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第6話 勇者爆誕

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「いや、待て待て! 俺はモンスターじゃない! だからその矢を俺に向けるなって!」

 トオルは今にも自分を射殺そうとしているエルフの美少女に、必死で説得を試みた。だが少女は聞く耳を持たずに弓を構えている。

 ここは城内にある倉庫の中だった。モンスターなどの敵はいない。しかし目の前の女の子は、間違いなく自分を射殺そうとしていた。問答無用の敵対行為である。これがマルチプレイのゲームならプレイヤーキラーとみなされるだろう。

「嘘です! そんなふざけた頭のプレイヤーがいるわけありません! 私は騙されませんからね!?」

「うぐっ、否定できねぇ……」

 傍目から見たらトマト頭のモンスターだ。少なくともファイナルクエストでこんな装備をしているプレイヤーは他にいない。

 しかし念を押して言っておくが、彼も好きでそうしているわけではない。配信に向けたキャラクター作りの側面もあるが、他の通常プレイヤーたちと違ってトオルは生身の人間。顔バレ防止のために苦肉の策としてトマトを被っているのである。
 実際は行動の邪魔だし、蒸れるし、息苦しい。これを用意した白衣の女ナギには文句を言ってやりたいぐらいだ。

「し、しかも貴方の手にある女性モノのパンツは何なんですか! 変態!」

「ちっ、違うって! なにか自分でも使えそうなモノはないかって、倉庫の棚を漁っていただけで――」

「……それを私が信じるとでも?」

「いいから落ち着けって。俺が本当に敵なら、わざわざ説得を試みたりはしねーだろ? だからまずは話を聞けって」

「じーっ……」

 こんなトマト頭を信じろと言われても無理がある。しかし彼の言い分も一理あった。
 それにミコトが彼を攻撃したところで、初心者の彼女がマトモなダメージを与えられるともあまり考えられない。仕方なく、彼女は弓を下ろすことにした。

「……分かりました。ひとまず貴方の話を聞きましょう」

「そうしてくれると助かるぜ。実はこのダンジョン化した王城で迷っちまってさ。できれば道案内を頼みたいんだけど……ところで君、『トマトちゃんねる』って知ってる? もしかしてリスナーだったりしない?」

「トマト……?」

 トオルの言葉に、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 あぁ、うん。それだけでトオルはすべてを察し、ガックリと肩を落とした。
 だがよくよく考えれば、トオルが配信をしていたのは十年も前である。高校生ぐらいの見た目をした彼女が知らなくても、なんらおかしくはない。自分のメンタルを守るためにも、そう思うことにした。

 トオルは苦笑すると、ミコトに向けて手を差し出した。彼女は一瞬、きょとんとした表情を浮かべたが、すぐにその意味を理解したようだ。嬉しそうに微笑むと、彼の手を握り返す。

「なら初めましてだな。俺はトマトちゃんだ。これからよろしくな」

「はい、こちらこそ!」

 二人は握手を交わすと、笑顔を浮かべた。

「それじゃあ、早速だけど一緒に行動しよう。俺もこのゲームに慣れてるわけじゃないけど、それでも人数が多い方が安全だと思うからさ。ちなみに君のレベルはいくつ? 俺はさっきモンスターを倒して15レベルになったんだけど」

 トオルの質問を受けて、ミコトは自分のステータス画面を開いた。
 そこにはレベル1と書かれている。

「……」

「……」

 しばらく沈黙が流れた後、トオルは口元を引きつらせながら言った。

「……えっと、何となく予想はできちゃったんだけど。もしかして君、一度も戦闘をしていないの?」

「そうですね、モンスターは一度も倒していないです」

「マジか……もしかして関わっちゃマズい人だったか……?」

 相手の格好をあらためてよく見て、トオルは気付いてしまった。
 このゲームではキャラクターの外見は自由にいじれるが、基本的には装備品が前面に出る。ぱっと見でも、ミコトのそれはお粗末な物ばかりで、ゲームを始めたばかりの者だと分かった。

「し、仕方がないですよ! 私はついさっき始めたばかりなんですから!」

「マジで!? ってことはこのゲームは……」

「まったく分かりません。というより、ゲームをプレイすること自体が初めてです」

 エヘン、と自慢げに薄い胸を反らすミコト。その言葉を聞いて、トオルは頭を抱えたくなった。
 ミコトがゲームのシステムをまるで分かっていないということは、つまり自分が彼女をサポートしてあげなければならないということである。

 親の教育事情などでゲームをしない子供がいるのは知ってはいたが……いやはや、面倒事に巻き込まれたものだ。そう思いつつも、彼は不思議と嫌な気分にはなっていなかった。むしろ、この状況を楽しんでいるような自分に気付く。

「(まぁ、今回はゲームオーバーになる前のプレイヤーに会えたし。ちゃんと救出できるところを見せた方が、視聴者ウケもいいよな。……なにより、この子って可愛いし)」

 事実、今もトマトちゃんねるの視聴者数は上がり続けていた。コメント欄がどこぞのトマトよりも、エルフの美少女の話題で持ちきりなのはやや不満だが。

「ごめんなさい。私、本当に何も知らなくて……でも友達が危ないんです。どうか手を貸してください! お願いします!」

「友達が? 他のプレイヤーがどこに居るのか知っているのか?」

「はい! 私の大切な親友が、恐ろしいモンスターに襲われているんです。だから助けないと……!」

 必死に懇願してくるミコトの姿に、トオルは腕を組んで思案する。彼女と出逢えたのは思いの外、ラッキーだったかもしれない。なにしろ救出するべき人は多い。探す手間が減るのは大歓迎だ。

「よし、分かった! 俺で役に立てるか分からないけど、やれるだけのことはやってみよう!」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 ミコトはトオルの手を握ると、ぶんぶん上下に振り回した。
 トオルは照れくさそうに頬を掻く。

「いいんだ。どちらにせよ救助しに来たんだし」

「トオルさんは優しい人ですね。あっ、私はミコトっていいます」

「ああ、よろしく。俺のことはトオルでいいよ」

「はいっ! よろしくお願いしますね、トオルさん!」

 ミコトは元気よく返事をした。
 トオルはそんな彼女を見て、思わずドキッとする。

「(本当は視聴者稼ぎが目的なんだけど……まぁこっちも命懸けだし、それくらいの役得は許されるよな?)」

 そんなことを考えながらも、トオルは彼女に気付かれないように小さくガッツポーズをしていた。

「そういえば、トオルさんの職業ってなんですか? 魔法使いには見えませんけど……」

「ん? ああ、俺は……あ~、えっとぉ……」

 トオルは正式なファイナルクエストのプレイヤーではない。鳥居をくぐって生身の体のまま仮想現実に侵入した、イレギュラーな存在である。だからこのゲームを始めるときに選ぶはずの職業も無いままだった。
 つまり現実世界と同じフリーターである。その事実に地味にショックを受けつつも、トオルはそれを隠しつつ答えた。

「実はさ……ちょっと事情があって、俺はまだ自分のジョブを決めていないんだよ」

「えっ、じゃあどうやってモンスターと戦うんですか?」

 魔法使いのシオンでさえ、ガーゴイルに苦戦していたのだ。トオルが戦えるとは思えない。ミコトは心配そうな表情を浮かべた。

 だがトオルは余裕たっぷりといった様子で、不敵に笑ってみせる。そして自信満々に言い切った。

「大丈夫、俺はこういうゲームは得意だから。なんとかしてみるよ――」

 その言葉にミコトは首を傾げる。どう考えても根拠のない言葉だったが、トオルの表情は確信めいた何かを感じさせた。

「(トオルさん……もしかして、凄い人なのかも?……でも、だとしたらどうしてこんなところに? それに初心者の私を助けてくれる理由もよく分からない……)」

 トオルの言動の理由と自信の根拠は、このあと実際に目の当たりにすることとなった。



「シオン! 助けを呼んで来たよ!」

 トオルを引き連れて再び中庭へと戻ってきたミコトは、親友の姿を見て叫ぶ。

「その声はミコト!? 良かった、助かった!」

 シオンは後ろを振り返らずに、泣きそうな声を上げた。彼女は無事に生きていた。今もたった独りで、モンスターの大群を相手に戦っている。

 どうやら魔法で作った氷を壁にすることで、モンスターたちの侵攻を抑えていたようだった。攻撃に転じて隙を作るよりも、防御に専念したのが功を奏したらしい。

「(へぇ、ゲーム慣れしているっていうのは本当だったみたいだな)」

 シオンのことをミコトから軽く聞いていたトオルは、彼女の機転の良さに感心していた。少なくともどこかの誰かさんよりは頼りがいがありそうだ。

 しかしそのシオンも体力の限界のようで、支えの魔法杖が無ければ今すぐに倒れてしまいそうだ。
 ようやくの助けに彼女は思わず安堵した表情を浮かべ、振り返った。

「は、ははっ……ピンチ過ぎて、遂に幻覚が見えるようになっちゃったのかな? それともアレが死神?」

 スーツを着たトマト頭を見たシオンは、乾いた笑いを漏らした。

 それは紛れもなく異形の姿であり、シオンから見れば新たに舞い降りた恐怖の対象にしかなり得ない。

「ち、違うよ! たしかに見た目はかなり変な人だけど、私たちを助けに来てくれたんだよ。ほら、トオルさん。早く説明してあげてください」

「……うん」

 ミコトに促されて、トオルはしぶしぶ前に出る。

「えーっと、今日から配信活動を再開したトマトちゃんです。現在は無職の二十六歳で彼女募集中。趣味はゲームで嫌いな物はピーマンとアンチ野郎です。どうぞよろしく」

「……」

 トオルの言葉を聞いて、シオンは絶望の色を濃くさせた。せっかく救助がきたと思ったのに、こんな変態に助けてもらうなんて最悪である。

「ねぇミコト。男の趣味は人それぞれだけど、さすがにコレは……」

「うるさいな。誰にも迷惑を掛けてないんだから、別にいいだろ!」

「うわぁ……もういい。喋らないで。ミコト、この人にはもう近づいちゃだめだよ」

「なにおう!? 人が折角来てやったのになんだその態度は!」

 出逢ったばかりにもかかわらず、二人はバチバチと火花をぶつけ始めてしまった。間に挟まれたミコトは、慌てて二人の仲裁に入る。

「落ち着いてよ二人とも! 今は喧嘩なんかしている場合じゃないでしょ!」

 ミコトに叱られて、二人は気まずそうに顔を背ける。彼女の言う通り、ガーゴイルが炎を吐いて氷の壁を壊そうとしていた。このままでは三人ともモンスターたちに食い荒らされてしまう。

「ごめん……つい」

「悪い。俺も言い過ぎた」

「ふぅ、分かってくれればいいんだよ。……それよりトオルさん、お願いします! あのモンスターたちをなんとかしてください!」

「ああ、任せてくれ。そのために俺が来たんだ」

 二人の視線を向けられたトオルは、力強く言い切る。その言葉を聞いたミコトは、嬉しそうに微笑むと彼に期待を寄せた。

「(やっぱりトオルさんは凄い人だった! だってあんなに自信満々に言っているもの!)」

「よし、じゃあ早速――」

 トオルはインベントリを開くと、おもむろにスーツを着替え始めた。それも女性モノのワンピースへと。

「え? な、何をしているんですか……!?」

 突然の奇行に驚く二人。だがそんなことお構いなしに彼は装備を替えると、最後にレース付きの下着を腕に通して言った。

「よし、下準備はコレで完了。あとはコイツを装備するだけだ」

「「……」」

「さぁ、行くぜ――勇者トマトちゃんの爆誕だ!」

 出現させたロングソードを天へと掲げると同時に、周囲にキラキラとした光が降り注ぐ。光はトオルの体を囲み、ワンピースや下着を輝かせた。

「「!?」」

 シオンもミコトも何が起きたのか分からず困惑するばかりだが、トオルは気にせずに剣を振り下ろした。

「くらぇっ、魔王殺しの斬撃!」

 振り抜いた瞬間、轟音と共に衝撃波が巻き起こる。

 トオルを中心にした一帯のモンスターたちが一瞬にして塵と化し、中庭の景色は一変した。

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