
 だが、確実に命を奪い、守るべきものを守る剣だった。

 ほどなく、魔獣は地に伏した。


「助かった……」

 商人たちが、へたり込む。
 次の瞬間、感謝の声が一斉に上がった。

「騎士様が来てくれたんだ!」
「神様は、俺たちを見捨てていなかった……!」

 ルシアンは、深く一礼する。

「怪我はないようで何よりです。では、僕はこれで」

 そう言って立ち去ろうとしたが、簡単にはいかなかった。

「待ってください、これを!」
「水だけでも飲んでいって!」

 気がつけば、人が集まっている。
 手当を申し出る者。
 食事を差し出す者。
 中には、同行を申し出る若い女性の姿もあった。

 ルシアンは、一人一人に応じてしまう。
 生真面目な彼は無下に断ることができない性格だった。


(……時間が、惜しい)

 そう思いながらも、背を向けることはできない。

 街道を進むたび、同じことが繰り返された。
 魔獣を討ち。
 感謝され。
 噂が広がる。

「白銀の騎士が、各地を救っているらしい」
「国のために戦っているんだって」

 ルシアンを称賛する声は広がっていく。
 だが彼が考えているのは、ただ一つだった。

(今は一刻も早く……マール様のもとへ)


 王都を出発してから、一週間ほどが過ぎた。

 街道から少し外れた、小さな村の外れ。
 ルシアンは、悲鳴に近い声を聞いて馬を止めた。

「いや……こないで……!」

 声の先には、醜いゴブリンに追い立てられている少女がいた。

 年の頃は十ほど。
 足をもつれさせ、転びそうになりながら必死に逃げている。

 またか、とは思わない。
 ルシアンが剣を取るのは国のため。たしかにマールが第一だが、民を救うことに迷いはないのだ。国王が彼に信を置いている最大の理由がそこだ。


 次の瞬間、思考するよりも早くルシアンは地を蹴っていた。

 剣閃が走る。
 ゴブリンの喉元を断ち、勢いのまま胴を斬り裂く。
 倒れる音は一つだけだった。

「……だいじょうぶですか」

 少女は、その場にへたり込んだまま、何度も頷いた。ぽぉ、と顔を真っ赤にしたまま。憧れの人を見るかのように、ルシアンの顔を見上げていた。


 村は、結界の弱体化の影響を強く受けていた。簡素な柵は壊れ、家々には補修の跡が目立つ。

「父が……ゴブリンに……」

 案内された家で、ルシアンは負傷した男を確認する。致命傷ではない。その場で応急処置を施し、村人たちに後を託した。

「できる限り早く、王都方面に逃げてください。僕の名前を出せば、領主が最低限の援助をしてくれるはずですから」

 そう告げ、さらさらと手紙を書いて渡してやった。

 呆気にとられる村人を残し、踵を返そうとしたときだった。


「ま、待って!」

 少女が、慌てて駆け寄ってくる。
 その手には、木彫りの仮面があった。

 角の生えた、鬼の面。
 粗末だが、丁寧に作られている。

「これ……持っていって」

 ルシアンは戸惑い、言葉を失う。

「魔よけのお面なの。これをつけてると、変な人が近づいてこないんだって」
「……どうして僕に?」
「だって騎士さま……優しすぎるから。たまには一人になりたいときもあるかなって」

 一瞬、返そうとした手が止まる。

「……ありがとうございます」

 ルシアンは、仮面を受け取った。


 それから。
 彼は鬼の仮面をつけて、街道を進むようになった。

 結果は、明白だった。

 声をかけられなくなる。
 人々が距離を取る。
 道を譲り、目を逸らす。

 進む速度は、目に見えて回復した。

(これはあの少女に感謝しなければいけませんね……)


 だが、ルシアンは気づいていなかった。

 鬼の仮面。
 血の付いた剣。
 言葉を発することなく、立ち去る騎士。

 その姿は、強烈な印象だけを残していく。

 噂は、事実とは異なる形で広がっていった。


「鬼に堕ちた魔人がいるらしい」
「家族を殺した魔獣を狩り続けてるんだって」
「かわいそうに……」
「人には、まったく心を開かないらしいぞ」

 王都でも、地方都市でも。
 結界の不調と魔獣被害の話題に、必ず「鬼仮面の騎士」の名が添えられるようになる。

 だがルシアンは、それを知らない。
 ただ、馬を進める。
 遠くに見える、辺境の方角を見据えながら。


(必ず辿り着く。マール様のもとへ)

 その背に向けて、“鬼仮面の騎士”という名だけが、王国中――いや、隣の龍神国まで先回りしていくのだった。

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