11 / 13

第11話 ゲーマーの意地

しおりを挟む

「あーあ、バレちゃいましたね」

 ミコトは彼女は笑みを浮かべたまま話を続けた。

「う、うそだろ? だってお前はシオンたちと……」

「いやぁ~、実は彼女とはぐれたときから入れ替わっていたんですよね。でもせっかくだから、トオルさんには最後まで気付かないでいてほしかったなぁ」

 ミコトは寂しげに微笑むと、悲しそうに目を伏せる。だが次の瞬間には元の明るい口調に戻っていた。

「ま、待ってくれ。ミコトがプレイヤーじゃないとしたら、お前の正体は何なんだ? 一体何が目的なんだ?」

「私の真の名は身虚人みこと。この世界で生まれた、いわばバグなんです。最初は何かのAIだったんですけど、ホラーゲームをプレイする人たちから発した負の感情と混じって、気が付いたらこんな存在になっていました」

「だからってどうしてこんな酷いことを……」

 そこで言葉を区切ると、身虚人の表情が豹変した。その変化にトオルは思わず息を飲む。

「どうして? ……ふふ、そんなの決まってるじゃないですか。私はただ、生きたいだけですよ」

「生きる……」

「理由は何であれ、せっかく生まれたんだから、死ぬまで生きたいのが人間の性じゃないですか。そのためなら誰かを殺すことも、人を喰らうことも、怪異に成り果てることも厭わない。どんな手を使ってでも、私は生き続けます」

「……」

 トオルは言葉を失った。
 目の前にいる少女は人間ではない。
 しかしそれでもなお、その言葉からは確かな生への渇望を感じた。

「ですので、トオルさん。どうか見逃してくれませんか? その鳥居をくぐり、私は本物の人間になりたいんです」

「だ、駄目よトオル!?」

「……言われなくても分かってるよマユ。悪いが、鳥居の先に行かせることはできない。これ以上、キミの好き勝手にはさせられないんだ!」

 トオルは拳を強く握りしめると、覚悟を決めた表情で一歩前に進み出た。

「――そうですか」

 残念です、と小さく呟くと、身虚人の姿がブレた。その瞬間――。

「ぐうっ!?」

「マユっ!」

 ミコトだったモノから鋭い爪が生え、マユの腹を引き裂いた。

「ああぁぁぁぁぁぁ!」

 絶叫と共に大量の血飛沫が上がる。その光景を見て、トオルは頭が真っ白になる。

「さぁ、どうします? 今ならマユさんだけでも助かるかもしれませんよ?」

「……な、んで……?」

「……?」

 呆然として膝をつくと、トオルは絞り出すような声で問いかけた。

「どうしてこんな酷いことができるんだ!?」

「んー。私だって本当はこんなこと、したくないんですよ?」

 身虚人はどこか感慨深げに語ると、悲しそうな顔を浮かべた。

「でも生物を殺すのは生物じゃないですか? AIや機械は指示されない限り、そんなことしません。それはゲームでも現実でもそう。私が人となるためには、必要な犠牲だったんです」

「なんだよ、それ……」

 トオルは絶望に打ちひしがれながらも、何とか彼女を説得する方法を考える。だが思考が麻痺してしまったかのように上手く頭が回らない。

「トオルさん、私はあなたに生きていてほしい。たとえ偽物の体だとしても、あなたと過ごした日々はとても幸せで、心から楽しかったんです。だからお願いします。私を助けてください」

 心を見透かすように見つめながら、身虚人がゆっくりと近づいてくる。そして耳元に口を近づけ、囁くようにして言った。

 ――それとも、私を殺しちゃうんですか?

 まるで呪いの言葉のようにそれは響いた。だがそれでも彼は動かなかった。動けなかったのだ。

 身虚人の声が頭の中で反響する。

「……できない」

「ふふっ、怖いですよね? 殺したくないし、死にたくもないですよね? だったら……早く私を通して?」

「俺は……ここを通すことはできない。これ以上、お前には誰も殺させない!」

「……あははははははっ、やっぱりダメでしたか。仕方ありません……これがきっと最後でしょうし、人間の感じる苦痛ってやつをもう少し見せてもらいますか」

「ぐぅ!」

 トオルは腹部に強烈な衝撃を受けると、そのまま地面に倒れ込んだ。


「大丈夫、死なないように加減はしてあります。でも、このままだと出血多量で死んでしまうかも」

「う、あ……」

「さあ、どうするんですか? これまでの怪物みたいに、バグ技で私を殺しちゃいますか?」

 身虚人から選択を迫られるが、トオルは苦痛に耐えながら必死に考えた。

「と、とおる……」

「クッ、時間がない……!」

 ここで彼女を殺さなければ、おそらくもうプレイヤーたちを助けられない。だからといって、このまま放っておけば間違いなくマユは死ぬ。

 思い付く限りのバグ技を試してみるが、なぜかどれも発動しなかった。

「駄目よトオル……コイツはバグそのもの。すべての乱数を調整して、その場その場で自身に都合の良い結果を生み出してるんだわ」

「なんだよ、それこそチートじゃねぇか!」

「えぇ、まさに無敵の存在ね……」

 マユは力なく笑う。その声は今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。


 彼女の言葉で、ミコトがこの世界で生き残っていた理由が分かった気がする。

 この世界は現実の世界に酷似しているが、あくまで似て非なるものだ。つまり現実世界で生きている人間が怪異に干渉できるのは、それがゲームのルールに則っているからだった。

 だがミコトにはそのルールが適用されていない。すべて彼女の都合の良いルールに置き換えられてしまっている。
 だから攻撃しても効かないし、倒せないし、殺すこともできない。

 では、どうすればいい? トオルは痛む頭をフル回転させる。

「……」

 だが答えが出ないまま、刻一刻と時間が過ぎていく。

「ねぇ、どうしたんですか? まさか本当に諦めたなんて言いませんよね?」

 トオルは懸命に頭を働かせるが、何も浮かんでこない。その間も刻一刻と時間は過ぎていく。

「……一つだけ方法があるわ」

「え?」

「トオル、アンタが身虚人に勝つ方法はたったひとつ。化け物には化け物をぶつければいいの」

「は? そんなことできるわけ……いや、待ってくれ。まさか……?」

「そう、その通り。トオルが身虚人と同じ方法を使って倒すの」

 意外な言葉にトオルは戸惑う。だが彼女は真剣な眼差しで語り始めた。

「でも他に方法はないでしょ?」

「だけどそれじゃあ……」

「それに、これはトオルにしかできないことなの。だから頑張って!」

「…………」

「ほら、私だってそろそろ限界だし、あんまり待たせちゃだめだよ」

 マユは痛みを堪えながら笑顔を浮かべた。
 その言葉を聞いて、トオルは決意を固める。

「……そうだな。俺がやるしかないんだ」

「うん! それでこそトオルだね」

「ありがとな、マユ。おかげで決心がついたよ」

「ううん、こちらこそありがとう。トオルがここにいてくれて良かった」

「ああ、任せておけ。お前の分も必ず勝ってみせる」

 トオルは力強く答えると、身虚人と向き合った。その視線に気づいたのか、彼女もまたトオルと対峙する。

「お別れは済んだのかな? ……いや、違うみたいだね?」

 すぐに異変に気づき、怪しげな笑みを浮かべた。
 彼女の視線の先では、トオルの身体が淡く光り輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

処理中です...