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第2話 腹黒妹はお兄様を幸せにしたい
しおりを挟む「――シエラ!!」
パーティ会場の壁際で佇んでいた私は自身の名を呼ぶ声に気付き、視線を上げる。
「お兄様……」
目の前に立っていたのは、見慣れた黒髪の殿方だった。
顔は相変わらずの無表情。だけど私には、彼が怒っているというのがひと目で分かった。
「どうしてシエラがここに居るんだ。今日の夜会には参加しなくていい。私はそう言っておいただろう」
どうやらお兄様は、私がここに居るのが気に入らないみたい。
令嬢の憧れでもある王城のパーティに出るな、なんて随分と横暴な発言ね。
でもお兄様の言う通り。傍目から見れば、私はこの会場で浮いた存在だった。
お酒を楽しむでも、殿方とダンスをするでもなく。
今夜起きた悲劇を私はただ、ここで眺めていただけだったから。
そんな私を『仮面の王』はあの冷たい漆黒の瞳で見下ろしている。
「私はお兄様の妹ですもの。王族を代表して、皆様を持てなしておりましたの」
「分かり切った嘘を言うな……それに、お前が貴族の相手をする必要など無い」
「ですが……」
「お前の保護者である私が『参加しなくて良い』と言っている。もしや、そんなことも理解できなかったのか? 『仮面の王』の妹ともあろう者が?」
――ピシャリ。有無を言わせぬ物言い。
先ほどの罪人と同じような――いえ、それ以上に冷たい態度ね。
周囲で私たちの様子を窺っていた客たちは、お兄様から発せられる冷気にぶるりと身を震わせた。
だけど私はそんなことでは態度を崩さない。変わらず笑顔のまま、カーテシーの礼をとる。
「ごめんなさい、お兄様。そして会場の皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。これ以上お優しいお兄様のお手を煩わせるのは私としても心苦しいので、今日はこの辺で失礼させていただきます。皆様は引き続き、楽しい夜をお過ごしくださいませ」
お兄様、そして客の順番で非礼を詫びた私は、お兄様の横を通り過ぎて会場を後にした。
「……」
たったひとり、誰のエスコートもなく立ち去る私の背中に、掛けられる言葉は無い。
代わりにヒソヒソと、周りの客の声が耳に入ってくる。
「シエラ様……というと、例のあの御方か。お可哀想に……」
「殿下は妹君にまで手を掛けるつもりなのかしら……」
ギャラリーからはそんな心配の声が上がる。
でも当の本人である私は、全く気にしていなかった。
むしろあの態度は、お兄様にしてはまだ優しい方だもの。
「(本当に嫌いな相手には、喋りかけもしないんですのよ。あのお兄様は)」
それにお兄様は断罪する自分の姿を、私に見られたくなかったんでしょうね。
――私のお兄様には断罪癖がある。
あの人は自らの正義に反する存在を、絶対に許すことができない。
「おそらくお兄様は、愛した妻でも躊躇いなく断罪なさるわね」
それは今回の断罪を見ても分かる通り。
これまでもこの国の貴族が犯してきた罪を次々と暴き、そして断罪してきた。
公爵家のような上位貴族でも、たとえ自分の血の繋がった家族だとしても構わない。
事実、お兄様が最初に行った断罪は、実父である先王だったから。
断罪マシーンとなったお兄様によって、処刑台送りにされた罪人の数は二桁にも上る。
その一切の妥協もない処断と、親を殺しても眉一つ動かない表情から、いつしかお兄様は『仮面の王』と呼ばれ、国中の貴族から畏れられるようになってしまった。
「まったく。お兄様は人形と結婚するつもりなのかしら」
あまりにも潔癖すぎるせいで、王妃候補が一人もいなくなってしまったのよね。
王妃の座といえば、普通なら令嬢たちがこぞってなりたがるものなのに。
今回のオリヴィアさんだって、私が数カ月かけてようやく見つけ出した御方だった。それをお兄様は……はぁ。
幸いにも悪を裁く姿勢のおかげで、民からの信頼は厚い。
だけどまさか、平民を王妃として召し上げるわけにはいかないでしょうし……。
先王が処刑されてから、もうすぐ一年が経つ。
喪が明ければ、お兄様が玉座につくことになる。
だけどその隣に座る者がいつまでも現れないのは、非常にまずい。
次代の王を生み育てることも、王族として大事な役目なのだから。
「普通の女性に仮面の王は手に負えない、か……」
せめてもう少しだけでも、他人に笑顔を見せることを覚えてくれたら……。
それを私が指摘したら、ますます仏頂面になってしまわれましたけれど。
「あんなお兄様でも、可愛い所はあるのですけれどね……」
仮面の王には、私だけが知る裏の顔がある。
正義を貫く王子という仮面ではなく、アルフィ様の本当の素顔。
私が決してお兄様に断罪されない理由が、そこにある。
でもその秘密を、誰かにバラすつもりはない。
だって私は――。
「愛しておりますわ、お兄様。私だけは、お兄様の幸せを願っておりますからね……」
こうなったらなんとしてでも、お兄様には幸せを掴み取っていただかないと。
お兄様はかけがえのない、私の唯一の家族なんだから……。
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